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10㎝の攻防

書き始めて思ったのはどう短縮しても二話は辛いかなという事実。

武闘大会三日目、第三回戦――準決勝が二試合しか無い為、第一試合の開始が昼前にも関わらず闘技場には朝早くから多くの人間の姿があった。

それも全て今日ここで繰り広げられるであろう戦いを見るためにだ。


『あーあー、皆さーん聞こえてますかー?私でーすフーバーですよー』


闘技場全体にフーバーの間延びした声が響き渡る。


『朝早くからご苦労様でーす、私がこうして話してる時点で観客の皆さんは大体察しているとは思うんですが――』


フーバーがそこで話を切った途端、観客達が全員差し合わせたように耳を塞ぐ。


『ヒャッホォォォォォォォォオ!!お待たせした皆さん!!武闘大会三日目!!準決勝!開ま――おぐっ!?』


耳を劈くような絶叫の後、フーバーの苦しそうな声が聞こえてくる。

ビシャビシャという何か水っぽいものが叩きつけられるような音が聞こえた後、ブツンという音がし、それ以降音が聞こえなくなる。


「吐いたな」


観客の誰かがボソリと呟く。

それから数分後、再びフーバーの声が闘技場内に響く。


『あ゛ー申し訳ございません、機材の復旧に時間が掛かってしまいました。それでは改め――うっぷ!ちょっと清掃員さん!このマイクまだ臭い取れてないんだけど!?このまま司会進行なんてしたら私また吐きますよ!?ってなんですこれ、吐き気止め?いやこんな物より替えのマイクを――え、どうせまた汚すから予備は出せない?壊れてない限りはそれを使え?そんな殺生なぁ…』


フーバーの力ない声が聞こえてきて後、マイクから少し離れたのか先程よりも若干フーバーの声が遠くなる。


『えーでは今度こそ改めまして――コホン、皆さん!大変長らくお待たせいたしました!私がこうして私が出てきたという事はもう皆さんもお分かりでしょう!いよいよ準決勝第一試合目の時間が近づいてまいりました!!』


待ってましたと言わんばかりに観客席が湧く。

それもそうだろう、何故ならば今日は今までの一回戦や二回戦とは訳が違う。


『現在勝ち残っている出場者は四名!その内三名は予選免除で出場している大会運営が実力者と認めた者達!つまり今日行われる試合の内、一試合はその実力者同士の戦いという事になります!!』


Sランク冒険者同士の戦いか、人食いとSランク冒険者の戦い――普通なら絶対に見られないであろう戦いを一目見ようと観客席は大勢の人間で溢れ、立ち見する者も居た。


『さぁそれでは行ってみましょう!出場者の方入場してください!』


フーバーがそう言うと北口より白い仮面を着けたリドルが舞台内に姿を現す。


『予選免除で出場した実力者の内の一人!もはや意味を成していない匿名希望!白老!!』


リドルが舞台内に姿を現した途端、観客席が先程よりも騒がしくなる。


「あの爺さん人食いだって噂だけどマジなのかな?」

「間違いないだろ、あの年齢であれだけ戦える人間なんて人食いくらいしか居ないって」


「確か過去に武闘大会で十数年間連続で優勝し続けたんだっけ?」

「あぁ、大会に姿を現さなくなった当時は歳のせいだとか噂になってたが、実際は出場者の質が落ちたかららしいぜ」


数年ぶりに大会に姿を現した人食い、伝説の登場にそれに対峙する者に観客達の期待が高まる。


『それでは対戦相手の方にも入場して頂きましょう!』


闘技場内全ての人間の視線が期待するように南口に向けられる中、一人の人間が姿を現す。

全身を覆い隠す大きな外套、リドルと同じように魔形を身に付けた人物――ライが舞台内に足を踏み入れる。


その姿を認識した途端、観客席のあちこちから落胆の声が漏れ聞こえてきたがそんな声もすぐに期待に満ちた物へと変わる。

ただしその期待というのも目の前の試合に対してではない、この次に控えている残り二人の戦いに対してだ。


「ここで仮面対決って事は、次の試合はSランク対決だよな?」

「【豪腕】と【剣乱】の戦い、一体どっちが上なんだ」


もはや目の前の試合の事など眼中に無いといった様子の観客席にリドルが不愉快そうに鼻を鳴らす。


「この数年で出場者だけでなく観客の質まで落ちたか。これまでの戦いを見ても尚、お前さんの実力が分からんらしい。この試合こそ、実質的な決勝戦である事を理解してる者など殆どおらん」

「…あー、自分の力を買ってくれてるのは嬉しいですけどそんな大袈裟ですよ。大体自分の試合と言えば他の人達と比べて見てる側からしたら退屈な物でしたでしょうし」


ライの言う通り、ライの試合は他の出場者の試合と比べると観客の目には大した試合には映らなかっただろう。

第一試合目は防戦一方のルミエストに剣を振るっていただけであり、第二試合はタルートの放つ矢を避けながらひたすら追いかけっこをしていただけだ。

その決着のつけ方も一方は相手の魔法使用による反則負け、もう一方は壁際に追いつめられた事による降参。

激しい斬り合いの末の勝利でも無ければ、何かド派手な逆転劇があった訳でもない。


ライの戦い方は良くも悪くも玄人好みの物であり、一般人が殆どの観客達にはどうにも伝わり辛い物だった。

無論一部の人間はライの繰り出す技術や策の応酬を理解し見ていた者も居たが、それでもライの実力を正しく理解出来ている者は一握りであろう。

その一握りというのがフィアを除けば大会出場前からライの事を知っているカレン達、そして観客席の最前列で対峙する二人をじっと見つめているとある四人組だけだった。


傍から見てもただの一般人にしか見えない四人組、しかしその正体はイザベラの魔法によって姿を偽装したSランク冒険者の四人であった。


「アンタ達、出場者なのにこんな所に居て良いの?」

「別に出場者だからって控室に居なきゃいけないなんて決まりはねぇぞ。大体壁に移された映像なんぞより直に見た方が良い。アリスもそうなんだろ?」

「別に、私はただ暇だったから来ただけよ」


そう言いながらプイとアリスが顔を逸らすもその視線は舞台内の二人に釘付けになっていた。


「素直じゃねぇなぁ」

「ふんっ!」

「まぁまぁ、そんな事より二人共もうすぐ始まりそうですよ」


二人を窘めながらルークがそう告げると、一瞬だけアリスとアドレアが顔をみあわせた後無言のまま舞台内に視線を移す。


Sランク冒険者四人組の視線が舞台内に注がれる中、ついに試合の始まりを告げる合図がフーバーの口から発せられる。


『それではお二方準備はよろしいでしょうか!武闘大会準決勝!第一試合目!始めてください!!』


試合は始まったが、観客席の雰囲気はまるでこの先の結末が分かっているかのような、あるいはそんな物にさえ興味が無いとでも言うように試合開始前と何ら変わりない物だった。

誰も目の前の試合について触れる事無く、次の試合の事ばかり話題に出す。

観客の殆どが注目もしていない中、相手の出方を窺うように両者がゆっくりと歩み寄る。


一歩ずつ着実に互いの距離が縮まって行く。

やがて距離が三メートルにまで近づいた時リドルが歩みを止め、それに釣られるようにライも足を止める。


足を一歩前に出し踏み込めば剣の切っ先が届く距離で仮面同士が睨み合い、先程と同じくリドルから動き出す。

実にゆっくりと、緩慢とした動きで鞘から剣を引き抜くとリドルはライに見せつけるように剣を水平に構えて見せる。


その動きを見てライはリドルが何をしようとしているのかを察する。


「一回戦の再現と行こうかの、お前さんならこれをどう対処する?」


一回戦の再現、それはライとルミエストの戦いの事であり、リドルの構えはライが最初に見せた物と全く同じ物だった。

構えから予測される一撃とは異なる一撃を放つ技術、それにライ自身がどう対処するのかを見ようというのだ。


仮面の裏で悪戯っぽい笑みを浮かべながらリドルが剣を振るった次の瞬間、ライの剣が真上から真っ二つに切り裂くように振り下ろされる。

リドルは途中まで振るいかけていた剣を引っ込めながらその一撃を紙一重で躱す。


「なるほど、この技は構えとは異なる方向から剣を振るう、方向を変え大回りに振るう故に構え通りに振るった時と比べ相手に刃が届くまでにその分の遅れが生じる。だからその構えに釣られる事なく剣を振るえばその相手よりも先に刃を当てる事が出来る。この技は相手が受け身の姿勢で無ければ成立せんという事か」

「そんな事、貴方ならとっくに気付いていたでしょうに」

「確かに気付い取った。だがそれはあくまでのわしの答えであって、わしはお前さんの答えが知りたかったんじゃよ。まぁ模範解答だったようじゃがの」


そうおどけながらリドルがカラカラと笑う。


「おーい!何遊んでんだ!」

「弱い者虐めしてないでさっさと終わらせろ!!」

「この後がつっかえてんだ!そんな奴さっさと倒しちまえー!!」


リドルが遊んでいるのが分かったのだろう、観客席からそんな野次が飛んでくる。


「まったく無粋な連中じゃ、わしの楽しみに水差しおってからに」


不満気な様子も隠す素振りも見せず、リドルが苛立たしそうに観客席の方を見る。


「仕方ない、此処いらで馬鹿共にも分からせるとするか」


そう言うと同時にリドルが剣を構えライの懐に飛び込み剣を振るう。

ライはその一撃を後ろに飛んで躱しながらリドルに向かって剣を振り下ろす。

そして次はリドルが飛び込みながら躱し、剣を振るい、その剣をライは先程と同じように後ろに飛びながら剣を振るう。


(クッ!やり辛い!!)


リドルの剣を紙一重で躱しながらライが心の中で思う。


後ろに飛びながら剣を振るうライだったが、それには訳があった。

それはライとリドル、互いのリーチの差だ。

ライの腕の長さは70cm弱、対するリドルは小柄で腕の長さは60㎝弱とリーチに10㎝もの差が存在していた。

一見するとリーチの長いライが有利に思えるが、これには同時に不利も存在していた。


間合いの死角というのは外側だけでなく、内側にもあるのだ。

剣先の届かない外側に関しては言わずもがな、では内側の死角とはどういったものか。

例えば自身の目の前、胸と胸がくっ付く程の近距離に人間が立っていたとしよう。

この人間に対し剣で攻撃しようとした場合、どのような攻撃が可能であろうか?。

真っ直ぐに伸ばした腕の内側に入られては振り下ろしも横薙ぎも当てる事は出来ない。

この人間に対し取れる手段は一つ、剣先を突き立てる事だ。


短剣のように刃渡りの短い物であるなら容易に剣先を突き立てる事が出来るだろう。

だがライの持つ剣、エクレールの刃渡りは70㎝とライの腕の長さと同じくらいであり、明らかに目の前に居る人間に突き立てるには適していない。

それ故にライの場合、剣先を突き立てようとするならば腕を極限まで外側に伸ばす必要があった。


一方リドルはそのリーチの差を活かし、ライが対処し辛く、しかし自身は問題なく剣を振るえる距離で戦って居た。

ライが後ろに飛んで間合いを確保しようとする度に、前に出てそれを阻止しようとする。


僅か10㎝ばかりの激しい攻防は一進一退を極め、時に互いの位置を入れ替えながらもまるで流水の如く一度足りとも止まる事は無かった。


そしてその戦いぶりに先程まで野次を飛ばしていたはずの観客達は思わず黙り込み、その様子を唖然とした様子で見つめていた。


しかしそんな観客達の変化など気に掛けて居られる余裕はライには無かった。


(なんだこれは)


リドルの剣を躱しながらライは違和感を感じていた。


(なんでリドルさんは俺と真正面から斬り合っているんだ?)


ライの頭の中でリドルと最初に酒を飲み交わした時の事が思い浮かぶ。


『そう謙遜するな、実際わしは全く思いつかんかった。特にお前さんと真逆の戦い方をするわしにはな』

『真逆?』

『そう真逆じゃ、お前さんとわしの戦い方はな。お前さんが”見せる”のに対し、わしのは――』


(”隠す”戦い…真逆と言っていたはずなのに何故俺に合わせるように斬り合っている?)


リドルの意図が掴めず、言い知れぬ不安がライの全身を支配する中、別の違和感が差し込まれる。


一切止まる事無く高速で斬り合う二人、その中で生まれた新たな違和感、それは瞬きの間にも等しきほんの些細な変化だった。

一定の速度で流れる水のように一切の淀みなく動いていたリドルの動作に、僅かにだが緩急が生まれる。


(何か来る!)


もはや直感としか言えなかったが、ライはその直感に従い後ろに飛びながら身体を守るように剣を構えた。


キィンッ!!


次の瞬間、金属のぶつかり合う甲高い音が響くと同時にライの両腕に確かな衝撃が伝わる。

ライが反射的に視線を向けると、リドルの剣がライの脇腹に食い込む寸前でライの剣に阻まれていた。


後ろに飛ぶタイミング、リドルとの距離、どれも先程とは何ら変わりなく避けられるはずの一撃だった。

それが何故当たったのか、まるで刃だけが伸びたかのような錯覚を覚えたが、その正体を考えるよりも早くライの身体が動き出す。


受け止めたリドルの剣を弾き返し、お返しだと言わんばかりに剣を振るう。

リドルはそれを後ろに飛んで躱すとそのままライと距離を取る。


「流石だの、普通ならあそこで終わっとったぞ」


感心した様子のリドルの手元を見て、ライはすぐさま先程の一撃の正体を理解する。


(柄の根本ではなく柄頭を握っていたのか)


ただ握る箇所を変えただけではない、リドルは剣を振ると同時に指先の力を緩め、剣を振りながら握る箇所を変えていたのだ。

一歩間違えれば剣が飛んで行くかなりリスクのある行為、それを臆する事無く実行し成功させたリドルに対しライは心の中で称賛していた。


(この人は強い、はたして自分の全力を出して勝てるかどうか)


心の中ではそんな弱気な事を考えていたライだったが、身に纏う戦意には些かの衰えもなかった。

絶対に勝って見せると誓ったのだ、そのためには相手が誰であろうと戦うしかない。


そう決心しライが一歩を踏み出した時、ライとリドルの間の空間を突き破るかのような大歓声が響き渡る。


「なんだよあれ!?全然見えなかったぞ!!」

「あれが人食いか!本当に爺かよ!」

「あっちの仮面野郎もすげぇぞ!あの人食いと互角に切り結んでやがった!!」


先程まで一切興味も無さそうだった観客達からの大歓声にライが思わず目を剥き足を止める。


「阿呆、なに試合中に呆けとるんじゃ」

「え?あ、すみません!!」


呆れたようなリドルの声にライがハッと我に返る。


「まったく刃を向け合っている時とはまるで別人じゃの…さっさと気持ちを切り替えんか。ここから先、誰の目にも分かりやすい斬り合いなど付き合ってやる気は無いぞ」

「…もしかしてリドルさん、俺の為にわざわざ?」

「さーて、何の事かの?」


気恥ずかしいのか、顔を背けながらリドルが言う。

しかしそんな和やかな雰囲気もすぐに消え失せる。


「さぁて、そろそろ本番と行こうかの」


リドルは左手で無造作に外套を掴み、身に纏っていた外套を引き剥がすように脱いだ。

リドルの全身を覆い隠していた外套は風にたなびき大きな影を地面に落とす。


「お前さんも構えろ。こっちは準備万端じゃぞ?」


挑発するようにリドルが左手に持った外套を揺らして見せる。

リドルの首から下はその大きな外套に寄って隠され、その姿はまるで猛牛と対峙するマタドールのようであった。


そんなリドルに答えるようにライも構える。


「それじゃあ――やるか!!」

「はいっ!」

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