第十八話 ソネアとの談笑
それからしばらく、他の商人や名士が混ざり談笑が続いた。
そのまま何人もの人と話し込み、気が付けばだいぶ時間が過ぎていた。窓の外を見ると月も落ち、会場を見渡せばあれほど賑わいのあった宴も、燃え尽きる炎のようにさみしさを見せ始めた。
物悲しい光景だが、さびれていく会場を見るのはなんとなく好きだった。多くの人とは共有できない、自分だけの時間のような気がする。
気分がよくなり、話疲れた疲労もあってか、少し酔いたい気分だった。
後片付けをしている給仕には悪いが、果実の飲料に少しお酒を入れた飲み物を作ってもらう。
甘い柑橘系の味に、あとからくる熱い刺激が喉を焼く。初めて飲む種類のお酒だがおいしい。
お酒は苦手だったのだが、これがおいしいからなのか、それとも成長して味覚が変化したのか。なんだか楽しい気分だった。
こんな気持ちを味わえるなら、お酒も悪くない。
高揚した気分で酒杯を傾けていると、足音もなく一人の女性がこちらに歩み寄ってきて頭を下げる。緑色のドレスに亜麻色の髪。ソネアさんだ。
「ソネアさん。お楽しみになれましたか?」
「はい、これまで参加した中で、一番の饗宴でした。我が所領は辺境も辺境の地。このような宴に出席できたことは一生の思い出となりましょう」
それはさすがに言い過ぎだろう。この程度の饗宴なら、王都ではそれこそ毎晩。地方でも年に数回は行われているはずだ。
それに本人も言ったように、ソネアさんの領地はここから遠い。にもかかわらず出席しに来たのは、もちろんハーディーのことがあるからだろう。
ハーディーと結婚するつもりはない。人に漏らすべきではないが、やはりソネアさんには言っておくべきだろう。
「「あの」」
私が口を開いたと同時に、ソネアさんも何かを言おうとした。
沈黙の後、互いに譲り合い最終的にソネアさんから話してもらうことにした。
「ロメリア様、すでにご存じと思いますが、私とハーディーは婚約関係がありました。そしてお嬢様との話が持ち上がり、半ば婚約は解消状態にあります」
ソネアさんの訴えは、胸に突き刺さるものだった。
貴族の婚姻は、本来は重いものだ。婚約は両家の契約であり、簡単に解消したりはできないもの。
しかし権力のある貴族であれば無茶も通る。いや、王子と私の婚約破棄を境に通るようになってしまった。
国の象徴である王子が、婚約を無かったことにしたのだ。異を唱えれば、王子や王家に異を唱えることにもなってしまう。
不本意だが、そういう前例を作ってしまった。
お父様は気づいていなかっただけだろうが、下の者は従うほかなく、あの王子と同じことを私はしたのだ。
「ですが勘違いしないでください。私は当てこすりのためにここに来たのではないのです。以前から私は、お嬢様の活動に共感をしていたのです」
意外な言葉に面を食らった。泥棒猫とののしられ、ひっぱたかれるぐらいは覚悟していたのだが。
「そもそも三年前、王子と共に旅立たれた時から、私はお嬢様に注目していました。いえ、私だけではなく、若い女性の多くはロメリア様に好感を抱いていました」
「そうなのですか?」
社交界ではひどい噂だったと聞いているので、にわかには信じられない。
「だって素敵じゃないですか。国を憂いて単身旅立つ王子と、愛ゆえに付き従った婚約者。まるで英雄譚の登場人物のごとき行動。お嬢様はご存じないでしょうが、三年前は若い男性はみな魔王討伐の誓いを立て、女は私もお供しますと約束したものです」
当時の流行りを生み出したのだと教えてくれる。もしかしたらソネアさんもハーディーと同じことを言い合ったのだろうか?
視線を向けると、意味に気づいたソネアさんが、笑ってごまかす。
「ですが、実際に命懸けの旅をされたお嬢様には、不謹慎な話ですね」
小さく頭を下げて詫びる。
「社交界では王家の面子を保つため、いろいろ噂があったのは知っています。ですが私たちは、内心お嬢様には好感を持っていました。そして王子たちが凱旋し、お嬢様の存在を無かったことにしたことには、不信感を持つ人も少なからず居ります」
自分もその一人だとまっすぐに私を見る。
意外な話に少し驚いたが、称賛の言葉を素直には受け取らない。
私に近づいてくる人は、たいてい私を持ち上げて褒めるからだ。
「そして今は、ロメリア様は地方で兵を鍛え、民たちのために魔物を討伐されております。大領主の令嬢であられるロメリア様が、中央ではなく辺境に目を向けて領民を助ける姿に、地方や辺境の領主たちは注目しています」
本当だとするならばうれしい話だった。
一口に地方や辺境といっても、いくつか種類がある。
辺境であっても重要な防衛拠点であれば、強力な騎士団を擁する大貴族が任されることもある。しかしカシューのように軍事的に、あるいは経済的に重要ではない地方はろくな兵や資金も与えられない。体のいい防波堤のような扱いを受けている。
それゆえ地方や辺境の小領主たちは王家をあまり当てにせず、自主独立の気風が強い。
「我が所領にも、魔物が跋扈し手を焼いています。そしてちらほらと、魔王軍の残党も姿を見せ始めています。魔物はともかく、魔王軍を相手にするのは荷が重く、かといって王家が兵を出してくれるとは思えません。そこで、お嬢様とは軍事同盟を結びたいのです」
気の抜けた宴の終わりに、鋭い言葉が差し出された。
待ちに待った言葉でもある。
魔王軍が来るのはカシューや伯爵領だけではない、王国全土に広がるだろう。しかしいくら魔王軍討伐のためとはいえ、兵を越境させることはできない。それは軍事行動であり、反逆行為にもあたるからだ。
ただし、法にも抜け穴がある。その地を治める領主から救援要請を受けた場合は許される。
「もちろんただで助けてくれとは申しません。わずかですが兵を派遣し、食料や軍馬、資金を提供させてもらいます」
ソネアさんの言葉に内心うなずく。魔王軍を倒すために鍛え上げたが、これだけでは戦い抜けない。兵力も足りず、資金も十分ではない。地方領主たちの後援や援助が不可欠だ。
待ちに待った話だが、私はすぐには飛びつかない。
何事も最初は肝心だ。この関係がうまく行けば、他の領主たちも続く人が出てくるだろう。しかし、最初でしくじればここで途絶える。
「ありがたいお話ですが、私はただの娘です。カシュー守備隊を扱うことなどできません」
断る時の定型文を駆使する。
ソネアさんの申し出は有難いが、彼女とはハーディーの一件がある。罠にかけはめるつもりかもしれない。
もちろんそんなことをしても彼女に利はないが、愛憎は時に損得を超える。たとえ所領を灰にしてでも、私を罠にかけて道連れにしようとするかもしれない。
せっかく兵たちが頑張ってくれているのに、交渉で失敗して台無しにするわけにはいかない。
「それでは失礼します」
そのまま踵を返そうとしたが、呼び止められる。
「お待ちください。ハーディーの一件で私を信用できないのでしたら、他の領主を紹介しましょう。我が家は領地も小さく貧しい家ですが、歴史は古く、他の領主との付き合いがあります。紹介すればきっと盟を結びたいという領主は出てくるはずです」
これには足を止めずにはいられなかった。
軍事同盟とはいえ、重要なのは互いの心の持ちようだ。約束を結んでも、守る気がないのなら意味がない。それゆえソネアさんを信じるわけにはいかないが、他の領主となれば話は別だ。
彼らは個人的な恨みがないため、一定以上は信頼できる。ソネアさんとの付き合いもあるだろうが、それで伯爵令嬢である私に牙をむくとは思えない。
「本当にそれでも良いのですか?」
紹介は有難いが、言ってしまえばソネアさんには何の利もない話だ。
「魔王軍がいつ我が領地にやってくるかわかりません。その時までにお嬢様の軍隊が整ってもらわないと困るのです」
私を支援することが、所領の安定につながると考えているのだろう。目の前の利益ではなく先を見ている。やはり聡明な人だ。
「しかしそのためだけに来られたのですか?」
先ほどの話からして、初めからこうする予定だったようだ。だがわざわざそのためだけにここまで来るだろうか?
渡りに船ではあるが、たとえソネアさんの申し出がなくても、すでにいくつかの領主を見繕い、同盟の打診を行おうとしているところだ。
「先ほども言いましたように、ロメリアお嬢様を私は尊敬しています。一度ご尊顔を拝したいと考えていました。あと、やはりハーディーの事も関係がないと言えばうそになります」
やはりそうか。それはそうだ。
「ですがロメリア様。勘違いしないでください。ハーディーとのことですが、たしかに突然の話で驚きましたし、将来設計が変わってしまったことも確かです。しかし家のため、出世のために生きるのが殿方というものでしょう? 女の私がそれを邪魔しても仕方がありません。彼とのことは残念ですが、きっぱりとあきらめております」
ソネアさんは割り切ったものの考え方をしていた。それだけあきらめることが多い人生だったのだろうか?
「ではなぜここに?」
あきらめたのならば、わざわざ来る必要はないはずだ。
「お嬢様よりも、ハーディーに対してです。彼にはっぱをかけに来ました」
ここにはいない男性の名前を挙げる。
「ほら、男の方って、時々お尻を蹴り上げて差し上げないと、動かない時があるでしょう?」
その言いようは私に笑いを誘った。
確かに、男性は行動を起こせば早いが、それまでにはグズグズとしていることが多い。女性が絡めば特に。
「どうせ私に気兼ねし、伯爵様にも気兼ねし、お嬢様にも気兼ねして中途半端な態度だったのでは?」
実にその通りだ。深い付き合いだったのだろう。よくわかっている。
「でも全員の顔色を窺われても、だれも幸せになれないでしょう? なら私のことなどさっさと捨てて、伯爵閣下につくか、お嬢様につくかを決めるべきなのです。私がここに来たのは、彼に三下り半を突きつけるためです」
なんというか、思い切った人だ。
「あなたは、それでいいのですか?」
ソネアさんの言葉には、ハーディーに対する未練があるようには見えない。しかしそこまで割り切れるものなのか?
「仕方ありません。未練たらしい見返り姿より、覚悟を決めた背中のほうがまだましな気がします」
私は静かにうなずいた。
そして内心で、ハーディーを利用することを放棄した。
ハーディーとその騎士団は欲しかったが、その気もないのに、二人の仲を引き裂くのはいけない。
「ソネアさん、私は」
改めて婚約する気はないと言おうとしたが、ソネアさんが人差し指を自らの口に当てて、言葉を止める。
「わかっております。ロメリアお嬢様のお考えは。ただそうだとしても、私は覚悟を見せたのです。なら殿方には覚悟を見せてもらいませんと、ねぇ?」
確かにそれはそうだった。
お父様が横やりを入れた時点で、二人の婚約関係は破棄されたのも同然なのだ。私が断ったからと言って、壊れた器は元には戻らない。二人がよりを戻すにしても、関係を清算したうえでないと戻れない。
「後は、彼がどんな覚悟を見せるか。私たちが動くのは男性方の行動を見届けてからでもいいでしょう」
ソネアさんの大人な対応に、私は黙ってうなずく。
過度に男を立てる必要はないと思うが、男を見せる機会ぐらいは与えてもいいだろう。駄目なら駄目で付き合い方を考えればいいし、うまく行くならそれに越したことはない。
「ハーディーなら中庭にいますよ。見定めるのなら、早い方がいいでしょう。ただ一言だけ言わせてもらうと、ハーディーは追い詰められれば、必ず決断する人です。それだけは保証しますよ」
それだけ言い終えると、ソネアさんは一礼して去っていった。
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