第十話 カシュー地方③
天を突くように並べられた槍が、一斉に振り下ろされる。兵士たちが掛け声を上げて前へと槍を突き出し前進する。広場の端まで前進すると、その場で回れ右をして、また再度同じことを繰り返す。
カルルス砦のすぐ横に設けられた練兵場では、集められた新兵たちが訓練をしていた。
すでに基礎的な訓練や体力づくりは終えていたので、一応形にはなっている。
ただし実戦経験のある古参兵がおらず、訓練も型通りのものでしかない。実戦でどれほど通用するのかは未知数だった。
弓兵もおらず、接近戦しかできないのも問題だ。新兵たちに弓を扱ったものがいなかったため、使いこなすには時間が足りなかった。今後適性を見て訓練をしていきたい。
適性と言えば、魔法の適性も調べておきたいものだった。
魔法の適性を持つものは少なく、百人に一人いればいい方だと言われているが、もしかしたらこの中に一人ぐらいいるかもしれない。
適性を調べるための触媒は手元にはある。
魔法の絵具と呼ばれる粉末で、魔力に反応して性質が変化する。
これを握り締めた後、火にくべると炎の色が変わり魔力を判定できるという仕組みだ。
検査はいつでもできるが、高価で何より入手困難な品物。今はセッラ商会に都合してもらった分しかない。ギリギリ二十人分ぐらいはあるが、どれだけ戦えるか未知数な新兵には、気軽に使用できなかった。
あと治療を行う癒し手の不在も問題だ。本来砦には最低でも一人の魔法使いと二人の癒し手を常駐させるとなっているが、魔王軍が現れたため国中から魔法使いと癒し手が引き抜かれていて、現在そのどちらも空席のままだ。
魔法使いがいないのは仕方ないにしても、傷を治す癒し手がいないのは困る。戦えば負傷者が出るのは当然だし、訓練でも怪我人は出る。せめて一人は早急に都合をつける必要があるが、これも今はできない。
無い無い尽くしで頭が痛いが、今はあるもので我慢するしかない。
「アル、調子はどうですか?」
新兵たちの間には階級も序列もない。とりあえずのまとめ役として威勢のいいアルを仮の隊長とした。
「見ての通り完璧です」
自信過剰な発言だが、今は指摘しない。隊長職も失敗するまではそのままにしておこう。
「それは何より。では訓練は今日で終わりです。先ほど情報が来ました。南に二日ほど下ったところにある村で、魔物が出たそうです」
山に入った村人が、小型の魔物十匹と遭遇したと報告があった。
魔物とは野生動物が何らかの原因により変化し、凶暴化した姿だ。
これまでは時折報告される程度だったが、魔王ゼルギスはいかなる方法を用いたのか、自在に魔物を作り出すことに成功した。
しかもゼルギスが生み出した魔物は、ほかの動物を魔物にする力を持っているらしく、魔王軍が放った魔物が各地で増殖し、国土全体をむしばむ災いとなっている。
「魔王軍が生み出した魔物は特に凶暴で、人間に敵意を持ち、見境なく襲ってきます。放っておけば村が襲撃されるのも時間の問題でしょう」
件の村は、魔物との遭遇以降は山に入らず、自衛を心掛けているらしいが、いずれ魔物が山を下りて集落を襲うだろう。そうなる前に駆除すべきだ。
「よ~し、おまえら。実戦だ!」
アルが威勢よく声を張り上げる。何人かの兵士はつられて声を上げた。生意気だが、威勢のよさが少しは役立ちそうだった。
翌日、宣言通り兵士たちを伴い、砦を出発した。
私を入れて三名が馬に乗り、最後尾が食料を積んだ荷馬車という編成だ。
出発前にはカイロ婆やが何度も引き留めたが、ここで止まるわけにはいかなかった。
行軍の速度はそれなりに速い。二十人しかいないので、軽快に進んでいく。それに何人かの兵士たちは褒美に目がくらみ、早く敵を倒したいと考えているようだった。
士気はそれなりに高いようだが、あまりあてにはできない。しょせんは金と使命感で作ったかりそめの物、吹けば飛ぶような威勢のよさだ。実戦で吹き消されないことを祈るほかない。
兵士に合わせて馬を進めると、すぐ隣に乗る兵士がこちらを見ていた。
レイという名前の兵士だった。
そばかすの浮いた顔に幼さの残る青年で、青白い肌に痩せた体とひょろ長い身長は、日当たりの悪い場所で育った大根のようだ。私よりは少し年上だが、その顔のせいで年下にさえも見える。
「なにか?」
「あっ、いえ。馬に乗るのが上手だなと思って」
話しかけられると思っていなかったのか、レイはしどろもどろになりながら受け答えをする。
「王子と旅をしていたときに、馬に乗る機会がありましたから」
旅は基本徒歩だったが、時には馬を借りて移動することもあった。初めはうまく乗れなかったが、旅先で出会った草原の民に馬術を教えてもらい、最後には五人の中で一番うまくなった。
女が馬に乗るなどはしたないと言われるだろうが、足手まといになるつもりはない。
「馬は好きです。馬車も扱えますよ。風雪に覆われた北方凍土を旅したときは、犬ぞりも扱いました」
動物は好きだ。特に馬は美しい生き物だと思う。
「それはすごいですね」
レイがお追従を言うと、隣で口笛が聞こえた。
「ほんとだ。まさに野生児」
レイの隣では、同じく馬に乗るアルが偉そうな顔で笑っていた。
レイがアルを小声で注意するが、本人はどこ吹く風。私も咎めたりはしなかった。
「そういうあなたたちはなぜ馬に乗れるのですか? たしか農民でしたよね?」
農民出身で馬に乗れるのは珍しい。
「ああ、俺は勇敢だから、農耕馬に乗っていた」
アルが自慢げに言うが、勇敢と無謀をはき違えた言葉だろう。とはいえ、無謀は兵士にとって必要な要素でもある。
しかし農耕馬を持っているということは、なかなかの豪農なのかもしれない。
「あの、僕は農民ではありません。その、教会の孤児院で育ちました」
レイが控えめに主張する。
「へぇ、ああ。だから読み書きや算術ができるんですね」
レイは馬に乗れるほかに、読み書きや簡単な計算ができる。
農民は自分の名前が書ければ十分とすら言われている中、教育が行き届いているなと思っていたが、なるほど、そんな理由があったのか。
「教会で手伝っていたのですか?」
「はい、父親代わりの神父様は薬草の知識があったので、周辺では医者代わりでした。あちこちの村によく出かけていたのですが、急患がやってくると呼びに行かなければいけなかったので、僕が馬に乗って呼びに行っていました」
「それは素晴らしいですね」
人を助けるために技術を得たのであれば、褒められるべきだ。
素直に褒めると、レイは顔を俯かせて鼻を掻いていた。どうやら褒められることに慣れていないらしい。
そんなレイをアルがつつく。二人は言い争う。仲のよろしいことだ。
しかし二人には期待している。
アルは生意気だが体格がよく、新兵の間では一目置かれている。現在は仮の隊長としているが、失敗しなければ正式な隊長にしたい。レイは兵士にしては気弱すぎるが、読み書きができるため、ゆくゆくはいくつかの管理は任せてしまいたいと思っている。
それぞれに欠点はあるが、今は長所に期待したい。




