決勝戦前夜
連休って思ったよりも執筆時間が取れなかった!。
とりあえずギリギリ投稿になりましたが、連休中に後三話は投稿したい。
準決勝を終えたその日の夜、ライに割り当てられた宿舎に例の如くリドルが酒を飲みに来ていた。
「リドルさん、良いんですか?」
「ん?良いって何がじゃ?」
「いえ…その、隊長さんの事なんですけど」
治安維持部隊の隊長にまだ傷が癒えていないやら、今日戦ったばかりの人間同士が顔を合わせるのは看過出来ないやらとここに来る事を散々咎められていた。
「あやつは心配性なだけじゃよ。わしの事を分別もつかん童だとでも思っとるのかの、まったく腹立たしい」
「だからってあんな顔になるまでやらなくても…」
リドルがここにやってきた際、後ろに控えるように立っていた治安維持部隊の隊長の顔はボコボコに腫れ上がっていた。
「”怪我人だから大人しくしてろ”なんて言うものだから、こんなもの大した事は無いと証明してやっただけじゃわい。怪我人に負けるような奴が怪我人を止める資格などありゃせんわ――うっ」
右手でグラスを持とうとしたリドルが顔を歪める。
「大丈夫ですか?」
「あぁ心配要らん、つい何時もの癖で右手を動かしてしもうただけじゃ」
改めて左手でグラスを持ち、リドルが酒を呷る。
リドルの右頬には止血テープが張られており、服の襟元からは右肩に巻かれた包帯が見えていた。
そんなリドルの姿を見てフィアが口を開く。
「闘都には優秀な治療班が居るんじゃ無かったの?右肩の傷はどうか知らないけど、少なくとも頬の傷くらい完璧に治せるんじゃないの?」
「これの事か?これはわざと治療せんかったんじゃよ。流石に止血くらいはしたがの」
「わざとしなかった?どうして?」
不思議そうに首を傾げるフィアにリドルは言う。
「そんなもん残しておきたいからに決まっておるじゃろ。それ以外にわざわざ傷を残す意味などありゃせん」
「…変態さん?」
真顔でそんな事をいうリドルにフィアがそう返す。
「そんな歪んだ性状など持ち合わせとらんわ。単純じゃよ、ただライとの戦った証を残しておきたいだけじゃ」
「戦った証?」
「そう、戦った証じゃ。試し合いに殺し合い、そのどちらも形に残る物など殆どない。あるのは記憶とこの身に刻まれた傷だけじゃ」
リドルが左手で右肩と右頬を撫でる。
「あれ程の戦い、何も残さず忘れるには惜しい。そして魔法なぞで綺麗さっぱり無くすなど無粋というもんじゃろ」
「ふーん…だから身体に残すんだ」
「馬鹿じゃろう?だがそれが男ってもんじゃ、お嬢ちゃんには分からんかもしれんがの」
「うん、分からない」
即答するフィアにリドルが愉快そうに笑う。
「本当に素直なお嬢ちゃんだ。まぁそれで良い、こういうもんは他人には得てして理解できんもんじゃし、自分さえ満足ならそれでええ」
そう言ってリドルが酒に口を付ける。
「さて、そろそろ本題に入るとするか。改めてライ、決勝進出おめでとう。ここまで来れば優勝したも同然じゃろう」
「あ、ありがとうございます」
リドルに面と向かってそう言われたライが何とも言えない表情で礼を言う。
「どした?浮かない顔しおって」
「いえ、決勝の相手が相手ですからね…優勝したも同然だなんてそんな事思えませんよ」
「そんな心配なぞする必要ないわい。相手はあの腕力馬鹿の小僧、お主の敵ではない」
腕力馬鹿――リドルがそう称した人物は他でもない【豪腕】のアドレアだ。
本日の準決勝、第二試合目【豪腕】のアドレアと【剣乱】のアリス、Sランク冒険者同士の対決は蓋を開けてみれば呆気ない物であった。
というのもアリスが本調子では無く、それをアドレアに見破られ軽くあしらわれてしまったのだ。
「あの爺とあの野郎の戦いを見てた時から様子が可笑しいとは思ってたが、お前体調でも崩してんのか?顔も赤いし息も乱れてるぞ」
「く…うるさいわね…!アンタに関係ないでしょ!!」
「あるな、大いにある。俺はお前との闘いを楽しみにしてたんぞ?なのにそんな状態のお前と戦っても何にも楽しくねぇ」
息を乱し、剣を握る手を震わせるアリスをアドレアが冷めた目で見つめながら近づく。
「っち!」
カァン!
震える手で握られていた剣はアドレアが無造作に放った蹴りによって簡単にアリスの手から離れ、その衝撃でバランスを崩したアリスが尻餅をつく。
「くっだらねぇ」
そう吐き捨てるように言うとアドレアはアリスに背を向けて歩き出す。
「ま、待ちなさい!」
「あぁ?」
足腰に力が入らないのだろう、震える足でアリスが何とか立ち上がる。
「まだ勝負はついてないわよ…!」
「そんな様子で何言ってやがる。立つのもやっとって感じじゃねぇか」
「こんなの…なんてこと――」
強がりを言おうとしたアリスの眼前に何時の間にかアドレアの拳があった。
「こんなのにも反応出来ねぇ奴が何言ってやがる。そんな寝言は寝て体調を整えてから言うんだな」
そう言うとアドレアは突き出した拳の人差し指でアリスの額を弾く。
軽い衝撃だったがそれでも今のアリスの体勢を崩すのには十分であり、アリスは再び尻餅をつく。
「今日の所は大人しくしてろ。お前だってこれ以上見っともない所なんて見せたくねぇだろ」
「っ――!」
元より赤かったアリスの顔がさらに赤くなる。
しかしアリスはそれ以上反論する事も、立ち上がろうとする事も無く、黙ったまま俯いた。
こうしてSランク冒険者同士の対決は当初の期待を大きく裏切る結果となったのだ。
場面は戻ってライ専用の宿舎の一室に戻る。
「リドルさんはあの人の事を腕力馬鹿と言いますけど、本当にそれだけなんでしょうか?魔法の事を抜きにしても、ただ腕力があるというだけであそこまで言われるとは思えないんですが」
「ふむ…まぁ腕力だけというのは少し語弊があったな。噂は聞いておるじゃろうがあやつは殴り合いの喧嘩において一度たりとも負けた事がない。いや殴り合いに関わらず、逆上した相手が武器を持ち出して来た時もアイツは負けなかった」
何かを思い出すようにリドルが語り続ける。
「魔法抜きにしてもあやつは強い。天性の肉体、天賦の才、研ぎ澄まされた野生の獣のような勘の鋭さ、あそこまで来ると人間では無くもはや”魔物”じゃ」
「魔物…」
「そう、だから並みの人間では対処出来ないし、だからこそライ――お前さんなら対処できる。魔法抜きで魔物と戦ってきたお前さんにとって、あやつは今大会の出場者の中で一番お前さんと相性が良いと言っても過言ではない」
リドルの言葉にライは考える。
リドルの言いたい事は分かるが、だが果たしてそれで魔物と同じだなんて在り得るのだろうか。
並外れた肉体、天才的な戦いのセンス、獣じみた勘の鋭さ、どれも人並み外れているとはいえだから魔物と同列に扱うというのは如何な物だろうか。
というのもライはアドレアがまともに戦っている所など見たことはない。
天竜の時は攻撃を躱しているだけだったし、大会中は相手をその腕力でねじ伏せていた。
正直言ってまるで情報が足りない、力押しするアドレアしか見たことがないライはその点を警戒していた。
「そう心配するな、お前さんが思っとるほどあやつは大した男ではない。力押しだったのもそれしか出来んからじゃよ」
「そんな、力押しだけでSランク冒険者になんてなれるはずが」
「なったんじゃよあやつは、その力押しだけで冒険者の頂点、Sランクと呼ばれる所までの」
ライの言葉を遮るようにリドルが強い口調で告げる。
「あやつに与えられた才能は戦いのセンスや直感だけではない、魔法の才能もあった、しかも桁外れな魔法の才能がな」
「桁外れ…ですか」
「あぁ、魔法を覚えてすぐにAランクの魔物を拳の一振りで屠殺する程にな」
リドルの放った言葉にライは絶句する。
当然だ、Aランクといえば姿、いや名前を聞いただけでCランク冒険者が震えあがるような化け物揃いだ。
それを魔法を覚えた直後に、しかも一撃で殺すなど規格外などという言葉だけではとても足りない。
「分かるか?それほどまでの力を有するが故にあやつは戦闘訓練というような物をロクにやっておらん、全て力押しで何とかなってしまうからな」
「それは何というか、凄まじいですね」
「凄まじい…確かにそうじゃが、だからこそわしは脆いと感じとる」
「脆いですか?」
ライの質問に答える前に、リドルが酒を一口含み喉を潤す。
「なまじその力のみで何でも何とかしてしまったあやつはその力が通用しない事態に陥った時、どうしようもなく無力になる」
「魔法を覚えたてでAランクを瞬殺するような人の力が通用しない事態ってのが、自分にはまるで想像出来ないんですが…」
そう言ったライだったが、ふと脳裏にあの天竜の姿が過る。
(いや、あれは本当に規格外中の規格外だ。あんなのがポンポン居たら人類なんてとっくに滅んでるだろうしな)
あれは例外だとライが頭を振ってイメージを掻き消す。
「それはわしも同様じゃが…世界は広い、絶対に在り得ないという事は無いじゃろう」
「まぁ…無い事は無いでしょうね」
実際に一度そういう場面に遭遇してるだけにライはそう返すしか無かった。
「そして今、そんな状況があやつに差し迫りつつある」
「え?」
「お前さんの事じゃよライ、無論全力であれば話は別じゃろうが魔法禁止という条件においてあやつはお前さんに対し打つ手がない」
「そう…何ですかね」
「疑り深いのぉ…まぁ、その慎重さがお前さんの良い所でもあるがな。心配するな、魔法が使えないあやつなどお前の敵ではないと言うのはわしが保証してやる。むしろわしは我が国を代表する冒険者であるあの小僧が秒殺されないかと不安に思っておるくらいじゃわい」
「秒殺って…」
「それくらい魔法抜きでの戦いにおいてお前さんとあの小僧の力の差はハッキリしておるという事じゃよ。正直言ってあやつの戦い方はまるっきし喧嘩じゃ、まともにやり合ってお前さんと勝負になるとは思えん」
「で、でも流石に秒殺なんて事は」
「お前さんが剣を振ってそれで終いじゃ。拳で攻撃が届く範囲まで入ってしまえば、いくらあやつの直感が優れていようと、天性の肉体を持っていようと回避する事は不可能じゃろうて」
「………」
拳の届く範囲内、アドレアはかなりの巨体とはいえあくまでも人間の範疇だ。
ライの腕よりはアドレアの腕の方が長い事に違いはないが、剣を持ったライに勝る程ではない。
そんな懐にまで飛び込んできた場合、どう対処するかライは考えようとする。
考えようとして、考えるまでもない事だとすぐに気付く。
アドレアは武器はおろか防具のような物は一切身に付けていないため防ぐ事はかなわない。
ならば躱すしかないのだが何せあの巨体だ、ライの間合いに深入りした時点でどう身を逸らした所で回避は間に合わない。
対処があるとすればライが振り切るよりも早くライの腕を押さえてしまう事だろう。
だがアドレアの腕がライの腕を抑えるよりも早く、抑えようと伸ばしたアドレアの腕を斬り落とす自信がライにはあった。
「どうじゃ?武器はおろか防具すら付けていない、拳だけが武器の奴に対しお前さんはどんな手を考える?」
「いや、手というか…その」
「くくく…そう言い渋らんでもええ、つまり手を考えるまでも無かったという事じゃろう」
リドルの言葉にライは無言のまま肯定の意を示す。
「まぁそういう事じゃ、お前さんが優勝するに差し当たってあの小僧は障害にはなりえん。安心して明日に臨むが良い…と言いたい所なじゃがな」
「何かあるんですか?」
「いや、何かあるというか何かをしようというか…」
何か言い辛そうな雰囲気を漂わせるリドルにライが首を傾げていると、やがて覚悟を決めたのかリドルが意を決して口を開いた。
「ライ、お前さん――」