見せると隠す
お待たせしました!。
事前に言ってあったように時間が取れなかったのと予想よりも長くなってしまったので投稿がこんなにも遅れてしまいました。
後三戦残ってるのにこんな調子だとこの章終わる頃には前回の倍の文量になってそう…。
ライに宛がわれた宿舎、その応接室に向い合せに設置されたソファーにライとフィア、そしてあの老人が腰かけていた。
それぞれが座るソファーの背後にはハルマン、治安維持部隊の隊長の二人が控えていた。
「脅し?わしは別に脅したりしとらんぞ。ただお前さんを連れて来てくれと頼んだだけじゃ」
「アンタのお願いって時点で十分脅しなんだよもう…」
「なんか言ったか?」
「いや、何も!?」
条件反射で口走ってしまったハルマンが、老人の言葉に慌てて口を閉じる。
「まったく…頭だけでなく口まで悪くなりおって、入隊し立ての頃のお前さんはもっと素直で真面目だったというのに」
「そんな古い話を持ち出さないでくれ大将、俺だって何時までもガキじゃねぇんだ」
むすっとした表情でそういうハルマンに対し、老人の背後に控えていた治安維持部隊の隊長が苦言を呈する。
「お前の態度は子供だ大人だという以前の問題だろう。目上の人間に対する態度では無いと何時も注意しているはずだぞ」
「分かってますよ隊長、でも肝心の大将は気にしてないみたいですけど?」
「お前さんが急にわしを敬い出したら気色悪くて鳥肌が立つわ。別にわしに対して礼節など気にせんでええ」
「御大、お願いですから少しは気にしてください。そうで無ければハルマンの悪癖が何時まで経っても治りません…」
どこか疲れたような雰囲気を漂わせながら治安維持部隊の隊長が言う。
そんな中、今まで黙っていたライが恐る恐る手を上げる。
「あのー所で自分に用があるって聞いたんですけど」
「おぉ、そうだったそうだった。すまんな、呼び出しておいてほったらかしにしてしまって」
「いえお気になさらず、むしろ話に割り込んでしまってすみません」
恐縮しながらもライが話を勧めようとする。
「それで用というのは?」
「お前さん、飯は食ったか?」
「え?あ、はい。一時間くらい前に食べましたけど」
「そうか、ならそんなに腹は減っとらんか…酒は飲めるか?」
「嗜む程度ですけど」
「十分じゃわ。実はお前さんと酒でも飲みながら話がしたいと思ってな、上等な酒を持ってきたんじゃ」
そう言いながら老人がテーブルの下から酒の入った瓶を取り出し、テーブルの上に置く。
「わしのお気に入りだ。蒸留酒だがそこまで度数はない、ほれ」
老人がグラスをライに差し出して来るが、ライは差し出されたグラスを前に困惑とした表情を浮かべていた。
それも無理からぬ話だろう。
人々から人狩りと恐れられる者達からも恐れられ人食いと呼ばれる老人、自分とは何の接点も無かったはずの人間が突如訪ねてきて酒を飲みながら話をしたいと言うのだ。
相手の目的も分からず、果たして額面通りに受け取って良い物なのかとライが差し出されたグラスを前にじっと考える。
そんな時、治安維持部隊の隊長がライに話しかける。
「別に無理して付き合う必要はない。嫌なら嫌とハッキリ言えば良い」
「え…?良いんですか?」
「あぁ、我々に強制する権利は無いし、そもそもこういう時に相手を追い返す為に護衛が付いているのだからな」
「隊長!?」
治安維持部隊の隊長がハルマンを顎で示し、それに対しハルマンが慌てた様子を見せていた。
「ほぉう…お前さんがわしを追い返すと?力尽くで?」
魔形で表情が隠されていたが、その声色はまるで玩具を見つけた子供のような物であり、老人が笑っている事が分かる。
「いやいやいやいや!!大将追い返すとか無理ですって!?」
「なんだと、ハルマン貴様護衛としての職務を放棄する気か?」
「職務放棄云々の前に物理的に無理なんですって!てか隊長は大将の護衛でしょう!?なんで俺を大将にけしかけようとするんすか!?」
「私はただお前に職務を全うしろと言っているだけだ。無論私にも護衛としての職務があるからな、お前が剣を抜くなら私も護衛として剣を抜かざるを得ない」
「虐めか!?二対一とか絶対に無理に決まってんでしょそんなもん!!」
若干泣きそうな顔をしながらハルマンはそう叫ぶと、唐突にライの側面へと回り込むと地面に膝をつきライに向かって両手を合わせる。
「頼む!大将に付き合ってくれ!!」
「えぇ…」
ハルマンからの突然のお願いにライがさらに困惑とした表情を浮かべる。
少し前まで自分が追い返してやると息巻いていた姿は何処へやら、必死の様子で両手を合わせ頭を下げるハルマンから視線を外しライは正面に向き直る。
老人は相変わらずグラスを差し出しており、その背後に控えている治安維持部隊の隊長もただそこに佇んでいた。
ライは諦めたように小さくため息を吐くと、老人が持つグラスに手を伸ばす。
「…分かりました。付き合いますよ」
人食いと恐れられる老人と酒を飲む事になったライは現在、応接室から場所をとある一室に移していた。
その部屋はライ達が使っている部屋と同じくらいの大きさで部屋の中央にはテーブルが置かれ、軽食から酒の肴になりそうな物が並んでいる。
酒を飲むのに護衛が居ては気が散ると老人が言い出したため、ハルマンと隊長の二人は部屋の外に締め出され、部屋の中にはライとフィア、そして老人の三人がテーブルを挟んで腰掛けていた。
「無理を言ってすまんかったの、どうしてもお主とはゆっくり話して見たかったんじゃ。とりあえずまぁ飲め飲め」
「はぁ…」
酒が並々注がれたグラスを見下ろしながら、ふとライがある事に気が付く。
(しまった、魔形付けたままじゃ飲めないぞ。とはいえ顔を晒すのは…)
自分の護衛であるハルマンの上役のような人間とはいえ、相手は自分と同じ大会出場者なのだ。
相手の目的も分からない今、不用意に自分の顔を晒すような真似は避けたいとライは考えていた。
ライがそんな事を考えている中、老人は何の躊躇いも無く魔形を外しその素顔を露わにする。
「ふぅ…やはり顔に何か張り付いとると気持ち悪くてしょうがないわ…ん?どした、お前もそんなもん付けとったら酒も飲めんじゃろ」
「いえ…やっぱり自分は――て、あっ!?」
断りを入れようとしたライだったが、老人の顔を見て驚いたように声を上げる。
「貴方は面接の時の!」
「ん?なんじゃそんな驚いたフリなんてしおって、あやつらがわしの事を大将だとか御大だとか呼んでる時点でわしの正体なぞ気が付いておっただろうに」
「あぁ、えっと貴方が人食いと恐れられている人物だとは分かってたんですけど、面接で会った人がその人食いだとは知らなかったというか…」
「なんじゃと?お前さん、わしが何者か分かっていたからあんなにも緊張しておった訳じゃないのか?。いや待て、そう言われるとわしの顔を見る前、部屋に入った時から緊張しておったような…まさかただ面接するというだけであれだけ緊張しておったのか?」
「あははは…面接があるなんて知らなかったもので心の準備が出来てなかったといいますか」
恥ずかしそうに頭を掻くライの姿に、老人が呆れたような顔をする。
「なんと肝の小さい…今日あれほどの剣技を披露した人物と同一人物とは思えんな」
「す、すみません」
「謝らんでええわい。それよりもさっさと魔形を取らんか、わし相手に顔を隠す意味など無いと分かったろう」
老人にそう促され、ライは魔形を取る。
魔形を取ったライの姿に老人は満足そうに頷いた後、乾杯するようにグラスを掲げ、ライもそれに合わせるようにグラスを掲げる。
「「乾杯」」
グラス同士がぶつかる甲高い音が響いた後、互いに酒を口にする。
「ふぅ…どうじゃ、この酒は」
「思ったよりもキツくは無くて飲みやすいです」
「そうじゃろう。所でお嬢ちゃんの方は酒の代わりに菓子を持ってきたんだが、それで大丈夫だったかの?」
ライの隣で黙々と菓子を口に運んでいたフィアに老人が声を掛ける。
「大丈夫、お酒は飲みたくないからこれで良い」
「酒は嫌いか?」
「過度なアルコールは人体に対して悪影響を及ぼす、それを好き好んで摂取する意味が私には分からないから」
腹蔵なく言うフィアの言葉に老人が快活に笑う。
「お嬢ちゃんは正直じゃの!。まぁそれなら良かったわ、十代の娘だと思って菓子を用意して来たのに、いざ会ったらこんな別嬪さんになっとったから持ってくる物を間違えたかとちぃと焦っとった所じゃ」
そう笑う老人に対し、ライが驚いたように目を見開く。
「なんで十代の娘だなんて思ったんですか?」
「ん?そりゃお前さんが面接を通過した時点で監視を付け取ったからに決まっとるじゃろ。本選前に予選がある以上、そこで他者を蹴落とそうと考える輩も当然居る。予選までは番号しか情報が無い故、個人の特定が難しいせいか、名の有る実力者に辺りを付けて襲う奴も多いからな、街のあちこちに監視の目を張り巡らせ取ったよ。その中には勿論お前さん、そしてその周囲の人間に関する情報も含まれとった」
中身の減ったグラスに視線を落としながら老人が続ける。
「本気で正体を隠すなら闘都に入る前から変装することじゃな。おっと、そういえばまだ名乗っとらんかったな、わしはリドル、家名も何もない何処にでもいるただのリドルじゃ」
唐突な自己紹介にライ達も答えるとするが、一瞬本名で名乗るべきか偽名で名乗るべきか考える。
しかし面接を通過した頃から監視していたと聞かされた今、偽名を名乗る意味など無いに等しかった。
ライとフィアが一瞬だけ顔を見合わせた後、大人しく本名を言う事にした。
「自分はライです」
「私はフィア」
フィアは自己紹介すると同時にダリアとしての姿ではなく、フィアとしての姿にも戻る。
フィアの今の姿が偽りの物であると事前に知っていたためか、特に驚く様子もなくリドルが言葉を返す。
「ライにフィアか。さて、互いに顔も名前も包み隠さず見せた所で、もっと互いについて話て行くか」
そう言いながらリドルは笑みを浮かべるのだった。
「カッカッカ!!なるほど!魔法が苦手ではなく使えないと来たか!!魔法無しに魔物と相対すると考えればそれだけの技量が無ければ到底不可能じゃろう、これで納得が行ったわ!。しかし、普通なら魔法が使えない時点で魔物と戦う事など考えもせぬはずなのに、よぉそれで戦う気になったたもんじゃ!気に入ったぞライ!!」
「は、はぁ…」
酒のせいか顔を赤くしながら上機嫌な様子のリドルにライは愛想笑いを浮かべる。
「こんな面白い人間に会ったのは何時以来じゃろうな!最近はやれ魔法だ何だと技は二の次だという人間ばかりで武闘大会の質も落ちたもんじゃったが、今年は面白い年になりそうじゃわ!!」
「今年はって、前は駄目だったの?」
「あぁ、酷いもんじゃったぞ。普段魔法にばかり頼った戦いばかりしとるせいで無意識に魔法を使って反則負けしたり、魔法を使用しないまでも魔法の事が頭を過り判断が遅れ、その間にやられたりとそれはまぁ見る側も相手する側も面白味もなんもなかったわ」
普段から魔法を使った戦いに慣れている人間が、それに頼らない戦い方をしようとしてもそうすぐに対応できる物ではない。
咄嗟の事態に陥れば、リドルが言っていたように魔法を使ってしまう事もあるだろうし、魔法があればこう対処出来るのになどと考えてしまうのも無理はない。
「だからこそ、あんな喧嘩みたいな戦い方しか出来んような奴に負けるのじゃ…まったく嘆かわしい」
リドルは飲み干したグラスをテーブルに叩きつけながら愚痴のように呟いた。
「それに比べライ、お前の今日の戦いは実に興味深かったぞ。魔物を相手に磨き上げた”見せる”戦い。魔物は人間のように裏を読むという事を殆どせん。だからこそ敢えて見せる事で相手の動きを誘い、その虚をつく」
人間並みの知能を持つ魔物というのはかなり希少な存在であり、魔物の殆どは知能があまり高くない。
それ故に魔物は今見えている物から状況を分析し動くことが多い。
こちらの手を隠し、相手の動揺や判断ミスを誘うような戦い方は見えている物だけで判断し戦う魔物相手には効果的と言えない。
一方、ライがルミエストを相手に見せた技術、あれは知能の低い魔物相手にはかなり効果的な方法だ。
ライの試合の最中、カレンがエリオに言っていたように構えから攻撃の方向を予測するというのは戦った事もない素人や子供にだって簡単に出来てしまう。
そしてそれは魔物も例外ではなく、思考能力が低くとも直感で理解出来てしまうものだ。
「良くもまぁこんな事を思いつくものだ、わしにはとても思いつかんかったわ。いやはや、お前さんは凄いのう」
「そんな、大袈裟ですよ。こんな事どうすれば良いか考えたら誰にだって思い付ける事ですし」
「そう謙遜するな、実際わしは全く思いつかんかった。特にお前さんと真逆の戦い方をするわしにはな」
「真逆?」
リドルの言葉にライが首を傾げると、リドルはおもむろにナプキンを摘み上げそれを頭上へと放り投げる。
「そう真逆じゃ、お前さんとわしの戦い方はな。お前さんが”見せる”のに対し、わしのは――」
放り投げられたナプキンがヒラヒラと落下していき、一瞬リドルの手元をライの視界から覆い隠したその時、ライの頬を何かが掠める。
「っ!?」
何かが頬を掠めた事に気が付いたライが背後の壁に視線を向けると、そこには食事用のナイフが壁に突き刺さっていた。
ライが驚いたような顔で壁に刺さったナイフを見つめている最中、リドルがテーブルに落ちたナプキンの端を摘み上げる。
摘み上げられたナプキンの中央には何かが突き破ったような穴が開いていた。
「これがわしの戦い方、”隠す”戦いじゃ」
そう言ってリドルは意味有り気な笑みを浮かべるのだった。