第六十三話 激突グエンナ隊 シュローVSラビオ①
シュローは鞭を持つ女魔族ラビオと対峙しながら、どうしようもないやりにくさを感じていた。
ただでさえ鞭と遣り合うなど初めてであるし、女の魔族と戦うのもこれが初体験だった。
シュローは眉をひそめながらラビオを見る。女性体の魔族であるラビオの体は、意外にも人間に近いものだった。
顔こそ魔族特有の爬虫類のような顔ではあるが、体型はかなり人間に近い。特にラビオの体は、実に女性的だった。
皮の胸当てに包まれた胸は、鎧の上からでもわかるほど大きく、へそのない腹と腰はキュッと引き締まっていた。腰布に覆われた臀部は大きく、腰布からは優雅な曲線を描く足が突き出ていた。
もちろんラビオは魔族であるため、その肌は赤い鱗に覆われている。それに腰布からは足だけでなく大きな尻尾もあるため、目のやり場に困る。と言うことはない。それにシュローとしても、人種を超えて欲情するほど、倒錯した性癖を持ってはいなかった。
しかし否応にも女性であると意識させる肢体を見ると、なんとも言えないやりにくさがあった。
「ん? 私の体じろじろ見て、どうしたの? 欲情しちゃった?」
ラビオが体をくねらせながら、バカにしたように口を開く。
「別に、女相手にやりにくいって思っているだけだ」
シュローは息を吐きながら答えた。
女の魔族と戦うのも初めてだが、そもそも女と戦うことが、シュローは初めてだった。どうすればいいのか、正直迷いがあった。
「へぇ、紳士ね」
ラビオは口を広げて笑顔を見せるが、細められたその目は笑ってはいなかった。
「私とやって、負けた男はみんなそう言ってた。ちなみに私は、そんなことを言ってくれる男たちに、これをお見舞いすることにしている」
ラビオが腕をふるうと、手に持った鞭がしなり、雷鳴の如き音を立てて大地を打つ。
その速度はすでに視認する限界を超えており、音がしてからでなければ、どこに当たったのか分からないほどだ。
「だいたい男共はみんなそれを言う。やれ負けた理由に、女相手に本気になれなかったと。ガリオスの旦那もそれを言った」
ラビオは顔を歪めて吐き捨てる。
「うちの部隊はガリオスの旦那の拳骨を喰らって、耐えたやつだけが入れるってことになっているんだけれど、旦那ときたら、男相手にならポンポン殴るくせに、私が前に立つと、女を殴るのは気がひけるとか言うんだもの。ついカッとなって、気がついたら旦那の顔面に殴りつけちゃった」
過去を回想しながら、ラビオはテヘッと舌をだす。
その仕草はかわいらしくはあったが、話している内容は剣呑そのものだった。
「でもまぁそのあとで、いい拳だったって褒められて、部隊に入れてくれたけれど、戦場で男だ女だとか、本気になれなかった理由とか持ち出さないでくれる? 負けた以上負けた奴が弱かったから。本気になれなかったのは、戦場で本気になれない奴が悪い。そーでしょ?」
そりゃそうだ。
ラビオの言葉に、シュローは内心同意した。
「それに、私の負傷はさっき短剣の男が投げたやつだけ」
ラビオは自らの肩を見ると、そこにはカイルが投擲した短剣が突き刺さっていた。
「貴方の攻撃は当たるどころかかすりもしてない。っていうか、そもそも剣の間合いには入れてすらいない。もう少し本気になってくれないと、説得力がないんだけれど?」
それもそうだ。
続くラビオの言葉にも、同意するしかなかった。
「まぁ、本気出さずに死ぬのは自由だし、こっちは何でもいいけどね」
ラビオが鞭を振りかぶる。手が振るわれたかと思った瞬間、鞭の先端が消失し、シュローに襲い掛かる。
シュローは左へと走りながら鞭をかわし、腰に刺した鞘を左手で抜く。そしてラビオが再度鞭を放った瞬間に鞘を掲げた。
飛来した鞭の先端が鞘に絡みつき、シュローは鞘を引っ張る。
「あら」
ラビオが鞭を引っ張るが、シュローは放さない。そして右手の剣をピンと張られた鞭に振り下ろし、切断――出来なかった。
振り下ろした剣は恐ろしい弾性を持つ鞭にはじかれ、跳ね返されてしまう。そして体勢を乱した瞬間にラビオが鞭を引っ張り、鞘ごと持っていかれる。
「これは簡単に斬れないわよ。これは巨大な金槌のような尾を持つ、竜の革で出来た特製なの」
ラビオが笑い、自慢の鞭を振るう。
シュローは横に飛んでかわすが、鞭をやり過ごしたと思った瞬間、後頭部に激痛が走った。後ろを見ると、ラビオの鞭の先端に、大きな木片が巻き付いていた。そのさらに後ろには、馬をつなぎとめる柵があった。シュローを狙ったと見せかけて、柵を巻き取り、攻撃の軌道を変えたのだ。
「さて、君が本気になるのはいつかな? それとももう本気出してたりする?」
挑発的に笑うラビオに、シュローは後頭部をさすりながら迷った。
シュローはこれまで、自分が思う本気を出したことがなかった。出さないほうがいいと思ったからだ。
しかし本気を出さずに負けるわけにはいかない。
「やって見ますか」
シュローは頭をかいて、いつもやらない本気を出すことにした。
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