最悪の印象
今章最後のヘタレ…になるはず!。
時間は第一回戦の二戦目が終わった後、未だ興奮冷めやらぬ観客達に混じって、カレン達も同様に話に花を咲かせていた。
隣に座っているフローリカと先程の戦いについて話していたノーラが、視界の端に観客席に上がってくるフィアの姿を見つける。
真っ直ぐ自分達の所へと向かってくるフィアにノーラが声を掛ける。
「もぉ何処行ってたのさー。二戦目終わっちゃったよ?」
「分かってる。次リンの番だったからちょっと様子を見に行ってたんだよ」
「次って、なんで次がお兄さんの番だって知ってるの?。自分の出番になるまでは出場者も分からないはずなのに」
「リンが控室から出ていく所を察知したからね。それで次はリンの出番なんだなって思っただけだよ」
「察知したって…」
平然と答えるフィアにノーラが困惑とした表情を浮かべる。
「出場者の控室周りは魔法でも探れないよう至る所に妨害用の魔道具が仕込まれてるっていうのに一体どうやって」
「ノーラ止めときな、いくら考えた所で満足のいく答えなんて出て来やしないよ。”ダリアだから仕方ない”で十分だろ」
「…確かに」
「一体私は皆から何だと思われてるの…?」
仕方ないの一言で片づけられてしまったフィアが納得が行かないといった顔をしていた。
その時、カレン達の背後の席に座っていた観客の会話が耳に入ってくる。
「なぁ、予選無しで出場した最後の一人って誰だと思うよ?」
「【豪腕】、【剣乱】とSランク冒険者が続いた訳だし、やっぱりSランク冒険者の誰かじゃないか?」
「って事は【聖壁】か【魔境】?」
「ばーか、Sランクだからって流石に【魔境】はねぇだろ。生粋の魔術師って噂だし魔法禁止の武闘大会には出て来ないだろ」
「じゃあ【聖壁】か、もしくは五人目の――」
「いや、そっちはもっと在り得ねぇ。いくら誰でも受け入れる武闘大会っつっても限度がある。あんなのが参加したら大会どころじゃねぇよ」
「アイツに恨みを持ってる奴も多いって噂だしな…姿を見たって情報だけでもかなりの額が貰えるってマジなのか?」
「本当らしいぞ、アイツを恨んでる奴はごまんと居るだろうしな。まぁだからこそやっぱ【聖壁】が一番可能性高いんじゃねぇかな」
「この流れから来ると三試合目に三人目が拝めるかも知れないな」
出場者の予想で盛り上がる男達、その話にカレン達が難しい顔をする。
「次の出場者か…。もしこのままの流れならリンの相手はその三人目って事になるのかね」
「いきなり…強敵の予感…」
「【聖壁】と言えば今まで戦いでかすり傷一つすら負った事が無いという噂ですからね」
「そんな噂ばかりが有名になって肝心の実力に関してはまるで情報が無い謎の多い人物…お兄さん大丈夫かなぁ」
心配そうな表情をするカレン達とは打って変わり、フィアは【聖壁】と呼ばれているルークの事を思い返していた。
(【聖壁】ってアレの事だよね?)
脳裏に浮かんだのはブルガスで見た、口から舌を出しアヘ顔を晒すルークの顔であった。
(…ライがアレに負ける姿が全く想像出来ない)
ルークに対しただの変態という印象しかないフィアがそんな事を考えていると、闘技場全体にフーバーの声が響く。
『あーあー!どもどもーお待たせしましたー!。出場者の準備が出来たようなので早速三戦目の出場者紹介と行きましょうか!では北口の人からどうぞー!』
フーバーの呼びかけから少し遅れて北側の入場口から一人の人間が舞台内に姿を現す。
『肩まで伸びた艶やかな茶髪!冒険者にしては細く華奢な身体!後ろ姿はまさに美女!だが男だ!!Aランク冒険者【反攻】のルミエスト!!』
ルミエストと呼ばれた男の事を知って居る者が何人か居たのだろう、観客席からどよめく声が聞こえてくる。
『【反攻】という二つ名の通り相手の攻撃を誘い、弾き、いなし、体勢を崩した所で一撃を叩き込む戦いを得意としており、魔法禁止の今大会でも遺憾なくその実力を見せてくる事でしょう!』
「期待してくれるのは嬉しいですけど、普段は魔法を用いているので剣のみでは難しいですよ」
申し訳なさそうな顔を浮かべながらルミエストが言う。
(まぁ、魔法が使える時と比べて難しいというだけで出来ない訳では無いんですけどね)
少しでも対戦相手に自分の事を侮って貰った方が楽だからと、ルミエストは心の中でそう考えるだけで口には出さなかった。
『後ろ姿があまりにも美しすぎて、街中を歩いていて背後から男に声を掛けられた回数は数知れず!正面からでも一部特殊な性癖の方から声を掛けられた事も度々有るとか無いとか』
「脂ぎった中年…一晩3000ギルダ…うっ頭が…!」
トラウマでも呼び起されたのか、顔を青ざめながらルミエストが頭を抱える。
そんなルミエストの事は無視し、フーバーは次の出場者紹介に移る。
『では対戦相手の方どうぞー!』
南口から、カレン達には最早見慣れてしまった魔形を付けたライがゆっくりと舞台内へと足を踏み入れる。
「あれが三人目か?」
「いやあれは違うな。俺予選でアイツ見たぜ」
「どうだった?」
「ずっと見てた訳じゃないが、なんか始まって早々に壁際に寄ってじっとしてて、終盤にだけ動いてたな」
「なんだ、毎年一人は居るハイエナ野郎か」
まだ見ぬ三人目に期待を寄せていただけに観客席のあちこちから落胆の声が漏れ聞こえてくる。
『えーと、出場者初回なんですがぁー…少々お待ちください』
フーバーのその言葉の後、何やら紙が擦れるような音だけが聞こえてくる。
先程までさっさと進行させていたはずのフーバーが何やら渋っている様子に観客達が違和感を覚える中、カレンの頬を汗が伝う。
「今更なんだけどさ、リンの奴あの書類どうしたんだ?」
カレンの言葉にライラ、フローリカ、ノーラがピクリと反応する。
「確か…あのまま宿舎の方まで持って行ったような…」
「替えの書類は有りませんでしたからね」
「で、でも流石にアレをそのまま出すなんて、そんな暴挙お兄さんはしないと思うよ?」
「そこん所どうなんだいダリア」
事情を知って居るであろうフィアにカレンが質問する。
「あの滅茶苦茶に書かれた書類?それなら”こんなの提出出来ない”ってリンがぼやいてたけど」
「だよねー!やっぱり書き直し――」
「ただ護衛の男が”面白そうだ”って書類をひったくってそのまま提出しちゃったよ」
フィアの口から飛び出した言葉に四人の顔が引き攣る。
顔を引き攣らせたまま、四人は舞台内に立つライへと視線を落とす。
「あんたら、自分が一体何書いたか覚えてるかい?」
「似顔絵…くらいしか記憶してない…他にも色々書いた気がする」
「あー、何かとても汚らしい言葉を書き込んだような気がしないでもないと言うか…私も正直覚えていませんね」
「自分の欲望のままに書いたという記憶はあるけど、その内容は一切覚えてないよ…」
「お前ら一体何をしでかしたんだ…?」
何やら不穏な事を口走る四人の妻たちにエリオが恐る恐るといった様子で言う。
不安な様子を隠せない一同だったが、その不安が今まさに読み上げられようとしていた。
『えーそれでは紹介します。名前はアレ…ク?ガット、ジャグリス…?なんかまぁそんな名前です』
恐らくカレン達が滅茶苦茶に書き込んだために判読が難しいのか、フーバーが辛うじて読める部分だけを抽出して紹介していく。
『職業冒険者、ランクは…SMの戦士長?。得意武器は亡き父の形見、そして一族の誇りでもある聖剣”エクレール”』
(まともだった得意武器の欄が何か魔改造されてる!?)
剣としか書かれていなかったはずの項目が魔改造されている事にカレンが心の中でツッコミを入れる。
言葉の選び方から誰が犯人なのかはすぐに理解出来たが、今更そんな事を追求しても後の祭りである。
『一族を滅ぼした残虐的敵対部族”カリーロフ”への復讐、そして滅ぼされた我が一族の復興のため、ここには自分の番に相応しい者を探しに来た。それに見合わぬ弱者は容赦なく×××して×××――えー、以下青少年の教育に悪影響を及ぼすと思われる表現が続くため省略させていただきます。後他に読めそうな所は…あ、暴力的表現省いたらもう無いです。以上です』
フーバーの独断と偏見によるコメントも一切無く、ただ書類の内容を読み上げただけで紹介が終わる。
今までの出場者紹介とは全く異なる状況に、フーバーも出場者も、そして観客の誰もが混乱し動きを止めていた中、一人の観客がゆらりと立ち上がった。
「ふ…ふざけんなぁぁぁぁあ!!」
怒りに身を任せたその咆哮に、周りの観客達も同調する。
「ふざけた面して何ふざけた事抜かしてんだてめぇ!!」
「おちょっくってんのか!?」
「さっさと引っ込めクソ野郎ーー!!」
「お前が×××されちまえぇぇぇええ!!!」
観客席から舞台内に向かって色々な物が投げ込まれる。
『ちょっと!?皆さん落ち着いてくださーい!!』
フーバーの制止の声も届かず、観客達の怒りは収まる所かより激しさを増して行く。
怒りで顔を真っ赤にする観客とは対称的に、カレン達の表情は青ざめていた。
「おい、どうすんだいこれ…完全にやらかした奴だよこれ」
「これは…酷い…」
「ノーラ、貴女一体何を書いているのですか…」
「フローリカだって人の事言えないでしょ。というか最後のトドメ刺したの完全にフローリカだよね…」
「誰が一番悪いとか言ってる場合じゃないよ、リンを見て見な」
カレンの言葉に他の三人が視線を舞台内に落とすと、そこにはまるで胎児のように膝を曲げ、両手で顔(魔形)を覆い隠すライの姿があった。
「あれは完全に精神的にキてる奴だね」
「リンは精神的に…弱いから」
「精神の強い弱い以前に、この状況は流石にどんな人でも心に来るものがあると思いますよ」
「ど、どうしよう…お兄さんもう戦う所じゃ無くなってるんじゃ…」
舞台内で丸まっているライを心配するカレン達、しかしそんなライに追い打ちをかけるように観客席からは未だに容赦の無い罵声と色々な物が投げ込まれていた。
『あー!もう!!皆さんいい加減にやめてください!!今から試合始めますからね!?試合が始まってから舞台内に物を投げ込んだら妨害行為とみなして即人狩りの皆さんに鎮圧して貰いますからね!?それでは始めてくださーーい!!』
人狩りという言葉が効いたのか、試合が始まると同時に舞台内への物の投げ込みはピタリと止んだが、変わりに先程よりも激しい罵声が舞台内に向かって注がれる。
「殺れぇぇ!ルミエスト!!」
「そんな奴ぶっ殺しちまえ!!」
(自分から打って出るのは性に合わないんですが、相手は動く素振りもないし…仕方ない)
試合が始まったというのに未だに丸まったままのライに、ルミエストが突撃する。
ルミエストがライに急接近する間も、ライは依然として動く様子はない。
「やばいよ!お兄さんこの怒声のせいで試合が始まったの気が付いてないんじゃ!?」
「もしくは試合所ではない位に精神的に追い詰められちまったか…」
カレン達が不安げな表情を浮かべる中、一人フィアだけが冷静な瞳でライを見ていた。
「大丈夫だよ。むしろこれで良かったのかも知れない」
「それは一体どういう」
ノーラがフィアの発言の真意を問う前に、舞台内の状況が変わり始める。
ライがルミエストの間合いに入るまであと数歩という所で、ライがおもむろに顔を上げる。
魔形によって隠されたその顔からは一切の表情を読み取る事が出来なかったが、対戦相手の感情など知った事では無いと一撃を放つためにルミエストが剣を構えたその時、ルミエストの脳内にとある光景が想起される。
それは武闘大会の予選第三グループ、その開始時に見せたライの一撃、別グループであったルミエストはその一撃を観客席から見ていた。
その事を思い出したルミエストは突き出そうとしていた剣を咄嗟に自身の身を守るように構え直す。
剣を構えた瞬間、金属がぶつかり合う音と同時に衝撃がルミエストが構えていた剣を伝って両腕に響く。
「ぐっ!?」
両腕が痺れるのを感じながら数歩後ろに引き下がり、相手を観察する。
(予選を見ていて正解だった…アレを知らなければ今のでやられてた)
ライは依然として両膝を曲げたままの体勢だったが、右手には振り抜かれたエクレールが握られていた。
(あの体勢からあれだけの一撃を放てるのか…。一撃の威力だけなら身体強化を使ったCランク…いや、あの無理な体勢からというのも加味すればBランク冒険者相当…生身で良くもこれだけの一撃を)
冷静に分析しつつ、両腕の痺れが完全に抜けるまで迂闊に動けずに居るルミエストの目の前で、ライがゆっくりと立ち上がる。
(ははは…キツイなぁ)
ライが心の中でそう呟く。
試合前、フィアによって己の戦い方について抱いていた不安をある程度は払拭する事が出来たライだったが、それでも完全に拭い去れた訳ではない。
そもそもライが抱いていた不安はそれだけでは無く、他にもこんな奇妙な魔形を付ける事に寄って晒される観客からの奇異の視線、ハルマンがふんだくって提出した滅茶苦茶な書類と試合前からライの精神状態は非常に不安定な物だった。
(あぁ…やっぱりこうなるのか)
そしてライの抱いていた不安は見事に命中し、そしてライの予想よりも遥かに痛烈に心を容赦なく抉り取った。
奇異の目などとは生温い殺意の込められた視線、怒声、それが今ライに向かって余すことなく注がれていた。
しかし、だというのにライの精神状態はカレン達、いやライ自身が思って居たよりも平静を保っていた。
それはある種の開き直りであった。
自身の磨き上げた技術、それを全力で使い負け、あまつさえ衆人環視の中でそんな醜態を晒す事に恐れていたライ。
だが、観客の殆どが敵に回ったこの状況、こんな状況でライが負けた所で誰がそれを醜態と思うのだろうか?。
これ以上は無いという位の最悪の印象、もはや醜態一つで何か変わる物でもない。
だからこそ、ライは開き直れた。
もうこれよりも悪化する事が無いのなら、もう何も気にする必要など有りはしない。
(もうどうにでもなれだ。今はただ、自分に出来る事をやるだけだ)
試合前に思う浮かべていたイメージをライがもう一度思い浮かべ、その姿を対戦相手に重ねる。
「行くぞ!」
魔形の裏に覚悟を秘めた瞳で対戦相手を見据え、ライが発走する。
前回の章でヘタレが多少は改善されたはずなのに未だにヘタレ続けるライ。
実はそうなるように追い込まれてるので仕方のない事ではあるんですが、当初の予定よりも大分ヘタレてる。
ライをそういう状況に追い込んでいる人物については今章が終わった後の人物紹介の時にでも。
残虐的敵対部族”カリーロフ” ←逆から読むと…