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世界と共に

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!」


早朝、太陽の日が昇り始めたばかりの時間、ガダルの街にある宿屋の一室からそんな絶叫が響き渡る。


「顔がぁぁぁああ!」

『おはよーライ、さぁ顔洗って洗って』


床から湧き出した水に顔を突っ込みながらライがゴボゴボと音を立てる。


「ぷはぁ!?はぁ…はぁ…!何すんのさフィア!?」

『私は起こしてあげただけだよ、そもそも朝早くに起きなきゃって言ってたのはライなのに何時までもグースカ寝てるんだもん』

「仕方ないだろ…昨日あんな事あったんだからさ」


ライの言う昨日の事とは、それはあの天竜との闘いの事だ。

あの爆発に巻き込まれる瞬間、ライはフィアの手によってガダルの街の宿屋にあるこの一室まで飛ばされ難を逃れていた。

どうやったのかとライがフィアに質問すると、フィア曰く世界に存在する全ての物には情報がある。

情報には物理的な物から概念的なものまで存在し、その中には存在する位置の情報というのも含まれていて、フィアはその物が存在する位置の情報を書き換える事によってその物の位置を変更する事が出来るのだという。

フィアが天竜の巣からガダルの街まで天竜の卵を運んだのもこの方法だった。

ただし、情報を書き換えるというのはそんなに簡単な事でもないらしく、フィア自身の存在を書き換えるような行為のため頻繁に使う事は躊躇われるという事だった。


ともかく、天竜との闘いを終えたライは宿屋の女将でもあるミランダに外で何かあったのかと何も知らぬ振りをして聞いてみた。

そしてミランダからどんな状況であったのかを聞き、そこでライは自分が戦っていたのがSランクに分類される竜種、天竜であった事、その天竜と対峙していた冒険者達がこの世界に5人しかいないSランク冒険者の内の4人だった事を知った。


話を聞いたライは表面上は平静を装っていたが、内心はパニック寸前の状態だった。

知らなかったとはいえ、自分は天竜の卵をギルドまで運んでしまったのだ。

しかもそれは大勢の人間に見られている。

この事態を引き起こしたのが自分であると周囲にバレるのは時間の問題だった。

ただ幸いな事に街は天竜の襲撃と外の大爆発で卵の事など気にしている場合ではないようでライの元に誰かが事情聴取に来るという事も無かった。


ライは面倒事になる前に街を出る決心をし、その日の内に部屋を引き払うために荷造を始めた。

何年も住み続けた部屋には私物の多く、処分だなんだとやって作業が終わった頃には既に日を跨いでいた。

夜間の街の出入りは禁止されているため、出入りが出来るようになる早朝に街を発つ事を決め眠りにつき、今に至るという訳だ。


荷造が終わり私物が一切なくなった部屋を見渡した後、ライは後ろ髪を引かれながらも部屋を後にし一階へと降りた。

カウンターの横を通り宿屋の外に出ようとしたその時だ、横から声を掛けられる。


「おはよう、ライ」

「っ!?ミ、ミランダさん…」

「今日は随分と早いじゃないかい」

「えぇ…ちょっと目が覚めちゃって…散歩でもしようかなぁって」

「そんな荷物抱えて、部屋の片づけをしてかい?」


ミランダの言葉にライがビクンと身体を反応させる。

ライのその様子にミランダはため息を吐きながらジト目で睨みつける。


「バレないとでも思ったのかい?全く…部屋空けるなら私に話すを通すのが筋じゃないのかい?」

「それは…はい、仰る通りです…」

「はぁ…ちょっと待ちな」


ミランダはそう言いながらカウンターの奥に引っ込むと、少ししてバスケットと幾らかの金を手に持ってライの元に戻ってくる。


「ほら、先払いしてた宿代だよ、昨日までの分は引いてあるから」

「いえ…ミランダさんには色々とお世話になりましたし、そのお金は気持ちとして」

「何言ってんだい、これから街を出ていこうってんだ、少しでも多く金は持っていて損はないよ」


そう言ってミランダはライの手に強引に金を握らせる。


「それとこっちは余り物で悪いけど街を出たら適当に食いな、アンタ昨日晩飯も食ってないだろう?」

「………ありがとうございます」


涙が出そうになるのを堪えながらライが俯き加減に礼を言う。


「まったく…いい歳した男がそう泣くもんじゃないよ!ほら、シャッキっとしなさい!」


ミランダはライの背中をバンと叩き、気合を入れる。

背中を思いっきり叩かれたライは少しよろめきながら宿屋の入口まで歩き足を止め、ミランダに振り返る。


「ミランダさん、長い間お世話になりました!!」


ライはそう言うと、宿屋を飛び出した。

バスケットを胸に抱えながらライがガダルの街を駆けていく。

空には傾いた太陽と何羽かの鳥が飛んでいる。


『ねぇライ、これからどうするの?』

「これからか…フィア、俺はずっと仲間が出来たら旅がしたいって思ってたんだ」

『旅?』

「そう、この世界を誰かと一緒に見て回るのが夢だったんだよ、まぁ魔法も使えない奴と仲間になろうっていう奇特な人間は居なかったから中半諦めてたんだけどね…」

『”世界(わたし)”と一緒に”世界(わたし)”を旅するの?』


その奇妙さにフィアが困惑した様子でライに尋ねる。

そんなフィアの様子にライは噴き出しながら答える。


「確かに…なんだか可笑しな気もするけど…でもねフィア、俺は”フィア”と一緒に”世界”を旅したいんだよ」

『ライ…良いの?私となんかで』

「良いんだよ、むしろフィアとが良いんだ。それにもうこの街には居られないし、踏ん切りがついたよ」

『そっか…』


どこか嬉しそうなフィアの呟きに、ライは頬を緩ませながら走り続ける。


『ライ、街を出て何処まで行くの?』

「とりあえず南門から出て道なりに進む予定!」

『行き当たりばったりだね…』

「仕方ないだろう?とにかく誰かが俺達の事に気がつく前に早く離れよう」


ライのその言葉に、フィアが少しだけ間をおいて尋ねる。


『ライは誰かに追われたり見られたりするのは嫌い?』

「えぇ…?別に見られるだけなら気にならないけど…監視とか追手の類は苦手…かなぁ?」

『そっか、分かった』


フィアの質問の意図がつかめず、疑問を浮かべるライだったが南門が見えてくるとそんな疑問も消え一直線に南門へと駆けて行く。


そしてそんなライを上空から追跡する者が居た。

それは数羽の鳥で、ライが宿屋を出たあたりからずっと空を飛んでついてきていたのだが次の瞬間鳥の姿が魔力へと変化し大気に溶けて消える。


『ライのお願いだからね、煩わしいものは排除しないと』

「ん?何か言った?」

『何でもないよ、ほら早く行こう』


ライはフィアにそうせかされながら、南門を潜り抜け街の外に出る。

街を出てから少ししてライが足を止めて振り返り街を見た。

長い間住み続けた街をその目に焼き付けながらライがゆっくりと口を開く。


「行ってきます」


ガダルの街で出会った人々の事を思い浮かべながら、ライは街が見えなくなるまで走り続けた。

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