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想定外で想定内

土日投稿頑張るとは言いましたが、これ休日出勤無くても普通に間に合わなかった気がする…大分長くなってしまいました。


第三グループ予選開始直前、舞台の中央でライは片手で顔(魔形)を隠すように抑えながら僅かに震えていた。


(や、やらかしたぁぁぁあ!!)


心の中でライが叫ぶ。


フィアと別れ舞台内に足を踏み入れるまでの間、ライは別にこれと言って何かをした訳ではない。

当初の予定通り、壁際で気配を殺し人数が減るのを待ってから動き出す、ここまでは何の問題もないはずだった。


「なんだあの仮面、あれも魔形?」

「気色わりぃ見た目してやがるな、大会で配られてる魔形もあるってのにわざわざあんなの身に付けて趣味の悪い野郎だ」

「顔を隠すという事は名のある人間なのか?」


ライの身に付けている魔形が目立ちすぎて気配を殺す所ではないという点を除けばの話だが。


(ヤバイどうしよう。気配を殺した所で気付いた数人に狙われるであろう事は想定してたけど、ここまで目立つのは想定外だ)


混乱するライを他所に、運営側は予選参加者が全員集まっている事を確認し終え、予選開始のアナウンス舞台内に鳴り響く。


『それでは予選第三グループ、始めてください!』


その合図と共に全員が自身の得物を構える中、ライは依然として片手で顔を抑え震えていた。

そんなライに向かって一人の予選参加者が斧を構え突撃してくる。


「ッチ、ふざけた格好しやがって!さっさと退場しやがれ!」


男が斧を振り上げ、顔を俯けるライめがけて斧を振り下ろす。


「………あ?」


振り下ろした刹那、感じるはずの手応えが無い事に男が気付いた。

それと同時に自分が振り下ろしたはずの斧がただの棒切れになっている事にも男が気付く。


振り下ろした斧から視線を外し、ゆっくりと男が顔をあげるとそこには未だにライが顔を片手でおさえたままそこにいた。

ただ先程と違うのがもう片方の手が振り上げられ、その手に剣が握られていた事だ。


「な、なんで…どうなってやがる?」


そう疑問を口にした男だったが、斬り落されただの棒切れとなった斧と振り上げられた剣、それだけで一体何が起こったか理解するには十分だった。

ただ単純に振り下ろそうとした斧を刃の部分だけ斬り落とされたのだ。

疑いのようもない、ただそれだけの事。

だからこそ、男は混乱していた。


(こっちは振りかぶってたんだぞ!?なのに何で剣も抜いてない奴の方が早いんだ!?)


種も仕掛けも無い、単純であるが故に否応なく男は理解してしまった――レベルが違うと。

そしてそれを悟ったのはライに襲い掛かった男だけではない。

ライの身に付けていた魔形の醸し出す存在感に、ライに注目していた舞台内の人間の殆どがその光景を目撃してしまっていた。


「おい、何が起こったんだよ今」

「斬り落としたんだろ。振り下ろされるよりも早く」

「んなこたぁ分かってんだよ。振り下ろされる寸前まで剣を抜いてすら居なかったんだぞ?一体何時抜いたってんだよ」


ざわめき出した舞台内の様子にライの方を見ていなかった者達も何事かとライの方へと視線を向ける。

舞台内の全ての視線が注がれる中、ライがゆっくりと顔を上げる。

魔形で表情が隠れているためライが一体どのような表情をしているのかは他の者には一切分からず、それ故に行動が読めず全員がその場から動けぬままその動きをただ黙って見つめていた。


(何時までもうだうだしてても仕方が無い…。想定外の事態ではあるけど、目的に変わりはない。やるべき事はただ一つ)


自身に活を入れるようにライは振り上げた剣をその場で振り下ろす。


(予選を勝ち抜いて本選に出る!)


魔形の裏でライが覚悟を決めた顔をしている中、その様子を見ていた者達の心の中は動揺していた。

全員の視線が集まったタイミングでのあのパフォーマンス、ライの心中を知らぬ者達からすれば挑発にすら見えたであろう。

今日この場に集まった者の中には冒険者など荒事が日常になり気性の荒い人間も数多く居た。

そんな人間からすればライの行為は挑発にしか見えなかっただろうし、頭に血が上り襲い掛かっていたであろう。

だが、ここに集まっているのは世界各地から集まり、競争率の高い面接を抜けここまで来た者達であり、この場に立てるだけの実力を持つ者達だ。

他人と自分との実力差が分からない程馬鹿では無くライが見せたあの一閃、そしてそれを見ていなかった者もその後の振り下ろした剣の鋭さでその事実に気付かされる。


全員が一歩も動けずに居る中、一人の男が動きを見せる。

男は右手に握られた剣を振り上げ、自身の隣に立つ男に向かって振り下ろした。


「ぐっ!?」


ライの方へと意識を取られていた男はその一撃を避ける事が出来ず、傷を受け地面に腰を落とす。


『1067番、失格です』


舞台内に響くその声で、今まで動けずに居た者達が正気を取り戻したように一斉に動き出す。

蜂の巣を突いたように突然動き出した舞台だが、殆どの者がライとの戦闘を避けるために中央から離れたが為にライの佇む中央だけは開始前と変わらぬ静寂を保っていた。


自身よりも格上だと判断した敵を前にし、戦いを避けようとするのは間違いではない。

だが今回のような場合は違う。

もしこの状況を正しく判断し、先の事を見据えるだけの余裕があったのならこの場でライを複数で囲い叩くのが賢い選択だろう。

仮にライを避け本選に勝ち進んだとしても、この場でライを退場させなければ今度は本選の場で戦う可能性が出てくる。

本選は一対一の戦闘であり、予選のような乱戦状態ではない。

一目見て自身との実力差を悟ったなら、それがどれだけ絶望的な状況であるかは理解できるはずだ。

だからこそ注意が自身にのみ向けられる一対一の状況とは違い、乱戦状態で注意が四方に向けられ、複数人で共闘する事も出来る今こそが最大のチャンスなのだ。


しかしそれを理解出来ていたのは僅か二人のみであった。


一人はライの斜め前に立ち、周囲を警戒しつつもライの隙を伺っていた。


(クソ、全員ビビって誰もアイツに挑みもしない…どうする?)


もう一人はライの後方、腰の後ろに手を回し短剣を握りしめながらライの背中を睨みつけていた。


(予選は怪我をさせればそれで決まる。倒す必要が無いなら遣り様はある)


二人の男がライの動きを注視している中、ライが動きを見せた。

首を動かし周囲の様子を見渡し、そして自身の斜め前に立つ男の方へ首を向け動きを止める。


「っ!?」


魔形越しにライと目が合った事を悟った男が剣を抜き構えるのとほぼ同時に、ライが男に向かって突進する。

その背後ではライを狙うもう一人の男が少し遅れながらも短剣の柄を握りしめたままライの後を追っていた。


(魔形野郎の後ろに一人、俺と同じでアイツを狙っているのか?。それなら俺が魔形野郎の攻撃を受け続けて注意を引けば…)


そこまで考え、男が剣の柄を握りしめながら喉を鳴らす。


(あの鋭い攻撃を一体どれだけ耐えられる?)


男の脳裏には予選開始直後にライが見せたあの一撃の事が思い浮かんでいた。

ライとその後を追う男の間にはそれなりの距離があり、男がライに追いつくためには一度攻撃を受ける程度では到底足りなかった。


(三撃?いや四撃か?)


接近する二人を交互に見ながら男が頭の中でどれだけ時間を稼げば良いのか思案する中、ライの後を追う男もライの背を睨みながら同様に考えを巡らせていた。


(どうする?このまま背後から斬りかかれるか?)


ライが駆け出してから後を追うように走り出したためにライと男との距離は開いており、背後から斬りかかるにはその距離を詰めねばならない。


(目の前の奴がアイツの動きを止めてくれれば行けるだろうが…)


突進するライを迎え撃つように剣を構える男に視線を向けながら男が考える。

このままライが目の前の男と戦闘を開始したとして、果たして常に同じ方向に背を向け続けるだろうか?。

乱戦状態であるなら背後を警戒するのは当然だし、足を止めて斬り合う事は極力避けるはずだ。

男がライの背後に斬りかかるまでの数秒、その間にライが身体を横にずらそうものなら、視界の隅に走り寄る男の姿を捉えてしまうだろう。

そもそも迎え撃とうとしているあの男が一撃でライにやられてしまえば元も子もない。

下手をすれば目の前の敵を倒したライが背後を振り返り、返り討ちに合う可能性すらあった。


(このまま行くのはまずい!それなら――)


男が腰から短剣を引き抜くと同時に思いっきり地面を踏みしめ急停止する。

両足を開いた体勢から男は投擲の構えに入る。


(アイツ、投げる気か!?)


ライを迎え撃つ構えを見せていた男が、ライの後方に居る男の狙いに気付いたのか緊張した面持ちでその様子を見ていた。

ここでもし外せばライに存在を気取られ、絶好の機会を失う事になる。

決して外せない一投、男は覚悟を決めライの背中目がけて投擲する。


ヒュンッ――


短剣は風を切りながら真っ直ぐライの背中へと吸い込まれるように飛んで行った。


(ど真ん中!)

(当たる!)


二人の男がそう確信したその時、突然ライが左に飛び退き短剣を回避する。


「「なっ!?」」


予想もしていなかったその事態に動揺しつつも、ライが回避した事で飛んできた短剣を男は身体を捻って回避する。


(どうなってる!?後ろに目でもついてんのかアイツは!?)


意識外である背後からの不可避の一撃、本来であれば避けようもない、避けられるはずのない一撃だったはずだ。

有り得ない状況に混乱し、さらには飛んできた短剣を躱す事に意識を集中していた男の隙を突き、ライが急接近する。


「しまっ!?」


身体を捻り、ライに背を向けるような形となってしまったが為に、男はライの接近に気付いても反応する事が出来なかった。


(やられる!)


そう覚悟した男の無防備な背中にライが剣を振るう――事もせず、そのまま男の脇を走り抜けていく。


「…は?」


ライその行動に男が唖然とした表情を浮かべる。

これは予選出場枠である三人になるまで障害となる敵を排除する戦いだ。

敵に一撃を与え失格にさせ、数を減らさない限りこの戦いは終わらない。

だと言うのにライは男を攻撃せずそのまま走り抜けていったのだ。


その行動の意味を考えた男だったが、すぐにライの目的に勘付きライが駆け抜けていった方向ではなく、正面へと向き直る。

刹那、男は自身目がけて振り下ろされようとする刃を目にする。


キィィン!


寸での所で剣を割り込ませどうにかその一撃を受け止める。

男を襲った者の正体、それは先程ライの背中目がけて短剣を投擲した男だった。


(野郎、擦り付けていきやがった…!)


鍔迫り合いの状態で男が悔しそうに歯噛みするも、すぐに思考を切り替え目の前の男に対処する。


普通であれば同じ目的を持つ者同士、協力してライを狙うのが正しい選択だろう。

では何故二人は協力せず争っているのかと言えば、それは互いの利害が一致しているとは限らないからだ。


ほんの少し前までは確かに二人共ライを狙っていた。

だがそれを知って居るのはライを狙っていた本人だけであり、相手も同様かどうかまでは予想する事は出来ても確信を持つ事は難しい。

ライの後を追っていた男からすればライを迎え撃とうとした男はライに狙われたから剣を構えただけのように見えただろうし、ライと自分の間その男が居る以上そのまま男を無視してライの後を追うという選択肢は有り得なかった。


そして迎え撃とうとした男からすればライの後を追っていた男が離れたライよりも近くに居た自分に狙いをアッサリと変えた所を見て、ライ個人を狙っていたのではないかと言う予想は完全に消え失せていた。


二人の男が戦闘を繰り広げる中、脇を走り抜けたライはそのまま舞台内の壁際まで寄り、壁を背にして舞台内の様子を窺っていた。


(俺を狙っていたのは二人だけ?予想よりも数が少なかったな…)


自分を狙う人間が居ないか、ライは周囲を警戒しながらも先程の出来事を思い返す。


(想定内とはいえ、この戦い方は精神的にかなり疲れるしあんまりやりたくはないな)


背後の攻撃を避けたライの動き、あれは偶然ではない。

ライは背後を一切見る事無く背後の状況を想定、把握し回避して見せたのだ。


予選が始まった当初、ライがまず最初に取った行動は”自分を狙う相手を狙う事”だった。

自分を狙う相手を狙う事で確実に一人、自分を狙う者の動きを完全に把握できるし、自分を狙っていない者を攻撃しようとして本来自分を狙っていなかったはずの者にまで狙われる事を避けるという狙いもあった。


ライは自分に意識を向けている人間に狙いを絞り、男と目が合うと同時にすぐさま駆け出した。

これは自分の狙う者の数を減らすというだけでなく、背後の状況をまるで把握してない状態でその場に留まり続けるのは危険と考えたからの行動であり、ライはこの時点で背後にも自分を狙う人間が居ると想定していた。

だがこの段階ではあくまでも想定でしかなく、ライには背後に自分を狙う人間が本当に居るのかどうか確証を持ってはいなかった。


ライが確証を持ったのは迎え撃つように構えていた男の視線の動きを見たからだ。

自身に向かってくるライとは別に僅かだがその視線が横に、つまりライの背後へと頻繁に向けられていたのをライは見逃さなかった。


それだけではない、ライは背後の方で何者かが地面を踏みしめ急停止する音がするのと同時に、男の目が動揺で僅かに見開かれたのにも気づいた。

これにより背後に居る何者かが何らかの行動に出た事はすぐに気付いたが、これだけではまだ背後で何が起こっているのかは分からない。


まずライが真っ先に思い浮かべたのは背後から聞こえてきた地面を踏みしめる音。

靴底と地面が激しく擦れる音でライは背後の何物かが急停止した事を察知する。

恐らく自分を追いかけていたのだが、何らかの理由で足を止めたのだろうと。


そこまで分かったら次はその理由を考える。

自分を狙い後を追っていたが途中で諦め標的を変えた、もしくは狙いは変えずに足を止めたかだ。


前者であれば単純明快で分かりやすく警戒する必要もない。

だがライは状況を想定する際、前提条件として必ず”自分にとって不利な状況”を想定している。

そのためライは前者の可能性を捨て、後者の場合で考えた。


自分を狙いながらも足を止めた意味、追うのを止め距離を放されてもなおこちらを攻撃出来る方法――つまりは遠距離攻撃であった。


ほんの僅か、十秒にも満たない時間の中でライは小さな情報を見逃す事なく、的確に背後の状況を見事想定して見せたのだ。


ライが先程の出来事を振り返っている間にも舞台内の状況は変わっていき、気が付けばライを含めて残り七人という所まで来ていた。


壁際に立つライは完全に無視され、残った六人がそれぞれ二人ずつ戦いを繰り広げていた。


(最初にあんだけ目立ったわりに全然襲われなかったな、何でだろう?)


何故自分が無視されているのかライは全く理解していなかった。

とりあえずは疑問を棚上げにし、ライが壁際からゆっくりと離れ動き出す。


(そろそろ頃合いかな)


後四人失格になれば予選は終了する。

人数が減れば減るほど自分が狙われる可能性が高くなると考えたライはここで一気に四人を片付ける事にした。


舞台内では六人がそれぞれ一対一の状態で戦いを繰り広げており、ライはその中で自分の一番近くに居た二人の元へと走り出した。

二メートルはあろうという巨漢とそれとは対称的な細見で華奢な印象を受ける女、ライは巨漢の背後から一気に接近すると巨漢の背中に向かって大きく跳躍する。


「ぐお!?」

「背中、借りるよ」


巨漢の返事を待たず、ライが男の背を蹴りさらに上空へと飛び上がる。

踏み台にされた男とその相手をしていた女がライを見上げる中、ライは腰から四本の短剣を取り出し上空から戦闘に集中している残りの四人目がけて短剣を投擲する。


意識外、しかも上空からの攻撃に四人は反応しきれずライが投擲した短剣をまともに受け傷を負う。


ブゥゥゥゥゥゥゥゥ――!


ライが地面に着地すると同時に舞台内に予選終了を知らせるけたたましい音が鳴り響く。


『909番、3022番、592番、80番失格。よって309番、1011番、2056番本選進出です』


こうしてライは無事予選を突破し、本選への進出を決めたのだった。

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