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フィアの変身

何とか日曜日に投稿間に合いました。

仕事が落ち着くのは一体何時になるのやら…。

予選を終えた翌日、ヴァーロンの北区にある高級住宅街、貴族の屋敷が立ち並ぶ一画に二人の人間の姿があった。


一人は全身をすっぽりと覆い隠すような外套に身を包み、頭を覆い付く仮面を着けた不審人物――ライであった。


「お屋敷だらけだね。こう目印らしい物が無いと迷いそうだなぁ」


手元にある紙切れを睨みながらライがそう呟く。


「大丈夫だよ。迷いそうになったら私がちゃんと連れて行ってあげるから」


ライのすぐ隣からそんな声が聞こえてくる。


ライの隣にはおよそ二十代半ば、膝にまで届きそうなほどの長い茶髪に蒼瞳、深緑の服に身を包んだ非常に容姿の端麗な女性が立っていた。


「あぁ…うん、ありがとう…ございます」


微笑みながらそう告げる女性の姿にライは心臓が高鳴るのを感じていた。


「どうかしたの?」


そんなライの変化に気が付いたのだろう、女性が身体を屈めライの顔を覗き込むような体勢を取る。

前屈みの体勢からライを見上げるようとしたために、服の襟元から豊かに育った胸が――


「な、何でもないよ!?」


ライが慌てた様子で空を見上げ視線を切る。

気をつけの姿勢で空を見上げるライの姿に女性が首を傾げる。


「そんなに慌てて何でもない事は無いでしょ?」

「うっ…いや、そのですね」


空を見上げたながらもチラチラとライが視線を下に向け女性の様子を窺う。

相変わらず女性は前屈みの体勢のままであり、空を見上げているため良くは見えないがそのまま視線をさらに下に落とせば豊かに育った双丘を拝む事が出来るであろう。


見たいという本能と見ては駄目だという理性の狭間でライの感情が激しく揺さぶられる中、そんな邪念を振り払うようにライが叫ぶ。


「と、とにかく大丈夫だから!お願いだから元の体勢に戻ってよ!”フィア”!」

「むぅ…一体何なの?それに今はフィアじゃないでしょ」

「あぁそうだった、頼むよ”ダリア”」

「はぁ…しょうがないね」


少し不満気な様子ながらも、女性――ダリアはライの言う通り身体を起こしライの前に立つ。

ダリアが直立状態に戻った事を目の端で確認し、ライもようやく視線を戻す。


「危ない…もう少しで誘惑に負けそうになる所だった…」

「誘惑?」

「なんでもないよ」


ライの言葉の意味が分からないと不思議そうな顔をするダリアの顔を見つめながら、ライは今朝の事を思い出していた。








事の発端は今朝、ライが宿舎についてエリオ達に話した事だった。


「――という訳で、自分とフィアは出場者用の宿舎に移ろうと思います。元々エリオさん達の使う予定だった部屋を使わせて貰ってましたし」


ライとフィアに割り当てられていた一室でライが荷物をまとめながらそんな事を言う。


「別にそんな気にするような事じゃないと思うんだけどなぁー」

「ノーラの言う通り、ライさんが宜しければ闘都に居る間は使って貰っても構わなかったのですが…」


エリオの申し出にライは苦笑いを浮かべながらも答える。


「ありがとうございます。でも流石に宿代まで出して貰うというのも正直申し訳なくて、丁度良い機会だったと思います」

「そうですか?。まぁライさんが決めた事ですし私達がとやかく言う事ではありませんでしたね、失礼しました」

「そんな、エリオさんが謝る必要なんて無いですよ。迷惑を掛けていたのは自分ですし…そうだ!宿舎何ですけど、エリオさん達も一緒にどうですか?」

「私達もですか?」


ライの提案にエリオが驚いたような顔をする。


「えぇ、運営の人に聞いたら出場者の関係者でも使えるようですし、何やら他の出場者の人の様子を見てると普通の宿なんかよりもよっぽど良いみたいですしね」


宿舎の話題が出た時のあの二人の喜びようを思い出しながらライが言う。

だがエリオ達の様子はライが予想していたものとは全く異なる物だった。


「うーん、出場者用の宿舎ですか」


芳しくないその様子にライが首を傾げる。

もしかしたらまた自分が知らないだけで宿舎にも何かあるのではないかとライが不安に感じ始める。


「折角のお誘いですが遠慮させて貰います」

「宿舎に何か気になる事でも…?」

「気に有る事があるかと聞かれたらねぇ」

「気になる事は…有る」

「有りますね」

「有るねー、めっちゃ有る」


エリオ達のその様子に増々ライが不安を募らせているとそれを感じ取ったのかカレンが慌てた様子で説明する。


「あぁ、別にライが心配するような事なんて何もありゃしないよ。私達が気になるって言ってるのは悪い意味じゃなくて良い意味で言ってんだよ」

「良い意味ですか?」

「そうさ、武闘大会の出場者用の宿舎といえば豪華絢爛、下手な貴族の屋敷なんかよりもずっと上等だって噂なんだ」

「通称…人を駄目にする屋敷」

「人を駄目にする屋敷って」


微妙な表情を浮かべながらライがその言葉を呟く。


「実際、毎年何人かは大会期間が終わった後も宿舎に残りたいと駄々をこねて、強制的に闘都から叩き出されてるそうだよ」

「武闘大会の出場した動機の中に”宿舎に泊まりたいから”なんて人も居るそうですからね」

「それは何というか…凄いですね」


一体どんな宿舎なのだろうかとライが想像しようとするも、生まれてこの方そういった機会に恵まれた事も無いライには何一つ想像する事が出来なかった。


「あれ?でもそんなに凄いのなら何で皆さんは遠慮するんですか?。別に自分に気を使わなくても良いんですよ」

「気を使ってる訳では無いんですよ。私も出来れば一度は体験してみたいのですが…ただ」


少し言い淀みながらエリオがチラリと傍に立つ自分の妻達の顔を盗み見る。


「子供達はまだ物の分別もつかないんだ。子供の頃にそんな贅沢覚えたらロクな大人になりゃしないよ」

「教育に…悪い」

「ずっとここに居たいと駄々をこねられても困りますからね」

「という訳で、私達としても非常に残念なんだけど、今回はお兄さんとフィアちゃんだけで行って来てよ」

「そういう事なら…分かりました。それじゃあ俺達は行きますね」


ライはまとめた荷物を背負うとフィアと共に部屋を出ようとする。


「あ、お兄さんちょっと待った!」

「え?何かまだ――って、なに人の鞄漁ってるんですか!?」

「良いから良いから、じっとしてて」


ノーラはそう言いながらライの背負った鞄の中に手を突っ込み、中から一つの品を取り出し――


「はい、忘れ物」


ライの頭にあの奇妙な魔形を被せた。


「え…あの」

「今から出場者用の宿舎に行くってのに、素顔のままじゃまずいでしょ?」

「た、確かに」


ノーラの言う事に間違いは無いのだが、何故かノーラが言っているというだけでライは釈然としない気持ちになる。

そんなライを他所にノーラは怪しげな笑みを浮かべ次の標的へと向かう。


「そんじゃ次はフィアちゃんだ!」

「え?私?」


今まで沈黙を貫いていたフィアにノーラがにじり寄る。


「だってフィアちゃんもお兄さんと一緒に行くんでしょ?。お兄さんだけ変装してもフィアちゃんがそのままだったら意味ないじゃん!」

「確かに…フィアは容姿も整ってて印象に残りやすいからね。ライが変装してもフィアとセットで覚えられてたら意味が無い」

「カレンの言う通り!って事で――おめかしの時間だー!」


そう言いながらノーラがフィア目がけて飛び掛かる。

ノーラの指先がフィアに触れそうになった瞬間、フィアの姿が消え標的を見失ったノーラが顔面からベッドに突っ込む。


「へぶっ!?」

「ノーラさん、大丈夫ですか?」

「へ、平気ー」


顔から突っ込んだために首でも痛めたのか、しきりに首をさすりながらノーラがよろよろと起き上がる。


「もーフィアちゃん避けないでよぉー。折角私がおめかししてあげようとしてるのに」

「急に飛びかかってきたら普通避けるよ」


フィアがジト目でノーラを睨みながら言う。


「そんなつれない事言わないでよ。それよりもさぁさぁお着換えの時間だよ!」


フィアの素っ気なくされてまるでめげる様子を見せず、興奮した様子で鼻息荒くノーラがフィアににじり寄る。

というのも以前フィアの防具をノーラが見繕ってからというもの、ノーラは事あるごとにフィアに絡み色々な服を着せようとした。

しかしあの時は防具が必要だからと黙って受け入れただけであり、必要もないのにノーラの着せ替えに付き合う気などさらさら無く、今日に至るまで拒否し続けていたのだ。


「ふふふ…もう必要が無いなんて言わせないよぉ…さぁ観念してお姉さんに身を任せなさい」

「確かに、ライが変装するなら私も姿を変える必要があるね」

「でしょー、だからほら私に――」


ノーラがそこまで言いかけたその時、突然フィアの身体が淡く光始める。

突然の事態に誰も反応する事が出来ずにいる中、フィアの身体に変化が訪れた。


手が、足が、ライの胸のあたりまでしか無かった身長がライよりも少し低いくらいにまで伸び、腰まであった髪も膝上まで伸びていた。

なだらかな曲線を描いていた胸部は大きく膨らみ、十代後半だったはずの容姿は今や二十代半ばの立派な女性へと変貌した。


「こんなものかな?」


変化し終えた自身の身体を見下ろしながらフィアが呟く。

誰もが大口を上げて唖然としてる中、いち早く復帰したライが尋ねる。


「フィ、フィア…?」

「ん?どうしたの?」

「いや、どうしたじゃないよ!いきなり姿が変わるからビックリしたんだよ!」


ライのその言葉に唖然としていた他の面々も動き出す。


「え、あ?変わった?フィアの見た目が変わったー!?」

「なにこれ…魔法…?」

「あらあら、私とした事が夢でも見ているのでしょうか」

「フィアちゃんが…私よりも色々と小さかったフィアちゃんが…私よりも色々と大きなボンキュッボンのお姉さんに…」

「ははは…幻覚かな?。昨日は夜遅くまで精を出してたから寝不足なのかな」

「お姉ちゃんがお姉ちゃんになったー!?」

「おっきー!」

「フィーも…大きくなりたい」


混沌を極める室内でフィアが何をしたのか何となく察していたライだけは比較的落ち着いていた。


「フィア、お願いだからいきなりそういう事をやるのは止めてくれ。エリオさん達大混乱してるじゃないか」

「別にこんなの大した事じゃないよ。人だって魔法で姿形を偽装したりするんでしょう?」


何のことは無いといった様子で言い放つフィアに、落ち着きを取り戻し始めた面々が反応する。


「普通、魔法での偽装と言えば幻覚の類を言うんだよ。本当に姿形が変わる訳じゃない」

「フィアのは幻覚じゃなく本当に変わった…だから驚いた」

「夢…では無いのですね。魔法の類なのでしょうけど見た事も聞いた事も無いですね」

「フィアちゃんって言うよりも、これじゃあもうフィアさんだよぉ…」

「欲求不満で幻覚を見るなんて、昨日あんなにもカレンに精を出したのに…まだ出したりなかっ――あいたっ!?」

「アンタも早く正気に戻りな!」


まだ半分混乱していたエリオの頭を顔を赤くしたカレンがぶん殴って正気に戻す。


「ったく…しかしまぁ何をどうやったかはともかく、それなら変装?変身?まぁどっちでも良いけど正体を隠すという意味では十分だろ」

「髪型や服装を変えるならまだしも、骨格から変わってますから普通に考えて同一人物だとは思いませんよね」

「んーそれでもフィアちゃんの頃の特徴は残ってるから、親類には思われるんじゃない?」

「そこからライを連想する可能性も…無くは無い」

「それ以上考えるのは止めときな。私らが納得するまであーだーこーだ言い合ってたら日が暮れちまうよ」


昨日の今日で学んだのだろう、そう言ってカレンがライラとノーラを止める。


「分かってるよぉ…フィアちゃんのおめかしは諦めるけどさ、ただ――」


そこで一旦言葉を区切るとノーラはライの方を見て続ける。


「お兄さんも含めてそうだけど、名前はどうするの?。そのままライ、フィアってお互い呼び合う訳にも行かないでしょ?」

「…あー」


昨夜の書類での騒動を思い出したのか、ライが現実逃避するように天井を見上げながら気の抜けた返事を返す。


「ノーラ、アンタまた馬鹿騒ぎするつもりかい?」

「ちょ、拳鳴らしながらにじり寄らないでよ!?。そんなつもりは無いし、大体騒いでたのは私だけじゃないでしょ!?」

「元々は子守をサボって抜け出したノーラが元凶…大人しく殴られる」

「ライラまで!?」


拳を慣らすカレンに杖を振り上げたライラの二人にノーラは壁際まで追いつめられる。

そんな三人を尻目にフローリカがライとフィアに話しかける。


「私達で考えると中々決まりませんし、申し訳ありませんがここはライさんとフィアさんで決めてください」

「は、はぁ…呼び名ですか」


そう言いながらライがチラリと横に立つフィアを見る。

いきなり呼び名を考えろと言われてもそうポンポン思いつくものでもない。

大体ライは昨夜自分の偽名一つ捻り出す事にもあれだけ時間を掛けた挙句結局決められなかったのだ。


どうしたものかとライが頭を捻っているとフィアが口を開く。


「それなら私が両方とも決めて良いかな?」

「それって、俺とフィアの呼び名の両方をフィアが決めるって事?」

「うん、ライが良ければだけど」

「全然構わないし、むしろ助かるよ」


ライは安堵すると同時に、ふとフィアが付ける名前とは一体どんな物だろうと考える。

今までフィア自身が何かに名前を付けた所など見た事が無いし、以前魔動地帯を何と呼んでいるのかと聞いた時の反応を考えるに名前という物にフィアは頓着していないように思えた。


そんなフィアが自ら名前を付けると言い出したのだ。

不安を覚えるライの前でフィアが自身を指差しながらゆっくりと告げる。


「”ダリア”」


そして次にライの方を指差し――


「”リンドウ”」


そう名前を告げる。


(予想してたよりもまともな名前だった…)


フィアの口から出たその名前にライは安堵する。


「リンドウはちょっと人名っぽくないからリンって呼ぼうか」

「あぁうん、呼び方はフィアに任せるよ」

「フィアじゃなくてダリア、この姿の時はそう呼んでくれなきゃ駄目だよリン」


いたずらっ子のような笑みを浮かべながらダリアが言う。

子供のような笑みの中に女性としての色香も内包したかのような笑みにリンはドギマギしながらもダリアに質問する。


「わ、分かった…所でフィ――ダリア」

「何?」

「この名前に何か意味は有るのかな?」


照れ隠しのつもりで放った何の変哲もない質問、リンのその問いにダリアは顎に手を当て考えるような素振りを見せた後――


「――秘密」


そう、微笑んで見せた。

エリオ一家の名前は適当に決めたせいか、ライも含めてやたらと「ラ」が名前に含まれてて混乱する今日この頃です。


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