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ドSと短剣

フィアの防具を購入した後、ライはカレン達と別れ大通りをフィアと二人で歩いていた。


「ねぇライ、どこに向かってるの?」

「カレンさんに教えて貰ったんだけど、色々な種類の刃物を取り扱ってる面白い店があるんだって」

「ふーん…また剣を買うの?」

「いや、流石に買わないよ。そんな余裕ないし…見るだけでも楽しめそうな所が無いかって聞いたらそこを教えてくれたんだ」


ライの予想通りドレスの値段は他の服よりも頭一つ飛びぬけていたが、防具に関しても意匠代なのか普通の防具よりも値が張りライの懐事情は一気に厳しくなっていた。

その値段を聞いて居たカレンも流石に可哀そうになったのか、同情の意味も込めてライにその店の情報を教えてくれたのだ。


大通りを一本逸れ脇道へと入り闘都の西、居住区の方角を目指していく。

周囲の雰囲気は商業区とは打って変わり人の姿は多いものの商業区のような賑わいはなく何処か落ち着いた雰囲気を漂わせていた。


そんな周囲の様子にフィアが不思議そうに首をかしげる。


「こんな所でお店をやってるの?」

「商業区の方はどちらかと言うと外の人間向けの商品ばかりだからね。闘都に住む住人達が使う日用品を取り扱う店は居住区の方にあったりするんだよ」

「日用品?今から行く所って刃物を取り扱ってるお店なんだよね?」

「刃物って言っても別に武器に限った話じゃないでしょ?。そのお店の店主は色々な刃物を取り扱ってるけど、それは殆ど趣味みたいな物で商売としては住人に包丁なんかの日用品を売るのがメインなんだ。それ故に知る人ぞ知る隠れた名店なんだってカレンさんは言ってたよ」


そんな説明をしている間にライ達は目的の店の前へと到着する。

店の窓や陳列窓にはカーテンがされ中の様子は一切伺えなかったが、扉には営業中という看板が吊るされていた。


「カーテンがされてるけど営業してるの?」

「営業中って看板も出てるし、やってるとは思うけど…」


そう言いながらライが店のドアノブに手をかけ、ゆっくりとノブを回し扉を押し開く。


ギィィィ…


扉が軋むような音をたてながら開いていく。


半分程開かれた扉からライが店の中の様子を覗き見る。

店内に明かりの類は一切存在せず、カーテンから漏れる僅かな光と開かれた扉から入る光が店内を薄暗く照らしているだけだった。



「あのー…誰かいますかー…」


言い様の無い不気味な雰囲気にライが恐る恐ると言った様子で店内に向かって呼びかける。

しかしその呼びかけに答えるような声を帰ってこず、それでもライが耳を澄ませていると何者かの話し声が耳に入ってくる。


声のする方向に顔を向けライが目を凝らしていると、闇の奥に二人の人影が立っているのを見つけた。


「ねぇフローリカ、この短剣なんてどうかしら。この溝に毒を仕込むの」

「良いですね、それにこの返しも面白い形してますし…」

「そこに目をつけるなんて流石ね、返しの部分をあえて平たく潰してるの。鋭い刃のような返しと違い、これを無理に引き抜こうとすれば…」

「あらあら…それはとても楽しそうね、フフフフ」

「クフフフ…」


暗がりの中、一つの短剣を見つめながら怪しげな笑みを浮かべる二人の人間の姿を見たライは――


ギィィィィ…パタン


無言のまま扉を閉めた。


(あれ…可笑しいな。拷問部屋にでも迷い込んだかな?)


扉の前に立ち冷や汗をかくライを見てフィアが首を傾げる。


「ライどうしたの?お店の中に入らないの?」

「いや…ごめんお店を間違えたみたい。早くここを離れ――」


ライがそう言いながら扉から離れようと踵を返そうとしたその時、背後の扉が勢いよく開きライの肩をガッチリと誰かが掴む。


「あらぁ…ライさん、こんな所で奇遇ですねぇ」


顔中から汗を垂れ流しながらライがゆっくりと首だけを背後に向ける。

そこには何時ものような柔和な笑みを浮かべたフローリカが立っていた。


「フ、フローリカさん…」

「どうしたんですか?ライさんもここに用があってきたんでしょう?。さぁ中へどうぞ」


フローリカに引きずられるようにライが店の中に入ると、明かりが灯っており先程までの薄暗い店内が嘘のように明るくなっていた。


「やぁいらっしゃい、ようこそアムダの刃物店へ。私は店主のアムダよ」


店の奥のカウンターから入口に居るライに向かってこの店の店主の女が朗らかな笑みを浮かべながらそう挨拶する。

先程の光景が頭から離れないのかライは思ったように言葉を発する事が出来ずにいた。


そんなライを他所にフローリカとアムダが話し始める。


「フローリカ、その人知り合い?。さっき入口の方で話し声が聞こえて来たけど」

「えぇそうですよ」

「そっかそっか、フローリカの知り合いだったのね。それなら安心だわ…もし運の悪い旅行客や一般市民だったら口封じを考えなきゃいけない所だったわ」


アムダの口から飛び出た不穏な発言にライは先程よりも冷や汗をかくも、とりあえず大人しくしていれば大丈夫そうではあると考え、少しづつ冷静さを取り戻していった。


「それで貴方は何が目当てでここに来たの?。見た限り包丁を買いに来たって感じじゃなさそうだけど」

「は、はい…実はカレンさんに面白い店があると紹介されて来たんですけど…」

「面白い…面白いねぇ」


その言葉にアムダは考えるような素振りを見せた後、カウンターの裏からゴソゴソと何かを取り出す。


「これなんてどうかしら?」

「これは?」


カウンターに置かれた物を前にライがアムダに尋ねる。

刃渡り20㎝の短剣で身幅は5cm程あるが、根本の部分だけ1cm程と非常に細く迂闊に突き立てれば折れてしましまうのではないかという印象を受ける物だった。


「面白い形をしてるでしょう?。これは対象に刺した後、柄を捻る事で柄と刃を分離し相手の体内に刃の部分だけを残すの。そうすると柄のない刃は簡単に引き抜く事が出来ず、切開するか傷口に腕を突っ込んで引き摺り出すしかないの――って、あらどうしたの?」


光の無い瞳で短剣を見つめながら薄ら笑いを浮かべそう説明するアムダの姿にライがドン引きしていると、それに気付いたアムダが不思議そうに首を傾げる。

何故ライが引いているのか良く分かっていないアムダにフローリカが説明する。


「アムダ、ライさんは私の知り合いではあるけど”こっち”の人間じゃありませんよ」

「あら、そうなの?私ったら早とちりしちゃって…フローリカの知り合いって言うからてっきり”こっち”かと思ってたのに…”そっち”の人間だったのね」


(”こっち”とか”そっち”って何!?どっち!?)


目の前で繰り広げられる会話にライが心の中でそうツッコミを入れていると、残念そうな様子でアムダがカウンターの上に置いた短剣をしまい、別の物を取り出す。


「これなんてどうかしら?」


そう言ってアムダがカウンターの上に置いたのは千条鞭だったが、ただの千条鞭ではなく鞭の先端に小さな刃が備え付けられており、非常に殺傷能力の高そうな代物だった。


こんな物を人間に叩きつければ一体どうなるのか、そう考えただけでライの背筋に悪寒が走る。

そんなライの様子を見ながらアムダがライに提案する。


「どう、試してみたい?」

「え?試すって…これをですか?」


そう尋ねながらライが周囲を見渡す。

一部の武器屋には客が武器を試せるよう巻き藁や店舗の裏に広いスペースを確保している店があるが、この店には巻き藁のような物も無ければ、居住区の中にある店に武器を試せるようなスペースも無い。


一体何処で、何を相手に試すのだろうとライが考えていると、アムダが千条鞭を手に取る。


「さ、上着脱いで」

「…え?」

「え?――じゃないよ。服がズタズタになっても良いの?もしかしてそっちの方が好み?」

「何言ってるんですか!?」


鞭を手に持ち服を脱ぐよう言ってくるアムダにライが叫ぶように声を上げる。


「え、だって貴方”そっち”の人間なんでしょ?」

「”そっち”って”そっち(マゾ)”の意味!?違いますよ!!」

「あれ?」


不思議そうな顔をしながらアムダがフローリカの方に視線を向ける。

フローリカの方はというとアムダと同じようにキョトンとした表情を浮かべながら口を開く。


「ライさんって”そっち”の人じゃなかったんですか?」

「違いますけど!?むしろなんでそんな風に思ってたんですか!?そんな要素今まで無かったと思うんですが!」

「フィアさんに殴られたくてカレンがフィアさんと戦おうとした時あんな事言ったのでは無かったんですか?」

「あれをそういう風に取られてたのか…」


フィアがカレンをボコボコにするのを避けるため、身を挺して生贄となったつもりだったのに、それでマゾ認定されていたとは夢にも思っていなかったライが衝撃を受ける。


「それじゃあ”こっち”でも”そっち”でも無い貴方は一体何?両方イケる人?」

「両方ってなんですか!?ノーマルですよ!人をぶちたいと思いませんしぶたれたいとも思いません!」

「「え?」」

「なんで二人して驚いた顔してるんですか!?」

「だってどっちも嫌だなんて人間が居るなんて、貴方実は人間じゃないんじゃ…」

「失礼にも程があります!!」


アムダのあんまりな物言いにライが憤慨する。

憤慨したライ落ち着かせるようにフローリカが優しく肩に手を置く。


「ライさん、恥ずかしがる事は無いんですよ。自分に素直になってください。”殴られるのが気持ちが良い”――と」

「俺は最初っから素直ですよ!なに人を”そっち”に目覚めさせようとしてるんですか!?」


フローリカの発言はライを落ち着かせる所か逆効果であり、ライが落ち着く様子はまるでない。


「あー分かった分かった!私達が悪かったわよ!お詫びに何か一つ無料であげるからそれで落ち着いて!」

「はぁ…はぁ…、別に怒りたくて怒ってる訳じゃありませんよ…」


荒い息を整え、ライが項垂れるようにしながら深くため息を吐く。


「まぁ、分かってくれたなら良いです。それでお詫びにとか言ってましたが、拷問具の類は要りませんからね?」

「分かってるわよ…見た所冒険者みたいだし、冒険に役立つような物を見繕ってあげるわ」


そう言ってアミダはカウンターから出て商品が陳列された棚の方に歩いて行く。


「貴方って短剣を使って戦ったりはするかしら?」


棚の商品をあさりながらアミダがライに尋ねる。


「いえ、短剣は一応持ってますけど普段は直剣を使ってますね。剣を失ったりとか余程の事が無い限り短剣は使わないですね」

「ふーん…でも短剣は持ってるのね。いざという時の為の護身用?」

「まぁ武器一つだけってのは不安ですからね。とは言っても魔物相手の戦闘に使えるような代物じゃないですけど」


そう言いながらライが腰から一本の短剣を取り出しアムダに差し出す。


「良くある解体用の短剣ね。そんなんじゃいざという時に役に立たないわよ」


魔物というのは普通の動物等よりも外皮が硬く、中には岩のように硬い外皮を持つ魔物も存在する。

そういった魔物を解体する際、外皮と肉の間に刃を差し込み、てこを利用して強引に外皮と肉を引き剥がすという手法を取る事が多い。

そのため解体用の短剣は通常の短剣よりも分厚く、頑丈さに重きを置いて作られているため、切れ味等は度外視されている事が殆どだ。


「こんな鈍じゃ魔物の皮膚を傷つけるのだって難しいんじゃない?」

「それはそうですけど、解体用の短剣なんですし仕方ないですよ」

「ダメダメ、仕方ないの一言で片づけちゃ。それなら護身用の短剣を一本さらに持って置くべきよ――という訳で、これなんてどうかしら?」


アムダがそう言いながら棚の中から桐箱を取り出しカウンターの上に置く。

桐箱の蓋を開けると中には刃渡り30cmで片刃の短剣が収められていた。


「これは…」


その短剣を一目見た時ライの目が大きく見開かれる。


「手に取って見なさい」


アムダにそう促され、ライが短剣を手に取って見る。


「見た目よりも重い…。この短剣に使われている鉱物ってもしかして…」


アムダの顔をみながら恐る恐ると言った様子でライが問いかけると、アムダがニヤリと笑みを浮かべながら答えた。


「真銀、いわゆるミスリル――」

「なっ!?」

「――を目指し作られた合成鉱物、聖銀製の短剣よ」

「………からかいましたね?」

「あら、バレたかしら?」


そう言ってクスクスと笑うアムダだったがすぐにライに謝罪する。


「ごめんなさい、お詫びにそれあげるんだから許してよ」

「これをですか?。聖銀だって決して安くはない、この短剣一本で80万はするでしょうに…本当に良いんですか?」

「良いのよ。殆ど趣味で集めた品ばっかりだし、うちに来る客なんてこの都市の住民が殆どだもの。戦いとは無縁の人達だし、腐らせるよりずっと良いわ」


アムダのその言葉にライは自分の手の中にある短剣を見つめる。

今まで短剣で戦った事がない訳ではないが、それでも剣が使えないというイレギュラーな状況だけであり、この短剣を貰った所で果たして自分はこの短剣を使う日が来るのだろうかと考えていた。


そんな考えが顔にでていたのであろう、アムダがライに語り掛ける。


「別に無理して使えっていう訳じゃないの。たった一度、一度だけでも良い。貴方が窮地に陥った時、その短剣が貴方の役に立ったのなら、それだけで私は貴方にその短剣を渡して良かった…そう思えるし、その短剣も幸せだと思うの。それが例えその時限りだったとしてもね」

「………分かりました。大切に使わせて貰います」


ライが短剣を大事にするように短剣を胸に抱きながらアムダにそう告げると、アムダは微笑んだ――楽しそうに。


「よし!それじゃあ店の奥に行こうか。直剣と短剣じゃ扱い方も違うからね。いざという時にロクに使えないんじゃ話にならないわ」

「え?」

「アムダ、私も手伝いますよ。短剣の扱い方なら任せてください」

「え、え?」


逃がさぬよう戸惑うライの両腕を二人でガッチリと押さえ、ライを店の奥へと引き摺り込む。



こうしてアムダとフローリカの二人からみっちりと仕込まれ、ライが解放されたのは朝日が昇る頃であった。

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