鮮烈な開幕
『さーて!それではさっそく第一回戦――とその前にルールについて説明しておきましょうか。闘都に住む人からしたら耳にタコが出来るくらい聞いてるでしょうが初見さんも少なからず居るでしょうし軽くですが説明します。本大会は魔法の使用は禁止、それに伴い出場者には練り上げられた魔力を検知すると赤く発光する特別な装備を右腕に着けて貰っています。装備が赤くなり魔法が使用された、またはされる可能性があると思われた場合即刻反則負けとなります、それ以外に反則は存在しません。勝敗に関してはどちらかが肉体的、精神的に戦闘続行不能と判断されるまで終わりません。以上!』
簡単にルールについての説明が終わり観客達の待ちきれないという雰囲気を感じ取ったのか、フーバーがすぐさま試合進行に移る。
『それでは行ってみましょうか!選手入場ぉー!』
フーバーのその声と同時に舞台内の北側に位置する入場口の格子が持ち上がり一人の男が入ってくる。
『背中に背負った二メートルはある戦鎚は飾りじゃない!幾多もの魔物を屠ってきた荒くれ者!Bランク冒険者!グルガァァア!』
戦鎚を背負った巨漢の男、予選でライに踏み台にされたあの男だった。
『二つ名は有りませんが活動拠点であるミゴイスでは戦鎚一つで突撃し、その巨体で魔物を押しつぶして行く姿から”暴れ牛”という通り名で知られる強者です!』
「相変わらずここの司会の情報収集能力はすげぇな…書類には出身地も通り名の事も何も書いちゃいねぇってのに。まぁ俺もそれなりに有名になったって事かね」
グルガと呼ばれた男が少し誇らしげな様子でフーバーの解説に耳を傾ける。
『一方でアッチの方は小さいらしく”子猫”と揶揄されているそうです』
「おい司会!いい度胸だ!!一発ぶん殴ってやるから今すぐ降りて来い!!」
観客席から笑いが漏れる中、グルガが顔を真っ赤にしながら姿の見えぬフーバーに怒号を飛ばす。
『いやですよーだっ!その怒りは対戦相手の方にぶつけてください、全力でぶつからないと勝てませんよー?。っという事で対戦相手の方、どうぞー!!』
グルガの立つ位置の正反対、南側の格子がゆっくりと持ち上がりそこから一人の人間が舞台内に足を踏み入れる。
「お、おい…冗談だろ…」
入ってきた人物にグルガが驚いたように目を見開く。
それは観客も同じようで、闘技場に居た大半の人間がグルガと同じような顔をしていた。
『闘都に、いやヴァーレンハイドに生きる者なら誰でも知って居る!知らない奴は今日!ここで!その目に焼き付けろ!!我が国最強の冒険者!!Sランク冒険者【豪腕】のアドレアだぁぁぁぁぁあ!!』
フーバーがそう紹介すると同時に闘技場内に大歓声が響き渡る。
「まじかよ!噂で出場するとは聞いてたけどいきなり出てくるなんて!」
「あれがアドレアか?初めて見た!」
「グルガもデカいけど【豪腕】もデカいな」
興奮した観客達の視線がアドレアに集中する中、フーバーが紹介を続ける。
『世界に5人しか居ないSランク冒険者の内の一人であり、人並外れた肉体を魔力で強化し、魔物を粉砕し戦う姿はまさに鬼神!肉体のみの殴り合いで一番強いと言えば真っ先に思い浮かべるでしょう!。また五年前の武闘大会の優勝者であり、優勝した際に残した"けっ、どいつもこいつも糞雑魚ゾウリムシしか居やしねぇ、ぺっ!"という言葉は有名ですね!』
「そこまで言った記憶はねぇぞ俺は…」
フーバーの好き勝手な解説にアドレアが静かに突っ込む。
『強者を求める余りそれ以来本大会から姿を消した彼が何故またこの舞台に立つのか!?まさか彼を満足させるだけの強者がこの大会に出場しているとでも言うのだろうか!?それは闘っていけばいずれ分かること!というわけで両者準備はよろしいですか!?』
フーバーの声に反応し、グルガが背中から戦鎚を掴み上げ構える。
「くそ、俺も運がねぇ…いや、あの【豪腕】と殴り合ったとなりゃミゴイスにやつらに自慢くらいは出来るし、ある意味良かったのかもしんねぇな」
額から汗を浮かべるグルガに対し、アドレアは冷めたような様子で構えることもせずただそこに立っていた。
五年前もそうだったのだろうか、構えないアドレアを気に止める事無くフーバーが試合開始の合図をする。
『それでは第一回戦!一戦目!始めてください!』
開始の合図と共にグルガが一気に飛び出す。
「こっちも肉体自慢で通ってんだ!何発殴られようと倒れる前にせめて一発はぶち込まねぇと自慢も出来ねぇ!!」
間合いを詰めグルガが戦鎚を振り上げた瞬間、今まで棒立ちしていたアドレアが初めて動きだし、一瞬にして距離を詰める。
そしてグルガが戦鎚を振り下ろすよりも早く、アドレアがグルガの両拳ごと戦鎚を掴みその動きを止める。
「ぐっ…この…!」
グルガが歯を食い縛る程に力を込めるが、アドレアは平然とした様子でそれを完璧に押さえ込んでいた。
そんな膠着状態が数秒続いた後、アドレアが口を開く。
「お前、さっき何発殴られようとって言ってたよな」
グルガの両拳と戦鎚を押さえるアドレアの手に力がどんどん込められていく。
自身の拳に加えられる圧力にグルガが顔を歪める。
「安心しろ、お前を殴ることはしねぇ」
次の瞬間、アドレアの拳の中から何かが砕ける鈍い音が響く。
「がぁぁぁぁぁああ!?」
グルガが激痛に悲鳴をあげ、膝を折る。
アドレアは握り潰したグルガの両拳を握ったまま、戦鎚の鉄製の柄を曲げて見せる。
「これで十分だろ」
そう言いながらアドレアは手を離す。
曲がった戦鎚が地面に転がり、解放されたグルガは武器と拳を潰された事により戦意を完全に失いその場に崩れ落ちる。
『決まったー!勝者アドレア!。呆気ない!しかしなんという強烈な決着!グルガ完全に戦意を喪失しております!』
フーバーの解説や観客の声に背を向け、アドレアは舞台の外へとさっさと出ていく。
舞台に続いていた細い一本道の入り口、アドレアがそこを通るとき、一本道の奥に一人の人間が立っているのに気が付いた。
「なんだ、次はお前の出番だったのか」
アドレアは足を止めること無く、声を掛けた人間の横をそのまま通りすぎる。
「ま、やり過ぎ無いようにな」
軽く手を上げながらアドレアは一本道から姿を消し、残された人物はゆっくりと舞台の方へと歩いていくのだった。
『さーて、速攻で終わってしまった第一戦ですが、どうやら第二戦の出場者の準備も同様に速攻で出来ているようです。興奮が落ち着く前に早速次に行きましょう!』
北側の入場口から一人の女が舞台内に姿を見せる。
『ここより西南、聖都の真南に位置するハルルより来た他称美人女剣士!Bランク冒険者!ナルム!』
ナルムと呼ばれた女性、それはライやグルガと共に予選第三グループから本選出場を決めたあの女性であった。
『相手を殺す事では無く、自身が生き残る事に主眼を置いたムラナガ流剣術の使い手であり、不利な状況から生き残る事を目的としたその剣術、中には魔法が使えない状況を想定した技も有るとか無いとか!魔法禁止の本大会においてどれ程の力を発揮するのか見物ですよー!』
「それが仕事だから仕方ないとはいえ、こっちの手の内を明かすような解説は止めて貰いたいものね」
ウンザリした様子でナルムが言う。
『また、昨年の大会で惜しくも準決勝で敗れてしまった”オークマラ”ことメイヘム選手とは同門であり、”オークマラ”の同門という事で”オーク――あ、すみません。流石に下ネタを連発し過ぎだと怒られてしまいました…自重します』
「た、助かったわ…」
先程までの不愉快そうな表情から一変、額から冷や汗を流し不名誉な名前を付けられなかった事にナルムが安堵のため息を吐く。
『えー…それでは対戦相手の方、どうぞー』
下ネタを封じられたのが辛いのか、何だか投げやりな様子でフーバーが言う。
そんなフーバーの態度など気にする事無く、南口から一人の少女が姿を現した。
長く後ろで纏められた金髪、鋭い瞳から大人びたような印象を受けるもまだ幼さの残る整った顔立ち、そして堂々と一歩ずつ舞台内へと歩みを進めるその姿に闘技場内の視線が釘付けになる。
「なぁおい、確かお前も予選見に行ってたよな…あんな子居たか?」
「見てねぇよ。見てたら記憶に残ってるはずさ」
「てことは予選に出てない、つまり予選抜きで出場した三人の内の一人?」
「ねぇあれって」
「言わなくても分ってるわよ。王都でも中々姿を見かけないっていうのに…まさか闘都で見る事が出来るなんて」
観客達が騒いでいる中、何とかテンションを持ち直したフーバーが少女の紹介を始める。
『あー…コホン、既に察している人も少なからず居るようですが、聞け!そして驚け!我が国のアドレアと肩を並べる数少ない人物!王都が誇るSランク冒険者【剣乱】のアリス・ブレイスだぁぁあ!!』
フーバーがそう叫び終わるや否や、アドレアと同等、もしくはそれ以上の大歓声が上がる。
『ブレイス家の長女にして、完璧に習得するのに数十年は要すると言われる魔法と剣を融合させたブレイス流剣術を僅か10年で修めたといわれる天才美少女!!血の成せる業か!はたまた努力の結晶なのか!?未だ全容が明らかになっていない実力の一端を垣間見る事が出来るのでしょうか!?』
「はぁ…良く喋る司会ね。こういうのが嫌だから書類には”アリス”とだけ書いたって言うのに」
未だ歓声を上げ続けている観客達を鬱陶しそうに睥睨しながらアリスが言う。
『足りない部分は私が勝手に補完しますからね!本当に正体を隠したいんだったら虚偽を織り交ぜないと駄目ですよー。まぁ虚偽を混ぜた所でポロっと正体漏らしちゃうかもしれませんが』
「屑ね」
フーバーに対しアリスが毒を吐くも、肝心のフーバーは気にした様子も無く進行を続ける。
『さぁさぁさぁ!皆さん盛り上がってる事ですし早速試合を始めて行きますよ!両者、準備は宜しいですか!?』
フーバーの声に両者が剣を鞘から抜く。
ナムルは抜いた剣を中段に構え、アリスは構えを取らず剣先を地面に向けていた。
『それでは第一回戦!二戦目!始めてください!!』
グルガ特攻から始まった荒々しい立ち上がりの一戦目とは違い、二戦目は両者睨みあった状態から始まった。
互いの出方を見るようにただじっと構えを変える事もせず、相手を観察する。
試合が始まってから十秒ほどそんな状態が続いた時、ナルムが口を開いた。
「ブレイス流剣術、前に一度使い手に会ったわ。アイツは完璧に修めた訳じゃないって言ってたけど、剣の一振りで幾多もの魔物をまるで紙切れのように切り裂いてた。正直、それと比べたら私の使ってるムラナガ流がちゃっちく思えたわ」
かつて見たブレイス流剣術の使い手を思い浮かべながら、ナルムが独り言を続ける。
「でもね、私はこの剣術を修めた事を後悔してない、むしろ誇りにすら思ってる。相手を殺すためではなく、自身を生かすための剣、例え総合的にブレイス流に劣っているとしてもムラナガ流にはムラナガ流の持ち味がある」
アリスの正面に立ち剣を中段に構えていたナルムが、横っ腹をアリスの方に向けるように身体をズラし、剣を地面に対し水平に構え直す。
「さっき司会が喋ってたようにムラナガ流には魔法無しでの戦闘を前提とした技がある。でも魔法と剣の融合体であるブレイス流にはそれが無い。例え武闘大会という限定的な状況でのみだとしても、私は”私の剣”で”貴女の剣”を超えて見せるわ!」
ナルムはそう宣言するや否や、アリスに向かって突撃する。
「魔法が使えなければ自分の剣の方が優れてる…って言いたいのかしらね」
突撃してくるナルムを睨みながらアリスがゆっくりと構える。
身体を横にズラし、剣を水平にしたその姿はナルムの構えと良く似ていた。
「っふ!」
ナルムが剣を突き出すと同時にそれに合わせるようにアリスも剣を突き出す。
両者の剣が交差し、一歩先に突き出したナルムの剣が先に届く――
――ガキンッ!!
だが、ナルムの剣はアリスを貫く前にその動きを止める。
「くっ…これは」
ナルムの突きに対し、カウンターのように突き出されたアリスの剣の鍔にナルムの剣先が、ナルムの剣の鍔にはアリスの剣先が差し込まれていた。
固定され、突き出す事も引く事も出来なくなったナルムはどうにか剣を引き抜こうと剣を持つ手に力を込める。
だが引っ掛けるように固定された剣同士を解くには至らず、ナルムが一瞬腕の力を抜いたその時
キンッ!
アリスが軽い動作で剣を払い、そして掬い上げるように剣を振り上げた。
腕の力を抜いた瞬間の出来事だったため、ナルムの手から剣が放れ、アリスが剣を振り上げた際に天高く舞い上がる。
ナルムの剣は宙を舞った後、ナルムの後方の地面へと落ちる。
「さて、魔法の無い私の剣と剣を失ったアンタの剣、どっちが上か試してみる?」
ナルムの首筋に剣を突きつけながらアリスが言う。
アリスの言葉にナルムが一瞬自分の背後に落ちた剣に視線を向けるもすぐにアリスの方へと向き直ると諦めたようにため息を吐く。
「………いや、私の負けよ。降参するわ」
ナルムがそう宣言するとアリスは剣を収め、それ以上無いかを言う事もなくナルムに背を向け入ってきた入場口へと戻って行く。
『決まったー!一戦目に続いてまたもや速攻!勝者アリス・ブレイス!!やはりSランク冒険者は格が違った!!』
一戦目、二戦目と連続してSランク冒険者が登場した事に興奮に湧く観客席、それはカレン達も例外では無かった。
「まさか【剣乱】まで出てるなんてね。こりゃ今年の大会は相当ヤバそうだね」
「ライ…ついてない…」
「ここまで来ると最後の三人目も気になってきますね」
「もしかしたらSランクが三人も…ねぇ、フィ――じゃないや、ダリアさんはどう思う…って」
ノーラがそう言いながら自身の隣に座っているフィアへと視線を向ける。
「あれ、居ない?」
しかし、そこには先程まで居たはずのフィアの姿は無かった。
アリスの家名が出て来ましたね。
アドレア以外のSランク冒険者は家名持ち立ったりします。
まぁそこら辺は話が進んだ時にでも。
ん?アドレアとアリスで入場の際の扱いが違わないかって?。
ほら、アドレアは基本目立ってるけどアリスあんまり目立たないし…今回くらい良いかなって思いまして…。