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人食い

金土と泊まり込みの仕事が入ったので今週末の更新怪しいです。

アドレア、アリス、ライと続いた武闘大会の一回戦はその後も滞りなく進行していった。

様々な力自慢、腕自慢達が鎬を削り合う中、噂の三人目と思われる人物は一向に現れなかった。


そうして迎えた一回戦、第八試合、噂の三人目に注目していた観客達の期待は否応にも高まりつつあった。


『さぁさぁ!武闘大会一回戦、ついに最後の戦いです!それでは出場者の方どうぞ!』


フーバーの声に誘われ、北側の入場口から一人の男が姿を現す。


『喧嘩、恐喝当たり前!南東よりやって来た傍若無人の無頼漢!Aランク冒険者【尾篭】のカイタス!!』


無精髭を生やした長身の男が鋭い視線を観客席のあちこちに向ける。


「うおっ、目があっちまったぞ…おっかねぇ」

「【尾篭】っていや、衛兵とも何度もイザコザを起こしてその度にぶち込まれてるって噂の野郎じゃなかったか?」

「まさかあんな野郎が出場してるなんてな」


『既にご存知の人も居るでしょうが、カイタスは非常に粗暴な性格ゆえ、拠点としているラライザの街の住民や衛兵と良く喧嘩になり、喧嘩の相手だけでなく周囲に居た人間をも再起不能にしたと何やら荒っぽい噂の絶えない人物です!』


「べちゃくちゃ良く喋る女だ。紹介なんぞどうでも良いからさっさと進めろ!!」


苛立たしそうにカイタスが吠える。


『そうピリピリしないで下さいよー。それにそんなあっさり紹介したら勿体無いじゃ無いですか。観客の皆さんも期待してるみたいですし』


フーバーの言葉通り、観客達は何処か落ち着かない様子で次の出場者紹介を待っていた。

というのもルミエストとライの戦い以降、四試合が行われたが予選免除で出場した三人目と思われる人物がまだ姿を見せていないのだ。

つまりはこの最後の試合、カイタスの相手こそがその三人目という事になる。


『皆さんももうお気づきでしょう!カイタスの相手!今大会最後の出場者こそ、アドレア、アリスに続く三人目の人物!観客の皆様は一体どんな人物を想像しているのでしょうか!?その答えが、もうすぐ明らかとなります!!それでは、入場して頂きましょう!!』


闘技場内全ての視線が南の入場口に注がれる中、一人の人間が姿を現した。

冒険者の中でお世辞にも体格が良いとは言えないライよりもさらに小柄、顔を大会で配られている真っ白な無地の魔形で、全身をかなり大きめの外套で隠しては居たが、真っ白い頭髪と僅かに露出した皺くちゃの肌がこの人物がかなり高齢の人間である事を示していた。


『書類には書かれた言葉はただ一つ”良き得物に出会った”!動機以外一切の情報が無いこの老人!普段なら情報が無い事を良い事に好き勝手言う私ですが、この人相手にそれは無理!!ただ呼び名が無いと困るので暫定的に白老(はくろう)とでも呼びましょうか!』


老人の事をそれ程恐れているのか、今まで好き勝手言っていたはずのフーバーが簡単にその紹介を終える。


他のSランク冒険者を想像していただけに観客達は驚いた様子だったが、その驚く理由は大きく二つに分かれていた。


「てっきり【聖壁】が出てくるもんかと思ってたのに…誰だあの爺さん?婆さん?」

「知らねぇ…予選免除で出場したって事はそれなりの実力者なんだろうけど、カイタス相手に戦えるのか?」


「あの年齢で予選免除で出場できる人間なんて闘都、いやヴァーレンハイド中探したって一人しか居ねぇよ」

「冗談だろ…?俺は夢でも見てんのか?」


一方は老人という全く予想だにしなかった人物が現れた事による驚き、そしてもう一方はその人物が何者であるかを理解したが故の驚きであった。


観客席がそんな声で満たされている中、カイタスが露骨に不愉快そうな表情を浮かべる。


「どんなのが出てくるかと思えばこんな老耄(ろうもう)とはな。往生する前に思い出でも作りに来たのか?」

「思い出…か。そんな思い出して語る程の記憶に残る事など、久しく体験しとらんの…。そういう意味では思い出作りというのも強ち間違っとらんかもしれんな」


カイタスの皮肉に対し老人が笑いながらそう返した後、カイタスに語り掛ける。


「そう、記憶に残る程の体験…お主は第三試合を見たか?」

「あぁ?んなもん見てねぇよ。他人の試合なぞ興味はない」

「そりゃあ勿体ない。あれだけの技、早々お目にかかれるもんじゃないぞ。確か、こうじゃったかの」


第三試合、ライとルミエストの試合の事を言っているのだろう。

老人は試合中に見せたライの動きを真似るように剣を水平に構えて見せる。


「っけ、こっちは爺の無駄話に付き合うつもりは毛頭ねぇ。さっさ試合を始めろ!こんな下らない事に長々付き合わせるんじゃねぇ!!」

『はいはい分かりましたよーっと』


姿の見えぬフーバーに対しカイタスが叫ぶも、フーバーはどこ吹く風と言わんばかりにおざなりな対応する。


『さぁ、謎に包まれた三人目!その実力は如何ほどの物なのでしょうか!?それでは観客の皆様も待ちかねているでしょうし第一回戦!八戦目!始めてください!!』


フーバーが開始を宣言するとほぼ同時にカイタスが老人めがけて突撃する。


「その魔形ごと顔面をに握り潰してやる!!」


老人の頭を握り潰さんと、カイタスが右腕を伸ばす。

一方老人は試合開始前から一切動きを見せず、剣を水平に構えたままカイタスの動きを黙って見ていた。


「死ねっ!」


大きく伸ばされたカイタスの右腕が老人の頭部に触れようとしたその時、老人が身体を捻りカイタスの右腕を躱す。

老人の頭部を掴み損ねたカイタスの右腕はそのまま老人の横を通り過ぎ”地面へ”と転がり落ちた。


「………あ?」


自身から遠く離れた位置、目の前に立つ老人の背後に転がる自分の右腕を見たカイタスの口からそんな声が漏れ出す。

カイタスの視線が地面に転がる右腕から自身の右肩へとゆっくりと向けられる。

そこには本来あるべきはずの右腕は無く、肩口から溢れ出した血液がカイタスの右半身を赤く濡らしていた。


「あ゛、あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」


左手で斬り落とされた肩口を抑えながらカイタスが悲鳴を上げる。


「ふむ…試しにやってみたが、そもそも剣が見えとらんのでは話にならんな」


振り上げた剣をゆっくりと下ろしながら老人が呟く。


『お、驚きの早業!一瞬にしてカイタスの右腕が斬り落とされたー!?これが三人目の実力なのでしょうか!』


「ふん、大袈裟に騒ぎおって…まだ小僧の剣の方が幾段か速いわ」


老人はそう言うと、肩口を押さえ地面に膝をつくカイタスに背を向け入場口の方へと向かい出す。


「おい…待てよ!まだ試合は終わっちゃ居ねぇぞ…!」


背を向けた老人に対し、激痛に耐えながら声を絞りだすようにカイタスが言う。


「阿呆、そんな状態でどう戦うと?失血死する前にそこに転がっとる右腕持って治療班の所に行け。命あっての物種じゃ」


そう言って再びを背を向けて歩き出した老人の背後でカイタスが怒りに身を震わせていた。


「ふざけんじゃねぇ…老い先短いクソ爺がこの俺に情けを掛けるだと?」


切断された肩口を押さえていた左腕に力が入り、指先が肩口の切断面に食い込む。

激痛に身を捩りながらカイタスがゆっくりとその場に立ちあがる。


「まだ終わってねぇ…このままじゃ済まさねぇ…!」


怒りに震えるカイタスの全身を淡い光が覆う。

次の瞬間カイタスが立っていた地面が爆ぜ、まるで打ち出された砲弾のようにカイタスが老人の背中めがけて襲い掛かる。

今度こそ老人の頭部を握り潰さんと血で濡れた左腕を伸ばす。


カイタスは――運が悪かった。

一つは斬り落とされた右腕に魔法を感知する腕輪が付けられていた事。

もし斬り落とされたのが左腕だったのなら、カイタスが身体強化を使用した際にあのけたたましい音が鳴ったか、それに気付いたフーバーが制止の声を掛けていたはずだ。

それでカイタスが大人しくなるかと言えば疑問だが、それでも多少は冷静になる事は出来ただろう。

カイタスも武闘大会に出場出来るだけの実力の持ち主であり、右腕を気付かぬ間に斬り落とされた時点で相手が自分よりも遥かに格上である事には気付いていたはずだ。

だが怒りに支配されたカイタスはそんな事すら忘れてしまっていた。


そしてもう一つ、カイタスが最も運が悪かったのは


ザンッ!!


「この愚かもんが」


この老人がライとは違い、相手の首を斬り落とす事に何の躊躇いも無かった事だ。


カイタスの頭部が地面を転がり、頭部を無くした胴体が力なく地面に崩れ落ちる。

カイタスが再度飛び掛かってから首を斬り落とされるまで僅か一秒にも満たないあっという間の出来事に観客はおろか司会であるフーバーですら状況を飲み込めず、唖然とその光景を眺めていた。

そんな状況の中、一人だけ舞台内に立つ老人に向けて鋭い視線を向ける者が居た。

出場者用の控室、魔法によって壁面に移された舞台内の映像をSランク冒険者であるアドレアが見つめていた。


「…人食いリドル」


映像の中で佇む老人を見つめながら、アドレアはそう呟くのだった。


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