Rainy Bithday
水玉模様の傘、赤いレインコート、ピカピカの黄色い長靴。
女の子は晴れわたる空の下を、そんな格好で歩いていた。
ときどき道ですれちがう人たちが、「あれ?」と首をかしげる。こんなにいい天気の日に、どうしてあんな格好をしているのだろう?
当の女の子はそんな目線を気にすることなく、水玉模様の傘をくるくると回しながら、歩道を練り歩いていた。
女の子があじさいの生け垣を通ったとき、いっぴきのカタツムリが不思議そうに声をかけた。
「晴れなのに、どうしてそんな格好をしているの?」
「今日はわたしの誕生日だから」
「誕生日だと、なぜ雨傘を差すの?」
「わたしの誕生日はいつも雨が降るから」
「そうか、それはいい知らせだ」
カタツムリはのそのそと葉っぱのうらにもぐっていった。
女の子が公園の池のそばを通ったとき、いっぴきのカエルが飛び上がって声をかけた。
「その格好、これから雨が降るのかい?」
「ええ、そうよ。わたしの誕生日はいつも雨が降るから」
「そいつはめでたい!雨降りでおまけに誕生日とは!」
「そうでしょう?素敵でしょう?」
「河原へ行ってみるといい。気のいい河童が、素敵なプレゼントをくれるかもしれないよ」
女の子が河原へ行くと、浅瀬で河童が水浴びしていた。
「やあきみ、川で遊ぶなら、カッパより水着のほうがいいんじゃない?」
「今日は誕生日なの。河童さんがプレゼントをくれるかもしれないって、カエルさんが言っていたわ」
「プレゼントかあ。何がいいんだい?」
「雨を降らせてくれるとうれしいわ。わたしの誕生日はいつも雨なの」
「いいとも。そのくらいは朝めし前だよ」
河童が浅瀬でジャブジャブ雨ごいのダンスを踊ると、ぽつり、ぽつり、天から雨のしずくが降ってきた。
「すごい、すごいわ河童さん!」
女の子は喜んで、河童といっしょに浅瀬でジャブジャブ跳ね回った。雨はだんだん激しくなり、女の子は川底に足がつかなくなった。おぼれそうになってジタバタしていると、だれかに腕をつかまれて、グイッといかだに引き上げられた。
「大丈夫かいお嬢さん?」
「助けてくれてありがとう。あなたはだれ?」
「冒険家だよ。川下りの練習をしていたんだ」
「練習?これは本番じゃないの?」
「浅瀬でイメージトレーニングしてるうちに流されてしまったんだ」
女の子はいかだに乗って、冒険家と海まで下った。
「すっかり雨が止んでしまったわ」
女の子は残念そうに、いかだの上を行ったり来たりした。いかだを結んでいた縄がゆるんで、バラバラになった。
「ごめんよ、救命胴衣はひとつしか積んでいないんだ」
波にさらわれていく冒険家に手をふり、女の子は木切れにつかまって漂流した。傘が帆の役割を果たし、女の子を無人島へ運んだ。
無人島の浜辺には、日光浴をしているカニがいた。
「やあ、すてきなパラソルだね」
「パラソルじゃないわ。雨傘よ」
「こんなにいい天気なのにかい?」
「さっきまでは雨が降っていたの。残念だわ。まだ誕生日は終わっていないのに」
「そんなに雨が好きなら、クジラに頼んでみるといい」
「クジラさんは、どこにいるの?」
「この下さ」
カニが言い終わるか終わらないかのうちに、無人島がザブンザブンと浮き上がり、巨大なクジラになった。
「呼んだかい?」
「ああびっくりした。島じゃなかったのね」
「これはめずらしいお客さんだ!歓迎するよ」
「クジラさんは、雨を降らせるってほんとう?」
「ほんとうだとも。見ててごらん」
巨大なクジラは女の子とカニを乗せたまま、空に向かって勢いよく潮を吹いた。霧のような雨が降りそそぎ、女の子は傘を振り回して喜んだ。
「虹がかかったわ!」
「天気がいいからね」
「おかげでとっても素敵な誕生日になったわ。ありがとう」
「なに、今日はきみの誕生日なのかい?よし、もっとサービスしてあげよう!」
巨大なクジラはいったん深く沈みこむと、勢いよく飛び上がって、空一面水でうめつくすほどのしぶきを立てた。
「どうだ、すごいだろう?」
ところが、あまりにすさまじい動きだったので、女の子は海の中に放り出されてしまった。
海水が女の子をガブリと飲みこみ、ぐるんぐるんに世界をもみくちゃにした。傘もカッパも長靴も、みんなどこかへさらっていった。
「ああ、目が回る……」
女の子が苦しみもがいていると、ふいに何かが体をすくいあげ、優しく床に下ろした。
「こら、洗濯機の中で遊んじゃだめって言ってるでしょうが!」
女の子のお母さんが、鬼のような顔で見下ろしていた。
女の子の目にみるみる涙がたまり、あふれだす。
ぽたり、ぽたり、外でも雨が降りはじめた。
「あらやだ、洗濯物を取りこまなくちゃ!」
女の子のお母さんは慌ててベランダへ出る。
泣き続けている女の子の服のポケットから、カニがはいでてきた。
「泣いてていいのかい?きみが待ち望んでいた雨が降っているぞ」
女の子は泣きながら歩き出す。
玄関でレインコートを着て、長靴をはき、傘を持ち、外へ出る。
ザーザーと雨が降っている。急に降ってきたので、傘を持っておらずカバンを頭上に掲げて走っていく人がいる。自転車で雨にぬれながら突っ切っていく人もいる。折りたたみ傘が風で反り返って、舌打ちする人もいる。
だけど、女の子の格好を見て首をかしげる人はもういない。水玉模様の傘はとめどなく降りそそぐ雨を元気に跳ね返し、赤いレインコートは傘の中に入りこむ横なぐりの雨をはじき、ピカピカの黄色い長靴は雨にぬれてさらにピカピカに輝いた。
女の子があじさいの生け垣を通ると、たくさんのカタツムリがあじさいの花見を楽しんでいた。
「やあ、すっかりいい天気になったね!」
公園の家のそばを通ると、カエルが大合唱していた。
「やあ、きみの誕生日の雨は最高だね!」
河原へ行くと、河童がシンクロナイズドスイミングを踊っていた。
「やあ、きみが踊ってくれたおかげで、川の流れがとってもよくなったよ!」
川上へ行くと、救命胴衣を着た冒険家が前より立派ないかだを作っていた。
「やあ、これだけ雨が降っていると、冒険のおもしろみも増すよ!きみもいっしょに乗っていくかい?今度は予備の救命胴衣もあるよ」
女の子は首をふった。
「わたしはもう少し雨の中を散歩するわ。あなたは、どうする?」
女の子の服のポケットからカニがはいだして、ぴょーんといかだに乗った。
「ぼくは海へ帰るよ!」
「クジラさんに会ったらよろしくね」
女の子は遠ざかるいかだに手をふった。
女の子の涙はすっかりかわき、水たまりから水たまりへスキップして泥水を跳ねた。雲の切れ間から太陽がのぞき、晴れているのに雨が降るおかしな天気になった。
虹がかかって消えて小鳥が歌い出すまで、女の子の散歩はつづいた。