殺す事
原住民が身に付けて居そうな仮面を着ける事が確定し頭を抱えるライに受付の男が話しかける。
「どうやら大会については最低限の事しか知らないようですね。折角ですし一通りのルール説明をしておきましょうか?」
「ルール説明ですか?」
男の申し出にライが考えるような素振りを見せる。
「そうですね…何も知らないままだとまた今回見たいな事になりかねませんし、是非お願いします」
「それでは…コホン、まず大前提として武闘大会では魔法の使用は禁止されています。それに伴い魔道具の類も使用禁止となっていますが、一部例外として戦闘に直接関与しない、戦闘時の優劣に影響しない魔道具の使用は可能としています。具体的には先程も言った視界確保の魔形、失った手足の代わりとなる魔動義肢等です。義肢に関しては人間の膂力を超えない範疇であれば使用可能、それを超えたら使用不可となっております」
「随分と適当ですね」
「本当ならこちらで規定の義肢でも用意するのが一番手っ取り早いんでしょうけど、義肢のサイズは人それぞれですからね。いちいちその人に合った義肢を作ってたら時間も資金も足りませんから」
「それならいっそ魔動義肢も禁止にすれば良いのでは?」
「それをやってしまうと大会に出たくても出られない人が出てきてしまいますからね。今大会の基本理念は”性別、人種、地位、例え何者であろうと一人の例外も無く、差別する事も無く受け入れる事”ですから、四肢を失った人にもチャンスは与えなければならないんです。流石に普通の義肢ではまともに戦えませんからね」
受付の男はそう言うとさらに説明を続ける。
「魔道具に関してはこんな所です。次に武器に関してですが魔法に関する物でなければ剣、斧、槌、弓、弩、どれを使っても構いません。防具も同じです」
「なるほど、装備に関しては分かりました。じゃあ試合中のルールについて何かありますか?」
「試合中に関しては魔法を使えば直ちに失格という以外に特にありません。ただルールという訳ではないのですが大会参加者全員に忠告している事なら一つだけあります」
「それは?」
「”死ぬな”です」
その言葉にライは一瞬呆気に取られたような顔をする。
「試合はあくまでも”試し”合いであり”殺し”合いではありません。一応我が国が誇る医療班を待機させてはいますが即死した場合は流石に助けられません。ですから大会に参加される方には必ずこうお伝えする事になっているんです」
男の説明にライは半分納得したような表情を浮かべながらも疑問を口にする。
「”殺すな”ではなく”死ぬな”なんですね」
ライがそんな疑問を口にしたのも無理はない。
もし大会運営側が本当に殺し合いを望んでいないのであれば、忠告などという形ではなくルールとして殺し合いを禁止すれば良い。
武器や防具に制限を掛け、剣を刃引きするなり防具の着用を義務化するなりした方が口頭で忠告するよりも確実なのは間違いない。
なにより加害者側ではなく被害者側に向けて忠告するという時点で、殺し合いを望んでいないという言葉が本気ではないのは誰の目にも明らかであった。
鋭いライの視線に受付の男がクシャリと表情を崩し、苦笑いのような表情を浮かべた。
「ははは…お察しの通り、殺し合いを望んでいないっていうのは半分は嘘です。とはいえ誤解しないで頂きたい、人が死ぬ事を望んでいないというのは紛れもない本心です。ただ、それによって試合がつまらない物になるのは避けたいという思いもあるのです」
「つまらない…ですか」
「えぇ、例えば剣を得意とする人間に刃も何もない長棒を渡したとしてそれはその人の全力と言えるでしょうか?。俊敏な動きで相手を幻惑させるのが得意な人間に重装鎧を着けさせたとしてそれはその人の全力と言えるでしょうか?。規制を掛ければ掛けるほど、その人の本来の戦い方とは大きくかけ離れていく事でしょう。”相手を殺すな”等はその最たる物です」
受付の男の説明をライは黙ったまま聞き続けていた。
「自身の身の安全を考えつつ魔物を倒す冒険者、身を潜め気配を殺し動物を狩る狩人、ありとあらゆる手段で罪深き罪人を裁く執行人、磨き上げた技術や辿る道は違えど、行きついた先はどれも同じ――対象を”殺す事”に他なりません」
「………」
「例えば今大会では魔法を禁止していますが魔物を相手にする冒険者にとって魔法の有無は死活問題となり得ますが、動物を相手にする狩人の場合は狩猟の難易度に影響こそしても狩猟その物に支障はありません。執行人に関しても罪人を罪を裁く手段が減るだけで魔法が無くとも罪人を裁く方法はいくらでもあります。次に例えば身を隠す事、気配を消す事を禁止にした場合、逃げ回る動物を相手にする狩人にとってこれらは死活問題となり得ますが、冒険者や執行人には影響こそあっても死活問題とまでは行きません」
「執行人で言うなら拷問を禁止されると死活問題だけど、冒険者や狩人には影響はないって事ですか」
「そういう事です。三者三様、それぞれが禁止されると困るものが存在しますが、そんな三者に共通しているもの、それが殺す事です。貴方は見た所冒険者のようですが、もし仮に殺す事を禁止された場合魔物にどう対処しますか?」
男のその問いにライが考える素振りを見せる。
「そうですね…相手を殺さない、捕獲依頼なんかの場合は罠や薬を使う事が殆どで剣は使いません。相手を殺してしまう可能性があるし、殺さなかったとしても傷が原因で感染症になったり失血死する恐れがありますから」
「でしょうね。殺さずに目的を達する、それは相手を殺す事を常とする冒険者、狩人、執行人等にとって自身の磨き上げた技術の大半を制限される事に他なりません。今大会は魔力に頼らず純粋な人間の力のみで戦い、誰が一番強いかを競う場です。殺す事を制限され、全力を出せない状態で競い合ったとして、それで本当に一番強いかどうか分かるのでしょうか?。それ故に私達は”殺すな”ではなく”死ぬな”と参加者の皆様に警告しているのです。何も気にする事無く全力で戦えるように」
男が一息で説明を終えると、小さくため息を吐く。
「ふぅ…と、少し長くなってしまいましたがこんな所でどうでしょうか。武闘大会についてご理解いただけましたでしょうか?」
「えぇ、大体は…予選前の忙しい時期に長々と付き合って貰ってすみません」
「気になさらないでください。これも仕事の範疇ですから…それに」
男はライの顔をじっと見つめる。
「個人的に貴方には興味がありましたので、こうして話せて良かったです」
「俺に?」
「それでは私はこれにて失礼します。貴方が本選に出場する事を期待していますよ」
首を傾げるライに対し、男は深々と頭を下げるとそそくさとその場を後にする。
最後のあの発言は一体何だったのか、その答えを得られぬまま呆然と立ち尽くすライの上着の袖をフィアが引っ張る。
「ライ、もう用が済んだのなら帰ろう?」
「え?あ、あぁ…そうだね、帰ろうか」
釈然としない面持ちのまま、ライはフィアに手を引かれながらその場を後にするのであった。
フィアの性格的に興味のない話には割って入ってこないのですが、おかげでフィアが殆ど喋らなくて空気と化してると感じる今日この頃。