嘗ての自分
連休前で仕事が忙しく、中々執筆時間が取れませんでした!。
しかし連休が始まったので執筆ペースを上げられると思います。
ライが今まで戦ってきた魔物の中にフレゥールと呼ばれるCランクの魔物が居た。
普段は花の蕾のような姿をしており、鋼のような外皮で守られた魔物だ。
フレゥールは自身の近くに生き物が寄ってきた時、身体から毒液を噴出しその毒で弱った得物を捕食する。
鋼のような外皮を持つため蕾の状態では刃が立たず、一般的な対処法としては高威力の魔法で外皮の上から粉砕するか、外皮を破壊出来る程の魔法が使えない場合は捕食の際に口を開けた所にその口めがけて魔法を放つというのが一般的なフレゥールの対処法だ。
無論魔法を使えないライではそんな方法は取る事は出来ない。
ならばどうするのかといえばフレゥールが口を開けた時に斬り伏せるという物だ。
言葉にすれば単純だが、実行に移そうとすると決して容易な事ではない。
フレゥールは蕾の状態の時、予備動作もなく毒液を噴出する。
迂闊に近づくと毒液を浴びる事になる為、口を開けるまでは毒液の届かない範囲で待つしかない。
しかしいざ口が開いたからといって接近すると、今度は大きく開いた口から大量の毒液を浴びせられる事になる。
しかもフレゥールは憶病な魔物であり、一度毒液を吐き出すととすぐさま蕾の状態に戻ってしまう。
この毒液は蕾状態の時よりも量も濃度も格段に上であり、皮膚に触れようものなら即刻皮下に浸透し肉体が壊死するという極めて危険な物だが、ライならば至近距離でも躱す事は可能だろう。
だが本来の目的は毒液を躱す事ではなくその先、開かれた口に一撃を叩き込む事だ。
敵の攻撃を躱しつつ反撃に出る場合、ライはすぐに攻撃に転じられるよう回避行動は最小限に留めていた。
しかしフレゥールの巨大な口から放たれる毒液を至近距離で避けるには最小限の動きでは不可能、後の反撃の事など考えず躱す事に全力を出さなければとてもじゃないが至近距離で躱す事など出来ない。
フレゥールに一撃を与えるには至近距離まで接近し毒液を躱して口が閉じる前に剣をねじ込まねばならない。
だがフレゥールの毒液を躱すには攻撃を捨て回避に専念しなければ不可能、どう考えても手詰まりに思えるこの状況だが、かつてのライはこれを乗り越えた事があった。
その方法は――
「これで終いじゃの」
そう言い、リドルが剣先をライに突き立てようと構えた時、剣を持つライの右腕が突如動き出し地面に剣を突き立て寸での所で地面に倒れる事は免れる。
反射的とも言える行動にリドルだけでなく、ライ自身が驚いていたが身体はライの意志に反して動いていた。
身体が横に倒れながらも両足を大きく開き地を踏みしめ
「あぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
腹の底から空気吐き出すようにライが雄叫びを上げ、地面を切り裂きながら剣を逆袈裟に振るう。
「ぐぅ!?」
思わぬ反撃に僅かに回避の遅れたリドルの脇腹から肩にかけて赤い線が走る。
だが傷は浅かったのか、傷口からの出血はそれほどなくリドルは傷の事などそっちのけで目の前で起こった事態について考えていた。
(あの体勢から反撃じゃと…!?)
どう考えても倒れるしか無かった状況、身体は地面に対しほぼ水平になっていたのにも関わらずライはその状態から剣を突き立て、支えにする事で反撃してきた。
ただ反撃したというだけではない、支えにしていたはずの剣を振り抜くという事は支えを失うという事だ。
普通なら剣が地面から引っこ抜けた時点でそのまま倒れるはずだ。
だがライは踏ん張りもロクに効かない、剣を振るのさえ困難なあの体勢から反撃し、あろう事か振り切ると同時に体勢を立て直していた。
(苦し紛れ?いや有り得ん、我武者羅にやって出来るような芸当ではない。だがあの反応、意識してやったようには見えんかった、無意識に身体が動いた?だとすればあの動きは)
思考を巡らせるリドルを他所に、体勢を立て直したライが自身の持つ剣に視線を落とす。
(あぁそうか、そういう事か)
剣を見つめながらライが心の中で呟く。
(”これ”で良かったのか)
何かに気付いたのか、ライは迷いない瞳で目の前に立つリドルを見据え、全力で走り出す。
前のタルートの試合ですら見せた事もない凄まじい速度で急接近するライに、得体の知れない感覚を覚えたリドルが反射的に構え、ライの接近を拒むように剣を振り下ろす。
振り下ろされた剣をライは減速する事も無く左に飛ぶ事で回避する。
リドルの右脇を通り抜けようとしたその時、ライは右足で地面を踏みしめ急停止すると右足を軸に身体を回転させながらリドルめがけ剣を薙ぎ払う。
ギリギリの所で剣を防いだリドルだったが回転を加えたライの一撃を抑えきれず剣が外側へと弾き出される。
身体を回転させていたライは身体がリドルに対し正面を向くと同時に飛び出し、リドルの腹部めがけ拳を繰り出す。
剣を弾かれ体勢を崩しながらもリドルは左腕を差し込む事でライの拳を防ぐ。
だがライは拳を防がれた直後、今度は拳を開き外套を掴み力任せに振り回す。
体勢を崩していたリドルはそれに抵抗する事も出来ず、ライが手を離すと同時に放り出される。
地面を転がるもリドルは即座に体勢を立て直し、迎撃の構えを取る。
リドルが体勢を立て直した時には既にライはすぐ傍まで接近していた。
(よう考えてみたらヒントはあった)
接近してくるライを前にリドルは第一試合、ルミエストとライの戦いの事を思い出していた。
(最初こやつは足腰の踏ん張りも効かん体勢から凄まじい一撃を放ちおった。不利な体勢からの攻撃、さらに異なる構えから繰り出される攻撃…間違いない)
突き出されたライの剣を防ぎながらリドルは気が付いた。
(こやつに構えなど無い。変幻自在、ありとあらゆる角度、体勢から一撃を放つこれこそがライ本来の姿か!!)
いままで数多の魔物を相手にしてきたライだが最初から現在のように戦えていた訳ではない。
攻撃を最小限の動きで躱すなんて出来なかったし、剣の鋭さも今と比べたら天と地ほどの差があった。
例えどんな魔物が相手だろうと常に全力だった。
余力なんて在りはしない、常に全力で避け全力で攻撃するしか無かった。
魔法の使えなかったライにとって、魔物に攻撃を与えられるチャンスというのは他の一般的な冒険者と比べると極端に少ない。
一度でもチャンスを逃せば次にそのチャンスが巡ってくるか分かったものではない。
だからこそライはそのチャンスを逃す訳には行かなかった。
例え全力で避け体勢が崩れていようと、強引であっても剣を振るうしかなかった。
そんな戦いを続けていく内にライは何時の間にかどんな体勢からでも反撃に出る事が出来る術を身に付けていた。
現在のような最小限の動きで躱す、もしくは相手の攻撃を封じながら戦うやり方は危険を冒す事を止め安全を選ぶようになってからの話だ。
つまりライが上を見る事を諦め、立ち止まってしまったからこその戦い方。
数々の死闘を潜り抜け、磨き上げたこの戦い方こそ本来のライ、全盛期の姿なのだ。
(忘れてたな、こんな風に戦ってたこと)
十年、足を止めフィアに諭され再び足を踏み出すまで十年という時間が経った。
その長い時間の中でライは過去の戦い方を忘却し、安全を最優先とした戦い方に慣れきってしまっていた。
だがこうしてリドルと剣を向き合わせ戦う中で、ライは急速に嘗ての自分を取り戻しつつあった。
最初は防戦一方だったリドルも急変したライの動きに徐々に対応していき、ライと激しく剣を交える。
試合開始当初と同様に斬り合いに発展するも、その様相はまるで異なっていた。
最初の斬り合いが一定の速度で規則的に流れる水だとすれば、今の斬り合いは緩急の鋭さ、目まぐるしく変わる立ち位置とまるで濁流のようであった。
再び始まった斬り合いに、その凄まじさに先程まで興奮した様子だった観客達も再び静まり返り、魅入られたようにその様子を眺めていた。
「…くっ!」
一切の余裕がない全力の斬り合い、長時間の無呼吸運動、我慢比べのような戦いで先に音を上げたリドルだった。
ライの一撃を躱した直後、後ろへと飛びライと距離を置こうとするも、そうはさせないとばかりにライがリドルを追いかける。
追い縋るライに対しリドルは外套を広げ視界を塞ぎつつその進行を妨害しようとする。
だがライは体勢をさらに低くし、外套の下の潜り込む。
(掛かった!)
ライの姿が外套の裏に完全に隠れた時、リドルは剣を斜めに構え見えない外套の裏で横薙ぎに振るう。
リドルから死角となっている外套の裏側は縦は1m弱、高さ70cm程の空間、例え死角であろうと剣を伸ばせば殆どの範囲をカバー出来た。
しかもライは外套の裏に潜り込むために前傾姿勢を取っており、そのライの姿が完全に見えなくなったという事はライは既に死角の中心まで踏み込んでいた。
それに対しリドルは剣を斜めに構え横薙ぎに振るった。
例えライが左右に動いて居ようと間違いなく当たる角度、だが剣を振り切ったリドルの腕には何の手応えも無かった。
(何故じゃ?)
ライの姿は相変わらず見えない。
それはつまりライが未だに死角に居る事を指し示していた。
なのに手応えが無い。
外套の裏が一体どうなっているのか、リドルが混乱している最中、その答えはリドルの足元に迫っていた。
混乱するリドルの視界の端、前方に外套を広げた事で見えるようになった自身の足元にリドルは見た。
地面ギリギリ、横這いとさえ言える程に身体を倒したライの姿を。
(剣先のさらに下を行きおったのか!?)
斜めに切り払ったリドルの剣は縦、高さ共に広範囲に渡ってカバーする事ができ、死角内で最も効果的な一撃だった。
だがその範囲の広さ、縦と高さを両立したが故に絶対的に届かない位置が出来てしまった。
高さにしていえば30㎝はあるかないかというその隙間をライは潜り抜け、リドルの懐まで飛び込む事に成功していた。
完全に虚を突かれたリドルの目の前でライが動き出す。
左手で地面を突き上半身を押し上げ、右手に握られた剣をリドルの頭部めがけ突き上げる。
ギリギリの所でその一撃を躱したリドルだったが、しかし
カラン
乾いた音と共に白い無地の魔形が地面に落ちる。
魔形は右の顎から額に掛けて真っ二つに分断されていた。
余りにも強引な体勢から放った一撃の為、ライがすぐに起き上がる事が出来ない事を利用しリドルが距離を取り息を整える。
白昼の元に晒されたリドルの素顔、どうやら完全に躱す事は出来なかったのかその右頬に出来た赤い線から出血しているのが見て取れた。
呼吸を整えるリドルの前でライがゆっくりと起き上がる。
「もっと上品な戦い方をする奴だと思っとったが、こんなにも荒々しいとは思わんかったぞ。まったく年寄りには堪える戦いをしおって」
「荒っぽいのは嫌いですか?」
「あぁ、ただ荒いだけの戦いはな…じゃが」
呼吸を完全に整えたリドルが剣を構える。
「この荒っぽさは大好きじゃ!!」
嬉々とした笑みを浮かべながら叫ぶ。
ライの戦いは確かに荒っぽい印象を受けるが、ただ荒いというだけではない。
ライは全力で攻撃を避ける際大きく右に飛んだり前に踏み込んだりしていた。
これは大きく動けば相手の攻撃を躱しやすい為というのもあったが、それと同時に相手の弱点を狙う為でもあった。
ライは大きく右に動いたり、脇をすり抜ける事で外套で隠されたリドルの正面では無く、見えている側面や背面を狙う事で、外套に剣が絡め取られる危険と不意の衝突によって剣が手から離れる事を防いでいたのだ。
「一見荒っぽくに見える動きじゃが、その動きの全てに技術がふんだんに盛り込まれとる」
ライのこの戦い方には荒っぽさの中に確かな技術が存在していた。
常人なら倒れるであろう状態から反撃し体勢を整える体幹、回避から攻撃に転じるまでの流れるような切り替えとその素早さ、力と技の両立、これこそがライの本気、自分が見たかった物に相違ないとリドルは確信する。
「滾るのぉ…こんなに滾ったのは何時以来か」
熱に浮かされたようにリドルが呟く。
「良いのう、実に良いぞ!ライ!!」
バサリと勢いよく外套を翻しながらリドルが叫ぶ。
「全力で来い!!わしも全力でそれに答えてやろう!!!」
「はいっ!!」
リドルの声に答えるようにライが全力でその場から駆け出す。
全力で迫ってくるライに対しリドルは左手に握っていた外套を投げ広げる。
目の前に広がる外套はライ、リドルの両者共に相手の姿を完全に覆い隠していた。
(姿が見えない!)
目の前に広がる外套、普通ならば相手の意図、次の行動を考え逡巡する所だろう。
何故姿を隠したのか?不意打ちを仕掛けるためか?ならば右から飛び出てくるのか?それとも左から飛び出てくるのか?。
その思考は判断と共に相手の動きを鈍らせる。
これこそがリドルの狙いだった。
普段のライならばリドルの思惑通りになっていただろう、しかし
(姿が見えないって事は、そこに居るって事だろう!!)
幾度となく剣を交え、リドルの戦い方を理解し、対リドル用に最適化されたライの思考は逡巡する事なく正解を選び取り、目の前に広がる外套めがけ全力で剣を突き放つ。
ライの剣先が外套に触れ、防刃のはずの外套を突き破ると同時に外套の向こう側からもう一本の剣先が現れる。
外套一枚を挟んでライとリドルの剣が交差し、そして――
――腕を、そして剣を伝い外套が血で赤く濡れて行く。
「勝負あり…じゃな」
自身の右肩に突き刺さった剣を見つめながらリドルがそう口にする。
突き出されたリドルの右腕はライの剣により阻止され、その剣先はライに届く前に停止していた。
「わしの剣、そしてこの腕がお前さんよりも長ければ勝てとったかもしれんの」
「そうだったとしても俺は負けませんよ」
「カッカッカ…小僧が良く言うわ。じゃが、お前さんのその言葉はこの場において何よりも正しい」
戦って居た時とは違う穏やかな笑みを浮かべながらリドルが告げる。
「誇れライ、この試合お前さんが勝者じゃ!!」
リドルがそう告げると同時に観客席から凄まじい歓声が響き渡る。
準決勝、第一試合はライの勝利で幕を閉じたのであった。