思い浮かべた物
「良かったぁ、お兄さんやる気はあるみたいだね」
立ち上がったライを見てノーラが安心したように呟く。
しかしそんなノーラとは打って変わり、カレンは未だに険しい表情をしていた。
「まだ安心できないよ。相手はあの【反攻】だ、迂闊に手を出せば手痛い一撃を受ける事になる。特にリンのような鋭い一撃を持つ相手は格好の餌だろうね」
「相手の力を利用するいなしに…ライの攻撃は相性が悪い…」
カレン達の言う通り相手の攻撃をいなす事を得意とする相手はライにとって相性はあまり良くない。
ライの一撃は鋭く、真正面から攻撃を弾き返すのは難しい。
だが相手の力を利用し、体勢を崩させるいなしに関してはタイミングさえ掴んでしまえば僅かな力でも相手の体勢を崩す事は可能だ。
そしてそれはライの一撃を寸での所で防いだルミエスト自身が一番分かっていた。
(あの威力を弾くのは無理がある…だったら)
自身に向かってくるライの動きを見逃さぬよう、ルミエストが何時でも対応できるよう身構える。
ルミエストとライの距離が縮まり、もう相手の指先の動きを視認出来る程の距離にまで近づいた時、ライが脇腹に肘を密着させ、剣を地面に対し水平に構える。
(横薙ぎ!)
ライの構えを見てルミエストも同様に剣を水平にし、いなす構えを取る。
ライが剣を振るうと同時に、それに合わせるようにルミエストも剣を動かす。
(ドンピシャ!)
完璧なタイミング、理想的な角度から繰り出されたルミエストの放った一撃は、目で捕える事が難しいライの一撃を完全に捕らえ、ライの体勢を崩す――はずだった。
キンッ!!
金属同士がぶつかり合う甲高い音と共に、ルミエストの剣が”掬い上げる”ように放ったライの一撃によって上へと弾かれる。
(な、斬り上げ!?)
面喰らうルミエストに対し、ライが間髪を入れず次の攻撃に移る。
斬り上げた状態から手を返し、今度はそのまま振り下ろす構えを取る。
(間に合わない!)
いなすのは無理だと判断したルミエストが水平に剣を掲げ、振り下ろしに備える。
キンッ!!
上からの一撃を防ごうとしたルミエストだったが、今度は”正面”からの一撃によって再び剣が弾かれてしまう。
(この、また!)
ライの振るう一撃をいなそうとするルミエストだったが、間髪入れずに繰り出されるライの攻撃に剣を合わせる余裕もなく、防戦一方になっていた。
相手からカウンターを取る事を得意とする相手に怒涛の連撃、傍から見たら自殺行為にしか見えないだろう。
「あの【反攻】相手にあんな無茶苦茶に攻めてたら何時か反撃を貰ってしまうぞ」
試合を見ていたエリオがそんな言葉を口にする。
「無茶苦茶ね、確かに端から見たらリンは出鱈目に剣を振り回してるように見えるだろうね」
「端からって、実際は違うとでも?」
戦うリンの姿を見つめながら、確認するようにエリオが言う。
エリオが無茶苦茶に戦っていると感じたのも無理はない。
今のライの動きは自身の間合い内に相手が居るのに対し、横に飛んだり、さらに踏み込んだりと無駄な動きが目立っているからだ。
さらに言えばライが最初に見せた一撃と比べ、今のライの攻撃は大振りであり、上記の動きも合わせれば非常に激しい動きをしていた。
「無茶苦茶に見えて、リンはかなり考えて動いてるんだよ。そうだね、エリオにも解るように説明するなら」
そう言いながらカレンがおもむろに片腕を上げ、手刀を降り下ろすような構えを取る。
「私の攻撃を防いでみな」
カレンの思わぬ発言にエリオが一瞬呆気に取られたような表情もするも、無視すると後が怖いと言われた通りにカレンの手刀を防ぐ為に両腕を頭上で交差させる。
「一応言っておくが、お前たちと違って私は鍛えてないんだから本気でやるのだけはやめ――」
やめてくれよという言葉を発しようとしたエリオだったが、自身の顎に添えられたカレンの拳によってその言葉を止められる。
「これがリンのやってる事だよ」
掲げていた手を降ろし、顎スレスレで寸止めしていた拳を引っ込めながらカレンが言う。
「私の手刀を振り下ろす構えを見て、アンタはそれ防ぐために両腕を上にあげたろ?。あれは囮で本命はこっち」
カレンがエリオの顎を指差す。
つまり手刀はエリオの意識と防御を上に逸らすための囮であり、本当の狙いは無防備になった顎だったのだ。
「な、なるほど」
「分かりやすくするために両腕でやって見せたけど、リンはこれを剣一本でやってるんだよ」
「剣一本で?」
その言葉にエリオが舞台内で戦うライに視線を落とす。
「剣みたいな刃の有る武器ってのは構えから次の攻撃を予想するのが容易な武器なんだ。刃の付いてない鈍器と違って刃物には刃の向きがあるからね」
「刃の向き?」
「さっき私が見せた手刀と同じさ。さっき私は手刀を地面に対し垂直に構えた、じゃあこれを今度は水平に構えられたらどう守る?」
そう言って今度は手刀を地面に対し水平に構えたカレンに対し、エリオは腕をL字に曲げて防御の構えを取る。
「そう、今度は頭上ではなく横からの攻撃を警戒する。じゃあ今度は拳を握って見せたらどうする?」
体勢はそのまま、拳の形だけを変えてカレンが言う。
先程と同じように防御の構えを取ろうとするエリオだったが、今まで即座に構えていたのに対し、今はどう構えるか悩んでいる様子だった。
「悩むだろう?。この構えからならさっきと同じように横に振り払う可能性もあるし、そのまま真っ直ぐぶん殴ってくる事も考えられる。それと比べるとさっきの二つは”向き”が有った分凄く分かりやすかったろ?。剣の腹で殴り掛かる馬鹿でもない限りはね」
「確かに…そうか、これがさっきから言っていた刃の向きか」
「正解、ロクに戦った事もないエリオでも私の攻撃が予測出来たように、こんなもの理屈を説明しなくたって年端も行かない子供でも直感的に予測できる。ましてや冒険者ともなれば直感では無く思考でそれを理解している。ライはそこを逆手に取ったのさ」
カレンのその説明を耳にしながら、エリオは注意深くライの動きを観察する。
「立ち上がった後に最初に仕掛けた時、リンは横薙ぎの構えを見せ、それを見たルミエストもそれに対応するように構えた。でも実際に放れたのはのは横薙ぎではなく斬り上げだった。やったのは単純、始動した直後に水平に構えた状態から手首を捻って刃の向きを垂直に変え、同時に振り抜く方向も変える」
「言葉だけだと簡単に聞こえるけど…それだけならあれだけ激しく動いてる事の説明にはならないよな?」
「あぁ、これはあくまで一撃目の話、問題は二撃目からさ」
最初のライの動きを思い出しながらカレンが説明を続ける。
「斬り上げた後、リンは続け様に今度は振り下ろす構えを見せた。これに対しルミエストはさっきアンタがやったように剣を水平に掲げて上からの攻撃に備えた。だが実際に攻撃が飛んできたのは上ではなく真正面、どうやったと思う?」
「振り上げた状態から振り下ろすのではなく正面から…」
エリオがライの動きを真似るように両腕を振り上げた状態で頭を捻る。
ライの動きは終始目で追っていたし、問題となっている二撃目もその目で見ていたはずなのだが、そこまで注意深く観察していなかったために霞のように朧気にしか思い出せずにいた。
(でも確か振り下ろしてたよな?あれ、でも振り下ろしたなら上からの攻撃になるはず…)
思い出そうとするもまるで思い出せず、その状態から正面に向かって放つ一撃というのもまるで想像出来なかった。
「駄目だ、分からない」
降参だとエリオがお手上げの構えを見せると、カレンが答えを言う。
「リンはあの時振り上げた剣はそのままに前へ踏み込み、腰を思いっきり落としたのさ、相手の構えた剣が頭上に来るほどにね。つまりライは手首や腕の動きだけじゃなく、全身を使って剣の軌道を変えたんだよ」
「全身を使って…だからあんなにも激しい動きを」
そこまでの説明を踏まえ、改めてエリオがライの動きを観察する。
エリオの目には、カレンの説明の前と後ではライの動きがまるで違う物に見えていた。
ルミエストの構えに対し、敢えて踏み込み、または後ろに下がる事で剣がぶつかり合う箇所、タイミングをズラし、手首だけでなく腰や足、全身を捻る事で予想だにしない角度へと剣の軌道を変えていく。
「私とのテストの時はお上品に斬って躱してしかやらなかった癖に…こんな物を隠してたなんてね。一体何処で身に付けたんだか」
まるで本気では無かったという事実に、悔しさ半分、称賛半分といった様子でカレンが言う。
「何処でって、そんなの決まってるよ」
カレンの言葉に今まで黙って観戦していたフィアが反応する。
「リンは冒険者なんだから、魔物相手以外に無いでしょ?」
「確かに、その通りなんだけどね。じゃあ一体どんな魔物を相手にしたらあんな戦い方が身につくってのかね」
舞台内で踊るように戦うリンに視線を落としながらカレンが考える。
(あれだけの技術が要求される魔物との戦闘…私の知る限りじゃBランクにだって居やしない。だとすればAランクの魔物?)
ライと出会った当初、カレンはライがランクを偽っているのではないかと疑っていた。
だがそれは駆け出しが見栄を張っているくらいにしか考えていなかった。
でも今はそれとはまったく逆の事を考えていた。
(ライは本当の実力を隠しているのか?)
一体どんな魔物を相手にすればあれだけの技量を身に付けられるのだと、カレンが戦々恐々としているとフィアがおもむろに口を開いた。
「コボルトかノールって所かな」
「え?」
一体何の事だとカレンの口から反射的にそんな声が漏れる。
そんなカレンの疑問にフィアが答える。
「ライが今想定して戦って居る相手だよ」
「コ、コボルト?ノール?」
平然とした様子で答えるフィアとは対照的に、一体何を言っているだとばかりにカレンはポカンとした様子だった。
「ちょ、ちょっと待っとくれよ!コボルトにノールってどっちもEランクの魔物じゃないかい!」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「どうかしたのって、あんだけの技術が要求されるような相手なんて、Bランクでも見たことが殆ど無い。リンが想定してるのは明らかにそれよりも格上、Aランク相当の魔物なんじゃ無いのかい!?」
慌てたようなカレンの質問にフィアは首を傾げる。
「リンはCランクだよ?Aランクなんてまだ勝てる相手じゃないよ」
「で、でも流石にコボルトやノールなんて納得できやしないよ!あんなのエンチャントか身体強化のどちらかを使うだけでも簡単に倒せるような雑魚じゃないかい!」
「エンチャントか身体強化…ね。カレン、私が言ったリンの強みを覚えてる?」
フィアの質問にカレンは一瞬考える素振りを見せる。
「確か”魔法を前提に戦っていない”だったかい?。それが一体」
「そのままの意味だよ。リンはエンチャントも身体強化も使用する事を前提としていない」
「…は?」
その言葉に、今まで黙って二人の会話を聞いて居た他の面々も唖然とした表情を浮かべる。
「コボルトにノール、一般的な冒険者からしたら取るに足らない相手かもしれない。でも相手は魔物、Eランクといえど素の身体能力は人間を大きく上回っている。そんな相手に身体強化すら使わずに戦おうって言うんだから、あんな戦い方の一つや二つ身に付けたって不思議じゃないでしょ?」
「ちょっと待って…リンはCランク何だよね…?」
「そうだよ」
「魔法を使わないと仰ってましたが、流石に常に使っていないという訳では有りませんよね?」
「魔道具の類なら使ってたね。でも魔法自体は本当に使ってないよ。そもそもリンが魔法を使えるようになったのはつい一ヶ月くらい前で、今じゃまだクラックしか使えないような状態だよ」
「い、一カ月前?クラックしか使えない?。じゃあお兄さんがCランクになったのは一体何時の…」
ノーラが言いかけた言葉をフィアが引き継ぐように続ける。
「もう数年も前の話だよ。リンはCランクに上り詰めるまでエンチャントも身体強化も一切使っていない。リンはこの世界で唯一、魔法に頼る事無くCランクになった冒険者なんだよ」
フィアの言葉に全員が完全に言葉を失う。
魔法も使わず魔物と戦う、それだけでも正気の沙汰では無いと言うのにそれでCランクにまで上り詰めた。
100人が聞けば100人が鼻で笑うような話だったが、カレン達はそれが決して荒唐無稽な作り話の類では無いと確信していた。
今まで共に行動してきたライ、そしてフィアの実力と性格、それらが真実を物語っていた。
それからカレン達は一言も発する事無く、ライの戦いが決着する時をただ黙って見守るのであった。