第六十二話 激突グエンナ隊 メリルVSバーナ②
槍を持つ魔族バーナは、切っ先に全神経を集中させ、メリルをこの一撃で倒すと決めた。
だがこの一連の動きは、全てメリルの狙い通りであった。
最初の一手目で左手の親指を切り落とし、突き技に限定させた。さらにあえて下手な槍で挑んだことも、メリルの繊細な誘導であった。
技に優れるものは技に溺れる。下手糞な槍を見せられれば、技に自信のある者ならば、本物の突きとはこうやって放つのだと、突き技で仕留めたくなるのが心情である。
渾身の突きで勝負を決める。バーナの選択は全てメリルの思惑通りであった。
しかしここからが大勝負であった。
今から放たれるバーナの渾身の槍。それをなんとか凌ぎ切ること。それが課題。伸るか反るかの大博打であった。
とはいえ、メリルは自分の博打の才能がないと思っていた。
勝った時は大して嬉しくないのに、負けた時は死ぬほど悔しい。そもそも自分はツキがある方ではないし、賭け事に向いていない性分である。
ああ、やっぱりこんな勝負、挑むんじゃなかったなぁ〜
今も全て思惑通りでありながら、メリルは後悔の方が先に立っていた。
しかし今更逃げるわけにもいかないので、槍を構えてバーナを見る。
バーナの構えに隙はなく、一流の槍術使いであることが見て取れた。
一方メリル自身は、本当に槍が得意ではなく槍の技術で言えばロメ隊の中でも最低だろうと自負している。
そんな自分がバーナの槍を凌ぐことなど不可能だろう。
しかし――
バーナが切っ先に全神経を集中する中、メリルは切っ先と、そしてバーナの喉に注目した。
竜の末裔と自認する魔族は爬虫類の様な外観をし、肌には鱗を持ち、瞳には瞬膜があり、瞳孔は縦に割れている。
そして喉の皮膚は柔らかく、呼吸のたびに緩く前後しているのが見て取れた。
突きを放つ瞬間、バーナの喉はわずかに膨らむ。
メリルはこれまでの攻防から、バーナが突きを放つときの癖を見抜いていた。
純粋な技比べにおいて、メリルは間違いなくロメ隊の中でも最低だろう。しかし癖を見抜く目に関しては他の追随を許さず、時には遥か格上のアルやレイにさえ土をつけることがある。
メリルは自らの観察眼を頼りに、切っ先に集中しながらも、視線はバーナの全身と、そして喉を見た。
バーナの喉が、わずかに広がる。
来る!
突きを放つ瞬間を見切り、メリルは持っていた槍を手放し、左へと身をかわした。
完全に避けたつもりだったが、癖を見切ってもなおバーナの放った槍は鋭く、メリルの右脇をえぐる。
鮮血が舞い、メリルは苦痛に顔を歪めるが、即座に脇を締め、両手でバーナの槍を掴んだ。
「おっ?」
槍を掴んだメリルを見て、バーナが意外そうに眉のない瞳をはねあげた後、赤い舌を見せて笑った。
「人間が! 力比べで俺たち魔族に勝てるつもりか!」
バーナが叫びながら槍を握る両手に力を込め、腰を入れて引っ張る。
単純な力比べにおいて、人間が魔族に勝つことは至難の業と言えた。
そもそも体格において、魔族は人類より優越し筋力は明らかに優っている。魔族が人類の倍の戦力を持つとされる最大の要因でもある。
もちろん本人の素質と訓練、さらに限界を超える『覚醒』を繰り返すことで、筋力において魔族を上回ることは不可能ではない。しかし特に体格や筋力に優れているわけでもないメリルが、バーナに力比べて勝つことなど不可能と言えた。
腰を入れて槍を引っ張るバーナは、力まかせに槍を引き抜いた後、前につんのめったメリルを即座に突き殺すつもりでいた。
しかし――
力を込めたバーナの手がぬるりと滑り、槍からすっぽ抜けた。
「ああっ!」
バーナが空となった自らの手を見ると、手は血に染まり濡れていた。
親指が切り落とされた左手は言うにおよばず、右手も切り裂かれた右の腕から血が流れ出し、手を濡らしていたのだ。
「お前、これを狙って!」
バーナは遅まきながら、メリルの狙いに気付いた。
左手の親指を切ることで、槍を保持する力は格段に弱くなり、さらに血で濡れる。そして右腕を斬り、右手も血で滑りやすくする。
全ての攻防は、自分から槍を奪うためのものだったのだ。
首尾よく槍を奪ったメリルは槍を旋回させて、柄に付いた血を払いながら、さらに切り裂かれた服を引きちぎり、柄を拭いて血糊を拭う。
バーナは息をのむ。その視線はメリルの足元、先ほどメリルが捨てた槍に向かっていた。
槍を構えたメリルに対して、バーナがメリルの落とした槍を拾おうと動く。
「ああ、それは悪手だろ」
メリルはいいながらも、槍を拾おうとするバーナを止めなかった。
バーナの右手が槍に伸びる。しかし槍を手にしようとしたその時、バーナの右手に短剣が突き立てられた。
バーナは苦鳴をあげながら、貫かれた右手を抱える。その視線は遥か後方。短剣を投擲したカイルに注がれていた。
「これも、お前の読み通りか……」
バーナが両手を抱えながらメリルを見る。
メリルは質問に答えず、じっと槍を構えてバーナを見据えていた。
バーナは両手を負傷し、武器を保持することもままならない。すでに勝負はあったが、魔王軍の兵士は諦めない。たとえ素手であり、両腕がなかったとしても、首だけでも命をとりにくるのが魔王軍の兵士だった。
「両手を取った程度で、勝ったと思うな!」
バーナは傷ついた腕を振りかざしながら、口を開きメリルに飛びかかった。
バーナの捨て身の攻撃に、メリルは動じることなく、狙いすました槍をバーナの眉間に突き刺す。
額を貫かれたバーナは、音を立てて大地に倒れ伏した。
動かなくなったバーナを見て、メリルは大きく息をついた。
「ああ、大変だった」
メリルはやれやれと息をこぼし、尻餅をついた。
全身血塗れだった。特に脇腹の傷がひどい。槍一本奪うのにこの始末。まるで割りが合わなかった。
「やっぱ貧乏くじだった」
メリルはもっと楽な相手が良かったと小さくぼやいた。
とは言え、まだ戦いは終わっていなかった。大物のグエンナは残っているし、さらに城館の外には百の魔族がひしめいている。正直どれだけ大金をもらっても、割が合わない仕事だった。
だが逃げるわけにはいかない。
メリルの脳裏には、指揮官でもある伯爵令嬢の顔が思い出された。
「ロメリア様のために、もうひと働きしますか」
メリルはぼやきながら立ち上がった。
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