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駆け引き勝負

あれから時間が経ち、状況は大きく様変わりしていた。


舞台内のあちこちにはタルートが放った矢が突き刺さっており、矢が入っていた黒い空箱が同様に辺りに散らばっている。

最初はライを迎え撃つように構えていたタルートだったが、かなりの矢を消費した事で身軽になったためか、ライを中心に円を描くように移動しながら近寄ろうとするライを矢で牽制しつつ戦っていた。


ライも一方的にやられている訳ではなく、円を描くように舞台内の外周を移動するタルートの行先に先回りするように移動していた。

だがライが接近する事を防ぐように、ライを直接狙わず移動先に矢を放つ事でライの前進を阻止したり、途中で反転してライを振り切ったりと近づいては離れてを繰り返す。


『試合が始まってから早十分!舞台内の至る所には打ち出された矢が散乱しておりますが、タルート選手に一向に弾切れの様子は見えません!一体どれだけ隠し持っているのでしょうか!?』


既に腰に括りつけられいた分は使い切っていたが、タルートは腰以外にも至る所に矢の入った箱を括りつけていた。

箱に入っていた矢も威力重視の鉄製の矢だけではなく、矢先をわざと重くする事で途中で落ちるように方向を変える物、発射後に左右で分割し二本の矢となる物などがあった。

さらに身軽になったタルートの移動速度はかなりの物であり、普通に追いかけたのでは一向に距離が縮まる気配が無い。


(ここまで来たら下手に追いかけるより弾切れを狙った方が良さそうだけど、果たして弾切れなんて致命的なミスを犯してくれるかどうか)


弾切れを狙いつつも、そうはならないであろう事をライは薄々感じていた。

これまでのタルートの戦いを通して感じた事は、タルートがかなり慎重な人間であるという事だ。

慎重とは言ったが後手に回るといったそういう慎重さではなく、危険を冒すような真似をせず必要と感じれば即座に手の内を晒す。

迂闊に策を晒さない慎重さではなく、策を晒す事で自身の身を確実に守る、タルートの慎重さとはそういう物だった。


だからこそ弾切れなどという危険を冒すとは考えられず、それ故に弾切れを気にする様子も見せず矢を放ち続けるタルートに違和感を覚えていた。


(まるで弾切れを恐れていないみたいだけど何かあるのか?)


ライがそんな事を考えている中、一方のタルートは内心焦っていた。


(まずいな、このペースで撃ち続けてたら数分と経たずに弾切れだな。とはいえペースを落とせば弾切れが近い事を教えるような物…仕方ない)


右腕をL字に曲げ弩の後部から黒い箱が滑り落ちる中、タルートが地面に落ちている矢と空箱を掴み取る。


『おぉっと?ここでタルート、地面に落ちていた矢と箱を回収したぞー!?一体何をする気だー!!』


「こうするんだよ」


タルートはそう言い、ライに見せつけるようにしながら空箱の中に拾った矢を押し込み、弩へ装填する。

そのまま右腕をライの方へと向け、破裂音と共に矢がライめがけて飛んで行く。


『撃ったぁぁぁあ!?弦も無しに打ち出している事にも驚いたのに、まさかの再利用可能!!一体どんな構造なのか!これは気になる所ですねぇ!』


飛来する矢を躱しつつ、矢を再利用した事に驚いた様子のライだったが、すぐに得心がいったというような顔をする。


(なるほど落ちた矢も再利用できるのか、通りで気にせず連射してる訳だ。そうだとしても――)


地面に突き刺さる矢を横目に見ながらライが考える。


(矢を撃ちだす際に火薬を使っているのは間違いない。例え矢は再利用出来ても火薬はそうは行かない。必ず限りがあるはずだ)


ライの推測通り、タルートの使った手はそう何度も使えるような物ではない。

タルートは矢を詰めた箱とは別に、雷管だけを幾つか懐に隠していた。

その雷管を使用した矢の後部にバレないよう取り付け、込め直す事であたかも一度放った矢でもそのまま何度も再利用可能であるように見せかけていた。


「弾切れを狙ってるなら、悪いが期待通りには行かないぞ」


タルートが挑発するように言う。


無論雷管にも限りがあるし、それ程の数を用意している訳ではない。

だが相手がそれを知らない以上、いくらでも遣り様はある。


ライもそれがハッタリである事に感づいてはいるものの、タルートが矢を再利用したというのは事実であり、少なくとも今すぐ弾切れを起こすというような事は有り得ないだろうという結論に至った。


(弾切れを狙ってたら一体何時になるか分からない…それなら!)


覚悟を決めた様子でライが姿勢を低くしながら、タルートに向かって発走する。

的を絞らせぬよう左右に動きタルートをかく乱しようとするも、タルートは冷静にライの移動先を予測しながら右腕を構える。


(何をする気かは知らないが、その前にこっちが仕掛けてやる!)


タルートがライの移動を妨害、あるいはライ自身を狙うように矢を放つ。


一射目はライの足を止めるように足元に、二射目は一射目を躱し反転したライの腹部を狙うように、三射目は二射目を弾き動きを止めたライの足を狙う。

タルートは一射ごとにライの動きを制限しつつ、次のライの動きを予測し的確に矢を放って行く。


(右――今だ!)


ライが右に跳ぼうとしたその時、ライ目掛けてタルートの右腕から矢が放たれるも、ライはそのまま右に跳ぶことでそれを回避する。


発射の反動で右腕が跳ね上がり、狙いを付けられない僅かな隙、ライはそれを逃さず一気にタルート目がけて真っ直ぐに突き進む。


バァン!


その時、破裂音と共にタルートの”左腕”から矢が放たれる。


(入った!!)


これがタルートの奥の手、左腕には右腕に装着されている物よりも小型の弩が隠されており、ライが右腕の動きに合わせ直進してきたタイミングを狙って意識外であるはずの左腕から不意打ちの一撃を喰らわせる。


直進している所に不意打ち、反応など出来るはずもなく矢は吸い込まれるようにライの胸へと深々と突き刺さる――はずだった。


キィン!!


「なっ!?」


回避する事は疎か反応する事すら難しいはずの一撃、それをライは剣で弾き軌道逸らしつつも同様に身体を逸らし、方向を殆ど変える事無く速度もそのままにタルートへと直進する。


(何故!?反応出来るはずが!?)


目の前で起きた事が信じられず混乱するタルートだったが、接近してくるライを前に反射的に後ろに下がりつつ右腕を向ける。


「ぐあっ!?」


突如右腕に鋭い痛みが走り、タルートが右腕に視線を向けると二の腕に矢が突き刺さっていた。

見てみるとライの左手の中には数本の矢が握られており、走りながら地面に突き刺さっていた矢を回収しそれを投擲していた。


「クソ!!」


痛みに顔を歪ませながらタルートが全速力でその場から駆け出す。

まだ矢が一本残っていた箱を外し、八本入っている箱を弩に押し込み、追いかけてくるライ目がけ放つ。


(落ち着け!走る速度はこっちが速い!回り込まれなければ追いつかれない。アイツが回り込もうとするのを矢で妨害しつつ距離を取るんだ)


全力で走りながら右腕だけを後ろに向けタルートが矢を放つも、全力で走っている事と右腕の痛みのせいで左右に小刻みに動くライを正確に捉える事が出来ない。


(当てなくても良い!アイツが先回りしようとするのを阻止出来れば――)


そう考えたタルートの頭の中でふと疑問が浮かび上がる。

この試合中、今のようにライがタルートを追いかける場面は何度もあった。

走る速度はタルートの方が上であり、普通に追いかけていたのでは距離が離されるためにライは回り込むように移動していた。

それなのに今は距離を離す事はおろか、直進せず左右に動いているはずのライに少しづつ距離を詰められていた。


(コイツまさか!)


頭を過った嫌な予感を振り払うようにタルートが矢を連射する。

矢を放つ毎に腕が跳ね上がり、右腕に鋭い痛みが走る。

反動の制御すらかなぐり捨て、ばら撒くように矢を放っていたためにすぐに弾切れを起こしたタルートは弾込めをしつつ後ろを見た。


背後からはタルートの弾込めの隙に真っ直ぐ猛然と追い上げてくるライの姿があった。


(間違いない、今まで全力じゃなかったのかよ!!)


その事実にタルートが歯噛みするも、奥の手も使った今ただ走り回り矢を放つ以外タルートに取れる選択肢は無かった。


ライが投げてくる矢を回避しつつ、弾切れの事も気にせずタルートは必至の形相で矢を放ち続ける。


(このままじゃ駄目だ!どうにか、どうにかしないと!!)


ダンッ!!


その時、背後に振り向きながら矢を放っていたタルートの背中が何か硬い物と衝突する。

反射的にタルートがそちらに視線を向けると、そこには舞台の壁があった。


(壁!?しまった、追いつめられ――)


すぐ振り向こうとしたタルートの首筋に刃が押し付けられる。


タルートの意識が壁に向いたその隙にライは一気に距離を詰め、タルートを壁と剣で挟み込み追いつめたのだ。


どうにかこの状況を打開できないかとあちこちに視線を向けるタルートだったが、すぐに不可能である事を悟り諦めたように両腕を静かに降ろす。


「なぁ、こんな状況でなんだが質問して良いか?」


抵抗の意志を無くしたタルートがライに質問する。


「どうして俺が左腕に武器を隠してるって分かったんだ?。あの反応、俺が武器を隠していると知っていなきゃ不可能な芸当だ」

「…違和感なら最初から感じてました」


タルートの質問にライがゆっくりと答える。


「貴方は矢を放つ際、頑なに右腕だけでやっていた。左腕で右腕を抑えれば反動も制御出来て連射ももっと素早く出来たし、片腕でやるよりもずっと体力の消耗も抑えられたはずなのにそれをやろうとしない。それが違和感でした」

「何時でも狙えるよう左を自由にしてたのが逆に不味かったか…でもそれだけじゃ無いんだろ?」

「はい、違和感が確信に変わったのは貴方が時折左腕をこちらに向けようとしていたからです」


ライのその言葉にタルートが驚いたような顔をする。


「冗談だろ?確かに俺は二回ほど左腕の弩を使おうとしたがほんの一瞬だぞ?そん時以外は悟られないよう常に左腕は下ろしてたってのに…どんな洞察力だよ」


タルートが左腕の弩を使おうとしたのは二回、そのどちらも逡巡した挙句使用はしなかった。

左腕をライに向けようとしていたとはいっても右腕のように真っ直ぐ伸ばすような目立つ事は一切しておらず、左腕は常に下ろした状態で肘だけを曲げ、最小限の動きに留めていた。

しかしライはその僅かな挙動を見逃す事なく、見事タルートの奥の手を正面から打ち破って見せたのだ。


「それなりに自信はあったんだけどな…アンタ、俺みたいなのと戦った事でもあるのか?。最後の畳みかけ方、随分と慣れてるように感じたが」

「えぇ、実は魔物相手にそこそこ」

「へぇ…俺は狩人だから動物は詳しくても魔物に関しちゃあまり知らないんだが、俺みたいに策を弄する魔物が居るのか?」


興味が湧いたのかタルートが尋ねるよな口調で言う。

その問いにライが答える。


「俺が真っ先に思い浮かべたのはスプーフです」

「は?スプーフ?」


ライの口から飛び出た言葉が信じられないのか、オウム返しのようにタルートが言う。


スプーフとは人間の子供くらいの体躯の人型の魔物であり、臆病者でずる賢く石などを投げつけ相手が弱るまでは決して近づかない。

他人を罠に嵌める事を得意とし、それ故に罠などには敏感であり、他の魔物なら引っ掛かるような罠には決して掛からない。

その反面直接的な戦闘は苦手であり身体能力もそれほど高くはない。

身体強化を使えば簡単に接近出来るため、ランクとしてはEランクに分類されており、一般的な冒険者からすれば雑魚以外の何物でもない。


そしてスプーフについてはタルート自身、狩りをする中で何度も遭遇した事がある為、どういった魔物であるかは知っていた。


「俺はスプーフ並み、つまり雑魚だったって事か…」


余程ショックを受けたのか、自嘲的な笑みをタルートが浮かべる。


「スプーフは雑魚なんかじゃありませんよ。アイツらは賢い、普通に追いかけても木々を巧みに使って逃げられるし、袋小路に追い込もうとしてもそれを察知して逆にこっちを袋小路に追いつめる。あれほど駆け引き上手な魔物を自分は知らないです」


肉体強化、魔法を使う前提であれば話は別だが、スプーフも立派な魔物であり普通の人間が戦って余裕で勝てるような相手ではない。

罠に嵌めようにも相手も同様に罠に嵌める事を得意としており、小細工は通用しない。


ライも最初はスプーフを相手にした時は非常に苦戦しており、何度か危ない状況に陥った事もあった。

そんな時ライが対スプーフ用に考え付いたのが今回タルートに使った戦い方であった。


今回両者が用いた策はありふれた、悪く言えば凡策と呼べる代物であった。

少し考えれば誰でも思い付ける策、故に相手もある程度は想定しており意表を突く事は出来ても相手に掛かる心理的な負荷は大したものではない。

タルートが矢の最大連射数を誤魔化したのも、ライが全力を隠していたのも、どちらも同程度の策であったのにも関わらず何故タルートが敗北したのか。


それは互いの策の出し方に起因していた。

タルートは一つ策を出し、それが通用しなければ次の策へと切り替えていたのに対し、ライは一度に複数の策を出していた。

それぞれの策の一つ一つはどれも平凡な物であり、不意を突く事で多少の動揺を誘う事は出来るだろうが、二度目からは対策を立てられてしまい通用しなくなる物が殆どだ。

事実タルートの用意した策は最初こそ効果を発揮したものの、すぐに対策を立てられてしまっていた。

一方ライは一度に複数出す事により相手に考える隙を与えず、また一つ一つは僅かな動揺であっても重なる事によって大きな動揺となり、相手のミスを誘発させるという狙いもあった。


「貴方がもし畳みかけるように策を出していたら、きっと俺は最後のあの一撃を防ぐ余裕は無かったと思います」


ライのその言葉にタルートが苦笑いを浮かべる。


「…可笑しな奴だ。人を乏しめてるのかと思えば急におだてて、おべっかなら要らないぞ?」

「そ、そんな俺は純粋にそう思っただけで、乏しめた積りはないですし!そもそもおべっかだとかそんなんじゃ――」


慌てた様子で弁明するライの姿に思わずタルートが噴き出す。


「ぷっ、くははは!本当に可笑しな奴だな!ったく、ほら勝者が情けねぇ姿見せてんじゃねぇよ。勝者は勝者らしく胸を張れ」


ライの胸を拳で軽く叩きながらタルートが言う。


「この試合、お前の勝ちだ。俺に勝ったんだ、次の試合も絶対勝てよ」

「あ……はい!」


そうライが返事をするとタルートは満足そうに頷き、自身が入ってきた入場口の方へと向かいながら大きな声で棄権を宣言する。


(絶対に勝て…か)


去っていくタルートの背を眺めながら、ライは絶対勝って見せるとそう心に誓うのであった。

何とかこの話に収めようとした結果、大分内容が詰め込み気味になってしまった気がする。

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