訪問者
やっぱり遅れてしまいました。
次話は短めですが、今回の影響で投稿が若干遅れるかもしれません。
「人食いですか?人狩りではなく?」
武闘大会の初日が終わり、夕食を取った後ライ達は自室でハルマンから今日の出場者に関する話を聞いて居た。
「人狩りってのは俺達の部隊に付けられた呼称であって個人に付けられたもんじゃねぇ、だがありゃ別だ。闘都の治安を守る為なら誰であろうと構わず鎮圧する俺達だが、別に好き好んで他人を鎮圧してる訳じゃない。でも大将は違う、あの爺は人間を相手に戦う事を楽しんでる所がある」
「大将っていうと、前にハルマンさんが話してた治安維持部隊の元隊長の事ですよね?」
「あぁ、戦闘狂いの妖怪爺だよ。常に笑みを浮かべ嬉々として対象を鎮圧するその姿から、人狩りの中でも最も危険な人物という意味を込めて人食いなんて呼ばれてんだ」
「人食い…」
その言葉から漂う不吉さにライが顔をしかめる。
「しかしあの剣技、前に見た時よりも遥かに鋭かった。あの妖怪爺、最近哨戒にも出てないと思ったら裏で牙を研いでやがったな…あの歳になってまで全盛期に立ち返ろうってのかよ」
「そんなに違ったの?」
ハルマンの言葉にフィアが反応する。
「全然違う。前に見た時は剣の残像がハッキリ見えたのに、今日のは残像どころか振り切るまで剣を振り抜いた事にも気付けなかった」
「そう言われると本当にとんでも無いですね…」
「それと同等かそれ以上のお前が言うんじゃねぇよ。お前もお前であの爺とは別方向で妖怪じみてんのに」
「よ、妖怪って…確かにあんな魔形を被っては居ますけどいくらなんでも妖怪扱いは酷くないですか?」
「違う違う、そういう意味で言ったんじゃない」
へこむライにハルマンが誤解を解くように説明する。
「あの爺は長年生きてきただけあって技術面においては今が全盛期と言っても良い、だが肉体的にはもう全盛期とは程遠いはず、それなのにも関わらずあれだけの剣を振るう事が出来る。一方まだ若いお前は今が肉体の全盛期だろうが、その分戦闘経験もあの爺とは比べるまでもないはず…なんだが、お前の剣技は大将に匹敵、或いは凌駕している。あの爺の四分の一程度しか生きていないような人間がだぞ?それだけで十分化け物じみてんだよ」
年老いてもなお全盛期の力を振るう老人と二十代という若さでその老人に匹敵するだけの力を持つ若者。
似ているようで真逆を行く両者の対比にハルマンは驚きを通り越して呆れたような顔をしていた。
実際、ライは顔が若返っただけで中身は三十代の中年なのだが、だとしても他の同世代の冒険者と比べてもライの持つ技術は群を抜いており、ハルマンの言う通り異常であるという事に違いはない。
「まぁ、お前がどんな経験をしてきたのかなんて護衛には何の関係も無いし聞く気は無いけどよ、ただ忠告はしとくぞ」
「忠告?」
「あの妖怪爺だよ。あの爺はライ、お前みたいな奴との戦闘を最も好んでるんだ。力押しではない技と技の真剣勝負、目をつけられたら厄介だぜ?」
「そんな事言われましても一体どうしろと…」
目をつけられたら厄介だと言われても、武闘大会に出場している以上嫌でも目に留まるだろうし、勝ち進んで行けば何れ当たることにもなるだろう。
「今日みたいな技を試すような試合運びは止めておけって話だ。あとはまぁ…祈るとか?」
「誰に祈れば良いんですかそれ」
ライがそうツッコミを入れたその時、ドアをノックする音が聞こえた後、使用人がドア越しに話し出す。
「ライ様、夜分に申し訳ございません。今お時間は大丈夫でしょうか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「失礼します」
そう言うと使用人がドアを開けて部屋の中に入ってくる。
「ライ様、実はただいま応接室の方にライ様にお会いになりたいというお方が来ておりまして…」
「自分にですか?誰だろう」
闘都に住んでる知人は居ないし、強いていうなら訪ねてくるとしてもエリオ達くらいなものだが、わざわざここに押し掛けてまで話すような事など何も無いはずだ。
ライが困惑とした表情を浮かべている事に気付いた使用人が恐縮した様子で頭を下げる。
「申し訳ございません。誰が来たとは私共の口からはお伝えする事が出来なくて…お手数ですが一度お会いになっては頂けないでしょうか?」
「言えないって、一体どういう」
「はぁーん、なるほどな」
ライの言葉を遮りながらハルマンが何か納得したように頷く。
「ライに会いたいって言ってるのは権力のある人間だろ。それも権力を笠に着て威張り散らす質の悪い奴な」
「権力のある人間って、そんな人が自分に一体何の用が」
「別に不思議な話じゃない。大会で戦うお前の姿を見て興味を持った奴が個人的に接触しに来ただけの話さ。毎年あるんだよ、有望そうな奴を見つけては雇い入れて自分の物にしたいってのが」
うんざりした様子でハルマンが言う。
「質の悪い奴ほど目や鼻が良く利くもんでな、しかも順位も殆ど決まってないような初日からいきなり来るようなのは厄介事を抱えてる事が多い。そしてそういった連中の特徴は権力を盾に使用人を脅して出場者を無理矢理連れてこさせようとするんだ。普通の来客ならまず会うかどうか尋ねるはずなのに、いきなり会ってくれなんて使用人が言い出す時点でまともな相手じゃねぇ」
そう言うとハルマンがソファーから腰をあげる。
「しゃあねぇ、そんじゃ仕事でもするかね」
「仕事って何する気ですか?」
「胸糞悪い客を追い返すに決まってんだろ。こういう手合いは最初からハッキリ拒絶の意志を伝えないと中々引き下がらねぇんだ」
「権力者相手にそんな事して大丈夫なんです?」
「心配すんな、大会出場者ってのはただ大会に出るだけの人間じゃない。国王の大事な賓客でもあるんだよ。だからこそこんな豪華な宿舎が宛がわれて護衛まで付けられてんだ。流石に国王と人狩りを敵に回したい奴は居ねぇからな、まぁ任せとけって」
「っと言ったはずだったんだがな、何でついて来るんだお前ら」
応接室へと続く廊下を歩きながらハルマンが後ろを振り返る。
ハルマンの背後にはライ(魔形装着)とフィア(大人Ver)がついて来ていた。
「いや、だって自分に会いに来たって言うのに顔も見ずにそのまま追い返すのも何だか悪い気がしまして…」
「ライの付き添い」
「はぁ…質の悪い相手は少しでも受け入れる姿勢を見せると面倒なんだよ。さっきも言ったが最初から拒絶の意志を見せねぇとしつこく食い下がってくるぞ?」
「でもまだ相手がそういう手合いだって決まった訳では無いんですよね?。せめて話くらい聞いても良いんじゃないかなって、もし本当にそう言う人間だった場合はハルマンさんに余計な手間を掛けてしまうかもしれませんが…」
「その心配は要らないんじゃない?。国王や人狩りを敵に回してまでしつこく食い下がってくる人なんて居るとは思えないし」
「まぁ、お嬢さんの言う通り俺からしたらどっちに転んでもやる事に変わりは無いんだけどよ…。俺一人が行って追い返すのとライが話を聞いてから追い返すのとじゃ相手の感じ方も大分変ってくるぜ?。後者の場合、間違いなくそういう手合いはライに対し良くない感情を抱くし、大抵の場合大会終了後に何らかの問題行動を起こす、お前が無理してそんな人間に会う必要なんてねぇんだよ」
ハルマンが一人で出向き客を追い返した場合、相手はハルマンに対し何かしらの感情を抱くだろう。
だがライが話を聞き、その上で相手の要求を拒否した場合、ハルマンは同様に相手を追い返すだろうが、この場合相手はライの命によって追い返されたと感じるはずだ。
「大会期間中は守ってやれるが、大会が終われば俺はお前の護衛では無くなる。終わった後でも闘都の中で事が起これば対処する事も出来るだろうが、闘都の外に出てしまえばもう俺達の管轄外だ。わざわざ危険に首を突っ込むような真似はやめとけ」
「でも…」
納得しきれないのか、ライが悩む素振りを見せる。
そんなライを見てハルマンが面倒臭そうに頭を掻く。
「あー分かった!じゃあこうしよう!俺がまず最初に入ってどんな相手か見る、そんで大丈夫そうだったらお前を呼ぶ、胸糞悪い奴だったら問答無用で叩き出す。これでも色々な人間を見て来たからな、ちょっと話せばどんな奴かは大体分かる、これでどうだ?」
「そうですね…それでお願いします」
「よし決まった。まぁ十中八九まともな客じゃ無いだろうけどよ…っと、着いたみたいだぞ」
ハルマン達の前を歩いていた使用人がとある部屋のドアの前で立ち止まる。
「ここが応接室になります」
「案内ご苦労さん。ライ、俺が呼ぶまで入ってくるんじゃねぇぞ」
「分かりました」
ライが頷いた事を確認するとハルマンが扉へと近づく。
「そんじゃまぁ、どんな奴か顔を拝ませて貰うか」
音を立てぬよう、ハルマンがゆっくりとドアノブを回し、ドアを押し開く。
キィィィ…
僅かに開かれたドアの隙間から中の様子と何者かの会話が聞こえてくる。
「御大、やはり出場者同士で接触を図るのは護衛として、治安維持部隊としても容認出来ません」
「うるさいのう…別にやり合いに来たわけでも無いんじゃからそう堅い事言うな」
「目的どうこうの話ではありません。不用意な諍いを避けるために出場者を分けているというのに、治安を守る我々がそれを――」
キィィィ…パタン
無言のままハルマンがゆっくりと扉を閉める。
その背後に立っていたライにも中の様子が見えていたのだろう、恐る恐るハルマンに声を掛ける。
「あの…ハルマンさん、何か今凄く見覚えのある白い仮面を着けたお爺さんが居たような…具体的に言えばさっき話題に上がってた」
「やめろぉ!!それ以上言うんじゃねぇ…」
顔を真っ青にし、全員をカタカタと震わせながらハルマンが声を上げる。
微妙な雰囲気の中、誰も一言も発せずに居るとライがおもむろに踵を返す。
「ハルマンさん、後は任せました」
「まてぇぇぇ!!俺を置いて逃げる気かてめぇ!?」
立ち去ろうとしたライの肩をハルマンが掴む。
「に、逃げるだなんて人聞きの悪い!それにさっきハルマンさんが”無理してそんな人間に会う必要なんて無い”って言ったじゃないですか!!」
「そりゃ人間の話であって妖怪は別だろぉ!?なぁ頼むよライ!旅は道連れ世は情けって言うだろ!?」
「旅じゃ無いし本当にただの道連れじゃないですかそれ!!」
「何を廊下で騒いどるんじゃお前ら」
「「っ!?」」
突如耳に入ってきたしゃがれたその声にライとハルマンが動きを止め、ゆっくりと声がした方向に首を向ける。
「まったく、年寄を待たせるもんじゃないわ。はよ入れ」
「え…いや、あの」
「大将!なんかコイツがお腹が痛いって言うんでちょっと部屋まで――」
「は い れ」
「「………はい」」
有無を言わせぬ老人の言葉にライとハルマンはそう答える事しか無かった。