第三話
家に帰ってきて父親であるデュアル·アクセル公爵の熱烈なハグをかわしながら母親であるミリア·アクセル公爵夫人に帰ってきた挨拶をする。
「ただいま帰りました。無事に学院を卒業出来ましたわ」
「無事に帰ってきて安心しました。学院もこんなに早く卒業できるなんてフューリはアクセル家の誇りですね」
そう言ってお母様は私の頭を優しく撫でてくれる。
「でもいくらあなたが強いと言っても盗賊を相手にしたなんて心配したのよ?」
悲しそうな表情で私を見つめるお母様。
帰りも護衛として一緒に馬車に乗っていたアンリとターナに余計な事を言ってくれたなと、軽く睨み付ける。
「アンリとターナには私が監視するように言っていたのよ。だから二人は何も悪くないわ。よく聞いてフューリ。あなたには凄い才能があって、これからも色々な危険な事に足を突っ込むのはわかるわ。でもね、お父様や私にとっては、大事な可愛い子供なの。それだけはわかっておいてね」
お父様も涙を流しながら頷いている。
良い両親だ。今までの人生の中でも優しい両親はいたが、大貴族の両親でここまで良い両親は始めてだ。
お母様に優しく抱きしめられながら、過去の人生を思い出す。
捨て子で教会で育てられ貧しかった人生、王族に生まれながらも日々命を狙われ続けた人生。他にも苦労した人生はあったが、最後の転生先は幸運だった。女じゃなければだが!
お父様も泣きながら私を抱きしめてくる。
正直男に抱きつかれるのは嫌だが、心配をかけたのも事実なので、ここは黙って抱き締められておく。
二人に抱きしめられている私を見て、号泣しているアンリとそのアンリにハンカチを渡しながら、私達三人を優しい眼差しで見つめているターナ。
こんな空気の中言いたくないのだが、言うしかあるまい。
「お父様、お母様、心配かけてごめんなさい。でも私は大丈夫ですわ。思ったより早く魔導学院を卒業出来たので、冒険者になろうと思っているぐらいですもの」
軽い調子で言ってみたものの全員に反対された。
「冒険者なんて五歳のフューリには早すぎる」「言ってるそばから危険に飛び込んでどうするんです!」「お嬢様、冒険者は野蛮な者も多く、あまりお勧め出来ません」「もう少し成長してからの方がわたしもいいと思いますけどね」
まぁ、反対されるのはわかった。でも最後の転生ライフは好き勝手に生きると決めたのだ。ここは押し通す。
「皆様が心配してくれているのはわかりますわ。でも公爵令嬢なままだとこの広い世界を知ることが出来ません。私はもっと視野を広げたいのです! どうか冒険者になることをお許し下さい」
お父様は相変わらず反対だと駄々をこねる子供のように叫んでいるが、お母様は私の目を見る。
「あなたにはやりたいことがあるのですね。そしてその為には冒険者にならなければならない。……わかりました。しかし冒険者の拠点ギルドはアクセル家が統治する公都フィレンツェのギルドにする事が条件です。いいですね」
「ありがとうございます。それでは早速フィレンツェのギルドに行ってきます」
駄々をこねるお父様を無視して家を出る。
アンリとターナがついてこようとしたが、冒険者になるのだからお付きはいらないと断った。そうじゃないと好き勝手に冒険出来ないからね。
早速公都フィレンツェのギルドに到着し、中に入る。
中に入ると、歴戦の冒険者や新人の冒険者などが依頼が貼ってあるクエストボードを見ていたり、カウンター席の受付嬢と話しているのも見かける。何度も転生生活で冒険者にはなってきたが、やはりどこのギルドも似たようなものだ。
違うのは私を見る目。今までの転生では冒険者になるとかなりの確率で絡まれたものだが、公都なだけあって私を知っているものがほとんどだ。公爵令嬢が何をしに来たんだろうという好奇な目を向けられている。
そんな視線を無視して空いている受付嬢のカウンターに向かう。
「い、いらっしゃいませ。ほ、本日のご用件はなんでしょうか?」
公爵令嬢である私にえらく緊張しているようだ。
「そんなに緊張なさらないで。私は冒険者になりに来ただけだから」
受付嬢はポカーンとしばらく停止していたが、我に戻ったのか「少しお待ちくださいと席を離れ、三階の部屋に入っていく。
しばらくすると、応対してくれた受付嬢と一緒にガタイが良い四十代前半ぐらいの男性が一階に降りてきた。
「おいおい、本当にフューリ様じゃねぇか。冒険者になりたいってのは本当か?」
「お久し振りですね、アルジェイド様。ええ、本当に冒険者になりに来ました」
この公都フィレンツェのギルドマスターであるアルジェイドとは、お父様から紹介されて何度かあっている。
平民でありながら、若い頃冒険者ランクSSまで登り詰めたアルジェイドはギルドマスターという地位を得ている。
「フューリ様よぉ、あんたの魔法の才能や剣術の才能も認めているよ。だがな冒険者はそれだけで生きていけるほど甘くねぇ。せめてあと十年待ってから出直してきな」
周囲の目もやめておいた方がいいと訴えている。
冒険者が大変? そんなこと百八回転生した私がわからないとでも?
「私には出直す時間はございませんの。どうすれば私を冒険者認定してくれますの? それだけが私が欲しい言葉ですわ!」
「……この事は公爵様は知っているのか?」
「ええ、お父様は反対なさりましたが、お母様から許可は頂いております」
「そうか、公爵夫人が許可を出しているなら話は別だ。ついてこい」
そう言うとギルドの奥の扉を開けてついてくるように手で促すアルジェイド。
ついていくと、奥の部屋は広い修練場になっていた。
「ここにはよく力がないくせに冒険者になりたがる無謀者がよく来るんだ。そのたびにここでテストして合格した者だけが冒険者になれる。いつもは担当の審査員がテストするんだが、今回は特別だ。このギルドマスターである俺様が直々に相手してやる。武器はお互い木剣。魔法はあり。俺様に一撃でも与えられたら冒険者として認めてやるよ!」
そう言った瞬間、修練場に凄まじい闘気が満ち溢れる。
ついてきた受付嬢が闘気に当てられ、ぶるぶる震えながら「無茶ですよ! いくらフューリ様が才能に溢れていても、元SS冒険者のアルジェイドさんを相手にするなんて!」
「ご心配してくれるのはありがたいのですが、止めなくて結構ですわ。それと一撃当てるだけで本当によろしくて?」
その瞬間、私も闘気を放つ。受付嬢が気絶した。
まぁ、久しぶりに骨がありそうな人間と戦えるのだ。
せいぜい楽しませてもらうとしよう。
◆◆◆
おいおい、聞いてないぜデュアル。お前の娘がこんな化け物だなんて。
剣術だけでこちらを圧倒してるんだがっ!?
魔法で身体強化してるんだろうが、剣撃の一撃一撃が速くて重い!
その上まだ本気を出していない。こっちは受けるだけで精一杯だってのに!
現役から退いて五年。すっかり書類仕事が多くなった俺だが、それでも毎日修練は怠っていない。なんならすぐに現役に戻ってもSS冒険者として活躍できるだけの実力は未だに持っていると自信を持って言える。
その俺が防ぐだけで精一杯だとっ!?
デュアルとは身分の差は違えど、弟と思えるほどに仲が良くて、この娘はそのデュアルの子供なのだ。
俺にとって姪の様な存在のフューリを危険が多い冒険者になんかにわざわざさせたくない。
デュアルだって同じ気持ちの筈だ。だか妻であるミリアが許可を出したのなら、尻に敷かれているデュアルじゃ止める事はできない。
なら力付くでも止めてやろうと思ったらこの有り様だ。
「そう言えば、魔法も使っていいんでしたよね?」
フューリがそう言うと、様様な攻撃魔法が空間を埋め尽くす。
それが俺に向かってくる。
舐めるなぁっ!! これでも死地を何度も乗り越えてきたSS冒険者だ!
木剣に魔力を纏わせ、一斉に向かってくる攻撃魔法を斬って斬って斬りまくる。
なんとか全ての攻撃魔法を斬り終えたが、目線の先には、目で視認出来る程の膨大な魔力を纏わせた木剣をかまえるフューリ。
「ちょ、ちょっと待」
――ズドンッ!!
「な、何?」
大きな衝撃音がして起き上がる。あれ? 私寝てたの?
確かアルジェイドさんとフューリ様の戦いを止めようとしてたのだ。それからの意識がない。
音がした方を見ると優雅に佇むプラチナブロンドの長髪のフューリ様と修練場の壁にめり込んだアルジェイドさん。
えっ? ど、どういう状況!?
混乱していると、フューリ様がこちらを見て「確か一撃当てればいいんでしたよね?」とにこやかにおっしゃる。
その一言でやっと頭が現実に追いついた。
「アルジェイドさんっ!?」
アルジェイドさんに近づくと呻き声が聞こえる。
良かった。早く聖属性魔導師に回復してもらわないと。
外に助けを呼びに行こうとしたら、フューリ様がアルジェイドさんに近づき手をアルジェイドさんの傷口に当てる。
すると、上級の聖属性魔導師でも治すのに数日はかかったであろう大ケガが一瞬で治ってしまう。
「……ううっ、フューリ様。あんたが傷を治してくれたのか?」
意識を取り戻したアルジェイドさんに向けて改めてあの言葉を言う。
「一撃当てればいいんでしたよね?」
その日史上最年少の冒険者が誕生した。
読んで頂きありがとうございました。