楽しむために
最近新しいPCゲームに手を出して執筆時間が削られております…。
取り合えず最低週2話更新は守って行こうと思います。
今回は短め、代わりに次の話は早めに投稿します。
ノーラがフローリカにのされてから時間が経ち、日も完全に沈んだ頃、夕食を終えライとフィアは宿屋の一室で久しぶりのベッドの感触を堪能していた。
「あぁー…体が沈み込むこの感じ…暫く硬い地面の上で寝てたから久しぶりだよ」
「だねぇ…」
普段から不平不満を口にする事の少ないフィアも、流石に堪えていたのかライの言葉に同意する。
このまま二人して眠りに落ちてしまいそうな雰囲気の中、ふとフィアが思い出したように口を開いた。
「そういえばライ、武闘大会の方はどうするの?」
「んー…どうしようかな…」
「悩むくらいなら出ちゃえば良いのに、ライなら優勝くらい出来ると私は思うよ」
「いやいや、流石に優勝なんて無理だよ…闘都の武闘大会は世界中から腕に自信のある人間が集まるんだ。Bランク以上の冒険者だって数多く居るだろうし、一筋縄じゃいかないよ」
Bランク冒険者というのは魔法の才能は勿論だが、それを活かすための高い戦闘技術も要求される事が多い。
Cランク以下の魔物と違い、Bランク以上の魔物は魔法を使う。
Cランクの魔物ならば距離をとってから魔法を発動させる事は十分可能だが、Bランクともなると魔物だって遠距離の魔法を使ってくるし、身体強化を使い一瞬にして距離を詰めてくる事もある。
そうなってくると魔法のみで対処するのは困難なため、相手の隙を突き、相手を殺しきれるだけの力が必要とされる。
ただ何事にも例外と言うものは存在し、イザベラのように補って余りある魔法の才能を持つ者などは魔法のみで対処出来てしまう場合がある。
そういった者の存在は稀少であり、純粋な魔術師でBランク以上の者は中々居ない。
それ故にBランク以上には魔法を抜きにしても実力者が多く、魔法で強引に押し切れるCランク以下とは訳が違った。
「前にマンティコアに襲われた時、魔法の事を抜きにしても正直勝てるイメージが思い浮かばなかったし、そんな化け物を一対一で倒せるような人達が大勢参加するんだ。俺が出た所で…」
そこまで言いかけた所でライが口を固く閉じ黙り込む。
そんなライにフィアが語りかける。
「ねぇライ、ブルガスであのお爺さんから聞いた話を覚えてる?」
「お爺さんってマゲット爺さんの事?」
「うん、あのお爺さんが言ってたよね。”旅を楽しめ”って…ライは今楽しめてる?」
「それは勿論、ここまで旅をしてきて色んな人達と出会えて、色んな物を見て、色んな事を体験して――」
「違う、そうじゃない」
ライの言葉を遮るようにフィアが強い口調で言う。
「ライは大会に出てみたいって思ってるんじゃないの?。それなのに何だか難しい事ばっかり考えて、それって楽しいって事なの?」
「それは…」
フィアの言葉にライは何も言い返す事が出来ない。
「別にそれが悪いって言ってる訳じゃ無いんだよ。ライにはライの考えがあるのは分かってるし、後先考えずに行動して大変な事になるんじゃないかって不安になるのも分かるよ」
先程までの強い口調とは打って変わり、優しく諭すような口調でフィア言う。
「でもね、そんな悩むくらいならいっそ自分の好きなようにやっても良いんじゃないかって私は思うんだよ」
「好きなように…」
フィアの言葉を飲み込むようにライが顔を俯け呟く。
ライが大会出場に踏み切らない理由は幾つかある。
その内の一つに悪目立ちして変な輩に目を付けられるかもしれないというのがあった。
世界中から強者共が集まる大会だ。
もし予選を勝ち抜き、本選に出場すれば嫌でも目立つ事になるだろうし、出場出来なかった者達からの嫉妬、対戦相手を倒せばその者からも恨まれる可能性だってある。
ヴァーロンの武闘大会というのはそういう物が必ずと言って良いほど付きまとう。
決して避けては通れない道だ。
大会出場中は国が守ってくれるとはいえ、大会が終わってしまえば自分の身は自分で守らねばならない。
しかし大会の場で無ければ魔法禁止などというルールは存在しない以上、ライを狙う者は魔法をお構いなしに使ってくるだろう。
(始源で防ぐか?。いや駄目だ…始源を他人に見られる事は避けるべきだってこの間フィアに言われたばかりじゃないか)
大会に出た後の事を考える――ライ自身気が付いては居なかったが、既にライの心の中では大会に出場する方へと傾き掛けていた。
そんなライの背中を押すようにフィアが口を開いた。
「”楽しめ”」
「あ…」
「”そういった出会いを、良いも悪いもひっくるめて”」
それはブルガスでマゲットから聞いた言葉、どんな人物との出会いでも楽しんでしまえという旅の大先輩の言葉だった。
「…そういや、マゲット爺さんはそんな事を言っていたね」
「うん」
「”旅をする中でそう言った物は決して避けられる物ではない”…か」
先程まで避けて通ろうとしていたライの心に、その言葉が深々と突き刺さる。
「ねぇフィア…」
「何?」
「大会に出たらやっぱり色々な人達の目に止まっちゃうかな」
「止まるだろうね。ライは強いもん」
「あはは…そっか…”強い”か」
フィアのその言葉で、ライの中で決断を鈍らせていた最後の迷いが断ち切られる。
「大会に出る事で良い出会いに巡り合えるか、それとも悪い出会いに巡り合ってしまうのか。それは正直よく分からないけど――」
『良い出会いならそれだけで楽しめるし、悪い出会いなら後で笑い話にでもすれば良い。良いか悪いかはともかく、出会ったならまずは縁を結べ。最初は悪い出会いだったと思っても、後々になって悪くはなかったと思えるかもしれないし、その逆も然りだ』
思い起こされるマゲットの言葉、それならばもう迷う必要など何処にも無かった。
「俺は大会に出たい」
迷いのない真っ直ぐな瞳をフィアに向けながらライはそう決めたのだった。