追跡者対策
ライ達が森を抜けた次の日の朝、その森の中を彷徨う四人の冒険者の姿があった。
「はぁ…まさか魔動地帯で一晩過ごすハメになるなんてね」
「アドレアとアリスが居てくれて助かりましたね。私とイザベラは魔法抜きでの戦闘力は皆無と言って良いですからね」
「相手が低ランクしか居ないからな。Eランクまでなら純粋な肉弾戦で何とかなるし、DやCでも身体強化だけ使えば対処は余裕だ。お前らも燃費の高い魔法を使うだけじゃなく、身体強化を使って自分の肉体で戦う事を覚えたらどうだ?」
「嫌よ。汗臭いし、返り血が付くじゃない」
「お前なんで冒険者やってんだよ本当…」
呆れたようにアドレアが言う。
「しっかし、何時まで経っても道に出ねぇな」
「”ヴァーレンハイドの地理なら俺に任せろ”って言ってた癖に…それで道に迷うんだから世話ないわ」
「うるせぇ…大体仕方ねぇだろ。道が途中で途切れてるなんて誰が予想出来るんだよ」
アリスの言葉にアドレアが反論する。
魔物嫌いの森を切り開いて作られた一本の真っ直ぐな道。
本来であれば迷い様もないこの場所で、Sランク冒険者達は迷っていた。
事は時間を遡り昨日の昼、魔物嫌いの森を道に従い進んでいた時だ。
道が途中で途切れ、四人の進行方向には森が広がっていたのだ。
ライ達も同じ道を通っており、その時は道が途切れているなどという事は無かった。
では何故道が途切れているのかと言えば、それは勿論フィアの仕業である。
普通ではあり得ないこの異常事態に最初は戸惑っていた四人だったが、アドレアの”ここは真っ直ぐに伸びた一本道のはずだ。だからこのまま真っ直ぐ行けば問題ない”という言葉に従い、そのまま真っ直ぐに進む事にしたのだ。
しかしフィアがただ道を途切れさせるだけで済ませる訳も無く、案の定四人は魔物嫌いの森の中で迷い一夜を過ごすハメになった。
途中で出会う魔物の殆どはアドレアとアリスが対処し、ルークとイザベラはいざという時の為に魔力の温存していた。
「あーもう!森の中って歩き辛くて仕方ないわ!。魔力の事が無ければ普段通り空を飛んで移動してるのに…これだから魔動地帯は嫌なのよ!」
「そんな踵の尖った靴なんて履いてるからだろ。自業自得だ」
「ははは…私もアドレアと同意意見です。流石にヒールはどうかと思いますよ」
「踏ん張りは効かないだろうけど、相手の急所を踏み抜くには便利そう」
四人がそんな会話をしながら草木を掻き分け道なき道を進んでいると、やがて雑草も生えていないしっかりと固められた道にぶつかった。
「やっと道に出たか」
「一安心ですね。ただどっちが進行方向なのかが分からないのが問題ですが」
「それは問題ないだろ。朝早くて助かったな、こっちの空が白んできてるって事はこっちが東だ」
そう言ってアドレアが先導しようと一歩を踏み出したその時、背後からイザベラが制止の声を上げる。
「待ちなさい!!」
「っ、なんだ!?」
イザベラのその真剣な声色にアドレアは何か異常事態が起きたのだと判断し、その場で振り返りながら臨戦態勢を取る。
両足で地面を踏みしめ、両の拳を腰の脇に据えた構えを取るアドレアの元にイザベラがズンズンと歩み寄る。
「アドレア」
「お、おう…なんだよ。何があったんだよ」
怖い顔をしたイザベラがアドレアの顔をじっとみつめる。
「アンタ、なんか変な物でも食べたんじゃないでしょうね!?」
「………は?」
「あのアドレアが空を見て方角を…これ一体どういう事なのでしょうか?。まさか天変地異の前触れ…!?」
「おいルーク」
「この土地には毒キノコや毒草の類が多く存在するみたいだし、空腹に耐えかねたこの馬鹿が拾い食いした可能性は十分にあるわね」
「俺はそこまで意地汚くはねぇぞ」
「まったく、拾い食いなんてするくらいなら素直にお腹が空いたって言いなさいよ!」
「てめぇら人の事なんだと思ってやがる…」
緊急事態だと身構えていたアドレアだったが、三人のその様子に怒る所か何だか悲しくなってきた。
(俺は一体こいつらからどんな人間だと思われてるんだ…)
アドレアは両手を下ろし構えを解き、無言のまま東の方向へと向き直り再び歩き始める。
「あ、ちょっと待ちなさいよ。今解毒薬出すから」
「要らんわアホ!それよりも早く行くぞ。こんな所で迷ったせいで一日遅れてんだ。急いで向かわないと受付時間に間に合わ――ん?」
何かを言いかけたアドレアだったが、ふと道の先に妙な物を見つけ動きを止める。
「どうしたの?」
「いや、なんか看板が」
「看板?」
アドレアが指し示した方向に、道の真ん中に突き立てられた看板の姿があった。
看板の側まで四人が歩み寄る。
「えーっと、何々…”乗れ”?」
「乗れというのは、看板の下にあるこの鉄板の事でしょうか」
乗れと書かれた看板のすぐ下に円盤状の鉄板が置かれており、全員の視線がその鉄板に注がれる。
「…罠かこれ?」
「どう考えてもそうでしょ。怪しさ満点じゃない」
「でもここまで罠だったとして、ここまで露骨な事って有り得るのでしょうか?」
「別にどうだって良いじゃない。罠だろうがそうで無かろうが、避けて通れば何の問題も無いんだから」
そう言って鉄板の脇を通り抜けようとイザベラが足を一歩前に出したその時、イザベラの履いていたヒールの爪先が、何か硬質の物とぶつかった時のような音を響かせた。
「…あれ?」
まるで金属製の板でも踏んだかのようなその音にイザベラが恐る恐る視線を自身の足元に向けると、避けて通ろうとしたはずの鉄板が足元にあった。
「んな!?」
その事実にイザベラが気付いたと同時に、鉄板の外側の部分から鉄が棒状に伸び始め、伸びた鉄がイザベラ達の頭上で終結し、四人は巨大な鳥籠のような物の中に閉じ込められてしまった。
「いつの間に足元に!?」
「クソ、うおらぁ!!」
アドレアが右拳に魔力を集め、思いっきり鳥籠に叩きつける。
インパクトの瞬間魔力が爆発し、轟音が周囲に響き渡り爆風によって樹木が撓る。
しかし肝心の鳥籠に傷一つ付くことは無かった。
「なんだこれ、滅茶苦茶かてぇ!」
「ちょっと!こんな狭い場所でそんなもの使わないでよ!!危うく爆風に飲まれて死ぬ所だったじゃない!!」
「うるせぇ!!昨日俺に向かって魔法ぶっ放しやがった奴が何言ってやがる!これでチャラだろ!」
「何ですって!?大体アンタは――」
「二人共!少し静かにしてくだい!」
言い争いを始めそうになった二人をルークが止める。
「静かに…耳を澄ませてください。何か聞こえてきませんか?」
ルークのその言葉に、アドレアとイザベラが一瞬顔を見合わせ不服そうな表情を浮かべながらも黙って耳を澄ませる。
風に揺れる草木が擦れる音、生き物達の鳴き声、鳥の羽ばたき、森の中に有りがちな音だけが四人の耳に届く。
「別に変なもんは何も聞こえねぇが…ルーク、これが一体どうしたって…」
そう言いながら、顔を上げルークの方に視線を向けようとしたアドレアの動きがピタリと止まる。
風に揺れる草木が擦れる音、生き物達の鳴き声、鳥の羽ばたき、周囲から聞こえてくる音の種類に変化はない。
だが、先程まで聞こえてきた音に変化があった。
草木が擦れる音は激しさを増し、生き物達の鳴き声も囀りから仲間に危機を知らせるように忙しなく鳴き、ずっと聞こえていた鳥の羽ばたきはドンドン大きく、ドンドン四人の方へと近づいていた。
やがて鳥の羽ばたきが四人の頭上で聞こえてきた時、凄まじい風圧が地面に向けて叩きつけられ巨大な影が地面を覆い隠した。
「んだありゃ!?」
四人が見上げた視線の先、そこには木々に隠れ全体が見えない程の巨大な鳥の姿があった。
「ちょっと…なんだか嫌な予感が止まらないんだけど」
「巨大な鳥に巨大な鳥籠、これは偶然かしらね?」
「私達が捕らえられた所に出てきた時点で、偶然の可能性は低いでしょうね…」
「って事はまさか――」
全員が次に起こるであろう事態に唾を飲む。
そして案の定巨大な鳥はおもむろに前足で鳥籠を掴むと、鳥籠に捕まった四人ごとそのまま空へと一気に飛び上がるのだった。
同刻、ライ達はというと朝食を済ませ出発の準備をしている所だった。
大人達が設置していた物を撤去している傍ら、子供達がはしゃぎ回っていた。
「あんた達、あんまりうろちょろするんじゃないよ!。…ったく、朝っぱら元気だねぇ」
「元気が有るのは良い事じゃありませんか。元気が無いよりはずっと良いでしょう?」
「そりゃそうだけど、元気過ぎて怪我しないか心配なんだよ私は」
フローリカとカレンがそんな話をしていると、立ち話している二人に気付いたノーラが声を上げる。
「二人ともーサボってないで手伝ってよー」
「あらあら、ノーラに怒られてしまいましたね」
「アイツにだけは言われたくないセリフだね…」
「何か言ったー?」
「何でもないよ!」
荷馬車の荷台に木箱を積むライの手伝いをしながら、そんな三人のやり取りをフィアが見ていた。
「朝から元気だね」
「皆が皆元気って訳じゃないみたいだけどね」
そう言いながらライは荷馬車に背を預け眠りこけているライラに視線を向ける。
「ライラさん、そろそろ出発の時間ですよ。起きてください」
「んぅ…あと少し、眠気が無くなるまで…」
「それって何時ですか。カレンさん達に見つかる前に起きないとまた怒られますよ」
ライラの肩を揺すり起こそうとするライを見つめてみたフィアだったが、ふと何かに気が付いたように自分達の背後、西の方角に視線を向ける。
「おーい、ライ、フィア」
カレンが二人に声を掛けながら近づいて来る。
「荷物は積み終わったかい?」
「あぁ、はい積み込みは終わりましたけど…」
「そうかい、だったらそこに寝転がってる大きな荷物を荷台に放り込んでさっさと出発するよ」
「ぐえっ!?」
カレンはライラの首根っこを引っ掴むとそのまま荷台に向かってライラを放り投げる。
「さ、出発するよ!」
「は、はい」
躊躇なく荷台にライラを投げ込んだカレンの姿に、ライが若干引きながらも返事をする。
(カレンさんは豪快だなぁ…ライラさん大丈夫かな)
そう考えながらも荷台を覗く事はせず、ライは荷馬車を引いている馬の元まで歩いて行く。
馬は地面に打ち付けられた馬留めで繋ぎ留められており、ライがその馬留めを引き抜こうと手を伸ばす。
「ちょっと待って!」
「フィア、どうかしたの?」
フィアの制止の声に馬留めに伸ばしていた手を引っ込め、ライが後ろを振り返る。
フィアは相変わらず西の方向を睨んだまま立っており、様子を見るためにライがフィアに歩み寄る。
「なんだい、なんかあったのかい?」
ライと同じように馬留めを外そうとしていたカレンが顔を上げ、そちらに視線を向けようとしたその時、突如ライ達が居る街道を覆い尽くすような巨大な影が現れ、同時に真上から地上に向けて叩きつけるような突風がライ達を襲う。
突風で吹き飛ばされぬよう、何かにしがみ付きながら全員が揃って空を見上げる。
そこには巨大な鳥籠とそれ以上に巨大な鳥の姿があった。
「ぬぉぉおおお!!!このクソ鳥がっ!!放しやがれぇぇぇ!!!」
「ちょ、止めなさい馬鹿!!ここでこの鳥を殺したら鳥籠諸共地面に叩きつけられるのよ!?」
「私の剣でも斬れないなんて…」
「鳥が気まぐれに足を放した瞬間に私達は死ぬ。嗚呼――この生殺与奪の権を握られている感じ…そう考えるだけで私はもう…んぉぉぉぉぉほおおおおおお!!!」
ルークの絶叫を響かせながら、巨大な鳥は東の空へと消えていった。
鳥が現れてから消え去るまで、時間にすれば僅か十秒足らずの出来事であったが、ライ達に与えた衝撃は凄まじく暫くの間ライ達は微動だにする事が出来なかった。
「な、何だったんだあの鳥の化け物は」
「人…居なかったい?」
「気のせい…ではないでしょうか。あんな所に人が居るとは思えませんし、なんだか獣の遠吠えみたいな物も聞こえましたし」
「獣と言うよりかはケダモノって感じがしたけどね…」
エリオ、カレン、フローリカ、ノーラの四人がそんな事を話している中、ライとフィアは四人とは少し離れた位置に立ち、巨大な鳥が消え去って行った方角を見つめていた。
「…ねぇ、あの鳥籠の中に居たのって」
「あの四人組だね」
「もしかしてフィア?」
「………知らない」
フィアはプイと顔を背けると、そのまま御者台の方へと走って行ってしまった。
白を切るフィアだったが、鳥が消え去る寸前にフィアが呟いた言葉をライは聞いて居た。
『飛ばす方角間違えた…』
(闘都の方角に飛んでったけど…大丈夫かなあれ、騒ぎにならなきゃ良いけど)
その事に一抹の不安を感じながらも怯え暴れ狂っていた馬達を宥め、ライ達は改めて闘都に向けて出発するのだった。