白銀色の天竜
ガダルの街の南側、森と街の間にある平野にSランク冒険者達と白銀色の竜の姿があった。
天竜を目の前にした冒険者達は冷や汗を流しながら竜と相対する。
「おいおいおい…聞いてねぇぞこんなの」
「天竜が出た…とだけ聞いてそれ以外の事を全く聞かなかった私達も悪かったでしょうけど、流石にこれは予想外だったわ」
「聞いていたとしてどうにかなったと思う?天竜が出たと聞いた以上、私達に戦わないっていう選択肢なんて端からないんだから」
「とはいえ白銀色の天竜ですか…流石にこれは予想外でしたね」
天竜は生まれた頃は全身が黒色であり、歳を重ねる毎に全身の色が黒から白へと近づいて行く。
白銀色の天竜とはつまり長い年月を生き抜いた天竜であり、そういった竜は知能も高く魔法の扱いにも長けているという話がある。
かつてこの四人は天竜を討伐した事があったが、それも黒に近い灰色をした若い天竜が相手であり、それでも苦戦を強いられた。
白銀色の天竜がどれ程の力を持っているかは知らないが、少なくとも以前戦った天竜よりも格上である事は間違いない。
それを理解している四人は天竜を前にして迂闊に動けずにいた。
互いにじっと睨みあっていると、天竜が先に動き出す。
巨大な尻尾を振り上げ、冒険者達に向かって薙ぎ払うように尻尾を振るう。
「【リアクティブシールド】!!」
ルークが咄嗟に尻尾を防ぐために魔法を発動させる。
ルークの目の前に半透明の魔力のシールドが出現し、それが尻尾と衝突した時、シールドが爆発を起こし尻尾の軌道を逸らす。
「弾き返すつもりでしたが、逸らすだけで精一杯とは…流石は白銀色と言った所でしょうか」
「なぁに関心してやがる!今がチャンスだやれ!」
尻尾を振り切り、無防備に背中を晒す天竜に向かってアドレアがそう叫びながら飛び掛かる。
「喰らいやがれ!【グランドブレイク】!!」
アドレアの右手に魔力が集まり、魔力が巨大な籠手を形作る。
無防備な天竜の背目がけ、巨大な拳が突き刺さったかに見えた。
しかし、拳が背中に突き刺さる寸前のところで半透明の壁が出現し攻撃を受け止めていた。
「何!?こいつはまさか――」
アドレアがそう叫び、後ろに飛び退こうとした時半透明の壁が突如爆発を起こす。
至近距離で爆発に巻き込まれたアドレアが天高く吹き飛ぶ中、他の三人はアドレアには目もくれず天竜と対峙する。
「あれは【リアクティブシールド】!?」
「あんな一瞬の間に魔法を真似て見せたっていうの…?これだからSランクの魔物は嫌なのよ!規格外にも程があるわよ!」
「A以上は皆Sってのも適当よねー…同じSランクでも規格外は本当に規格外だもの、SSSくらいまでランク作った方が良いんじゃないかしら?」
「こんな時に何言ってんのよアンタは!口を動かす前に手を動かしなさいっ!」
そう言いながら、アリスは天竜の攻撃を躱す。
アリス目がけて振り下ろされた前足は地面を砕き、円状のクレーターを生み出す。
「今度はアドレアの【グランドブレイク】…余程物真似が得意と見えるわね、それなら――」
イザベラは手に持った杖を天竜に向けると体内で魔力を練り、魔法を発動させる。
「どこまでついて来れるか、試してあげるわ【ドライ】」
イザベラの背後に三つの魔法陣が出現し、それを見た天竜の背後にも同じように三つの魔法陣が出現する。
互いの魔法陣から帯状の魔力の塊が放出され、互いの魔法を打ち消しあう。
その様子にイザベラは笑みを浮かべながらも次の魔法を発動させるために魔力を練る。
「まだまだ行くわよ【フィーア】!」
今度はイザベラの背後に4つ魔法陣が出現し、同じように天竜の背後にも四つの魔法陣が出現する。
それから数分が経過した頃、イザベラと天竜の間では何十もの帯状の魔力の塊が乱れ飛んでいた。
「おいイザベラ!いい加減魔法の打ち合いをやめろ!この量は洒落にならねぇっての!」
「貴方達に当てないようには努力してるわよ!【ドライスィッヒ】!!」
「言った傍からまた数増やしやがって!おいルーク俺にもシールド張ってくれ!」
「自力で何とかしてください、他人の面倒を見ていられる程余裕はありませんよ!」
「クッソ、バカスカ魔法撃ちやがって!迂闊に近づけねぇじゃねぇか…!」
苛立たし気にそう言っていると、アドレアの視界の隅に態勢を低くしながら魔力の塊の中を掻い潜って天竜に接近するアリスの姿が見えた。
アリスは真っ直ぐではなく、横から大きく回り込むように移動し、天竜の横腹目がけてレイピアを突き出す。
「【レイトレイ】!」
無防備な横腹もレイピアが突き放たれるも、天竜はアリスの動きを読んでいたのか魔法の壁を展開する。
レイピアの切っ先が壁に激突しようとしたその時、切っ先が触れる寸前の所でピタリと止まる。
「残念、ハズレよ」
アリスがそう言ってニタリと笑みを浮かべたとほぼ同時に、天竜の頭上から一筋の閃光が天竜の無防備な頭部めがけて飛んでくる。
不意打ち気味に受けたその攻撃を天竜は防ぐ事も出来ず直撃を受け、頭部が地面に叩きつけられ土埃が舞う。
「ざまぁ見なさい!」
土埃が舞う中アリスがしたり顔でそう言った時、土埃の奥で何かが光った事にアリスが気付く。
咄嗟にアリスが身体を逸らすと、先程までアリスの頭があった位置を閃光が通り過ぎていった。
「チィ!何処までも人真似ばかり…おちょくってくれるわね…!」
アリスが舌打ちをしながら後ろに下がると、土埃が晴れ天竜がその姿を現す。
魔法が直撃した頭部に目立った傷は無かったが眼は血走り、不愉快そうに唸り声を上げていた。
そんな天竜の様子にイザベラが魔法の打ち合いを中断し、観察するような視線を向ける。
「肉体的にはともかく、精神的にはダメージがあったみたいねー」
「そんな呑気な事言ってる場合かよ…コレちょっとヤバいんじゃねぇか?」
先程まで天竜は、冒険者達の魔法を真似てそれを返すだけだった。
それは天竜が自身の力に絶対的な自信を持っていた事と冒険者達を侮っていたからだ。
天竜にとって今までは遊びでしか無かったが、格下と侮っていた冒険者から一撃を受けプライドを傷つけられた天竜は怒りを露わにし殺意の籠った瞳で冒険者達を見下ろしていた。
両翼を大きく広げ、空気を揺らす程の大きな雄叫びをあげる。
それと同時に天竜の背後に再び魔法陣が展開される。
しかしその数は先ほどの比ではなく、数百という数の魔法陣が辺りを埋め尽くす。
「ちょっと、これは洒落にならないわよ!!こんなの撃たれたら私達所か街まで消し飛ぶわよ!?」
「全員私の後ろへ!壁を張ります!」
ルークの言葉に、三人が即座に後ろに下がる。
三人が自分の背後に来たのを確認するとルークが自身の体内の魔力だけでなく、周囲にある魔力をかき集め巨大な魔法の壁を展開する。
「ルーク!もっとデカい壁は張れないのか!これじゃ街に被害が出るぞ!」
「無理です!もう辺りの魔力は全て集められるだけ集めました!体内に貯め込んでた魔力も全部出し切ってますよ!」
「クソ!おいアリス!イザベラ!てめぇらまだ体内に魔力残してんだろ!ルークにあるだけ魔力を回せ!」
「しょうがないわね…!でも良い!?絶対に防ぎ切りなさいよ!」
「イザベラ!お前がこの中で魔力の扱いに一番長けてるんだ!もっと離れた所から魔力集められねぇか!?」
「さっきからやってるわよ!でも天竜がこの周辺の魔力を根こそぎ持って行ってるのよ!私が集められる範囲に魔力なんて残ってないわ!」
「ルーク!行けそうか!?」
「なんとか…やってみます!」
三人から魔力を受け取ったルークが、壁に魔力を注ぎ込む。
壁は徐々にその範囲を広げていき、やがて街全体を覆い尽く程巨大になったその時だ。
「これは…一体何が!?」
「どうした!?」
「壁が解除されていく!」
「何!?」
ルークの言葉に3人が壁を見渡す。
魔法で築かれた壁は魔力に分解され、端の方から徐々に小さくなっていた。
「何よこれ…外部から魔法に干渉して魔力に還元しているっていうの?」
「そんなのあり得ないわ!他人の魔法を解除するなんて…仮にそんな事が出来る者が存在するとしたら、それはもう生物の領域を超えた存在よ!」
アリスが口にした疑問をイザベラが強く否定する。
というのも、この世界のは魔法は非常に複雑な構造をしている。
一度魔法として形成してしまえば、例え術者本人だったとしても解除する事は難しい。
例えるなら数百という数の糸が絡み合っているような物だろうか。
この糸同士を絡み合わせて一つの塊を作るのは簡単だが、それを一本一本元に戻すのは絡み合わせるよりも遥かに難しい。
無理やり糸を引っ張ろうものなら糸はさらに絡まり、下手をすれば切れてしまう。
他人が魔法を構築しようとしている中で外部の人間がその魔法を解除するという事は、イザベラの言う通り生物が出来る限界を遥かに超えたものだ。
しかし、そのあり得ない事が現実に起きていた。
ルークは必至に壁を維持しようとするが、そんな努力も虚しく壁は少しづつ魔力へと還って行く。
やがて街全体を覆い付く程の大きさだった壁は見る影もなくなり、冒険者達を覆い隠すのでやっとという有様だった。
「もう…これ以上は…!」
ルークが脂汗を浮かべながら最後の力を振り絞るも、壁を維持する事が出来なくなり、ついには壁もその身の魔力さえ失った冒険者達が天竜の目の前にその無防備な姿を晒す。
壁が消えた瞬間、もう駄目だと諦めかけた冒険者達だったが、今まで壁の向こう側に隠れていて見る事が出来なかった向こう側の様子に、その変化に気がついた。
冒険者達が見たのは数百を超える膨大な魔法陣でも、怒り狂った天竜でもない。
魔法陣の数は激減し、魔法を維持しようと必死の様子の天竜がそこには居た。
天竜の魔法は解除され、その全てが魔力となり天へと昇って行く。
「天竜の魔法も解除されてる…!?」
「天竜が壁を解除したんじゃねぇのか!?じゃあ一体誰が!」
「分からないわよ!そんなの!」
他の三人が天竜に視線を向けながらそんな事を言い合ってる中、アリスは天へと昇って行く魔力を目で追っていき、思わぬものを目にする。
「あれは…人?」
そこには空に浮きながら剣を構える一人の冒険者の姿があった。