最高のおもてなし
区切りが微妙なため今回は短め…と思ったらそんな事は無かった。
次からはいよいよ武闘大会本選です。
ハルマンの案内で宿舎へとたどり着いたライとフィアは、現在自分達に用意された一室のベッドの上で身を投げ出し今日一日の出来事を振り返っていた。
「はぁ…まさか自分専用の宿舎だったなんて、だからハルマンさんはあんな事言ってたのか」
ライ専用の宿舎であるのなら屋敷で働く使用人、つまり大会側が用意した人間以外の目も無いだろうし、確かに顔を隠す必要は一切ない。
そのためライは屋敷内では変装を解き、普段通りの姿で過ごしていた。
フィアについては大きくなったり小さくなったりするのを知らない人間に見せる訳にもいかないためダリアのまま過ごしている。
変装云々の話をした時のハルマンの反応を思い返しながらライがそんな事を呟くと、その呟きに反応してかフィアがライに話しかける。
「それにしても出場者一人一人に屋敷を用意してるなんて、随分と豪勢だね」
「そうだね、でも出場者同士を一か所に集めるというのも諍いの元になるだけだろうし、個別の宿舎を用意するってのは当然と言えば当然なのかな…?まぁ、流石にこんな豪華な屋敷一つってのは予想外だったけど」
「屋敷もそうだけど、ここで働く使用人の人達の対応も凄いね。宿屋の従業員とは全然違うし、一流って感じがしたよ」
フィアの言葉にライは力強く頷いて見せる。
屋敷に辿り着いたのが丁度半日前、昼前の事だったがそんな短い時間でライはここが”人を駄目にする屋敷”と呼ばれる所以を理解した。
最初ライは一般的な市民が想像する貴族の生活、使用人が様々な雑事や身の回りの世話をし、自分自身は何もしなくて良いというような物を想像していた。
その想像の通り、屋敷に到着した当初はここまで歩いて来たライ達の疲れを癒すために、荷物を部屋まで運んでくれたり、汗を流すための湯浴みの準備や昼食の用意など歓迎の限りを尽くされた。
ここまではライの想像通りだったのだが、それだけでは無いという事をライはすぐに知る事となった。
それは昼食を終え、手持無沙汰になったライが装備の点検でもしようと思い立った時だった。
自分に割り当てられた部屋とはいえ、取り揃えられた家具はどれも素人目に見ても高級品ばかりであり、そんな中で整備用の油や薄汚れた布などを広げる気にはなれず、ライは何処か装備の点検が出来る場所は無いかと使用人に尋ねた。
使用人は当初、やはりというか装備の点検なら職人を呼びますがとライに提案したが、自身の命を預ける装備は自分の手で点検したいというのがライの気持ちでありその提案は丁寧に断り、点検するための場所を提供して欲しいと言った。
それに対し使用人は何処でやって貰っても構わないと答えたが、いくら構わないと言われても万が一家具や調度品に汚れや傷でも付いたらと考えるととてもじゃないが装備の点検なんて出来る気がしない。
そんなライの考えを表情から読み取ったのか、使用人はライの個室に装備の点検用のスペースを作ると提案してきた。
それならば良いかとライがその提案に乗ると、使用人は見事な手際で瞬く間にライの部屋の中に点検用の作業机や道具の類を揃えて見せた。
それもただ揃えただけではなく、設置された作業机、道具の類の全てが一級品の品質を誇っていたが、ライが一番有難いと感じたのはそのどれもが使い込まれた品々だった事だ。
使用人達にも使用人として矜持がある。
中途半端は許されないし、提供するならば最高の物をと考えるのは当然の事だろう。
それ故に取り扱う品々は一級品の物ばかりになるのは仕方のない事であった。
ライが使っている装備は御世辞にも高級品とは呼べないような物ばかりであり、使用人達が用意した一級品の整備用品の方が遥かに値が張るだろう。
もしそんな品々を使って自身の装備を点検しようと言うなら、例えるならばそれは一級のシェフが用意した極上のステーキソースを干し肉に使うような行為であり、小心者のライにはとてもじゃ無いがそんな事出来るはずもない。
しかし、ライのためにと用意されたそれら全ては間違いなく一級品の品々ではあったが、その全てが良く使い込まれていた。
使い込まれていると言っても決して薄汚れているという訳ではなく、作業机、油、布、鑢、そのどれもが何時でも万全に使えるような状態で用意されており、整備用品自体も良く整備されている事が伺えた。
賓客に使い古しの物を使わせるとは何事だと怒る人間も居るだろうが、新品を用意されるよりはよっぽど良いとライは喜んでこれらの道具を使わせて貰う事にした。
良く使い込まれていただけに、それらの品々は人の手に良く馴染んでおり、心地の良いその使用感にライは満足げに頷きながら思う存分自分の納得がいくまで装備の点検をした。
装備の点検を終え、ついでに使わせてもらった物も点検したライは剣の訓練でもしようと中庭に出た。
訓練を始めて数時間、後一時間も経たず陽が落ちるという頃、汗を吸った衣服が身体に纏わりつきその間隔にライが顔を顰めながらエクレールを収める。
「ライ様」
それと同時に背後からライを呼ぶ声がし、ライはその方向に振り返る。
そこには一人の使用人が立っていた。
「こちらをどうぞ」
そう言いながら使用人は盆に乗せたタオルと水の入ったコップをライに差し出す。
「あ、ありがとうございます」
「ご入浴の準備もしておりますので宜しければお使いください。それとご夕食ですが、ライ様がご入浴を終えた後に召し上がられますか?」
「えっと、じゃあそれでお願いします」
「かしこまりました。それではご入浴が終わりましたらお部屋の方でお待ちください」
使用人はそう言うと、飲み終えたコップとタオルを回収しライの前から姿を消す。
そのあっさりとした引き際にライは首を傾げる。
というのもライはてっきり使用人に取り囲まれ汗を拭かれ、剣などは使用人が部屋に運び、ライはそのまま大浴場まで連れていかれるとばかり思っていたからだ。
事実、お昼に屋敷を訪れた時はそうだったし、女性の使用人に身体まで洗われた。
流石に”そういった目的”でもないため使用人達は裸という訳ではなかったが、それでも他人に、しかも異性に身体を洗われるという経験はライの人生の中で一度もなく、正直言って勘弁して欲しいとライは思っていたが、使用人には使用人の仕事があるため強くそれを否定する事も出来ず、ライはそれを黙って受け入れたのだ。
「また身体洗われるのかなぁ…」
特訓の疲れもあってか、ライはげんなりとした表情を浮かべながら一度部屋に戻り剣を置き、着替えを取り大浴場へと向かう。
しかしライの予想に反してそこには使用人の姿は無く、ライはこれまた不思議そうに首を傾げる。
自分で服を脱ぎ、自分で身体を洗い、浴槽にゆったりと浸かる。
他人の目も無いため、足を思いっきり延ばし、だらしなく声を漏らしながらライは心体共に気兼ねなく疲れを癒していく。
「あぁぁ…きもちぃぃ…」
貸し切り状態の大浴場にライの声が響き渡る。
反響する自分の声に耳を傾け、それすらも心地よく感じながらライは一日の疲れを癒すのだった。
入浴を終え、身も心もサッパリしたライが部屋に向かうと、丁度ライの部屋から使用人が出てくる所だった。
使用人は扉の向こうに一礼した後、ライの存在に気が付いたのか同じようにライにも一礼する。
何か自分に用でもあったのだろうかとライが急ぎ足で部屋の前まで行く。
ふと何気なくライが部屋の中を覗き見るといつの間にか用意されたのか、部屋の中央には大きなテーブルと二つの椅子が配置されており、そのテーブルの上には所狭しと豪華な料理が並べられていた。
「丁度御食事の準備が整いましたので、どうぞご堪能下さい」
使用人はそう告げると静かにその場から立ち去って行く。
その背中を唖然とした表情で見送った後、ライは部屋の中へと入り扉を閉める。
ライが部屋の中に入るとベッドに腰掛けていたフィアが立ち上がり、中央に配置されたテーブルに歩み寄る。
「さっき運んできたばっかりだからまだ暖かいよ。冷めないうちに食べよ」
「あー…うん」
フィアにそう促され、ライは席に着く。
「えっと、じゃあ食べようか」
目の前に並べられた食事にライがおずおずと手を伸ばし、食事を始める。
(なんか、お昼と比べて対応が違うような…)
昼食の時は大食堂で沢山の使用人に囲まれながらコースのように料理を順番に出されていたのだが、何故か今は部屋でフィアと二人きり、コースではなく既に料理が全て出揃っている。
(なんか最初は纏わりつくように居た使用人の人達も居なくなったし、気楽で良いって言えば良いんだけど)
突然の対応の変化を疑問に思いながら、ライは自分の手元にあったソースを料理に掛ける。
その時、ふと何かに気が付いたのかフィアが口を開いた。
「そのソース、ライ好みにしてあるみたいだね」
「え?」
「ほら、私のより色が濃い。ライって味が濃い方が好きでしょ?」
フィアの言葉にライは自分の料理に掛かっているソースとフィアの目の前にある料理に掛かっているソースを見比べる。
ソースだけではない、二人の前に並べられている料理は全く同じ物だが、良く見るとライの方が全体的に色が濃く、フィアの方は淡い色合いをしていた。
「本当だ。でも濃い味が好きだなんて一言も言った記憶は無いんだけどな…」
料理についてライが言及する機会があったとすれば昼食の時くらいだろうが、多数の使用人に見られながらコース料理を食べるなんて不慣れな事をしていたライに料理の味についてどうこう言う余裕はない。
そもそもそんな余裕があったとしても、ライは他人が作った料理に対して意見を言えるような人間でもない。
何故好みが分かったのだろうかとライが不思議に思っているとフィアがその疑問に答える。
「多分、ライの食べ方を見て判断したんじゃないかな。ほら、ライって料理に十分ソースが付いててもお皿に溢れてるソースも絡めてから食べるでしょ?」
「あー、確かに…逆にフィアはソースとか全然掛けないよね。だからフィアの料理は俺のと比べて薄味っぽいのかな」
テーブルに並べられた様々な食事を見比べながら、ライはさり気ない使用人達の気遣いに感謝するのと同時に、その観察力に関心する。
「あ、もしかしたら」
ライはとある事に思い至る。
使用人達の態度の変化も、夕食が自室でフィアと二人っきりになったのも、この料理と同じ事なのではないかとライは考えた。
この屋敷に来た当初、正直言ってライは使用人に全てを世話されるという状況に辟易していた。
何処に行っても使用人の目があったし、何をしようにも使用人が全てをこなしてしまう。
それが使用人の仕事だとは分かっていても、他人を使うという事に慣れていないライにはその事が非常に申し訳なく感じてしまっていた。
だが、そう感じていたのも最初だけであり途中からそんな風に思う事は一切なくなっていた。
それはライの周囲を常に付きまとっていた使用人達が現在は一定の距離を置いているからだ。
ライの本当に求めている事を察知し、必要な時にのみ顔を見せる。
他人を使う事に躊躇いのあるライの心情を察知、またそこからライの性格を判断し、わざと使い込まれた整備用品を用意したり、訓練を終えたライが必要とするであろう物を事前に準備しライが使用人に頼むという行為をしなくて済むように配慮した。
ただ漫然と使用人としての仕事をこなし、全てを自分達で完結させるのではない。
対象が真に望むを察知し、それを提供する。
それが例え手間と思われる行為であっても、使用人がやった方が良かったとしても、対象がやりたいと思ったのならそれを尊重し、それを何より優先する。
ここは”何もしなくても良い場所”ではない、”何をしても良い場所”だったのだ。
自分のやりたい事をやり、やりたいくない事、出来ない事は使用人が請け負う。
使用人にして欲しくない事は使用人は決してしないし、気を使う必要など一切ない。
屋敷に到着してからライが装備の点検をするまでの極短い時間、その間に使用人達はライの性格を理解し、ライが望む物を的確に把握したのだ。
全てはライが心置きなくこの屋敷で過ごせるように。
ライはここに来て、この屋敷が”人を駄目にする屋敷”と言わる所以を理解したのだった。
気が付いたら第四章だけで30話近く書いてますね…。
当初は第三章でさえ若干長くなったなとか思ってたのにどうしてこうなった。
まぁ執筆中に書きたい事どんどん増えて行ってそれを全部書いてた結果なんですけどね。
はい、次章からは自重する努力をします。(出来るとは言っていない)