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ライの不安

今回もライがヘタレます。


出場者の控室から舞台内への入場口までを繋ぐ廊下、大会中は人の姿が殆ど無いその廊下を二人の人間が歩いていた。


片方は魔形を身に付けたライ、そしてその護衛であるハルマンであった。


「なぁリン、そんな調子で大丈夫かよ?」

「体調は頗る良好ですよ」

「お前分かってて言ってるだろそれ…身体じゃなくて心の方だよ。戦う覚悟出来てんのかって聞いてんだ」


ハルマンの問いにライは答えない。

魔形で顔が隠れているため、ハルマンにはライが今どんな表情をしているのか見当もつかなかった。


(はぁ…たくこんな調子で大丈夫なのかね。まぁ勝ち進むよりここで負けてくれた方が護衛としては楽ではあるんだけどな)


個人的な恨みでもない限り、試合に負けた人間を狙う者は居ない。

護衛という立場のハルマンにとってはライが初戦で負けてくれれば護衛の仕事も非常に楽な物になる。


(とはいえ、ここ数日一緒に行動した仲だしな)


屋敷に到着してから今日までの数日、ハルマンはライの護衛という事で同じ屋敷の中で暮らしていた。

暇なときはライと喋ったり、ライの訓練に付き合ったりもした。

そのためライの実力はある程度把握していたし、良い線まで行けるんじゃないかとも考えていた。


(個人的には勝って欲しいって思うんだが…さてどうしたものか)


思案顔をするハルマンの視界の端に何者かの姿が見えた。


「あれは…おいリン、お前にお客さんだ」


ハルマンの言葉にライが顔をあげると、廊下の壁に背を預け佇むフィアの姿があった。


「リン」

「ダリア、なんでここに?」


驚いた様子でライが尋ねる。

それもそうだろう、今ライ達が居る廊下は関係者以外立ち入り禁止の場所であり、フィアが居て良い場所ではない。

しかしフィアはそんな事気にもしていないのか、ライの傍まで歩み寄るとハルマンの方を見た。


「少しだけ、リンと二人で話がしたいのだけど」

「分かった。ただ俺も護衛だから内緒話は俺の目の届く所でな。それと次はリンの番だからそう長々とは話せないぜ」

「それだけで十分、リンこっち」


フィアがライの手を引き廊下の隅の方へと歩いて行く。

ライの背を壁に押し付けるようにし、大人の姿となったフィアの胸がライの胸板で圧し潰される程に密着する。


「ちょ、近っ!?」

「内緒話なんだから我慢して」


口と口が触れそうな程の距離、咄嗟にライは顔を逸らそうとするもフィアがライの両頬に手を添え、それを阻止する。


「ねぇライ、まだ怖い?全力で相手にぶつかるのが」

「―――」


フィアのその言葉と真剣な瞳に先程まであたふたしていたライの心が突然冷水を浴びせられたかのように冷えていく。


「…怖いよ。やっぱり、自分の積み重ねてきた物が崩れるかもしれないって考えると…そりゃ怖いよ」


顔を逸らそうとしていたライが魔形越しにフィアの瞳を見据えながら続ける。


「マリアンベールでの一件、そしてフィアのおかげで俺は自分に少し自信を持つ事が出来るようになった。それまでは魔法も使えない落ちこぼれで、正直自分が今まで磨き上げてきた技術ですら自信が持てなかった。でも今は違う、少なからず自分の技術を信じられるようになった…だからこそ――」


次の言葉が出てこないのか、ライが言い淀んでいると、その後を引き継ぐようにフィアが口を開く。


「――だからこそ怖い、自分の信じた全てをぶつけて負けてしまう事が、魔法に頼る事無く磨き上げた唯一無二の技術が役に立たないかもしれない。そしてその事実を突きつけられる事が何よりも怖い」


そう、ライは迷っていた。

今まで自信を持つことが出来なかったライが、自信を持つようになって生まれた弊害。

自分が信じた物が何の役にも立たないのではないかという不安、他の人間よりも劣っているのではないかという疑念。

以前のライならば全力を出し負けたとしても仕方がないくらいで簡単に諦めていただろう。

でも自分の技術に自信を持った今、全力を出して負ける事をライは恐れていた。


「俺の技術は魔物を相手にするために磨き上げた技術、人間を想定した物じゃない。だからこそ、余計に不安なんだ…。俺の技はここじゃ通用しないんじゃないかって」


ライが自身の思いを吐露する。


「魔物を相手にするために磨き上げた…か。ねぇライ、別に魔物と人間を分けて考える必要は無いんじゃないかな」

「え?」

「魔物と人間、全く異なる存在に思えるけど実際はそうでも無いんだよ。魔物だって人間と同じで食事をしないと死ぬし、剣で刺されれば血を流して死ぬ。死霊みたいな例外は別としてね」

「言いたい事は分かるけど、実際に相手にして戦ったら全然違うよ。フィアが言ったように死霊系は勿論、四足獣の魔物なんかも人とは全然違うし対処法もそれぞれで異なる」

「でも全てじゃない。人間と同じように武器を使い、群れを成し、固有の言語を使い意思疎通が出来て、二足歩行する魔物だって沢山居る。そういった魔物への対処法なら人にも通用するんじゃないかな?」

「それは…」


フィアの言い分にライが言い淀む。


「ライ、別に難しく考える必要なんて無いんだよ。人間だからとか魔物だからとか、ライは今ライに出来る精一杯の事をすれば良いんだよ」

「今…出来る事」

「それにね、別に全力でぶつかって負けたって良いじゃない。ライ自身言ってたけどライの技術は魔物を相手に磨き上げてきた物で人間を相手にする事を想定した物じゃない。だったら人間相手に負けたって何も気にする必要は無い、ライの技術が魔物相手には立派に通用するって事は私が良く知ってる」

「………」


ライが考えるように視線を落とす。

その時、離れた場所に居たハルマンがライ達に呼びかける。


「おーい!そろそろ時間だぞ!」


ハルマンの呼びかけにフィアはライから身体を離し、ゆっくりと数歩後ろに下がる。

顔を俯けていたライは少しだけ顔をあげ、フィアの顔を見る。


「ありがとうフィア、少し気が楽になったよ」

「そう…それなら良かった。じゃあ私はカレン達の所に戻るね」

「うん、頑張るからみんなと一緒に見ててよ。それじゃ」


ライはそう言うとフィアに軽く手を振りながらハルマンの元へと駆け寄って行く。


(人間相手にも通用する戦い方…か)


今まで戦ってきた数多くの魔物達、そしてそのそれぞれに用意した幾多もの戦い方を思い起こしていく。

その中から人間を相手にするのに最も適している物は何かを考える。


(人型の魔物ってなると、やっぱりアレかな)


一匹の魔物の姿をイメージしながら、ライは入場口へと向かうのであった。

口と口が触れそうな距離…まぁ、魔形付けてるので実際に触れはしないんですけど、魔形と口が触れそうな距離って書くのも何だか変かなと思ったのでこの形に。

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