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エンドリア物語

「さらば、ウィル・バーカー」<エンドリア物語外伝110>

作者: amamitsuboshi


 軋む音がした。

 時刻は正午を少しすぎたところ。いつもは馬車の往来が激しいベケルト街道だが、旅人は食事でもしているのか一台も見えない。

「音がしなかったか?」

「聞こえないしゅ」

 オレとムーは、ダイメンにある老舗の古魔法道具店【深魚堂】に商品を届けに行った帰りだった。ブムレで開かれる蚤の市を見る予定で、ムーを同伴したのだが、蚤の市が中止になり、手ぶらでの帰路だった。

 歩きながら、あたりを見回した。

 左側は崖、下には川が流れている。右側は山の斜面。広葉樹が多いらしく、木々が黄色に染まっている。

 空を見た。

 晴れ渡り、どこまでも続いているような澄み切った青い色をしていた。雷を発生させるような雲は見えなかった。

 今度は意識して、耳を澄ませた。

 何も聞こえなかった。

 安心した時だった。

 身体が勝手に動いた。

 隣にいたムーを崖の方に突き飛ばていた。自分もすぐに飛び込もうとしたが、動けなかった。

 土が足首を覆っていた。

 何かの理由で山の斜面が崩れたのだ。

 多い被さってくる黒い重たい影。

 剣や魔法なら避けられた、と、笑いが浮かんだ。



 身体がひどく重かった。

 記憶は鮮明で、自分が土砂崩れに巻き込まれたことはわかっていた。あの状況でよく生きていたものだと感動した。

 最初に思ったことは、急いで店に戻る、ということだ。

 要注意危険満載の住人達を放ってはおけない。

 目を開いた。

 何も見えなかった。

 明かりがない。

 自分が横たわっているのはわかった。

 背中に当たる部分が固い。ベッドではないようだ。

 疑問がわいた。

「どこなんだ?」

 起きあがろうとして、激痛に叫んだ。

「いてぇーー!」

 体中の関節が強ばってバキバキだ。風邪をこじらせて長い間寝ていて、起きようとしたときに似ていた。

「柔らかい布団に寝かせろ」

 今度は慎重に軽く動かしてから、上半身を起こした。

 鍵を外す音。

 オレは目を細め、手で顔を覆った。

 扉が開き、光が部屋を照らした。

 指の間から、あたりが見えた。

 石造りの四角い小部屋。

 オレは床に直接座っていて、オレの下には魔法陣が書かれている。

 目が明かりに慣れてきた。光の方を向いた。

 燭台を持った人物がいた。

「私が誰かわかりますか?」

 落ち着いた話し方だった。

「わかるにきまっているだろ」

 燭台を持った人物は、何も言わず、オレを見つめている。

 オレはため息をついてから言った。

「また、厄介事に巻き込まれたみたいだな」

 燭台を持った人物は柔らかに微笑んだ。

「久しぶりでいいのかな?」

 オレの問いに、小さくうなずいた。

「でかくなった。シュデル」

 大人になったシュデルが嬉しそうに微笑んだ。

「お久しぶりです。店長」




「あー、聞きたくないから、何も話さなくていい」

 シュデルが口を開く前に、オレは言った。

「うまい飯と柔らかな布団をくれないか?しばらく、寝て過ごしたい」

 シュデルがズカズカと近づいてきた。

「店長は、なぜ、いつも怠けることしか考えないんですか!」

 怒られた。

「いいですか。まずは、状況を確認して、いままにで何があったかを…………」

「オレが知りたいと思うか?」

「思います。店長の優先度が、美味しい食事と暖かいベッドの方が高いだけです」

「わかっているなら………」

「先にお風呂に入ってください。薬が皮膚に残っていると思います。湯船に入る前に身体を綺麗に洗って、それから…………」

 シュデルが黙った。

 数秒後、男が扉の向こうに現れた。30歳くらいでローブを着ているから魔術師だろう。

「店長、本日の仕入れのことですが」

 シュデルが優しい顔で静かに言った。

「急用が出来ました。ロリアン副店長に話してありますので、彼に聞いてください」

「わかりました」

 会釈して去っていく。

「もしかして、店長になったのか?」

 オレの方を向いたシュデルは、怒りで青筋を立てていた。

「話を逸らさないでください!湯船に入る前に身体を綺麗に洗うこと。湯船に薬品が入りますから。適当はダメです。耳の後ろやおへそもきちんと洗ってください。髪も3回は洗ってください」

 うるさいな、面倒だな、というのが顔に出たらしい。

 シュデルの形相が鬼になった。

「僕が洗います!」

 腕を掴まれた。

「どうせなら、女の子が…………」

「何を考えているんですか!僕がきっちり………あっ」

 シュデルが何かに気づいたらしい。

 顔から怒りが消えた。

「僕より適任がいます。彼に任せましょう」

 シュデルが部屋から出ていった。

 立ち上がってみた。

 関節はきしむが、歩けないことはない。

 部屋から出た。

 金のかかった廊下だった。

 床には複雑な模様が織り込まれた分厚い絨毯が敷かれ、壁には金唐紙、小型のシャンデリアが等間隔に配置され、発光球がはめ込まれている。

「さて、どうするかな」

 オレがいた部屋には窓がなかった。使われていた石も大型のものだ。豪華な廊下だが、地下の可能性が高い。

 壁に手を突きながら、急いで部屋から離れた。曲がり角を見つけ、曲がるとシュデルが壁にもたれていた。

 オレが逃げると読んで、待ちかまえていたようだ。

「僕はいつも言っていましたよね?トラブルはごめんだと。どうして、事態をややこしくさせるのですか!」

 オレの腕をつかむと、グイグイと引っ張っていく。

「風呂にはひとりで入れるから」

「黙っていてください。それ以上話されると切れそうです」

 腕を引く力が強い。

 背も伸びた。オレより、高そうだ。大人の顔立ちになったせいで、母親のアデレードに似てきた。というより、瓜二つだ。

 進行方向に人影が現れた。若い女性の魔術師だった。

 小走りで近寄ってくる。

「店長、いらしたのですか?ロリアン副店長の話では急用があると」

 オレがいるのに気づいたようだが、無視された。

 シュデルは笑顔で言った。

「はい、急用で動いています。何かあるようでしたら、ロリアン副店長に報告してください」

「あの…………」

「そこを退いていただけますか」

 有無を言わせない迫力で、数歩下がった女性の前を大股で突っ切った。

「シュデル」

「なんですか?」

「あの子の辞めさせるなよ」

 シュデルの態度は柔らかかったが、話しかけてきた女性に激怒しているのはわかった。

「僕をいくつだと思っているんですか?もう、子供じゃないんです。あれくらいで辞めさせたりしません」

 笑顔でオレに言った。

 オレは女性がシュデルの本性に気づいてくれるよう願った。顔が良くても、中身が真っ黒な男はゴロゴロいる。

「まったく、なんで、僕がなんですか」

 ブツブツ言いながら、オレの腕を引っ張っていく。

「ここです」

 ドアを開けると、オレを放り込んだ。

 脱衣所だった。奥のガラス扉が湯気で曇っている。

 脱いだ物を置く棚は大理石で出来ている。

 豪華な廊下といい、羽振りは良さそうだ。

「店長、彼にお願いしました」

 シュデルが頼んだ相手が、仁王立ちで立っていた。

 血の気が引いた。

「ま、待て」

「存分にお願いします」

 出て行くシュデルを止めようとしたが、逃げられた。

「許してくれぇーー!」

 叫ぶオレに、魔法雑巾キノチュが飛びかかってきた。




「風呂に入るという作業だけで、これほど時間がかかることになるとは」

 シュデルのこめかみに、怒りマークが張りついている。

 キノチョに徹底的に磨かれて、湯船に投げ込まれ100数えたところで解放された。用意されていた新しいシャツとズボンを着ていると、シュデルが迎えに来た。連れて行かれた部屋には、机と椅子と壁面には本が詰まった本棚。隣にはベッドが見える。

 椅子をオレに譲り、シュデルは本棚の踏み台に座った。

「店長、状況がわかっているのですか!」

「予想はつく」

「どう考えたのですか?」

「オレは土砂崩れで、死にかけた。重傷だったが、治療方法がなかった。とりあえず、オレを何かで凍結させた。何年か経って、治療方法が見つかったから、治して起こした。違うか?」

「違います」

 シュデルがきっぱりと言った。

「そんな甘いものじゃありません」

「カラかったのか?」

 立ち上がったシュデルがツカツカとオレのところまで歩いてきた。机を両手でバンと叩いた。

 冗談が通じなかった。

「店長は死んだのです」

「死んだ?」

「はい」

「やっぱ、死んだのか。死んだような気がしたんだよな」

「店長が死んで、桃海亭は修羅場になりました」

「ムーが暴れたのか?」

「いいえ」

「違うのか?」

「ムーさんがいなくなったのです」




 オレが土砂に埋もれて死んだのを、シュデル達が知ったのはオレが死んで1週間ほど経っていた。オレの死体は一度掘り出されて、そのあと、少し離れた場所に埋め直されたらしい。街道の復旧作業に携わっていたエンドリア軍の兵士たちが、山腹に枯れた花束があるのを不審に思って掘り起こして、オレの死体を見つけたらしい。

 らしい、というのは、シュデルにその時の記憶がないからだ。

 シュデルは、オレの死体を見たことと、その直後『店長をゾンビにする』と騒いで、ハニマン爺さんにとめられたことしか覚えていない。

 あれから8年。今頃、天国にいるハニマン爺さんに、シュデルを止めてくれたことを感謝した。本来なら地獄行きだろうが、あの爺さんのことだ。地獄の鬼どもを吹っ飛ばして、天国の門番を舌先三寸で丸め込むだろう。

「ムーさんの死体は見つかりませんでした。店長を埋めたのはムーさんの可能性が高かったので、生きているのではないかと思われましたが、二ダウには戻ってこられませんでした」

 沈痛な面もちでシュデルがオレを見た。

「ムーさんの行方がわからなくなったことで、魔法協会はパニック状態になりました。ムーさんがいなくなることを予想していなかったのだと思います。僕も疑われましたが、桃海亭が隠していないことは、ハニマンさんが証言してくれました」

「その様子だと、ペトリの家に戻ったわけじゃないよな?」

「はい。魔法協会もペトリの家を徹底捜索しましたが見つかりませんでした。ペトリの家の人々は、ムーさんがいなくなったことで傷心されていましたから、疑うこと自体間違っていたと思います」

「ムーのやつ、どこに行ったんだ?」

「魔法協会があらゆる手段で探しましたが見つかりませんでした。なぜ消えたのか、理由を求めて、魔法協会は奔走していました」

「なるほどな。少しわかってきた」

「店長には、ムーさんが消えた理由はわかりましたか?」

「わかるはずないだろ。オレにわかったのは、魔法協会は最初に徹底的に調べなければいけない事を調べなかった、ってことだ」

 シュデルが困ったような、それでいて楽しいような複雑な表情をした。

「店長には、わかるのですね」

「わからなかったのか?」

「僕にはムリです。ハニマンさんは気づいていたようですが、ことがことだけに魔法協会には話さなかったそうです」

「まあ、普通は調べないよな」

 ムーの失踪を調べる、最初の手がかり。

【オレが死んだ】こと。

「調べなかったわけではないのです。店長が巻き込まれた土砂崩れに人為的な操作はされていません。だから、事件性がないということは、はっきりしています。【ムーさんが店長に助けられ、恩返しに店長を生き返らせようとしている】ということも魔法協会は考えたようです。人間の蘇生は大陸法で禁止されています。また、完全な蘇生方法は完成されていません。それでも、蘇生に関する研究データ、アイテム、魔法書などがあるところに監視をつけました。しかし、いつまで経ってもムーさんは現れなかったのです」

「なんか、イヤな予感がしてきた」

 ムーによる蘇生ではないとなると、オレはなぜ、ここにいるのだろう。オレは死んでいて、死体は埋められていた。

「店長が悪いのです」

 シュデルが冷たく言った。

「お前なあ」

「僕は何度も言いましたよね。トラブルはごめんだと。それなのに、次から次へ山のようにトラブルを持ち込みましたよね。きちんと最後まで解決せずに放置していたものがいくつもあったことを、ムーさんや僕は知っていました。でも、魔法協会は【店長の死】を【普通の一般人の死】と同じに処理してしまったのです」

「スモールウッドさんは何も言わなかったのか?」

 魔法協会災害対策室のスモールウッドさんなら、オレが事後処理を大量に放置していることを知っていはずだ。

「スモールウッドさんは店長が死んだ直後に、過労で入院されました。心当たり、ありますよね?」

「あー、なんとなく」

 あの時期は、立て続けに大きな事件が起きていた。魔法協会で手に負えない事件が起きる、オレ達に頼む、オレ達が事件を収束させる、その時にさらに大きな事件を起こす。事件だらけで、スモールウッドさんは寝る間も惜しんで奔走していた。

「店長が勤勉で努力家だったら、複雑な事態にはならなかったはずです」

「でも、お前やハニマン爺さんは知っていただろ?」

「僕は店長が死んだショックで、数日間、まともに動けませんでした。ハニマンさんは僕と桃海亭を守るために、あちこちに裏から手を回してくださっていたみたいです。おかげで、桃海亭も僕も変わることなく店を続けられることになりました」

「爺さん、頑張ってくれたんだな」

 天国にいる爺さんに、もう一度感謝を言った。

 ありがとう、ハニマン爺さん。ゆっくり眠ってください。

「店長、大丈夫ですか?」

 シュデルが心配そうな顔をした。

「何かおかしいか?」

「店長が、ハニマンさんを誉めるなんて、槍が降りそうです」

「感謝するのは当然だろ。シュデルはロラムに行かずに済んだし、桃海亭が残ったから、オレは飢えずにすむ」

 シュデルが指で額を押さえた。

「順番に説明するべきでした」

「オレが死んだところから、時間に沿って話しているぞ」

「時間が限られています。現在の状況をわかってもらうほうが先です」

 シュデルが床を指した。

「ここはラルレッツ王国スイシーです。僕は桃海亭のスイシー支店の店長をしています」

「支店!」

「本店は二ダウにあります。桃海亭の店長がやっていたお店です。それとは別に二ダウのアロ通りに桃海亭二ダウ支店があります。そちらはリュウさんが支店長をしています」

 構図が見えてきた。

「桃海亭の支店は大陸の各地に15店舗あります。今年中にあと2店舗開く予定です」

 オレがやっていた小さな店、桃海亭。その桃海亭の看板を他の国でも掲げている。

 胸にジーンと染みるものがあった。

「本店には総支店長がいて、各地に指示を送っています」

「総支店長?普通は社長とか会長じゃないのか?」

「文句がありましたら、ハニマン総支店長に直接言ってください」

 ハニマン。

「爺さんの親族が、総支店長になったのか?」

「ご本人です」

 爺さん本人。

「えぇーーー!」

「何を驚いているのですか?」

「爺さん、まだ生きているのか!」

「店長がいらしたときより、元気です」

「あれより、元気って、どんな元気だよ」

「最近のトレンドは、仲良くなったブラックドラゴンで世界各地を飛び回ることです。その際に支店のチェック、取引先への挨拶、商品の買いつけもこなしているようです。もちろん、チェスもされますし、二ダウ本店の店番もされます」

 突っ込みどころが多すぎて、何から聞けばいいかわからない。

「そのだな、うん、爺さん、ひとりで桃海亭にいるのか?」

「息子さん夫婦と暮らしています」

「あれじゃないよな?」

「あれです」

「それだと、リュンハ大帝国の前々皇帝と前皇帝が、西の小国エンドリアで古魔法道具店をやっているってことになるんだけど……」

「店長はムーさんが行ったリュンハ帝国改造の仕込みが発動する前に亡くなりましたから、あの後の何が起きたのかご存じないのでしたね」

 オレはコクコクとうなずいた。

「店長がペンで指した方が皇帝になりました」

「はぁ?」

 目をつぶって、適当に指した名前だ。

「詳しく知りたければ、この件が終わったら、ハニマンさんにでも聞いてください。それよりも、今、知ってもらわなければならないことを言います」

 ドアがノックされた。

 シュデルが立ち上がった。

「これから、店長には馬車に乗って別の場所に移動してもらいます。そこが安全かわかりませんが、店長がここにいるとスイシーの住人を巻き込んでしまいます」

「オレが狙われているのか?」

「はい。昔と変わらず、世界各地の皆さんから」

「まだ、狙われているのかよ」

「前と違うことがあります。そこが一番の問題なのです」

「何が違うんだ?」

 シュデルがオレを真っ直ぐに見た。

「ムーさんが店長を狙っているのです」



「懐かしいな。女神召喚事件以来だ」

 スイシーがグレマルキンによって燃やされそうになったとき、使った裏道を歩いていた。

「本当に色々巻き込まれますね、店長は」

 オレの前を歩いているシュデルは、相変わらず不機嫌だ。

「そういえば、スイシーにいて大丈夫なのか?」

 シュデルには魔法道具に影響を及ぼす体質がある。

「あれから何年経っていると思うのですか。完全にコントロールできます」

「そいつは良かったな」

「ありがとうございます。店長がいなくなった時、ハニマンさんがニダウの外に出られる手段を模索してくれました。外に出るための条件のひとつが、魔法道具を影響下にしないことでした。血が滲むような努力のかいがあり、今では完全にコントロールできます」

「うん、良かったな」

「努力をしたからです」

「わかっている。昔から、真面目で、努力家で、口うるさかったよな」

 シュデルが「はぁーーー……」と長いため息をついた。

「店長」

「どうかしたのか?」

「僕は今、スイシーを離れることができません」

「わかった」

「理由を聞かないのですか?」

「スイシーにムーが来たら、シュデルの力が必要だからだろ」

 昔のムーでも化け物レベルだった。あれから、時が経っているのだ。化け物も、当然進化している。

「店長は、何で店長なんでしょうね」

「オレに哲学的な問いかけはしないでくれ」

「わかりました。まもなく、門のところに出ます。馬車が用意されています。そこに乗っている人物に、詳しいことは聞いてください」

「わかった」

「本当にわかったのですか?」

「用意されている避難所に逃げろ、馬車にいる人物に聞け、馬車にいるのは………」

 シュデルがオレを見ている。

「……魔法協会エンドリア支部の経理係ブレッド・ドクリル」

 シュデルが「フッ」と笑った。

「店長、ひとつだけ間違っています」

「へっ?」

「ブレッドさんの現在の所属は、魔法協会本部の災害対策室です」



「おい、オレの話を聞いてるのか?」

「…………ああ、聞いている」

「寝ていただろ」

「ウトウトしていただけだ」

「やっぱ、寝ていたんだろうが!」

 待っていた馬車にいたのは、大人になったブレッド・ドクリル。顔が老けて、身長が延びたが、悪魔除けのサークレットと護符バッチは、昔のままだった。

 オレが乗り込むと、立て板に水で【自分の境遇】を話し始めた。

 必要な情報かと聞いていたが、ただの愚痴の羅列で、どう考えもオレが知らなくていい情報だ。で、寝た。

「お前がエンドリア支部で楽しく働いていたら、ムーのせいで、本部の災害対策室に勤務することになった。物は高い、仕事はきつい、ビクトリアは近くの部屋にいる、で、胃に穴が空きそうなんだろ」

「そうなんだよ。なんとかしてくれよ、ウィル」

「オレに言われてもなあ。土砂に埋まって、目覚めたら未来の世界だぞ。ここまでリアルだと、夢とは思えないし」

「元凶はお前なんだから、なんとかしろよ」

「オレ?」

「シュデルに聞かなかったのか?」

「お前に説明してもらえと言っていた」

「そいつを先に言え」

 オレの死体が見つかって、ムーがいなくなった。

 オレの死に疑問を持った人間が何人かいたが、その後の騒ぎに飲み込まれて、そのままになっていた。

 桃海亭はハニマン爺さんが引き継いだ。末息子夫婦を呼び寄せて、シュデルがひとりで店を切り盛りしている間に、息子夫婦だけでなく、目を付けていた魔術師を桃海亭に呼び寄せて、古魔法道具店の勉強させた。最初は地道に、そのあとは一気に桃海亭の商売を広げた。

「スゴかったぜ。毎日、毎日、荷馬車に山積みになった魔法道具が桃海亭に届いたんだぜ。それを、あの小さな店に次々と運び込んで。そのあと、アロ通りに支店を開いたんだ。ロイドさんの店に配慮して、売り物が被らない物にしていた。一般人向けの日常で使ったり、楽しんだりする安価なものに限られていたんだけど、何せ量が膨大で、置いてある物もこんなのがあるのかって話題になる珍しいものが多くってさ、近隣諸国から桃海亭買い物ツアー馬車がくるくらいになったんだ」

 勢いのままに、桃海亭は各地に支店を作っている。立地のニーズを考え、魔術師の多いところには、魔術師が必要とする古魔法道具を置いているらしい。

「ロイドさんの店が老舗の王道の古魔法道具店なら、ハニマン爺さんの古魔法道具店は新しいスタイルのチェーン店だ」

 近くにあることがいい方に働き、どっちも儲かっているようだ。

「色々あったけどな、去年までは平和だったんだよ。それが………」

 ブレッドが肩を落とした。

「……ウィルのせいで………最低だ」

 オレはブレッドの肩を軽く叩いた。

「ブレッド」

「………なんだよ」

「オレは何で、ムーから逃げているんだ?」

「それは………」

 恨めしそうにオレを見た。

「………お前が【ムーが欲する力を持っている】からだよ」




「オレが持っていると言われている【不幸を呼ぶ体質】のことか?」

「そんなもん、ムーでもいらんわ!」

「でも、他にあったかなあ」

「あるんだよ。とんでもないものが」

 ブレッドは『とんでもないもの』が、何かを言わない。オレに思い出して欲しいのだろう。

 考えた。

 考えたが、思い浮かばない。

 痺れを切らしたブレッドが怒鳴った。

「解放する力を持っているだろうが!」

「解放?何を?」

「神によって、魔術師に掛けられた枷だよ」

「魔術師の枷…………あ、あれか」

 色々あったので忘れていた。

【エラーの黒い手】という契約の品を、一般人のオレがうっかり踏んで壊したので、オレには『神が魔術師に掛けた枷』を外すことができることになった。

 が。

「でも、オレにはできないぞ」

 壊した【エラーの黒い手】には、やり方が書いてなかったのだ。

「方法を探し出した奴がいるんだよ」

 誰がと聞く必要はない。

「ムーは、オレが解放する力を持っていることを知らなかったはずだ」

「お前、自分にストーカーがついていることを知らなかったのか?」

「ストーカー?」

「ストーカーとは、ちょっと違うけどな。お前に興味を持って、お前のことを観察していた奴がいたんだよ。そいつが、今回の元凶の元凶」

 オレは首をひねった。

 勘はいい方だ。誰かに尾行されていたり、見張られていたりしたら、気がつくと思う。

「あー、面倒くさい。答えを全部言うから、耳をかっぽじってよく聞けよ」

 ブレッドの勢いに、オレはコクコクとうなずいた。

「一年前に、ある事件が起きた。犯人は誰なのか?なぜ、起きたのか?、ある推論がたてられた。推論だが、世界の頭の良い奴らがいっぱい集まって、大量の情報を精査して、導き出した答えだ」

 そう前置きしてから、ブレッドが<頭の良い奴らが導き出した推論>を話し始めた。

 オレについての推論。

【エロンの鏡】というアイテムがある。そこに【エロン】という生命体がついていた。人間より高い次元の生命体らしいのだが、詳しいことがわかってない。その【エロン】がオレを観察していたらしい。

 オレがエロンに会ったのは一度だけだ。その時、オレのことを気に入ったようなことを言っていたが、それ以降、オレの前に姿を現したことはない。それらしい声を聞いたことがあるが、姿は見なかった。だから、オレは完全に忘れていた。

 そのエロンが、オレが土砂に埋まったとき、オレを次元の狭間に移動させた。そして、オレは時が停止した空間に、閉じこめられていた。

 ブレッドに言われたとき『その推論、無理がありすぎるだろ』と言うと、それでないとムーについての推論が成り立たないのだと言われた。

 ムーについての推論。

 オレが土砂に埋められたとき、ムーはオレを助けようとした。方法は不明だが<オレが死なないですむ方法>を実行した。ところが、生きているはずなのにオレがいない。何かが起こったとムーは考えた。そのとき、ムーは<ウィル・バーカーがいない>という状況が混乱を招くと考えた。そこで<ウィル・バーカーが死んだ>ということにして、時間を稼ぐことにした。ウィル・バーカーの死体を作って、偽物だとバレないよう地面に埋めた。せっかく作った死体だ。発見してもらわないと計画が狂う。そこで、死体の目印に花束を置いた。

 ムーに悪意はなく、混乱を避けるためにオレの死体を作って埋めた、と考えられている。そして、オレを探した。オレの居場所は簡単に分かったのだろうと思われている。

 ムーの保護者のモジャはエロンを越える力をもった超生命体だ。ムーが自身で成長するのを見守るタイプなので、簡単に手を貸すことはしない。だが、オレがいなくて、ムーがアワアワすればオレの居場所くらい教えるだろう。心配しなくても大丈夫だと。

 ムーはオレをこの世界の戻す為に、オレについて色々調べた。その時、オレが失われた【エラーの黒い手】の力を代行できることを知った。オレを戻せば【神との契約を破棄】ができると、ムーのやる気は跳ね上がった。

 ここまでが、オレの死体が発見される前の出来事だと考えられている。ムーはオレを確実にこの世界に戻す方法を調べるために、身を隠した。自力で作り出したのか、何かを見つけたのかわからない。オレを呼び戻す魔法陣を完成させた。

「オレはムーに呼び戻されたのか?」

「推論だけどな」

「でも、オレが目覚めたとき、ムーはいなかったぞ」

「そりゃ、シュデルが頑張ったんだ」

「シュデル?なんで、シュデルが出てくるんだ?」

「オレがさっき言ったのを覚えていないのか?」

「1年前の大事件か?」

「そうだ。世界中の魔力が減ったんだよ」

「へっ?」

「魔術師たちの保有魔力量が通常の十分の一以下という量になったんだ。原因がわからないから、最初は自然現象と思われたんだ。過去にも1日か2日くらいなら原因不明の魔力減少が起きたことがあるらしい。ところが、いつまで経っても回復しない。調査しようにも、魔術師たちの魔力はほとんどない。オレなんて、魔法が一切使えなくなった」

 ブレッドが肩をすくめた。

「魔法協会も本腰を入れて調査をはじめた。魔力が残っている魔術師をかき集め、誰かが魔力を吸い取る形で集めているということまでわかった」

 聞かなくても、誰かわかった。

 ブレッドは苦虫を噛み潰したような顔で話を続けた。

「次に魔法協会はムー・ペトリの行方を探した。こっちはどうにもならなかった。なにせ、魔法を発動させるための魔力がほとんどない。そんなとき、ある魔術師が気づいた。使用していない魔法道具には魔力が残っている、ってな」

「それでシュデルか」

「シュデルも気がついていたようだが、ムーに関わりたくないと黙っていたようだ。そこで、魔法協会はシュデルの身の自由と命の保証することと引き替えに、シュデルに調査を依頼した。一級品の魔法道具と意志疎通できるシュデルならばと藁にもすがる気持ちだったんだろうな」

「よくシュデルが引き受けたな」

「すごく渋ったみたいだ。ムーに会うのが、心底イヤだったんだろ」

「それもあるだろうが、もっとでっかい問題があるだろう」

「あったのか?」

「気がつかなかったのか?」

 ブレッドは少し考えたが、首を横に振った。

「桃海亭は古魔法道具店だぜ。魔術師に魔法がつかえなくなれば…………」

「そうか!品物の値段は高騰する」

「シュデルは、金にうるさかったからな」

 桃海亭が貧乏すぎたせいだが。

「最近の桃海亭を見ていたから、お前がやっていた頃の極貧生活を忘れていた」

 ブレッドがアハハと笑った。

「………話を進めてくれ」

「おっと、急がないとな」

 シュデルは魔法道具を使って、魔力が集められている場所を突き止めた。そこはラルレッツ王国スイシーだった。ムーがスイシーを選んだのは地中に埋められたロンペッイにより魔法が安定して発動するためと考えられた。

 無用な騒ぎにならないようシュデルが桃海亭ラルレッツ王国支店に支店長として移動した。集められている地点が地下だったため、支店の地下からその場所まで掘った。

 そこには、石造りの部屋があった。

「探していたムーはいなくて、発動している魔法陣と、その真ん中で寝ているお前がいたってわけさ」

 オレは光に包まれていたらしい。下手に触れると何が起こるかわからないと魔法協会の魔術師が交代で24時間の監視についた。光が消えはじめたのが1ヶ月後。光が消えると同時にシュデルが位置不特定と外部からの魔法干渉不可の結界を張った。

 ムーとの戦いになると予測して、魔法協会は戦闘員を置いたが、ムーは現れない。そして、オレも目覚めない。本体は仮死状態を維持していた。シュデルは皮膚の乾燥や水分損失を恐れ、ハニマン爺さん特製の保護薬を塗りつけたらしい。

 事態は膠着。寝ているオレを守って、見張って、1年近くが過ぎて、オレがいきなり目覚めた。

「それで、ムーは見つかっていないのか?」

「見つけられるわけないだろ。唯一の手がかりのお前のところに現れない。魔法は使えないから探査もかけられない」

「オレが蘇ったんだから、魔力は減らなくなったんだろ」

「いや、お前の寝ている場所に集まっていた」

「仮死状態の維持に必要だったのか?」

「オレの知識だと断言できないが、シュデルが魔法干渉不可の結界を張っていたからな。必要なかったかもな」

「いまはどうなんだ?」

「オレの魔力が戻ってこないから、まだ、あそこに集まっているんだろうな」

 集まっている魔力。

 目覚めたオレ。

「おい、馬車を止めろ!」

「どうしたんだよ」

「オレはどこに行く予定だったんだ」

「砂漠にある魔法協会の保護シェルターだ。お前のために特別に建設された………」

「戻れ!すぐにスイシーに戻るんだ」

 オレの態度に、ブレッドも気づいた。

「ムー・ペトリがスイシーに現れるのか!」

「そうだ。目的は集めた魔力だ」

「膨大な魔力………言いたいことはわかるが、そいつはあり得ない。神の契約に引っかかる」

 オレは馬車の窓から首を出した。

「スイシーに戻れ!責任はブレッドがとる!」

 御者が馬車をUターンさせた。

「おい!」

 止めようとするブレッドの肩を押さえ、座わらせた。

「最近、桃海亭のスイシー支店に若い男が入らなかったか?」

「若い男……何人かいるが、オレは1年前までニダウにいたから」

「その中にいるだろ。青い目で幼児っぽい動きをする、挙動不審の男が!」

「青い目、青い目。いたかもしれないが、それが関係するのか?」

「そいつが、ムーだ!」

「ウィル、寝ぼけているのか。青い目だったとしても、全員、大人の男性だ。ムーのようなチビはいない」

「オレが消えてから8年だよな?それなら、ムーは24歳だ。スウィンデルズ家の魔力の保有量が多い魔術師は、18歳までチビで、それを過ぎると急激に大きくなるんだ」

 ブレッドの目が大きく見開いた。

 事態の重大さに気がついたらしい。

「たぶん、髪は染めている。目が青くて、キョロキョロと落ち着きのない若い魔術師がいるはずだ」

「いた!古魔法道具の鑑定士として入ってきた新入りだ」

「シュデルの奴、気づかなかったのか!」

「いや、シュデルとは会わない部署だ。あそこの支店はでかいから、鑑定部門は直属の上司が採用する」

「よく知っているな」

「ま、それくらいはな」

 ブレッドは自慢げに言ったあと、怪訝そうな顔をした。

「ムーがスイシーの支店にいるなら、お前が戻ったらまずくないか?ムーに神の契約の破棄を迫られるんじゃないのか?」

 オレは首を横に振った。

「おそらく、神の契約は破棄されている」

「へっ?」

 ブレッドが目をむいた。

「オレが1年近くも目覚めなかった理由はわからなかったんだろ?ムーは意図的に目覚めさせなかったんだ。そして、寝ているオレを使って、自分に掛けられた神の契約を破棄させた」

「そんなことできるのかよ」

「それ以外に、次元の狭間から助けたオレを、眠らせていた理由が考えつかない」

「そいつがもし本当なら、まずいだろう」

「まずいですめばいいけどな」

 ブレッドが恐怖で顔をひきつらせた。

「これ以上、何かあるっていうのか?」

「あるに決まっているさ。ただ………」

 ブレッドの泣きそうな顔を見ながら、オレはつぶやいた。

「……何がおこるのかは、わからない」




「派手だなあ」

「何をのんきなことを言っているんだ!」

 スイシーに戻ったオレ達が見たのは、魔法結界で守られたスイシーを攻撃しているブラックドラゴンの編隊だった。

 透明な魔法結界が、十数体のブラックドラゴンが吐く業炎でドーム型に浮き上がる。

 ハニマン爺さんはこのことを予見して、オレが目覚めたら、オレの近くにいるムーをあぶり出すつもりだったらしい。が、ムーの方が一歩先んじていた。有り余る魔力でスイシー全体を魔法結界で覆った。

 ムー以外の魔術師は魔力がほとんどない。だから、ハニマン爺さんはブラックドラゴンを使う予定で近くの村に待機させていた。それを率いてきたわけだが。

「敵対勢力が残っているぞ、という、デモンストレーションにはなっているよな」

 先頭のブラックドラゴンに乗っているのが、ハニマン爺さんだ。

 爺さんは、オレが戻ってくることも予想していて、説明役の魔術師を地上に残していた。オレとブレッドは、その魔術師から話を聞いた。

「どうするんだよ!」

「裏道から入るに決まっているだろ」

「裏道って、お前が出てきた通路のことか?」

「他にあるのか?」

「聞いたことないな、って、ムーが塞いでいるに決まっているだろ!」

「たぶん、塞いでいないと思うぞ」

「何言ってるんだ?」

「ムーのことは、オレの方がよく知っている」

 説明役の魔術師にハニマン爺さんへの伝言を頼んだ。

 オレはスイシー内部からムーを探す。爺さんは裏道を含め、スイシーからの出てくる人間を捕縛する。

「本当に行くのか?」

 裏道に向かおうとするオレを、ブレッドが不安そうに聞いた。

「もちろんだ」

「気をつけて行けよ」

「何を言っているんだ」

 オレはブレッドの腕をがっしりと掴んだ。

「スイシーの道案内を頼む」



「イヤだぁーー!」

 わめくブレッドを引きずり、スイシーの裏道に入った。オレの予想通り、魔法による結界はなかった。歩きながら見回したが、オレが出た時と変わったところは見つからなかった。

「オレはスイシーをあまり知らないんだ。道案内を頼む」

 ブレッドは掴んでいたオレの腕を払うと、しかたなさそうに自分で歩き始めた。

「何を知りたいんだ?」

「どこに行けばいいのか、まだわからない」

「はぁ?」

「とりあえず、桃海亭の支店に連れて行ってくれ。あそこにはシュデルがいる」

「それなら、自分で行けるだろ。来た道なんだから」

「シュデルの後ろを歩いていただけだ。道なんて覚えていない」

「桃海亭の支店までだからな」

 薄闇に包まれた道を大股でズンズンと歩き、10分と経たずに金属の扉の前まで案内してくれた。

「この先が桃海亭の支店の地下だ」

「ありがとな」

「オレは帰るからな」

 踵を返したブレッドの腕をつかんだ。

「さっき、言ったよな。ここまでだ」

 怒りの形相でオレをにらんだ。

「ムーが動き出している」

「それがどうした」

「シュデルのことだ。この扉の向こうにいるだう。一緒に話を聞いていけ」

「オレはもう、ごめんだ」

 ブレッドが叫んだ。

 叫びが終わるとほぼ同時に、金属の扉が開いた。

「店長、ご用件を伺います」

 無表情のシュデルが立っていた。



「ムーは困っているんだろうな」

「はぁ?」

「どういうことですか?」

 ブレッドはふてくされていて、シュデルは無表情の額に怒りのマークをつけている。

「ムーは異次元の狭間から、オレを取り出した。すぐにシュデルに保護結界を張られたのは計算外だったのだろう。偽名で桃海亭のスイシー支店に就職して、神との契約を解除する機会をうかがった。そして、無事に神との契約を解除した。だから、オレは目覚めた。解除したのがいつだかわからないが、それほど時間は経っていないだろう。神との契約を解除したムーは自分がしたかった魔法実験をすることにした。ところが、邪魔が入った」

 シュデルは、黙って眉をひそめた。

 ブレッドは、オレに聞いた。

「誰が邪魔したんだ?」

「オレの今の話に、重要な登場人物が出ていないだろ」

 ブレッドはきょとんとした顔をして、同じ質問をした。

「誰のことを言っているんだ?」

 シュデルが小さく息を吐いた。

「エロンですね」

「そういうことかよ」

 ブレッドが右手を額に当てた。

 エロン。

 オレ達人間より上位に位置する生命体だ。詳しいことはわかっていない。

 オレを次元の狭間に閉じこめたのがエロンならば、ムーが勝手に取り出したことは快く思ってないはずだ。さらに、オレが持つ特権”神との契約の解除”を、ムーが無断で使用したことも気分が良くないだろう。

 ムーにはモジャというエロンより上位の存在が側にいるが、モジャはムーに直接危害を加えようとしなければ動かない。

「ムーさんが大規模な魔法実験を行なわなかったのは、エロンが関与している可能性が高い、と店長は考えているのですね」

「エロン以外に、ムーの暴走をとめられそうな奴もいないしな」

「そうなると…………」

 シュデルが目を細めて、オレを見た。

「囮だな」

 ブレッドが断言した。

「ウィルを囮にして、ムーをおびき寄せる。そういうことだろ?」

「オレを囮にしても無駄だ。ムーがオレを捕まえても、エロンが邪魔をやめるとは限らない」

「なるほど、そういことでしたか」

 シュデルはうなずくと、扉の前から移動した。

「どうぞ、中に入ってください」

 オレとブレッドが中にはいると、シュデルは扉を閉め、鍵をかけた。

「ようこそ、桃海亭スイシー支店に」

 綺麗な微笑みを浮かべた。

「魔法協会災害対策室、ブレッド・ドクリル様」



 ブレッドは数秒、停止した。

 そして、言った。

「はぁ?」

「店長も人が悪い。説明されなかったのですか?」

「爺さんのことだ。ムーが内部にいると予想したなら、運び込んでいるんだろ?」

「店長が蘇ったとき、ハニマンさんは非常に喜びました。なぜか、わかるような気がします」

「雑談はあとだ。動くぞ」

「わかりました」

 シュデルが歩き出し、オレが後に続いた。

「なあ、どういうことだよ」

 ブレッドが小走りで、オレに追いついた。

「このスイシーで魔法を自由に使えるのはムーだけだ。魔力を失った魔術師達は隠れているムーをあぶり出す方法がない。このままだとオレがムーに捕まって、ゲームオーバーだ」

「エロンが邪魔をしているんだから、捕まっても大丈夫だろ?」

「エロンが邪魔をしているのは、ムーの大規模魔法実験だけだろ。オレをムーから守ってくれるかわからない」

「だったら、どうしろっていうんだ?」

「ムーを見つけられる魔法道具を使うしかない。魔法道具なら魔力が残っていれば正常に動く」

「人を見分ける魔法道具があるのか?」

「もちろんある。だが、ムーが使っている隠遁魔法に対抗できるとなると上等な魔法道具でないとダメだ。だから、わかるだろ?」

 ブレッドがニヤリとした。

「オレが必要ってことは、魔道人形ビクトリアを使うとでも言いたいのか?残念だったな。オレは知っているぜ。ビクトリアに隠れている人間を捜し出す能力はない」

 前を歩いていたシュデルが、振り返らずに言った。

「遠い場所にいるなら見つけられないと思います。ですが、ムーさんはおそらく桃海亭スイシー支店内にいることでしょう。ですから、ビクトリアで可能です」

「はぁ?」

「なあ、ビクトリアは、お前のどこに惚れた?」

「…………魂」

「オレの魂は、見るのもイヤだとさ」

 ブレッドの顔がひきつった。

「わかったようだな。ビクトリアは魂を見分ける。ムーがどんな変装をしようと、魔法で姿を変えようと、見つけだすことができる」

 逃げようとしたブレッドの腕を、シュデルが素早く捕まえた。

「セラの槍には、魔力がたっぷり残っています」

 大輪の花が開くようにシュデルが微笑んだ。



「相変わらずなんだな」

「不滅の愛です」

 オレとシュデルが眺めているのは、椅子に座ったブレッドの膝に乗って、胸にもたれているビクトリア。

 ブレッドとシュデルが入れ替われば、宮廷画家が喜びそうだ。

「おい、いつなったら、ムーがくるんだよ!」

 自由な両手をバタつかせて、ブレッドが怒鳴った。

「さあな」

「僕たちにわかるはずがありません」

 シュデルが壁にもたれた。

 シュデルがオレ達を連れて行ったのは、桃海亭スイシー支店の裏手の建物にある小部屋だった。スイシー支店を開くときに開店準備用の部屋として借りたもので、今は事務用品などを置く物置として使われていた。

「この作戦の要は【ムーさんが店長を奪いにくる】です。それすら、確実ではないのです。店長を奪ったからといって、エロンがムーさんの邪魔をやめる確証もないわけですから」

「おい、だったら、オレのこれは何なんだ!」

 ブレッドが自分にもたれているビクトリアを指した。

「大丈夫だ。ムーはくる」

「自信がありそうだが、その根拠はなんだよ!」

 ブレッドに睨まれた。

「勘かな」

「そうか、勘か、って、お前の勘なんて、信じられるか!」

 シュデルが微笑んだ。

「大丈夫です」

「何が大丈夫なんだよ!」

「どうやら、待ち人が来られたようです」

 ブレッドの膝からビクトリアが滑り降りた。

 扉の前にビクトリアが立った。

「ムーさんだそうです」

 ゆっくりと扉が開いた。

 白いローブを着た若い男性が立っていた。

「よお、久しぶりだな」



 白い飛び跳ねた髪、澄んだ青い瞳。整った顔立ち。

 どことなく、子供っぽい雰囲気をまとった青年が、ゆっくりと室内に入ってきた。

「最初に言うことがあるだろ?」

 オレが言うと、ニコッと無邪気な笑みを浮かべた。

「次元の狭間って、どんな感じ?」

 バコッ!

 オレの拳骨が、ムーの頭頂部に直撃した。

「痛いなぁ!なにするんだよ」

「誰のおかげで生きていると思っているんだ」

 ムーはちょっと考えた。

「意味が分からないだけど」

「お前を土砂崩れから助けたのは、誰だ?」

 ムーがポンと手を打った。

「すごい昔で忘れていた」

「忘れるんじゃねえ!」

 怒鳴ったのはブレッド。

「オレはすげー、悲しかったんだぞ。ウィルがいなくなって、ニダウが平和になる、そうわかっていたのに、それでも、オレは悲しかったんだ!」

 泣きそうな顔でブレッドが言った。

「ボクはウィルが生きていることを知っていた。ちゃんと次元の狭間からも取り出してあげた。文句を言われる筋合いはないんだけど」

 あっけらかんとムーが言うと、ブレッドが掴みかかろうとした。オレはブレッドの肩をつかんで、椅子に座らせた。

「こいつは昔のムーより、たちが悪いんだ」

 ブレッドが不思議そうな顔をした。

 ムーが肩をすくめた。

「ボクのことを知っているみたいだね」

「まあな」

「となると、ボクは失敗するのかな?」

「そうだろうな」

「成功だったとは思わない?」

「思わない」

 ビクトリアが動いた。

 ブレッドを抱きかかえると、開いている扉から飛び出した。

「さすが、ビクトリアです」

 シュデルが苦笑した。

「ブレッドさんだけは、どんなことがあっても守るのですね」

「ブレッドがどう思っているかは、別だけどな」

 開いている扉をムーが閉めた。

 ゆっくりと歩いてくると、ブレッドが座っていた椅子に腰掛けた。

 膝を組むと、オレを見上げた。

「さて、交渉を始めようか」

「エロンの妨害のことか?」

「邪魔なんだよね。なんとかしてくれない?」

「残念だな。オレはエロン連絡係じゃないんだ。他を当たってくれ」

「そう言われても、エロンと繋がりのあるのはウィルだけななんだ」

 オレとムーの間にシュデルが立った。

「僕が気づいているのです。店長が気づいていないはずないと思います」

「ゾンビのくせに何を言うしゅ。おっと、つい昔の癖が」

 ムーが額を押さえた。

 くせっ毛の間に細い指が見える。

「なんか、むかつくな」

「はい。昔もむかつきましたけど、大きいムーさんはムカつき度が倍増ですね」

 ムーが上目遣いで、シュデルを見た。

「ひどいなぁ。これでも成長したと思うんだよ」

「成長したのは身長だけです」

「中身は退化だな」

 オレが言うとムーはフンとそっぽを向いた。

 オレはできるだけ感情を抑えて、冷静に言った。

「ムー」

「なんだよ」

「モジャと喧嘩したのか?」

 ムーの顔が強ばった。

「なにを言うだしゅ」

「原因はなんだ?」

 ムーの目が物言いたげにオレを見た。

「オレ、なのか?」

「し、知らない」

 目が泳いでいる。

「エロンが、なぜオレを次元の狭間に入れたのか、理由があるんじゃないのか?エロンほどの力があるのなら、オレを瞬間移動で助ければ良かっただけだ」

 ムーは下を向いた。

「やはり、そうでしたか」

 シュデルが冷たく言った。

「暴走しているムーさんを、モジャさんが放置するはずがないのです。何かがあって、モジャさんが離れた。そういうことなのですね」

「ち、違うしゅ!」

「おい、戻っているぞ」

 オレは、幼児語を指摘した。

「その姿で幼児語を使うのは、目に痛いです」

 シュデルが眉を潜めた。

「モジャは関係ないしゅ!ボクしゃんが世界に力を見せつけるために頑張っているしゅ」

 オレはため息を、シュデルは額を押さえた。

「わかった。やりたくないが、やるしかないだろ」

 オレは天井に向かって呼びかけた。

「いるんだろ、エロン」

「俺様参上、イェイ!」

 空中に現れたのは太った七面鳥。短い羽をバタバタと羽ばたかせて、床に降り立った。

「ヘェィー!元気だったかい!」

 体長1メートルを越す、巨大で太った七面鳥がオレにすり寄った。

「今度は鳥にしたのか?」

「前の姿は、お気に召さなかったんだろ?」

 オレは首を横に振った。

 エロンと最後に別れたときは、全裸の美少女の姿だった。

 オレも男だから美少女は歓迎だ。服さえ着ていてくれれば、問題なかった。目の前にいる太った七面鳥より、ずっといい。

 七面鳥がオレに顔を寄せた。

「俺様に聞きたいことがあったんだろ?」

「なんで、こうなたのか教えてくれないか?」

 七面鳥は肩をすくめた。

「簡単さ。そこのアホ魔術師が糸をこんがらがせた」

 オレとシュデルの冷たい目が、ムーに注がれた。

「違うしゅ!ちょっと、手違いしゅ!」

 両手をバタバタさせた。

 七面鳥はケケケッと笑うと、ムーの真似をして羽をバタつかせた。

「質量が決まった世界の質量を変えることはできない。だが、俺様やモジャ殿のような超生命体は、この世界に影響が及ばないよう出現できる。異次元モンスターもその部類。しかし、ひとりであっても人間を、次元の狭間に移動させることは非常に難しい」

 シュデルが唇をゆがめた。

「つまり、店長の死体を作り、店長と入れ替えたのはエロン様なのですね?」

 七面鳥が両羽をあげた。

「大正解!」

「なんで、そんなことしたんだ?オレの場所を移動させるだけだとダメなのか?」

「通常なら簡単なんだけどね、できなかったんだよ、あの時は」

 七面鳥が右羽をあげると、オレを指した。

「狂っていたんだ。あの場所が」

「何が狂っていたんだ?」

 七面鳥が肩をすくめた。

「俺様には、そいつが何かはわからなかった。だが、狂わせた原因はわかっていた」

 七面鳥が左羽でムーを指した。

「このアホバカ短足魔術師に、モジャ殿が特殊な保護をかけていのさ」

 ムーが目をそらせた。

「短足魔術師は焦った。慌てて、魔力で掘り起こしたが、出てきたのは俺様が作った特製人形。蘇生魔法をかけたが、元々命がないんだから蘇るはずもない。そこで、ようやく、こいつはウィルじゃないと気が付いた。時間稼ぎに、場所を移して埋めた。その時、モジャ殿が戻ってきて、ってわけさ、イェイー!」

 七面鳥がクルリと回った。

「ムーとモジャが喧嘩したのは、その時か?」

「だろうね。それ以来、モジャ殿はこの世界に出現してない。何があったのかは知らないよ。俺様はモジャ殿には近づかないことにしているんでね」

 七面鳥は話しながら、リズミカルに身体を揺らした。

「そうなると、本人に聞くしかありませんね」

 シュデルが一歩進み出た。

「ふん、ゾンビごときがボクしゃんに勝てると思うしゅか!」

 完全に幼児語に戻っている。

 シュデルは冷笑した。

「僕が勝てるはずないではありませんか。ムーさんと戦うのは………」

 オレは渋々、前に出た。

「オレなんだろうな」

「へっ、しゅ?」

 ムーが目を丸くした。

「さっさと吐け。何がどうなっているのか」

「ウィルしゃん、ボクしゃんに勝てると思っているしゅ?」

「あー、たぶん、勝っちまうんだろうな。だから、困っている」

 座っているムーの指が印を結んでいる。その気になれば、魔法は即座に発動するだろう。

 オレは拳を作り、ムーの目の前につきだした。

「ムー、オレとやるか?」

 ムーの目が数秒泳いだ。

 指の印を解くと、両手をあげた。

「わかったしゅ。何を言えばいいしゅ」

 卒業試験に始まり、桃海亭の命がけの日々。

 様々な魔法と身の軽さだけで戦ってきたオレと、巨大魔法をぶっぱなしてきただけのムー。近距離タイマン戦なら、オレの方が圧倒的に有利だ。

 そのことを一番よく知っているのがムーだ。

「モジャと何を喧嘩したんだ?」

「ウィルしゃんを取り出すタイミングしゅ」

「タイミング?」

「モジャはすぐに出すよう言ったしゅ」

「なぜ、それをしなかった?」

 ムーがプゥーと頬を膨らませた。

「ボクしゃん、ウィルしゃんに【神と契約破棄の力】を使わせたかったしゅ。でも、ウィルしゃんは絶対にボクしゃんに使わないから、ウィルしゃんの身代わりにやらせようとしたしゅ」

「身代わり、って、エロンの作った人形だろ?」

「失敗だったしゅ。神はウィルしゃんと認めなかったしゅ」

「それでモジャが怒ったのか?」

「違うしゅ」

 シュデルが絶対零度の視線で睨んだ。

「要点だけを話してください。時間の無駄です」

「ボクしゃん、【神との契約破棄の力】を本物のウィルしゃんに使わせる方法を取得してから、ウィルしゃんを出したかったしゅ。でも、モジャ、ダメ言ったしゅ」

「オレを先に出したら、まずいのか?」

「ウィルしゃん、いっぱい、いっぱい、殺されそうになるしゅ。契約の破棄が終わるまで、元気でないと困るしゅ」

「つまり、オレが死ぬと困るから出さなかったと?」

「はいしゅ」

 オレの指がムーの右頬をつかんだ。

 餅のような柔らかい頬をギュッーーと伸ばす。

「痛いしゅ、痛いしゅ」

「オレが【神との契約破棄の力】を持っていることを、どうやって知った?」

「痛いしゅ、痛いしゅ」

 涙目のムーの頬を離した。

 赤くなった頬をさすりながら、ムーが言った。

「ウィルしゃんの偽物の隣に立っていたしゅ」

 話の流れからすれば、思い当たるのは、

「神か?」

「たぶん、しゅ」

「会ったのか?」

「すぐに消えたしゅ。その時、呟いただしゅ。『違う。破棄の力は残る』だしゅ」

「お前は推論をたて、事実を確認した」

「ボクしゃん、天才しゅ。ちょいなちょいな、ちょいしゅ」

 ムーが胸を張った。

「力を得るために、オレを狭間に閉じこめておこうとしてモジャの怒りをかった」

「ボクしゃん、ちょっとだけ言ったしゅ。でも、モジャ、ダメダメ言って喧嘩になったしゅ」

「それだけか?」

「もちろん、しゅ」

 オレは部屋の隅でくつろいでいた七面鳥に聞いた。

「エロンはいつ出してくれるつもりだったんだ?」

「すぐにだよ。だって、面白い見せ物がなかったら寂しいじゃないか」

 オレは再び、ムーと対峙した。

「だそうだ。エロンがオレを出そうとしたとき邪魔をした馬鹿はどこにいると思う?」

 ムーの額に汗が滲んでいる。

 シュデルがクスッと笑った。

「モジャさんも考えましたね」

「だな。でも、はた迷惑だよなぁ」

「店長、どうしましょう」

「どうするかなぁ」

 オレとシュデルが考え込んでいると、ムーが立ち上がった。七面鳥の側に行くと、しゃがみ込んだ。

「邪魔やめてしゅ」

「やなこった」

 七面鳥は木で鼻をくくった態度で言った。

「どうしてしゅ?」

「お前さんがしていることが、楽しくないからに決まっているだろ」

「楽しいしゅ」

 七面鳥はグケェツェと奇妙な声で笑った。

「見落としているんだよ、アホ馬鹿魔術師」

「ほよっ?」

 七面鳥はグゲゲッと笑うと「あばよ」と言うと消えた。

「待つしゅ!」

「遅いな」

「遅いです。姿を消してから、止めても無意味です」

 ムーは振り向くとオレとシュデルを睨んだ。

「ボクしゃんが困っているのがわからないしゅか!」

 オレはつかつかと近づくと、ムーの頭を拳で殴った。

「痛いしゅ!」

「エロンの言った見落としの意味がわからないのか?」

「ウィルしゃんには、わかっただしゅ?」

「わからないに決まっているだろ」

「なら、なぜ、殴るしゅ?」

「その前にオレの質問に答えろ」

「ほよっしゅ?」

 オレはムーと視線を合わせた。

「ムー、これだけの大量の魔力を集めて、何をしようとしてたんだ?」

 顔をそらそうとしたムーの頬をつかんで、引っ張った。

「痛いしゅ、痛いしゅ、暴力反対しゅ」

「オレにわからないと思っているのか?天才魔術師が最後に求めるものは、ただひとつ」

 ムーの頬を引っ張って、顔を近づけた。

「不老不死だ」

 ムーが目をそらせた。

 オレはムーの頬を放した。ムーは頬をさすったが、オレとは目を合わせない。

「良くも悪くもお前は天才だ。他の魔術師が考え出した賢者の石による不老不死の方法を実行しようとは思わない。お前独自の方法を考えていた」

 ムーが横目でオレを見た。

「お前は何通りかの方法を考えついた。そのひとつに、大量の魔力を使う方法があった。神に出会ったお前は、契約を破棄することで可能だと考えた。オレを出す出さないでモジャと喧嘩別れしたお前は、計画を実行に移した。スイシーの地下に魔法陣を書いて、魔力を集め、オレを呼び戻した。オレを目覚めさせず、この世界に存在させている間に自分の神との契約を破棄させた。魔力は大量に溜まった。あとは自分の野望を実行するだけになった。早速、不老不死を実行しようとしたが、失敗。エロンに邪魔をされていることに気づいた。そこで、オレと接触して、エロンに邪魔をやめさせようとした」

 シュデルが冷えた声で言った。

「そして、エロンに逃げられた」

「違うしゅ!」

 ムーが首をブンブンと横に振った。

「何が違うんだ?」

「逃げられてないしゅ!」

「そっちかよ」

「どうでもいいことを」

 オレとシュデルの冷たい反応にもめげず、ムーは言い募った。

「消えただけしゅ。まだ、ウィルしゃんの側にいるしゅ!」

「ま、そうだろうな」

「あえて、口にする必要はないと」

 ムーは地団駄を踏んだ。

「ウィルしゃんが頼むしゅ。邪魔やめて、言ってしゅ」

「なんでオレが言わないといけなんだよ」

「そうです。店長はムーさんの野望の被害者です」

 ムーは頬を目一杯膨らませた。顔は怒っているのに、泣きそうな表情だ。

「ムー、そんなに不老不死になりたいのか?」

「なりたいしゅ」

「どうやってなるつもりなんだ?」

 ムーが人差し指で、上を指した。

「ランクアップしゅ」

「はぁ?」

 疑問符を出したオレとは違い、シュデルは薄笑いを浮かべた。

「なるほど、エロンの見落としの意味が分かりました」

 シュデルは優雅な仕草で、空いていた椅子に座ると足を組んだ。

「ムーさんは不老不死ではなく、上位の存在をなろうとしたのです」

「はぁ?」

「店長は考える必要はありません。どうせ、わかりませんから」

 さらりと酷いことを言ったシュデルは、ムーに微笑んだ。

「質量の決まった世界で、ひとりが上位の存在になったら、どうなります?」

 ムーは目をしばたかせた。

 そして、次の瞬間、叫んだ。

「アギョギョッしゅ!」

「そういうことです」

 楽しそうに微笑んでいるシュデルとがっくりと落ち込んでいるムー。

「ムーさんは、天才でもルールから逃れられないことを、完全に忘れられていたようです」

 オレは小声で聞いた。

「ひとりだけ上位の存在になるのは、ダメなのか?」

「ダメなのではなく、できないのです。おそらく、ムーさんの頭脳であれば上位の存在になる方法を見つけることは可能です。その時、自分ひとりではなく、世界全体を上位の存在にランクアップすればいいのです」

「世界全体をランクアップ?」

「理屈では可能です。ですが、ムーさんが必死で集めた魔力は一人分です。この世界全体をランクアップさせるに必要な魔力の量を考えてみてください」

「不可能だろうな」

「はい、だからエロンは見落としと言ったのだと思います」

 心から楽しそうな笑みをシュデルは浮かべた。

 逆にムーは暗い顔でうつむいている。

「ムーの苦労はなんだったんだ?」

「世界中の魔術師の恨みを買ったことですね」

 ムーが顔を上げ、キッとシュデルを睨んだ。

「ボクしゃん、まだ、負けてないっしゅ」

 座っているシュデルの前に、オレが移動した。

「勝っているというなら、教えろ。大きさは、どれくらいだ?」

「30メートル以上は間違いないしゅ」

 ムーが断定した。

「おいおい、そいつは高さだろ。オレが聞いているのは、直径だ」

「10メートルは楽勝しゅ!」

「だそうだ。シュデル、余裕がいるよな。よし、魔力を集めている地点から半径10メートル。避難させろ、至急だ」

「わかりました」

 シュデルが部屋を飛び出していった。

「ムー、パンテスが考え出した方法を使うのか?」

「冗談でも言わないで欲しいしゅ。ボクしゃん、天才しゅ。成功率の低い、できそこないの製法なんて、使わないしゅ」

「でも、賢者の石を使うんだろ?」

 ムーの指が印を結んだ。

「10分待ってやれよ。シュデルが避難を完了するだろ」

 ムーが動きを止めた。

 オレとムーと、微動だにせず、10分ほど経ったとき、シュデルが戻ってきた。

「終わりました」

「だとさ。やれよ」

 ムーがニヤリとした。

「いくしゅ」

 振動が足の下から響いた。

 細かい振動が、ズンズンという突き上げられるような大きな振動に変わっていく。

「シュデル、ここは魔力を貯めた部屋から、どれくらいの距離があるんだ?」

「回廊の裏側になるので、位置がわかりにくいと思いますが、約5メートルです」

「へっ、しゅ?」

 ムーが目をむいた。

「ベテランの従業員でもわかりにくいと思います。入ったばっかりの、方向音痴の従業員には、わからなくて当然だと思いますよ」

「おい、ムーが巻き込まれれるのはしかたないとして、オレも巻き込まれんだけど」

「店長と僕は、秘蔵の魔法道具で守られますからご安心を」

「ボクしゃんだって、大丈夫しゅ」

「ダメだろ」

「大丈夫しゅ。チェリーが……あっ」

 ムーが見事に青ざめた。

「だろ?」

 チェリースライム。

 ムーの親友で、半透明な身体は物理的攻撃も魔法攻撃も受け付けない。ムーに危機がせまると、薄い身体になり、風船のようにムーを空気ごと包み込んで、ムーを守っていた。

「まずいしゅ」

 チェリースライムは、魔術師たちの垂涎のモンスターだ。なぜなら、チェリースライムは魔力を吸い取り、体内でブラッディストーンを作ることができるからだ。そのブラッディストーンこそが、パンテスという魔術師が考案した賢者の石を作る方法に必要な材料だからだ。

 足下の振動は大きくなり、部屋の全体がうねっている。

「ムー、貯めた魔力で作るんだろ?ブラディストーン」

 チェリースライムがブラッディストーンを作っている間、ムーは無防備になる。

 そのことに、ムーは今、気が付いたのだ。

 床が弾け飛んだ。

 床だけではない。周囲の建物全体が、地下から現れた巨大な物体に、

突き上げられ、破壊された。

「でかいな」

「高さ約30メートル、直径約10メートル。ムーさんの計算通りですね」

 オレとシュデルは、綿飴のような真っ白な雲に乗っていた。シュデルの秘蔵の魔法道具らしい。乗り心地は抜群で、逃げるときに飛んできた建物の破片や瓦礫は、綿飴が覆って防いでくれた。

「ムーの奴、本気だな」

「困りましたね」

 地上5メートルに浮かんでいる俺たちの前に、巨大な深紅の柱がそびえ立っている。賢者の石の材料、ブラッディストーンの柱だ。

「ここから先、オレの仕事はひとつしかないから、楽なもんだ」

 オレは綿飴にゴロリと横たわった。

「店長、前から言っていますが、僕はムーさんではありません。わかるように説明してください」

「説明するのか?」

 オレのイヤそうな顔を無視して、シュデルが語気を強めて言った。

「はい」

 オレはブラッディストーンを指した。

「シュデル、あれは貯めていた魔力が姿を変えたものだ。魔力を貯めていた場所のところに、魔術師たちの魔力を集める魔法陣があったはずだ」

「はい………なるほど」

 シュデルが右手を開いたり、閉じたりした。

「魔力の流出が止まっています」

「つまり、魔術師たちは魔力が使えるようになった。逆に貯めていた魔力を使っていたシステムは停止している」

「スイシーを覆っていた魔法結界のことですか?」

「元々あった結界はあるだろうが、たいした障害じゃないはずだ」

 空を飛んで、近づいてくる影がある。

「あのクソ爺にはさ」

「言ってくれるな、ウィル」

 ブラックドラゴンが綿飴の隣にぴたりと止まった。

 ブラックドラゴンの背中に乗っていたのは、前リュンハ皇帝、いや、次の皇帝も辞めたから、前々皇帝、ナディム・ハニマン。黒魔法を操る魔術師だ。

「元気そうだな、爺さん」

「そうでもないぞ。このところ、腰痛がしてな」

 爺さんは自分の腰を、拳でトントンと叩いた。

 安物の黒い麻のローブ。

 持っているのは、飾りのないトネリコでできた杖。

 リュンハ前々皇帝であることはやめ、桃海亭の支配人として生きることにしたらしい。

「なあ、爺さん。店長と支配人、どっちが上だと思う?」

「支配人だな」

 ねじくれた性格は健在らしい。

「その偉い支配人様に頼んでいいか?」

「お主はいつまでたっても覚えんのう。年寄りは労れと言っておるだろう」

「そう言われても、オレには無理だからなあ」

「しかたないのう。やるだけ、やってみるとするかの」

 オレはシュデルに目で合図をして、ブラッディストーンの柱から30メートルほど離れた位置に移動した。

 爺さんは柱から5メートルほどの地点で、ホバリングした。印を組んで、なにやら詠唱を始めた。

「ムーさん、無事でしょうか?」

「無事だろ。ああ見えても、天才だからな」

 オレの言葉が終わらないうちに、地面がもっこりと盛り上がった。土がはねのけられ、泥にまみれた白い頭が現れた。

「酷い目にあったしゅ」

 這いだしてきたムーの頭に、ピンクのスライムが乗った。

 ムーは、再び無敵の防御を手に入れた。

 ムーは上を向くと、オレに怒鳴った。

「ウィルしゃん、ひどいしゅ!」

「お前がやったことだろ。オレは関係ない」

「ゾンビが悪いしゅ!」

「壊したのはムーさんです」

 ムーの頬がぷっくらと膨らんだ。

「そこにいるしゅ、いま………ほよっ?」

 ムーがハニマン爺さんに気が付いた。が、遅かった。

 空から黒い稲妻が落ち、巨大なブラッディストーンが粉々に砕け散った。

「あぎゃぁーーーー、しゅ!」

 深紅の粉が、見上げているムーに降り注ぐ。

「どうしてしゅ!爺の魔力は封じた………しもうたしゅ」

 今頃になって気づいたらしい。

 ムーがギッと爺さんを睨んだ。

「復讐しゅ!覚悟するしゅ!」

 爺さん、薄笑いを浮かべて言った。

「さて、わしに勝てるかな」

 ムーが胸を反らした。

「ボクしゃん、神との契約の破棄をしているしゅ。魔力の制限なしだしゅ」

 爺さんは薄笑いを浮かべたまま、オレを見た。

「さて、オレはオレの仕事をするとするか」

「店長の仕事ですか?」

 怪訝そうなシュデルの隣に立ち、ハニマン爺さんを指さした。

「ウィル・バーカーがここに宣言する。あそこにいるナディム・ハニマンの神との契約を無効とする」

 一瞬だけ、爺さんがビクッとした。その後、杖を掲げた。

 穏やかなのに底知れない闇を感じさせる笑顔を浮かべた爺さんが、ムーを見下ろした。

「さて、本気モードでいこうではないか」

 杖の先端に力が集まっているのが、魔力のないオレにもわかった。

「店長、本当に【契約破棄の力】があったのですね」

「ムーが破棄できたのだから、力があるのはわかっていたんだが」

 爺さんの杖が光り出した。

「あんな適当に言ったのに、うまくいくとはオレが驚いた」

 シュデルが複雑そうな顔をした後、深いため息をついた。





「なんかなぁ」

「見ている時間が無駄に思えてきました」

 脱力したオレは綿飴に寝転がり、シュデルは縁に腰掛けて、ムーと爺さんの戦いを見物していた。

 莫大な魔力を有するムー。

 戦闘経験が豊富なハニマン爺さん。

 初っぱなにムーが巨大な電光球を放った。直径約10メートルの電光球は爺さんに触れる直前に消滅した。

 次に爺さんが空中に針を出現させた。細くて黒い針。何万という数がムーに向かって飛んだが、ムーはチェリードームに入ってしのいだ。

 そのまま、戦闘は膠着状態に入り、上空の爺さんとムーがにらみ合っているだけだ。

「ムーさん、出てきて戦わないのでしょうか?」

「出てこないだろ。出てきたら、爺さんにボコボコにされるとわかっているからな」

「ハニマンさんの攻撃をしのぐことに徹して、ハニマンさんの魔力切れを狙う、というのもあると思うのですが」

「そいつは無理だな。ムーもわかっている」

「どうしてですか?」

「爺さん、黒魔法の達人だぞ」

 オレはムーを指した。

「ムーの莫大な魔力を………」

 指のハニマン爺さんに移動させた。

「………爺さんが吸い取って使っているんだろ。ムーもわかっているから、動けない」

「さすが、ハニマンさんです」

 楽しそうにシュデルが言った。

「でも、このままだと困ります」

「何かあるのか?」

「今の僕は店長のように暇ではありません。崩壊した桃海亭のスイシー支店の後始末と再建をしなければなりません。避難させた道具達も僕を心配していると思います」

「大丈夫だろ。そろそろ、爺さんが動く」

「本当ですか?」

「爺さんもムーもいくらでも待てるが、爺さんが乗っているブラックドラゴンは疲れている。爺さんが仕掛けるはずだ」

「どのようにしてですか?チェリースライムの作ったドームは無敵です」

「そこなんだよな。でも、爺さんのことだから勝算がなければ、あそこでムーを見張っていないと思うんだよな」

 爺さんの黒魔法は多彩だ。達人だと断言できる。だが、チェリードームを破壊する方法があるのかと聞かれると、オレには思いつかない。

 浮かんでいる爺さんの後方に一頭のブルードラゴンがやってきた。乗っていた魔術師は、爺さんに小さな箱を渡すと去っていった。

「あの箱が要だな」

 そう言ったオレにシュデルが首を傾げた。

「あれは魔法道具ではありません」

「違うのか?」

「僕はこれでもスイシー支店の店長です。魔法道具か違うのかくらいは、離れていてもわかります」

 爺さん、満面の笑顔で箱を開けると逆さにした。

 中身が真っ直ぐに落ちていく。

 地上に激突。と、思ったら、着地していた。

「どういうことですか、店長」

「オレに聞くなよ」

 想像外のものが、そこにいた。

 チェリースライム。

 ムーがいつも一緒にいるチェリースライムとは別のスライムが、地上で丸まっている。

 新たに現れたチェリースライムは、ムーが入っているチェリードームに近づくと、ポンポンと跳ね始めた。

 数分後、跳ねているチェリースライムの隣にもう一匹のチェリースライムが現れ、同じリズムで跳ね始めた。

 天空に稲妻が走った。

「ひょえぇーーーーー!」

 爺さんが落とした特大魔法は、ムーが張った魔法結界を吹き飛ばた。ムーは衝撃ではねとばされ、瓦礫に落ちた。

「さあ、行くか」

「そうですね」

 綿飴がゆっくりと動き出した。



 オレ達は捕まえたムーを魔法協会に引き渡した。

 シュデルは桃海亭スイシー支店の再建のために、スイシーに残った。オレは爺さんと桃海亭本店に戻った。

 ボロい店構え、小さな店内、オレが住んでいた時と変わらなかった。変わったのは、シュデルの部屋とムーの部屋がなくなり、爺さんの末息子ナデール夫婦の部屋になっていたことだ。帝位から離れたことでナデールも落ち着いたらしい。ナデールの妻のラモーナは庶民の生活が向いていたらしく、キケール商店街での生活になじんでいる。夫婦で協力して、留守がちな爺さんの代わりに桃海亭を預かってくれていた。

「それは、もう驚きました」

 ラモーナが笑顔で、オレがリュンハから帰った半年後、何があったのか話してくれた。

「ある朝、ジャディード・ハニマンが夫のところにやってきて『あとは任せろ』。そう言ったのです。半年前、ムー殿とシュデル殿がお義父様の腹心の人物と接触して計画を練ったそうです。お義兄さま達の不正の証拠はすべてムー殿とシュデル殿が揃えてくれていました。それを突きつければ、現在の地位から追い落とすことはできても、国は混乱する。そこで半年間にわたって、人物の入れ替えを行ったそうです」

「入れ替え?」

「私もナデールも詳細については教えてもらえませんでした。人を入れ替えても問題ない部署は、配置換えで対処したそうです。それができないところは、ウィル殿やシュデル殿と同じこと、つまり魔法で同じ顔にした人物と入れ替えたり、中身だけを入れ替えたりして、同じ体制に見えながら、違う体制を作り上げたのです」

 冷や汗が背中を流れた。

 さすが、ムーとシュデルとハニマン爺さん。

 倫理ゼロの三人組。

「ナデールの退位もすぐに行えませんでしたから、ジャディードがナデールの姿で帝位を引き継いでくれました。ジャディードに譲位されたのは三年後でした。ジャディードがナデールの姿で頑張っていてくれる間、私たちは桃海亭に引っ越してきて、楽しく暮らしていました」

 ラモーナが微笑んだ。

「ありがとうございます。あなた達がリュンハに来てくれたから、リュンハ帝国は救われました。そして、私たちも救われました」

 微笑むラモーナの隣に、ナデールがソッと寄り添った。

「あなたの部屋はそのままにしてあります。どうぞ、前と同じように暮らしてください」

 ラモーナが心から言っているのはわかった。隣でナデールもうなずいる。

 若夫婦とクソ爺と、一緒に暮らす。

「ちょっとだけ、考えさせてくれ」

 部屋には壊れかけのベッドと薄い布団。着替えもなかった。

 まさに、ウィル・バーカー、オレの部屋だった。

 翌朝、食堂でパンと野菜スープの朝食をとっていると、魔法協会から連絡がきた。ムーが公開裁判にかけられることになったらしい。

 世界中の魔術師の魔力を集めるという、前代未聞の重大犯罪を犯した罪人をどのように裁くのか注目が集まっている。

 爺さんが店にいたので、桃海亭はニダウの住人達のたまり場になった。キケール商店街の店主達やニダウのあちことの住人が集まってきて、わいわいと騒いでいる。オレがいることに驚いたのは最初の1日だけで、あとは気にもとめない。隣のデメドさんに『トラブルをもちこむなよ』と釘をさされたくらいだ。

 ムーはどのような罪に問われるか。

 白熱した議論が桃海亭の店内で交わされている。

 だが、残念なことに、オレはこの裁判の結末を知っている。

 裁判の直前、モジャが現れ、ムーを連れ去った。

 ムーが再び、戻るのかは、オレは知らない。

 ある晴れた日、オレは決意をした。

「爺さん、オレ、旅に出る」

 店内で店番をしていたハニマン爺さんに言った。

「わかった。面白い魔法道具を見つけてこい」

 読んでいたニダウ日報から、顔も上げずに言った。

「オレは戻ってくるつもりはない」

 爺さん、顔を上げ、老眼鏡を外した。

「桃海亭の店主は誰だ?」

「爺さんに譲る」

「いらん」

「ナデールに……」

「逃げるな」

 静かな口調だった。

「ウィル、お前は桃海亭の店主だ。古魔法道具店の店主だ。金はいくらでもやる。世界を回って、面白い魔法道具、珍しい魔法道具を見つけてこい」

 オレは頬をポリポリ掻いた。

「爺さん、オレはただ旅をしたくなっただけなんだ。色々あったけど、まだ20歳前なんだぜ」

「好きなだけ、世界を歩け。桃海亭の支店は世界各地にある。これからも増やす予定だ。そこで金を受け取って、納得がいくまで歩き続けろ」

 クソ爺の優しさは、なぜか、染み込むのが早い。

 それでも、オレは抵抗した。

「オレは、一般人だから、魔法道具の鑑定が、できない」

 言葉は詰まっていたが、断る意志は伝えられた。

「そんなこと、気にするお主ではなかろう」

 軽く言うと、再びニダウ日報を読み始めた。

「カウンターの手金庫に金貨10枚がある。そいつを持って行け」

「手金庫に金貨10枚は危ないだろ」

 昔の癖で、焦った。

「くだらんことをグジグジ考えるのはお主らしくないぞ」

「オレ、鑑定が………」

 頭の上で、ポンと音がした。

「俺様が、お供をしてやるっさ、イェーーイ」

 七面鳥がオレの頭に乗っていた。

 前に見た巨大サイズではなく、20センチに満たない小さな七面鳥だ。

「鑑定はおいらに任せな。俺様とお前、仲良く道行き、あちこち行こうぜ、世界を回ろう。俺様にも体験させろよ、この世界」

 リズムに乗りながら、陽気に言った。

「頼んだぞ、エロンさん」

「まかせな、イエェーイ」

 七面鳥の片羽をあげてポーズを決めた。



「どうせなら、可愛い女の子になれよ」

「やなこった」

 使い慣れた背嚢ひとつ、頭には七面鳥姿のエロン。

 のんびりと歩きながらの旅だ。

「どこに行こうかなあ」

「南だな、南~~!」

「なんで、南なんだ?」

「ウィルは、ルブクス大陸の最南端には行ってないだろ」

「よく知っているな」

「俺様も見てみたいのさ」

「南か、何があるんだろうな」

「行ってみれば、わかるって~さぁ、イエェーイ!」

「そうだな、行ってみるか」

 オレは南に向かって、足を踏み出した。


今回にて、エンドリア物語は終演となります。

長い物語にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。



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