第十一話 猿鬼との戦い①
兵士たちを引き連れて二日が過ぎ、緩やかな丘を登る。ここを超えれば例の集落が見えてくるはずだった。
斜面を登り丘の上に立つと視界が一斉に広がり、盆地に広がる黄金色の畑と柵に覆われた村が一望できた。
しかし村を見ると、私と兵士たちの間に衝撃が走った。
畑のあちこちからは火の手が上がり、黒い獣がたいまつを持ち畑の中を疾走していた。獣に追われ、村人が逃げ惑っている。
「おい、あれは!」
「村が襲われている!」
「魔物だ!」
兵の誰かが言ったように、畑で囲まれた集落を魔物が襲っていた。
逃げ遅れた村人に魔物が群がり、こん棒で殴りつけ、火のついたたいまつを振り回す。
腕が異様に長い猿のような姿をした猿鬼と呼ばれる魔物だ。
体長は一メートルほどしかないが力は強く、最大数十匹の群れで行動し、石や棒といった単純な道具を使う知能がある。しかし火を恐れず使いこなすとまでは知らなかった。
「行きましょう! 彼らを助けるのです!」
指示を飛ばすと、我を忘れていた兵士たちが一瞬戸惑う。
ダメか。
予定外の遭遇に準備が出来ず、兵たちの心に火をつけ損ねたことを痛感した。
だが突然そばで雄叫びが上がった。
「うぉおおおおお、行くぞ! お前ら!」
気炎を上げたのはアルだった。馬の手綱を片手で操りながら、槍を高々と掲げる。
一人が勢いづいたことで、他の兵士たちにも火がつき、それぞれに雄叫びをあげる。
恐怖をごまかすための声だが、今はそれでいい。
「行きますよ!」
先頭に立ち馬で斜面を駆け降りる。レイとアルも付いてくる。
「お嬢様、お下がりください」
レイが後ろで叫ぶが、そんなこと出来るわけがない。
経験の浅い新兵の集まり。いつ誰かが臆病風に吹かれて歩みを止めるか分からない。一人が止まれば三人が止まり、三人止まれば十人は前に進めなくなる。だが先に進むものがいれば、つられて付いていく。なら私はとにかく見える位置で、前に進む必要がある。
馬を駆り、真っ直ぐに集落を目指す。
魔物達は集落に逃げ込もうとする村人を追って、そのまま村に入ろうとしている。集落の中に入られては、被害が増大する。それだけは避けなければならない。
馬の腹を蹴り、速度を上げ魔物と村の間を滑り込むように走り抜ける。
突然横から飛び込んできた騎兵に、猿鬼達が驚き進軍を止める。
そこに追いついてきた兵士たちが、接近して槍を構えて突き刺していく。
横合いから殴りつけたことで何匹か仕留めることが出来たが、猿鬼の数は多い。二十五いや、三十。聞いていたより数が多い。
それに猿鬼は簡単な道具を使う。木の棒や石を投げる程度だが、特に火のついたたいまつは兵士たちを恐れさせている。
やはり初陣で浮足立っている。
「落ち着いて、火など怖くありません。燃え移っても消せばいいだけです」
油がまかれているわけではない。燃え盛る前に消火すればいいだけのことだ。木の棒や石を投げてくるが、頭にさえ当たらなければ、致命傷にはならない。
「それよりも陣形を組んで、訓練を思い出して互いで援護し合うのです」
槍と剣での戦いは、射程の違いから槍が大幅に有利と言われている。だが槍の有利は射程だけではない。槍の真骨頂は集団戦にある。槍をかいくぐろうとする相手を隣同士で助け合えば、それだけで相手に何もせず勝つことが出来る。
基本中の基本だが、初陣の新兵たちは浮き足立っていて、それすら忘れてしまっている。
「アルとレイはここに集合! そこ一人で戦わない、仲間のそばに! もっと密集して」
騎兵突撃でバラけてしまったアルとレイがそばに来るまでの間、孤立している兵士に声をかけて、なんとか戦線を作り上げる。
だが作り上げられた戦線はあまりにも危うい、今にも途切れてしまいそうな線だ。
さらに集まってきた猿鬼が、側面に回ろうとする動きがあった。
槍は側面に回られると弱い。まさか猿鬼がそれを知っていて行動しているわけではないだろうが、側面に回られると、一気に崩れる可能性もある。
虎の子の爆裂魔石を使うかと考えたが、この状況では効果が薄い。それどころか、爆発音と衝撃に、味方が驚くかもしれない。私たちが何とかするしかない。
「レイ、アル。行きますよ、来てください」
私は駆け抜けて、分散したアルとレイが戻ってくるのを見て、声をかける。
「ちょっと待ってください、お嬢様」
「全く、勝手なお嬢さんだ」
後ろで二人がぶつくさ言っているが、構っていられない。馬を駆り突撃する。
ねらうは槍兵を前にして、集まっている魔物達の後ろだ。
私でも扱えるように選んだ細身の剣を抜き、片手で手綱を操りながら、猿鬼の背後を駆け抜ける。とにかく声を上げながら剣をめったやたらに振り回した。
とはいえ、この剣を振り回す行為は効果がなかった。
猿鬼の身長は一メートル。馬に乗っていては剣がほぼ当たらない。馬の足音の方が、幾分効果があっただろう。
私の行動はあまり意味がなかったが、その後ろを走っていたアルの活躍は目覚ましかった。
手綱を持ちながら槍を振り回し、何匹もの猿鬼をなぎ倒している。途中で槍が耐えきれず半ばで折れてしまうが、折れた槍で殴りつける。
後ろをアルに襲われ、猿鬼たちは混乱に陥る。
こういう時、私の持つ『恩寵』は最大限の効果を発揮する。
猿鬼達の圧力が下がったことを、兵士たちは敏感に察知して、槍を突き出し前進した。
何匹もの猿鬼が串刺しにされ、魔物達は一気に崩れる。
兵士たちは勢いづき、さらに進軍する。兵士たちが十歩は進んだ頃には、すでに猿鬼に戦意はなく、手に持っていた石や棍棒を捨てて逃げまどい始めた。