第十話
暇だ。何もする事がない。
ウォーロック要塞の総司令官になったはいいものの、最初は死ぬほどあった書類も副官のリッサ·メルス少尉と副官補佐になったアンヘル·ビーツのおかげで、あっという間になくなった。
アンヘルの兄であるアルベル·ビーツには、冒険者になって修行する事を進めた。
帰ってくる条件は冒険者ランクSSSになる事。
まぁ、彼ならすぐになれるだろうが。
そうそう、最近は同じ要塞務めになったルート·マイル男爵に魔法の修行をつけている。
先の戦争で彼も褒賞を貰い、男爵に爵位があがっている。
彼には未来の私の賢者になってもらう予定だが、他に魔導師で部下にしたい人物が近くにいない。
そう言えば、魔導学院時代にシーファ·バルストとサーシャ·バルストは中々見込みがあった。
兄の方は家を継がなければいけないだろうから部下には出来そうにないが、妹の方はルートの話によると、ルートと同じ宮廷魔導師になっているらしく男爵の爵位をもらっているらしい。
サーシャには嫌われていた記憶しかないが、なんとかなるだろう。
◆◆◆
ど、どうして我が家にフューリ·アクセル子爵がいますの?
それでどうしてお兄様とお茶しているの?
「やっと起きてきたか。フューリ子爵がサーシャに用があるらしいよ」
先の帝国との戦争で英雄になられたフューリ子爵が私に用?
ダメだ思いつかない。
「サーシャ、ボーッとしてないで座ったらどうだい? すぐに君のお茶も用意させるから」
「そ、そうですわね。座らせて貰うわ。それで私に用とは何かしら? こう見えても私宮廷魔導師になってから忙しいの」
「何言ってるんだい? 『今日から三連休ゴロゴロしまくりますわ~』と昨日言ってたじゃないか」
「わーわ~お兄様っ! あまり余計な事は言わないで!」
「はっはっはっ、顔を真っ赤にして照れなくても言いじゃないか。どうだい? うちの妹は可愛いだろ?」
「ええ、可愛い過ぎてウォーロック要塞に連れて帰りたいぐらいですわ」
フューリ子爵に可愛いと言われましたわ、今日は幸せ過ぎて寝れないかも?
そんな幸せに満ち溢れた私と違い、お兄様は怪訝な表情でフューリ子爵を見つめる。
「……まさか本当にサーシャを要塞に連れて行く気かい?」
「ええ、国王陛下の許可もとっておりますわ」
するとフューリ子爵は、懐から国王陛下の認可状を私とお兄様に見せる。
「うーん、困ったなぁ。サーシャにはセレスト公爵家の次期当主と縁談があってね。バルスト公爵家の次期当主としては、結婚して欲しいところなんだけど?」
「お兄様、前からその縁談は断ったではないですか!」
「でもお前も十八才とそろそろ身を固めても言い筈」
「婚期がなんですか! 王命とあらばこのサーシャ·バルスト、喜んでウォーロック要塞に出向しますわ」
せっかくフューリ子爵とお近づきになるチャンスを手放してなるものですか!
「はぁー、あちらのセレスト家のタルンダ·セレスト殿は、えらく気にいってたから、断るので胃が痛いよ」
「そんなの勝手に縁談を進めた父様とお兄様が悪いのですわ。支度をしてくるので待ってて下さいますか?」
「ええ、待ってますわ」
フューリ子爵を待たせないようにさっさと準備しなくては!
メイドにも手伝ってもらい荷物を抱えてフューリ子爵のもとへと向かう。
「随分なお荷物ですね。このアイテム袋をお使い下さい。それとテレポーテションの魔法で要塞まで移動しますので馬車は必要ありませんわ」
流石はフューリ子爵。聖属性と闇属性の魔法でしか作れないアイテム袋を作り、その出来は五つの豪邸が建てられる程の値段がつけられるほど。そしてテレポーテションの魔法は帝国の賢者しか使えないと言われる程の大魔法。
まさしく神童。
「さぁ、アイテム袋に荷物を入れたら、私の手を握って?」
フューリ子爵の手を握る。あ、小さくて可愛い手だわ。
「じゃあ、シーファ様。サーシャ様はお預かりしますわ。テレポーテション!」
次の瞬間目の前には巨大な要塞の入口がありました。
「要塞に入る際に身分証を見せないと入れない決まりになっていますの。サーシャ様の身分証は事前に作ってありますので、これを門番に見せれば入れますわ」
フューリ子爵から渡されたカードには私の名前と男爵、
魔導師、と書かれていましたわ。
早速カードを見せて中に入る。
するとそこには、気に入らない奴がそこにいました。
相手も苦虫を噛んだような顔をしていますわ。
「本当は私が案内したい所なんだけど、別件があるので代わりにルート·マイル男爵に案内を頼みましたの。同級生同士だし気を使わないですむでしょう? だから後は頼みましたわ、ルート」
「本当に連れてきたんだね。はぁー、上官の命令には逆らえないししょうがなく案内するよフューリ」
フューリ子爵は苦笑いをしながら、ルート·マイル男爵の肩を軽く叩き、去っていく。
「案内役がよりにもよってあなたですか!」
「僕だって君の案内役なんて支度なかったけど、フューリが同じ元宮廷魔導師だし、部屋も同じ区画にあるから案内するようにって言ったんだからしょうがないじゃないか」
学生時代からイライラさせる方でしたが、今日程頭にくる日はありませんわ! だって……
「なんでフューリ子爵を呼び捨てにして親しげにしてますの!? たかが男爵になったぐらいで身分の差もわからないのですかっ!?」
「フューリがその方が楽だからそうしてるんだよ。羨ましいなら君だってもっとフランクに話せばいいのに」
くっ、この方には学生時代の時に私がフューリ子爵に憧れてるのを知られている。
「……そんな今更出来ませんわ!」
学生時代にあんなに嫌みを言ったのに今更仲良くしましょうは都合が良すぎる。
「君も難儀な性格をしているよね。まぁ、とりあえず部屋に案内するからついてきてよ」
嫌々ながらも彼についていき、まず自分の部屋にフューリ子爵がくれたアイテム袋から荷物を出す。
「随分と多い荷物だねぇ」
そう言いながら私が荷物を整理するのをボーッと眺めているルート男爵。
「手が空いてるなら荷物の整理を手伝って欲しいのだけれど?」
「えー、なんで僕が手伝わないといけないの?」
「そうしないと他の案内が今日中に出来なくなるのは、あなたも嫌でしょう?」
他の施設も案内するようにフューリ子爵に言われているのだ。
「しょうがないなぁ」と言いながら、手伝い始めるルート男爵。
人手が増えたことによりスムーズに片付けが終わり、食堂や入浴室、道具屋、会議室など一通り終わる頃には、夕食の時間になり、食堂へと足を向けると、ルート男爵もついてきましたわ。
「なんでついてくるんですの?案内はもう終わったでしょ」
「なんでって、僕だって夕食を食べに行きたいし、それに食堂での食事の貰い方も少し変わっているからね。しょうがないけどそこまでは教えるよ」
「それなら仕方ないですわね。ついてくる事を許可しますわ」
「なんで教えられるに上から目線かな」とぶつくさ言っていますが、そんなことよりも軍での配給食はまずいと評判ですわ。
家からシェフを呼んじゃダメなのかしら。
そんなことを考えながら食堂に着くと、入口前にA定食、B定食とボードに書かれたものがあり、そのボード横にはA定食、B定食と書かれたチケットが置いてある。
「うーん、今日はA定食が豚カツ定食で、B定食が天ぷら定食かぁ。どっちも捨てがたいけど、A定食にしようかな。君はどっちにする?」
「そう言われても聞き覚えのない食べ物だからどちらを選べばいいか分からないですわ」
「そっかそうだよね。ここの食事はフューリが料理人に教えた料理が出てくるんだけど、それが奇抜なんだけど美味しいんだよ。でも初めてなら僕と一緒のA定食にしておこうか」
そう言ってボード横のA定食と書かれたチケットを二枚とり、一枚を私に渡してきました。
チケットを受け取り、彼についていくと、料理を受け取るカウンターにいる料理人の方に「ご飯多めで!」と言ってチケットを渡したら番号の書かれた木の札を料理人の方から受け取る。
私は疑問だらけの中彼を真似して「ご飯多めで!」と言ってチケットを渡したら、私にも彼とは別の番号が書かれた木の札が渡された。これをどうしろと?
呆然としているとルート男爵が「とりあえず席に座ろう」と言って、席を見渡すがどこも席は埋まっている。
ルート男爵は奥のテーブルの方を指差しすると、そこは空いており、なおかつそこにはフューリ子爵が座って食事をしていましたわ。
「あそこのテーブルは高官専用のテーブルなんだよ。僕らも爵位を持っているから高官扱いであそこに座れるんだ」
そう言いながらフューリ子爵に近づいていくルート男爵。
「隣に座ってもいいかいフューリ?」
「ええ、どうぞ」
笑顔で空いてる席へ私達を促すフューリ子爵。
「あれ? フューリはBの天ぷら定食にしたの?」
「ええ、季節の野菜や海老、イカに鳥の天ぷらとお吸い物で中々のお味ですわよ?」
「うわぁ、そっちにしておけば良かったかも」
「お二人ともA定食を選んだのかしら?」
「うん、でも色々食べられるそっちの方がよく見えてさ」
「あら、今日のA定食はビッグボアの肉で作った豚カツらしいですわよ?」
フューリ子爵がそう言うと同時にルート男爵が持つ木の札の番号と私の持つ木の札の番号が呼ばれたのでカウンターまで食事を取りに行く。
「うわー、ビッグボアの豚カツなんて食べられるなんて今日はついてるよ!」
受け取った食事は肉にパン粉をつけて揚げたらしいボリューム満点の料理と、付け合わせにキャベツが豚カツと呼ばれている肉料理の横に置かれており、卵とじのスープもついている。
ルート男爵は喜んでいるが、盛られているご飯の量が半端じゃないですわ。
「私こんなにご飯食べられませんわ!」
「えー、ご飯多めでって言ったのサーシャ男爵でしょ?」
「あれはあなたの頼み方を真似したからですわ!」
「まぁ、頼んでしまったのはしょうがないし、ここの食事は美味しいから思ったよりもペロリと食べられるかもよ?」
そう言いながらフューリ子爵の隣に座るルート男爵。
ならこちらは向かい側の席に座ってフューリ子爵の可愛らしさを堪能しますわ。
ジーっとフューリ子爵を見つめていると、勘違いしたらしく、「この海老の天ぷら良かったら食べられます?」と食事をねだったみたいになってしまった。
断るのも悪いので、豚カツの一切れと交換する事にしましたわ。
まずはフューリ子爵から頂いた海老の天ぷらと言う料理を食べる事にしましたわ。
塩をつけて食べると外側な衣がサクサクで中の海老の旨味を閉じ込めていてとても美味ですわ。
次に自分の豚カツを食べてみますわ。専用のソースをかけて食べてみると、天ぷらの衣と違い、ザクザクとしたパン粉の衣の中に歯を入れると、濃厚な肉汁が溢れてきましたわ。これも美味ですわ。専用のソースの濃いさと上手い具合に調和していてご飯が進みますわ。付け合わせのキャベツも一緒に食べるとキャベツの甘味が際立ってこれも美味ですわ!
無理と思っていたご飯も卵とじのスープの旨さもあってキレイに食べてしまいましたわ。
ルート男爵がニヤニヤと私を見てますわ。しょうがないじゃない。こんなにも美味しいとは思っていなかったんですもの。
「それにしてもチケットを渡して、番号の書かれた木の札をもらい、番号が呼ばれたら取りに行くシステムは大変効率的ですが、料理と同じくフューリ子爵の案ですの?」
「食堂だけじゃなくて要塞内もフューリの指示で効率的な運用をしているよ。その為に君が呼ばれたんだろうし」
どういう事かと首を傾げていると、フューリ子爵が私を呼んだ理由を説明してくださいましたわ。
現在のウォーロック要塞にはまともな魔導師はルートを入れても数人しかいないらしく、後は初級魔法しか撃てない連中ばかりらしい。これからちゃんとした魔導師団を要塞に作るにあたって、魔導師団長をルート男爵に、副団長を私に任せ、未熟な者達を指導していっぱしの魔導師にするのがフューリ子爵の考えらしいですわ。
「でも私に副団長が務まるかしら?」
「私は短い学生時代でしたけど、ルートとあなたのお兄様、それからあなたにはとてつもない魔導師としての資質を感じてましたの。先の戦いでは、岩山の要塞化、新兵器の導入という奇襲で勝てました。しかし、次は相手も何らかの策を練ってくるかもしれませんわ。だから相手が疲弊している今のうちに要塞の中身を強化しようと当時目に止まっていたあなたに声をかけたのだけれど、本当に嫌なら王命など気にしなくてもいいですわ、陛下には私から伝えておきますので」
まさか、学生の頃から目をつけてくれていたなんて。
感激ですわ。
ルート男爵の下につくのは癪ですけど、フューリ子爵、いえ、フューリ様の為になるのなら喜んで副団長になりましょう!
「任せてください、フューリ様! 必ずやご期待に添えるような魔導師団を作り上げてみせますわ!」
「ええ、期待してますわサーシャさん」
ニコリと私の名前を呼びながら微笑んだ。
ああ、もう史上最強の魔導師団を作り上げてみせますわ!
読んで頂きありがとうございました。




