28話 命の水
「メディーカさん、取ってきたよ!」
シルト、ロゼ、リヒトの三人はバタバタとメディーカの家に駆けこんでいく。
依頼された蜂蜜、もとい蜂の巣を持ってきたからだ。
メディーカはシルトたちの無事な姿を見て、少しホッとしているように見える。
「以外に早かったね。刺されなかったかい?」
「大丈夫ですよ! 睡眠草を使って蜂を眠らせましたから!」
「ほうほう。そういう方法を使うとは、予想通りの動きをしてくれたみたいだね」
「予想通り……ですか?」
メディーカはウンウンと頷きながら、シルトたちの行動に納得しているみたいだ。
そんなメディーカとは対照的に、シルトたちにはよく分かっていないみたいだが。
「睡眠草は今も持ってるかい?」
「はい。せっかくなので採ってきましたけど……」
「それじゃあ準備は整ったね」
そう言ってメディーカは自室に戻り、何かを持ってシルトたちの下に帰ってきた。
戻ってきたメディーカの手には小さな瓶が握られており、中はどこまでも透明だ。
一見すると空っぽにも見えるほどの透明度だが、小さくチャプチャプと水音がしているので中身は入っているらしい。
「ほら、これが君たちのお望みのものだよ」
「これは水……ですか?」
ロゼが瓶の中を不思議そうに見ながら問い掛ける。
ここまで透明な液体といえば綺麗な水という結論に至ったようだ。
「そんなわけないだろ、ロゼ。魔瘴病を治すんだぜ? 凄い薬に決まってるだろ」
「そうだよ、ロゼ姉。水じゃあ治らないよ」
「わ、分かってるわよ! 水くらい透明ですねってことよ! 薬ってことくらい分かるに決まってるでしょ!」
耳までを真っ赤にしながら反論するロゼ。
そんな三人を見ながらメディーカはクスクス笑っている。
「それは水だよ。特別な薬なんかじゃない」
「えっ!?」
「そうなの!?」
「ほら見なさいよ! 私が正しかったじゃない! 節穴なのはあんたたちの目よ!」
「ロゼだって薬だって言ったじゃねえか!」
「何よぉ!」
口々に文句を言い合う三人。
仲が良いやら悪いやら。
そんな子供みたいな言い合いもメディーカは楽しそうに眺めている。
孤独に生きてきた彼女からすればこういうやり取りを見るのも面白いのだろう。
ただ、いつまでも言い合いをしているので話を進めようとメディーカが口を開いた。
「水といっても特別な物に変わりはないよ。なんせ魔瘴病を治せるんだから」
メディーカの言葉を聞いて三人はピタッと口を閉じる。
そして、メディーカの次の言葉を待っているようだ。
結局この液体が何なのかを聞くために。
「それはね、エルフの森に湧き出る泉から汲んできたものなんだよ。通称、命の泉からね」
「「「エルフの森!?」」」
三人は驚愕を露わにしている。
なぜそこまで驚くのか。
それは、エルフと人間の関係が良くないからである。
今の世界は大きく分けて人間の領域、魔界、そして亜人の領域という風に分かれている。
エルフが住むのは亜人の領域だ。
昔はもっと交流があったみたいだが、今となっては交流は断絶され、人間が亜人領に踏み入れば、有無を言わさず殺されるとまで言われている。
かなりピリついた状況なのである。
そんな中、エルフの森にある水を汲んできたというのは考えられないことだ。
だから、シルトたちは驚いたのである。
「本当に、エルフの森の水ですか!?」
「もちろん。嘘はつかないよ」
「どうやって……」
「それは秘密だ! 女は秘密の一つや二つある方が魅力的だろ?」
「そうなのか、ロゼ?」
「私に聞かないでよ……」
メディーカの謎理論により、詳しい話こそ聞けなかったがエルフの森にある水だということは間違いないようだ。
もしこれを国の研究施設にでも持っていけばそうとう喜ばれるだろう。
ただ、そんなことをすれば水を手に入れた経緯を強引にでも聞き出そうとしてくるだろうが。
なんせ、国の研究チームからはあまり良い噂を聞かないからだ。
成果のためなら非人道的なこともいとわないとか。
あくまでも噂ではあるのだが。
「まあ、質問はそのくらいにして早く行ってあげなさい。依頼主が待っているんだろ?」
「はい! ありがとうございますメディーカさん!」
「治療の方法は簡単だ。その水を飲ませるだけ。ただ、体内の魔瘴を分解するときにかなりの激痛を伴うらしいから、睡眠草で眠らせてあげなさい。目が覚めるころにはすっかり良くなっているはずだ」
命の泉とは凄まじい効能があるようだ。
ただ飲むだけで不治の病が治るのだから。
この感じだと、魔瘴病以外にも多くの病を治せそうだ。
誰もが喉から手が出るほど欲しがるだろう。
「その水については口外しないで欲しい。理由は君たちなら分かるだろ?」
「もちろんです! メディーカさんには迷惑かけません!」
「それならいいんだ。さあ、行ってらっしゃい」
玄関の外まで送り出してくれたメディーカは、三人が見えなくなるまで小さく手を振りながら見送っていた。
三人も大きく手を振りながら体全体で感謝を示して、スラムへと向かうのだった。




