偽りのプロフィール その2
遅れて申し訳ございません!。
例の如く仕事に忙殺されて一週間の間が空いてしまいました。
長期連休や仕事の負荷が減った時にでも遅れた分の投稿はするつもりです。
その日の夜、ライは宿屋の部屋に備え付けられていた机に向かい書類と睨みあっていた。
ライが書類と睨みあいを始めてから既に十分以上経過していたが、書類は受け取った時から変わらず白紙のままであった。
「うーん、名前かぁ…。いざ考えようとすると中々思い浮かばないもんだな」
「ライ、まだ悩んでるの?」
ライの背後でベッドに横になっていたフィアが、ベッドに横になったまま身体の向きだけを変えてライの方を見る。
「偽名にしようと思うんだけど、全然頭に浮かんで来なくてね」
「別にそんな難しく考える必要も無いんじゃない?。どうせ今回限りの名前なんだし、全然思いつかないっていうなら知り合いの名前を使うとかでも良いんじゃないかな」
「知り合いの名前か…」
その言葉にライは考える素振りを見せる。
「タッチャンとか?」
「なんでその名前を選んだかは知らないけど、それ本人の耳に入ったら絶対に怒られると思うよ」
「駄目かなぁ…あの魔形の見た目に合ってると思ったんだけど」
再び頭を捻りながらライが悩んでいると、ふとライのすぐ傍から声がする。
「密林戦士ジャングォとかどうかな?」
「うわっ!?って、ノーラさん!?」
驚いたライのすぐ脇に机の下から顔を半分だけだし、机の上の書類を覗き込むノーラの姿があった。
「やっほーお兄さん、遊びに来たよ」
「遊びにって…それに何ですかその密林戦士って」
「やだなーお兄さんのリングネームに決まってるじゃないか」
「勝手に決めないでください!嫌ですからねそんな名前!」
「えーお兄さんにはピッタリだと思ったんだけどなぁ」
ライとノーラが騒いでいると部屋のドアがノックされ、カレン、ライラ、フローリカの三人が顔をのぞかせる。
「用を足しに行ってから全然戻らないと思ったら、やっぱりここに居たかい」
「ノーラ…今夜の子守の当番は貴女…サボったら駄目…」
「何時もサボってるライラちゃんにだけは言われたくないでしょうね」
「子守はサボってない…サボるのは肉体労働だけ…」
「そもそもサボるなって話だよ。ほらノーラ、さっさと戻るよ」
そう言ってカレンはノーラに歩み寄ると襟首を掴み引き摺って行こうとする。
「わー!待って待って!私はお兄さんが悩んでるみたいだったから手伝いに来ただけなんだって!」
「あぁん?手伝いぃ?」
ライが向かい合っている机の上に置かれた書類にカレンが視線を落とす。
「あぁ、昼間言ってた書類かい…って、なんだまだ名前すら決まってないじゃないか」
「あはは、中々思い浮かばなくて」
恥ずかしそうに頭を掻くライの姿にカレンは小さくため息を吐く。
「しょうがないねぇ…よし、ここは私らで考えてやろうじゃないか」
「名前…フィーを産んで以来だから楽しみ…」
「ふふふ、ここはライさんにピッタリの名前を考えませんとね」
いつの間にやら扉の側に立っていたはずの二人もライのすぐ側に移動しており、五人で白紙の書類を見ながら何を記入するかを話し合う。
「やっぱり男らしい名前が良いんじゃないかい、アレキサンダーとか!」
「確かに男らしいですけど、ちょっとこの魔形の面構えには似合わないですね」
「アイリス…四人目が産まれたら付けようと思ってる名前…意味は希望」
「凄く良い名前だと思いますけど、どう考えても女性の名前ですし、あと自分がここでその名前を使うのは産まれてくる子に申し訳ないです」
「それではガロットなんてどうでしょう?私好きなんですよ」
「その名前には一体どういう意味が――いえ、やっぱり良いです。何となく察しました」
「やっぱりジャングォだよ!密林戦士!」
「ノーラさんのその謎の密林戦士推しは一体何なんですか」
「ぶー!お兄さん文句言い過ぎ!嫌ならお兄さんも考えてよ」
文句を言うだけで意見を言わないライに対しノーラが頬を膨らませながら言う。
「考えてと言われましても、思いつかないから悩んでる訳で」
「その時限りとはいえ、やっぱり名乗るなら自分が気に入った名前が良いですしね」
「そうだね…でもライが気に入る名前が分からない…」
「んーじゃあアレだ、先に他の項目を埋めていくのはどうだい?。経歴や特徴を書いて、それに合った名前を考えればすんなり決まるんじゃないかい?」
「そうですね、何時までも悩んでても決まりそうにないですし、とりあえず他を埋めていきましょうか」
名前は一旦置いて、ライは職業の項目にペン先を合わせる。
「職業は無難に冒険者で良いか」
「まぁ大会出場者は冒険者が多いからね。そこまで偽る意味は無いだろう」
「となると次はランクですね。ここも普通に――」
「ちょっと待った!」
ランクを書き込もうとしたライをカレンが止める。
「ライ、アンタ今なんて書こうとしてた?」
「え?普通にCランクって書こうとしましたけど」
「馬鹿かいアンタ、武闘大会に出場するような人間は殆どがAランクやBランクの実力者ばかりなんだ。Cランクなんて書いたら悪目立ちしちまうよ」
「見た目の時点でもうこれ以上無いってくらい悪目立ちしてると思うんですけど…まぁでも目立つような事は可能な限り避けたいですしね」
「いっそSランクって書いても良いかも…」
「それはCランクと書く以上に色々とまずい気がします」
「Sが駄目ならMはどうでしょう?」
「Mってなんですか!?そんなランク存在しませんよ!」
「じゃあ間を取って戦士長にしようよ!」
「何処の間を取ったら戦士長なんて言葉が出てくるんですか。もはやランクじゃなくてただの役職ですよそれ」
意見がまとまらず、とりあえずはランクの部分は空白のままに次の項目に移る。
「得意とする武器か。これは普通に――」
「ハルバード!」
「杖」
「拷問具ですね」
「一族の誇り」
「皆さんの得意武器は聞いてないです!というか最後なんか可笑しくなかったですか!?」
ツッコミを入れるライにノーラがキョトンとした表情で答える。
「一族の誇りだって戦士の立派な武器なんだよ?」
「知りませんよそんなの!ノーラさんはいい加減そっち方向から離れてください!」
ライはそう言いながら、得意武器の欄に剣と殴り書き次に進む。
「えーっと、大会に参加した動機か。強いていうなら腕試しになるんですけど」
「それじゃあちょっと面白味に欠けるねぇ。”俺より強い奴に会いに来た”とかどうだい?」
「なんで面白さを求めてるんですか。まぁ腕試しって書くよりかは確かに面白味はあるかもしれませんが」
「でもそれだとちょっと挑発的…相手によっては喧嘩を売ってると受け取られるかも…」
「確かに、何粋がってるんだコイツって思われそうですね…。あまり挑発的な物言いは避けるべきか」
「いいえ、むしろもっと過激にして”コイツとは関わりたくない”って思わせるのも私は一つの手だと思いますよ」
「というと?」
フローリカの言葉にライがそう聞き返す。
何時ものように柔和な笑みを浮かべていたフローリカだったが、ライがそう尋ねた瞬間その表情を豹変させる。
瞳からは光が失われ、口元は三日月のように歪み心ここに在らずと言った様子で呪詛のように言葉を漏らし始める。
「私は×××するのが大好きで武闘大会には対戦相手を×××しに来ました。相手が×××されて×××してる姿に凄く加虐心がそそられて、それを見たくて見たくて衝動を抑えられなくて仕方が無く――とかどうでしょう?」
「どうでしょうって…あの、俺に対してどんな回答を求めてるかは分かりませんけど、ただ一つ間違いないのはそんな事言い出した瞬間大会出場を止められるという事だけです」
「あら…私とした事がうっかりしてました。そういえば闘都の武闘大会では殺しは推奨していないのでしたね」
「その言い方がだとまるで殺しを推奨してる大会があるみたいな――いえ、何でも無いです」
笑みを深めたフローリカを見て、ライが発言を取りやめる。
これ以上フローリカの闇に触れてもロクな事にはならないと直感的に理解したためだ。
「ふふーん、しょうがないなぁ…ここはこの私がお兄さんも気に入るとびっきりの――」
「ノーラさんはちょっと静かにしててください」
「なんで!?」
「どうせまた密林戦士がどうだとか言い出すんでしょう?これ以上印象が悪くなる要素は要らないです」
「どこに悪い要素があるっていうのさ!密林戦士なんて好印象しかないでしょ!?」
「それで好印象に感じるのはノーラさんだけですよ。普通の人からしたら悪ふざけにしか思えません」
本気で驚いたような表情をするノーラに対し、ライが呆れたように言う。
それからも同じようなやり取りを幾度となく繰り返しながら書類の最後の項目まで一通り見終え、全員が難しい顔で書類を見つめる。
「殆ど決まらないまま終わっちまったね」
「むぅ…嘘を書くというのも意外と難しい」
「拷問の類が禁止となると一気に書く事が無くなりますね…」
「うぅー…密林戦士ぃ…」
既に時刻もかなり経っており、ベッドの上で横になりながら5人の様子を見ていたフィアも既に毛布にくるまり眠りについて居た。
「だぁぁぁもう!まどろっこしい!こんなの勢いでさっさと書き込んじまえば良いんだよ!どうせ大会が終わったらもう関係ないんだ!喧嘩吹っ掛けられても速攻で逃げりゃ良いだけだろう!」
何も決まらない現状に苛立っていたカレンがそう言いながらライからペンをひったくると書類を猛烈な勢いで書き込んで行く。
「あー!カレンずるい!私も書く!」
「私も…」
「ふふふ、仲間外れは良くないですよ。私も混ぜてください」
書類に好き勝手文字を書き始めた四人をライが慌てて止めに入る。
「ちょっとそれ大会運営に提出する書類なんですよ!?滅茶苦茶しないでください!!」
「うっさいよ!大体アンタがあーだーこーだ文句言って全然決めないが悪いんだろ!」
「そーだそーだ!何書かれたってお兄さんの自業自得だよー!」
「その理屈は可笑しくないですか!?って、ライラさん欄外に何描いてるんですか!?。うわ!?フローリカさんもどっから出したんですかその赤いインク!?」
「ライの似顔絵」
「黒一色では見栄えが悪いと思いまして…アクセントを」
「素顔隠してるのに似顔絵描くってどういう事ですか!?後フローリカさんのせいで俺の顔血塗れに見えて軽くホラーなんですけど!?」
ツッコミを入れるライだったが四人の暴走を止める事は敵わず、四人の暴走はノーラの代わりに子供達を寝かしつけたエリオが様子を見に来るまで続いたのであった。