面接
火曜日に投稿しようと思ったら残業続きで普通に執筆時間が足りなかったです。
という訳で水曜日投稿になってしまいました。
速めに投稿すると言ったのに申し訳ございません。
ライが大会出場を決意した翌日の事、大会の舞台でもあり予選の受付会場でもある闘技場にライの姿があった。
しかし昨日の迷いのない表情とは打って変わり、その表情は何処か暗く、陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
「あぁぁ…まさかヴァーロンの武闘大会の予選出場のために面接があるだなんて…予想してなかったよ」
ライの手の中には数字の掘られた木札が握られていた。
「まぁ世界中から大会に出たいって人が集まるって話だからね。全員が予選に出るなんてまず無理があるだろうし、最初に篩いにかけるのも当然だと思うよ?」
「だからって…まさか面接だなんて…」
ライが大会出場を決め、朝食を摂った後に闘技場にまでやってきて受付の前に立った時だ。
「はい、これをどうぞ。受け取ったらそこの部屋の前で待っててくださいね」
何の説明も無くいきなり数字の掘られた木札を渡され、困惑とした様子のライに受付の男が尋ねてくる。
「あれ?もしかしてご存知ありませんでした?」
「えっと…何がでしょうか?」
「予選に出るためにはまずそこの小部屋に入って貰って面接を受けて貰う必要があるんですよ」
「面接!?」
武闘大会らしからぬその言葉にライが驚きの声を上げる。
「えぇ、とは言っても大した事は聞きません。自分の事を探られるのが嫌な方もいらっしゃいますし軽く話した後に面接官の前で自分の実力をアプローチして貰えれば良いので数分で済みますよ」
「ア、アプローチって…一体どんな?」
「何でも良いですよ。自分の実力を見せられるのなら――それよりも後がつっかえてるのでそろそろ…」
「え、あ!」
受付の男の言葉でライは自分の背後に、自分を睨みつける数十の人間達が居る事に気が付いた。
慌ててライは横に退くとそのまま受付の男に教えられた小部屋の方へと移動する。
「あれ?」
小部屋の近くまで来たライはとある事に気が付いた。
受付の男に指示された小部屋だが、それらしき部屋のドアが複数存在し、その全ての前に面接を受けると思われる人間達がズラリと並んでいた。
「これは一体、何処に並べば良いんだろう…」
「何だお前、受付の時といいなんも知らねぇでここに来たのか?」
背後から聞こえたその声にライが後ろを振り向くと、そこには先程ライのすぐ後ろで受付の順番待ちをしていた男が立っていた。
「どの部屋に入れば良いかよくわからないって感じだろ?」
「えぇ、何せ闘都に来たのも初めてなくらいなので…」
「よぉし、ここは俺が武闘大会の大先輩として教えてやる!。俺はハルマン、お前は?」
「えっと、ライです」
いきなりの事で一瞬言葉に詰まったライだったが直ぐに自分の名前を告げる。
「よしライ、まずは武闘大会の面接について軽く説明するが、小部屋が複数あるのは見て分かるな?。あの全てが面接室になっていてそれぞれの小部屋に三人の面接官が居る。その面接官の前で自分の実力をアピールするのがこの面接の肝だ。それじゃあライ、お前は次にどう動く?」
「どう動くって、列に並んで部屋に入って面接を受けるだけじゃ無いんですか?」
ライがそう答えるとハルマンは舌をチッチッと鳴らしながら指を軽く左右に揺らす。
「違うんだなぁこれが。良いか、各小部屋の中に居る面接官は全員同じ人間という訳じゃ無い。当たり前だがそれぞれの部屋に全く違う三人の人間が面接官をやっている。これがどういう事か分かるか?」
「………あっ!」
「分かったみたいだな。判断する人間が変わるって事はその人間の考え次第では合格不合格が左右されるって事だ。力こそ最強みたいな考えを持つ面接官も居れば、技術に勝るものなしと考える面接官も居る。力こそ最強って考えてる面接官の前で技術を披露した所でアプローチとしては効果は薄い」
「でもどの部屋にどんな面接官の人が居るかなんて分かりませんよね?。どうするんですか?」
「面接官がどんな傾向にあるのかは各小部屋の前に並んでいる人間を見れば何となく分かるぞ。例えばほら、あそこ小部屋の前なんてやたらとゴツイ連中が揃ってるだろ」
ハルマンが指差した小部屋の前には確かに体格の良い如何にも力自慢というような男達がずらりと並んでいた。
「本当ですね。なんであそこの部屋の前だけ…」
「簡単さ。あそこの面接官が力こそ最強って考えてる奴だからだよ」
「なんで分かるんです?」
「それはな…っと、丁度一人面接終えて出てきたな。アイツの顔を見てみろ」
「なんか、凄い自信満々って感じですね」
「ありゃアプローチが上手く行った証拠だな。見た感じかなり身体を鍛えているようだし力自慢の筋肉馬鹿と見た。つまりだ、そう言った人間のアプローチが上手く行ったという事は?」
「なるほど、あそこの部屋の面接官はそういったアプローチが効果的って事になる訳ですか」
「正解だ。力自慢でも無いならあの部屋は避けるべきだな」
「となると自分に適してそうな小部屋は…あ、あそこなんてどうですかね」
ライがそう言って指さした小部屋の前には、先程の小部屋の前に並んでいた男達と比べると細見で小柄な人間が列をなしていた。
「装備を見る限り軽装ですし、武器が長剣や短剣な所なんて自分と一緒ですし」
「確かにな…ところでライ、お前面接官にどうアプローチする気なんだ?」
「どうって、んー…まぁ素振りとか、普段やってる訓練ですかね」
「お前そんなんで面接官に受けると思ってんのか?」
「そんな事言われましても自分の実力を見て貰うにはこれが一番だと思ったので…」
ライのその言葉にハルマンはこれ見よがしに溜め息を吐く。
「良いか?。シンプルな物程相手も分かりやすいし実力を伝えやすいというのは確かだ。でもそれだけに似たような事をやる奴が大勢いる。同じようなアプローチをすれば比較対象にされるし、自分よりも上手いアプローチをした人間が居たらその時点で落とされちまう。お前がさっき自分に合ってるんじゃないかって言った小部屋なんてお前と同じよな奴がズラーっと並んでるんだぞ?。同じような事やってる奴は絶対に居るし、競争率もその分高い」
「じゃあ一体どうすれば」
自分に合っていると思った小部屋は駄目、力自慢の男達が並んでいるような部屋などは論外となれば一体どうすれば良いのかとライが頭を悩ませていると、ハルマンがそれに答える。
「他の人間には無い自分の持ち味を出せるアプローチを考えるか、もしくは中間の小部屋を探すかだ」
「中間?」
「力だけでも技術だけでもない、その両方を見てくれる小部屋を探すって事だ。面接官の全員が両極端な人間しか居ない訳じゃないからな」
「なるほど…」
「まぁ、とにかく部屋は慎重に選ぶ事だな。チャンスは一度きりだからな」
「はい、ありがとうございました」
礼を言うライだったが、ふと何かに気が付いたように声を出す。
「あ…」
「どうした?」
「いえ、チャンスは一度きりって話でしたけど、別に受付で個人情報を調べられた訳でも無いので実は何度も再挑戦出来たりするのかなって」
受付と言ってもただ木札を渡しているだけであり、名前も何も尋ねられてはいない。
流石に同じ小部屋を選べば面接官が覚えている可能性もあるがそれは別の小部屋を選べば何の問題も無いのではないのかとライは考えた。
そんなライの言葉にハルマンは苦笑いのような表情を浮かべる。
「やっぱそう考えるよな。でも残念だが再挑戦は絶対に無理だぞ」
「どういう事です?」
「それはな――」
「貴方、以前に面接を受けていますね?」
ハルマンが説明しようと何かを言いかけたその時だ、受付の方からふとそんな声が聞こえてきた。
その声にライとハルマンが受付の方に振り向くと、受付の男が一人の男の顔をじっと睨んでいる所だった。
「な、なんの事だ?。俺は初めてここに来たんだぞ」
「貴方は五日前に面接を受けた528番の方でしょう」
「うげ!?なんで番号まで!?」
「面接は一人一回までとなっております。お引き取りを」
「くぅぅ…このために髪も眉も髭も剃り落したってのに何でバレるんだよチクショウ…」
受付の男の言葉に男は肩を落とし、そんな言葉を呟きながらその場を後にする。
「…まぁ、あんな感じだな。武闘大会の受付は化け物じみた記憶能力を持っていてな、時間を置こうが変装して来ようが絶対にバレちまうんだ」
「変装を見破るのは記憶力とは全く関係ない気がしますけど…とにかく二度目はないってのは分かりました。これは気を付けて小部屋を選ばないといけないですね」
どの小部屋に入るべきかライが人の列を睨みながら考えていたとき、ふとライの中で疑問が頭をもたげる。
「面接官って三人居るんですよね?。今までの話を聞く限りだと何だか一人の面接官の好みで合否が決められているような話ぶりでしたけど」
本来、面接官が複数居るのは一人の面接官による独断や偏見によって受かるはずだった人間が落とされ、受かりようもなかった人間が受かるという状況を避けるためだ。
しかしハルマンの話ぶりを聞く限りではそれが機能していないように思える事にライは違和感を感じたのだ。
「あーそういや言い忘れてたな。面接官は三人居るが実際に合否を判定するのは一人で他の二人は判断しねぇんだ。まぁ意見くらいは言うかも知れないけどな」
「じゃあ他の二人は一体何のために?」
「護衛さ」
「護衛?」
面接とは全く不釣り合いなその言葉にライは首をかしげる。
「実は武闘大会の面接をやってる人間はただの人間じゃない。ヴァーレンハイドで名の有る役職に就いてる人間ばっかりなんだよ。そんな人物とどこの馬の骨とも知らない奴を狭い個室で二人きりなんて出来ないだろ?」
「なるほど…それで護衛が居るって訳ですか」
「まぁ大体が辺境で常に暇してる領主だとかそんなのばっかりなんだが、稀にとんでも無い大物が紛れてる事もあるからな。態度には気を付けろよ?」
「辺境の領主だろうと領主の時点でそんな迂闊な態度取れませんよ…。というか領主よりも偉い人物が面接官やってる事とか有るんですか?」
「昨年は国王が紛れてたな」
「ふぁ!?」
ハルマンの口から飛び出たとんでもない言葉にライが素っ頓狂な声を上げる。
「流石国王というだけあって護衛にSランク冒険者の【剛腕】を付けてたらしくてな、ただ無理やり護衛やらされてたみたいで相当苛立ってたらしく、面接に来た人間を射殺さんばかりの視線で睨みつけて面接受けた人間はへっぴり腰になってもれなく全員不合格になったって話だ」
「なんだって国王が…」
「さぁ?基本的に面接官を務めるのは暇してる人間だけだからな。重要な役職に就いてる人間を無理やり引っ張ってくる訳にも行かないし、暇してたんじゃねぇか?」
「国王が暇してるって大丈夫なんだろうか…色々と」
この国の行末にライはそこはかとなく不安を覚える。
「まぁ上の事なんて一般市民の俺らが気にしたって仕方ねぇよ。それよりもさっさと決めて並ばないと今日中に面接受けられなくなっちまうぞ」
そう言ってハルマンが顎で小部屋に並ぶ人の列を差す。
面接が数分で終わるといっても受付で木札を受け取るのはそれ以上に早く、人の列は短くなる所かどんどん長くなっていた。
「それじゃ俺もそろそろ並ぶとするわ。頑張れよ」
「はい!色々とありがとうございました!」
ひらひらと手を振りながら人の列の方へ歩いて行くハルマンの背を暫く眺めていたライだったが、そんな場合ではないとすぐに気が付き慌てて自分に見合った小部屋を探し始める。
(屈強そうな人達が並んでる小部屋は論外、かと言って自分と同じような人が居る所を選んでもアプローチが被ってしまう可能性がある…)
暫く悩んでいたライだったが、そうこうしている間にも人の列はドンドン長くなっていく。
「迷ってる場合じゃないか…仕方ない」
ライは腹を括ると一つの小部屋を選びその列に並ぶ。
ライが選んだ小部屋はライと同じような体格で似たような装備をした人間達が多く並んでいる小部屋だった。
(大丈夫、剣術だけは他の人にも負けないくらいの自信があるんだ。落ち着け…落ち着け…)
早鐘を打つ心臓の鼓動を落ち着けようと深呼吸を繰り返す。
そうこうしている間にも列は進み、やがてライの順番がやってくる。
「次、入って良いぞ」
個室の中からしゃがれた老人の声が聞こえてくる。
喉を鳴らしながら、ライは意を決した様子で小部屋のドアを開いた。
「それで、結果はどうだったの?。その様子から察するにあまり良くなかったみたいだけど」
「緊張しすぎて正直全然覚えてないんだけど、アプローチが終わって最後に立った一言”早く出てけ”…と」
「………そう」
その言葉で全てを察したのか、フィアがライの肩をポンポンと優しく叩く。
「正直自分が普段通りに動けてたか自信がない…あぁ、何で面接なんだ…」
「そう落ち込まないでライ、別に出場できなくても観戦は出来るんだし、最初はつもりだったんでしょ?」
「そうだけど…」
ライは力なく項垂れながら、手の中にある木札を眺める。
「ライ、それは?」
「受付で渡された木札だよ。合否発表の日にここで掲示板に面接合格者の番号が張り出されるんだ。それまでは木札を持ってろって」
木札には2056番と彫られており、それがライに割り当てられた番号だった。
「まぁ、俺には関係ない話かも知れないけど…」
「そ、そんな事ないよ。もしかしたら受かってるかもしれないし!元気出してライ」
フィアがライを元気づけようとするも、もしかしてと言っている時点でフィアも半ば落ちているだろうと予想しているのが分かる。
その事にライも気が付いたのか、ますます落ち込むライを必死にフィアが元気付けようとする。
結局その日はライの気分が持ち直る事は無く、どんよりとした雰囲気を一日中纏っていたのであった。
同日の夕暮れ、面接が締め切られ最後の面談を終えた一つの小部屋の中に三人の人間の姿があった。
四十代の男が一人、二十代の男が一人、そして凡そ七十は超えていると思われる老人が一人。
「ふぅ…あれで最後か?。全くこの歳になって長時間座りっぱなしというのは腰に響く。こんな所に座っとるより哨戒に出る方が性に合っとるわ」
そう愚痴をこぼす老人に四十代の男が声を掛ける。
「御大、お疲れ様です。まぁ我々がここでこうしているって事はそれだけ闘都の治安が良いという証拠ですよ」
「阿呆、それは普段の話じゃろ。今は世界中から色んな荒くれ者共のが集まっとるというのに闘都の治安を維持するわしらがこうしてこんな所で油を売ってどうする。大体護衛なぞ要らんと言うとるのに…」
「そう言わないでください。もう御大もお歳なんですから」
「わしの心配するくらいなら闘都の心配をせい…まったく」
腰掛けていた椅子の背もたれに身体を預けながら老人がぼーっと小部屋の天井を見つめる。
「………のう、お前ら」
「はい、何でしょう?」
「覚えとるか?。今日面接する中で面白いのが紛れ取ったじゃろ」
「面白い…ですか?」
二十代の男が今日面接した人間の顔を思い浮かべている中、四十代の男がポツリと呟くように答える。
「…2056番ですね」
「そう、アイツじゃ。あの小僧、随分と良い物を…いや、そんな言葉じゃ生温い、凄まじい物を持っとった。お前はアレを見てどう思った?」
老人の問いに四十代の男が少し考える素振りを見せてから答える。
「脅威だと感じました。Cランクなどと言っていましたが、剣術を見る限りどう考えてもその範疇に収まるレベルではありません。ランクを詐称するという事は何か後ろめたい事があるのかもしれません。治安を守る我々としては――」
「違う違う、誰もそんな事は聞いとらん。わしが聞きたいのはお前達の目から見てどれ程の実力の持ち主だと思うかどうかじゃ」
老人の言葉に男は眉をひそめながら恐る恐ると言った様子で口を開く。
「………失礼を承知で申し上げますと、剣術だけで言えば恐らく御大以上かと」
「く、くくく…そうか、わし以上か」
男の言葉に老人は愉快そうに口を歪めながら笑い出す。
「魔法が苦手で剣の腕を磨いた等と抜かしておったが、あれほどの剣、魔法が苦手だからそれを補うためになどそんなレベルで身に付く物ではない。明らかに剣のみで相手を屠るという強い意志と力を感じたわい」
心地よさそうに、それでいて獰猛な笑みを浮かべながら老人が言葉を続ける。
「あんな物見せられては滾って仕方がないわ。危うく途中で飛び掛かりそうになった」
「我々も冷や冷やしていましたよ。2056番が剣を振り抜いた辺りから御大の口元が笑っていたのに気が付いていましたからね」
「流石にそんな真似はせんよ。その証拠に飛び掛かる前にさっさと部屋から追い出したじゃろ」
老人は深いため息を漏らしながら、再び何かに思いを馳せるように天井を見上げながら呟く。
「久しく見とらんかったの…ああいう真っ直ぐなタイプの人間は」
「最近は奇抜なアプローチで関心を引こうとしたりする見せかけだけの人間が多かったですからね」
「全くじゃ…わしが武闘大会に出なくなったのもそういった人間ばかりになったからだしのう――しかし」
老人の口元が再び獰猛な笑みを浮かべる。
「久しぶりに良い”得物”に出会った」
「御大、まさか…!」
老人のその言葉に両脇に居た男達が驚いたような表情を浮かべる。
「今年の武闘大会――久しぶりに出るぞ」




