プロローグ
自分の最初の名前さえ思い出せない随分昔の事だ。
飲酒運転をしていた相手のせいで交通事故にあった。
真面目に生きてきた自分がなぜと思った。
親から学校から言われてきた社会のルールやモラルも守ってきた。
人が困っていたら助けたし、寄付も随分してきた。
ごみを道端に捨てる奴には、注意し無視されたら自分が代わりにごみをゴミ箱に捨てた。
赤信号なのに車が来てないと渡る奴らも大勢いたが、自分は青信号になるまで待ってから必ず渡っていた。
そんな自分を偽善者と呼び、臨機応変に動かないとと笑いながら言っている奴らがいた。
実際社会で出世するやつは自分を偽善者と呼び、臨機応変に動かないとと笑っていた奴らだった。
上司の前だけいい顔をし、仕事はこっちに丸投げ。
その仕事を自分の功績にし、ミスは自分のせいにされた事もある。
おかげでうつ病になって一時自殺しようと考えたが、自分を生んでくれた親や親しくしてくれる友人の事を考えるとできなかった。
うつ病になった職場が自分以外女性だった事もあり、女性不信になった。
中学、高校と男子校だった事もあって恋愛をせずに死んだ。
飲酒運転をしていた車に轢かれ、三十才で死んだ。即死だった。
ギャンブルもタバコも酒もやらずに真面目に生きてきた自分が馬鹿だったのか?
その問いに「違う」と答える声がして目を開けると、白い部屋に白い服を来た老人が立っていた。
「それは違うぞ青年よ。儂はお主を見ておったぞ。皆が楽な方向にズルして生きていくなか、お主は随分と真面目だった。さぞ辛かっただろう。それでも煩悩に負けずに生きたお主には、百八回の転生を許そう」
「それってどういう意味……」
言い終わる前に視界が歪み暗闇に落ちていく。
最後に見た老人の顔は、にやけていた。
その顔がやけに印象的だった。
「おぎゃーおぎゃー」
うるさいなぁ、目を開けると視界はボヤけて良く見えない。
それよりもこの赤ちゃんのような泣き声、随分近くで聞こえてくるなと思ったらどうやら自分のようだった。
戸惑いながら成長していくうちに、何で前世の記憶を持っているんだろうと思いながら中世ヨーロッパに近い世界で兵士になり、国の為にと戦い戦死した。
視界が暗闇に落ちていくと「おぎゃーおぎゃー」とまた泣いている自分。
この時ようやくあの白い部屋で白い老人に言われた意味を知った。
自分は記憶を持ったまま、百八回転生出来るのだと。
それからは魔法が使える世界に転生したり、武術がすべての世界、戦国時代や近未来な世界、最初の世界と似たような世界にも転生したし、超能力が使える世界、ロボットで戦う世界にも転生した。
だが、どの世界でも自分は真面目に生きぬいた。
いくら前世の記憶を持っていても真面目に生き抜くのは、大変難しい事だ。結局はどの世界でもずるい奴が得をしているのだ。
それに抗おうとした所で力がなければ潰されるだけ。
しかし、何回か転生していく内に賢者や剣聖、聖者、革命者などと呼ばれるようになった世界もあった。
そのあとも真面目に生きてどの世界でも名を遺す程の偉人になった。
自分の頑張りが認められることは、嬉しい、大変嬉しいが結局、ズルする奴が得をするという定義は変えられなかった。
それに最初のトラウマで百七回も転生したのに女性と関係を持つ事が出来なかった。
だから最後の一回は、真面目に生きている人間が得をする国を作る事にしたし、トラウマを乗り越えて女性と関係を持ち子孫を残す事を目標に、大勢の人間に看取られて逝く百七回目の人生を終える。
「おぎゃーおぎゃー」
目を覚ますともう慣れた光景。
視覚はまだはっきりと見えないが、分娩室だろう。
私を取り上げた女性が恐らく母であろう人物に私を抱かせる。
視界はまだぼんやりとしか見えないが、母親であろう人物が笑顔で私を撫でてくれるのがわかる。今回の転生先の親はまともな様で良かった。
生まれたと同時に捨てられたり、親に虐待を受けた人生もあった。
だか親がまともなら男として最後の人生の目標を目指すのには、最適だ。
だが次の助産婦の言葉で考えていた人生設計が、ガラガラと崩れる。
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
……はっ? ……はっぁぁぁぁあっ!? 女の子?
ふざけるなよあの神様ジジイ! 今まで男で最後が女だと?
どう考えても自分で遊んでいるようにしか見えない。
だからあの時、にやけていたのだ。
いいだろう。そっちがその気ならこっちも最後は好き勝手させてもらうからな! 後悔すんじゃねぇぞ!!
読んで頂きありがとうございました。