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ライの考え

盗賊の襲撃から数時間、太陽も傾き夕暮れが近づいて来た頃、ライ達は魔物嫌いの森を抜け開け街道に出た。


「…ここまで来ればもう安心、盗賊の心配もない」


ライラがそう言うと荷馬車は動きを止め、先頭の荷馬車からカレンの声が聞こえてくる。


「ライ、もう良いよ!ご苦労さん!!」

「っ、ぷはぁぁぁぁあああ………」


ライが大きく息を吐きながら、四肢を荷台の床へと放り出す。

床へと寝っ転がったライの身体の上に子供達が飛び込み、ワイワイと騒ぎだすもライラが三人を引っ掴んでライから引き剥がす。


「今は駄目、ライは疲れてる…」

「えー!今までずっと我慢してたのにー!」

「ワガママ言ったら駄目…」


一気に騒がしくなった荷台の扉が開け放たれカレンにエリオ、ノーラとフローリカが顔を覗かせる。

その視線は床に四肢を投げ出し汗だくになりながら疲労困憊の様子のライに注がれていた。


ノーラが地面から軽快にジャンプし荷台に飛び乗ると、そのまま地面に倒れているライに覆いかぶさるように思いっきり抱きしめる。


「んーー!お兄さんありがとーー!!盗賊が三十人以上居るって聞いた時は駄目かと思ったのに、無事魔物嫌いの森を抜けられたのもお兄さんのおかげだよー!!」

「ちょ、ノーラさん苦しい…!というか色々とまずいです!」


鎧やローブに身を包んだカレンとライラとは違いノーラは軽装であり肌の露出も多く、肌に感じるノーラの体温にライは顔を赤くする。


「役得だと思って黙ってな。エリオ、これくらいは構わないだろう?」

「う、うむ…まぁそうだな」


カレンの言葉にエリオは微妙な顔をしながらもノーラの行動を黙認する。


「じゃあお許しも出た所で…ほれほれー!グリグリィ~!」

「わっぷ!?あ、ちょっと!!」

「ママずるい!私達もお兄ちゃんにグリグリするー!」


ノーラの行動を見て、子供達も再びライの身体の上に飛び乗る。

四人に良い様に揉みくちゃにされるライの脇を通り過ぎライラが荷台を降りる。


「止めなくて良いんですか?」

「ノーラがやりだした時点で、子供達にだけ駄目なんて言えない…まぁ、ライも満更でも無さそうだし」

「ですね」


ライラとフローリカがそんなやり取りをしている間にもライは揉みくちゃにされ、もう抵抗する気力も失ったのか、なすがままになっていた。


「随分と体力を消耗してたみたいだね…今日はちょっと精の付くもんでも用意してやるか。頼むよフローリカ」

「あら、昨日に引き続き私がまた用意するんですね。まぁ別に構いませんけど」

「アンタが一番料理が上手いんだから、今日くらい良いだろう?」

「そんな事言って自分の食事当番を引き延ばそうとしてませんか?」

「そ、そんな訳ないだろう!?私は純粋に疲れてるライの事を思って」

「分かりました。もう良いですから…それじゃあちょっと早いですけどここら辺で今日は一休みしましょうか。アナタ、手伝ってくださいな」

「分かった」


フローリカの言葉にエリオが頷き、荷台から天幕などの野営用の品々を運び出していく。


「ノーラも満足したら手伝ってくださいね」

「はいはーい分かってるー」


軽く手を上げて御座なりに返すノーラの様子にため息を吐きながらもフローリカは夕食の支度を始める。


「よいしょっと…ん?ライラ、そんな所に突っ立ってどうしたんだい?」

「ん、ちょっと…というかかなり気になってる事があって」


そういうライラの視線は荷台の中、今もなお揉みくちゃにされているライに向けられていた。


「ライは一体どうやってあんな事を可能にしたんだろうって、魔術師として凄く気になる」

「あぁ…アレは確かに気になるねぇ」


カレンはライラの言葉に同調しながら、森の中で聞いたライの考えについて思い出していた。







「考えがあるって、一体何する気だい?」


カレンが訝しげにライに問い掛ける。


「皆が全力で戦えるよう、俺が全員分の魔力を補います」

「何だって?」


何を馬鹿な事をと、ライの言葉を一蹴しようとしたカレンだったが、ライの真剣な表情を見て押し黙った。

張ったりでも虚勢でもない、ライが本気であることにカレンは気が付いたのだ。


「…魔力も安定して供給出来ないようなこの場所で一体どうやって私達全員の魔力を補おうって言うんだい?。言っておくけど私らの全力ってのは魔力を馬鹿みたいに消費するんだ。アンタがどれだけ体内に魔力を貯められるかは知らないけど、一人の人間が複数の人間の魔力を補うなんて無理な話さ」

「確かにカレンさんの言う通りです。そもそも俺は体内に魔力を貯めることが出来ないのでそんな方法は取れません」

「魔力を貯められない?」


一瞬カレンはライが何を言っているのか理解できなかった。

魔力を貯める事が出来ない、それつまり魔法が使えないに等しく、そんな者がCランクにまで登り詰めるなど到底考えられない。

それに魔力が貯められないと言うのなら一体ライはどうやって全員の魔力を補おうと言うのだろうか?。


「じゃあアンタは一体どうしようって言うんだい…?」


困惑するカレンにライが答える。


「空間に魔力を貯めるんです」

「空間に?それは一体どういう…」

「百聞は一見にしかず、カレンさん手を」


ライに促されるまま、カレンは右手を前に差し出す。


「その手から魔力を放出するなり、集めるなりしてみてください」

「…っ、これは」


カレンが目を見開き、自分の右手を見つめる。

そんなカレンの様子に隣に立つエリオや荷台の中にいる他の面々が何事だと視線をカレンに集中させる。


「どうしたんだ?」

「…右手から魔力が出せない。いや、力めば多少は出せるんだが…まるで何かに押さえ付けられてるみたいだ」


右手を開いたり閉じたり、軽く振ってもみたが右手に纏わりつく感覚を振り払う事は出来ない。


カレンの右手に纏わりつく感覚の正体、それは始源でありライは始源でカレンの右手を覆う事で大気に放出されようとする魔力を押さえていたのだ。


「どうやったかは言えませんが、俺は今カレンさんの右手の周囲の空間の魔力が漏れ出さないようにしました。これを右手ではなく馬車の回りの空間に、網を張るようにして南から流れてくる魔力を捕らえ、北に抜けていこうとするのを防ぎます。これなら魔力を気にせず全力で戦えませんか?」


ライのその言葉にカレンは顎に手を当てて考える。


ライの言葉をそっくりそのまま信じるのであれば、盗賊なんて目ではない。

詳細は分からないが魔力をその場に押さえ込むという手段を持っている事は確かであり、この状況を打破できる可能性を秘めていた。

ただしこれにはリスクが伴う。

それはライが空間に留めておける魔力の量が未知数であることだ。

ライに言われた通り右手から魔力を放出しようとした際、力を入れる必要はあったが、押さえ込もうとする感覚に反発し押し広げるように魔力を多少なりとも放出する事ができた。

そしてこれはライが空間に保持できる魔力の総量にも限界があることを意味していた。


(その場に魔力が増えれば増えるほど、狭い空間に押し込められた魔力は逃げ場を求めるはず。そうなれば私が力んだ時のように魔力が空間の外に排出されてしまう)


これは諸刃の剣だ。

成功すれば間違いなく盗賊を蹴散らし無事魔物嫌いの森を抜けることが出来るが、ライが盗賊を追い返せるだけの魔力を保持できなければ全員揃って盗賊の餌になる危険もある。

それにそんな危険を犯さずとも荷馬車を捨て、馬だけを連れてすぐに引き返せば命だけは助かるだろう。


多少の危険は覚悟で進むか、命を最優先とし荷を捨てて逃げるか。

命あっての物種だとカレンが後者に傾きかけたその時、荷台の小窓からライラが再び顔を覗かせる。


「カレン、ここはライを信じてみよう」

「ライラ…でもねぇ」

「カレンが不安に思うのも分かる。でも多分ライなら大丈夫…ほら、回りの魔力を確かめてみて」


ライラの言葉にカレンが目を瞑って周囲の魔力を探る。


「これは…」

「かなりの魔力が既にこの場に溜まってきてる。ライ、まだいける?」

「現状だとこれが限界ですけど、魔力を押さえ込む事だけに集中すればこの三倍くらいまでなら何とか出来ると思います」

「それだけあれば十分、今でもカレンが魔力を出しきったとして三回は全開まで補給出来るだけの魔力がある。盗賊を返り討ちにするだけなら問題ない」


後者に傾きかけていたカレンの思考が再び揺さぶられる。

確かにこれだけの魔力があれば余裕があるとは言えないが、盗賊を迎撃する分には事足りる。

ただし相手が予想外に強かったり、しぶとかった場合、魔力の量に不安が残る。


ライが現状の三倍までなら溜められるとは言っていたが、それはあくまで感覚的な予測であり、本当にそれだけ溜められるかは分からない。

第一ここは魔動地帯、盗賊に襲われるまでにそれだけの魔力が都合良く流れてくるとも限らないのだ。


絶望的だと思われた状況に現れた活路、それに飛び込むべきか否か。


(進むにせよ逃げるにせよ、これ以上ここで立ち止まっていたら盗賊共に警戒されかねない。最悪待ち伏せを止めて今すぐこっちに向かってくる可能性もある。しかし決断するにしても判断材料が足りない…)


そう考え、カレンが口を開く。


「ライ、パッと思い付く分だけで良い。アンタを信じて前に進んだ場合にどんな利点と欠点がある?」

「まず利点は盗賊達よりも安定して魔力が得られる事、欠点は俺の周囲の空間に固定しているから荷馬車の側でないと魔力を補給できない事、盗賊に荷馬車に張り付かれるとその魔力を利用されかねない事、魔力を保持することに集中するため俺が戦いには参加できない事です」

「欠点だらけじゃないかい」

「でもどの欠点もカレンさん達次第です。荷馬車から離れず、盗賊を近づけず、俺の加勢も必要としない。カレンさん言いましたよね」


ライはカレンの目を見つめながら言葉を続ける。


「魔法さえ使えれば盗賊なんて返り討ちにしてやるって、だから俺はこの提案をしたんです」

「…それは、私達の力を信じてるからって事かい?」


カレンの言葉にライが力強く頷く。


カレンはライの実力の全てを知っている訳ではない。

ライが魔法をロクに使えないことも知らないし、あくまでも昨日の戦いで分かっている事だけしか知らない。


それ故にカレンは知っていた。

魔法が使えないという状況において自分達ではライに手も足も出ない事を、昨日だけで嫌というほど理解していた。

ライならば盗賊を単独で全滅させる事は難しくともフィアを連れて逃げることなど造作もない筈だ。


それだけの力がライにはある。

だというのにライは逃げる事を選択する所か、ここに残り自分達のバックアップをすると言うのだ。

確実に盗賊を退けられるであろう力を持ちながら、カレン達の助けとなるために不確かな他人の力を信じる。


「馬鹿野郎だねアンタ…冒険者たるもの常に自分の身の安全を第一に考えるべきだ。確実で安全な方法を選ぶべきだし、ましてや他人の事なんて二の次、それが普通だ」


確実で安全な方法を選ぶ。

常に自分の命を掛けて戦っている冒険者ならば誰しもが心掛けている事だ。

冒険者という視点から見れば、ライのこの行動は冒険者としては間違いだ。

でも、人として誰かを助けたいという思いだけは間違いではない。


ライの間違いを指摘しながらもカレンの様子は何処か嬉しそうであり、口元には笑みが浮かんでいた。


(ライは私達の力を信じてくれてるのに、私がライの力を信じない訳にはいかないね)


「――とはいえ、私には代替案も思いつかなかったし…ライ!」

「は、はい!」


ライの瞳を真っ直ぐ見つめながら、カレンが決意を口にする。


「アンタの力、信じるよ」






「信じて正解だったね」


ライラのその言葉に、自身の記憶を遡っていたカレンの意識が引き戻される。

木箱を抱えていたカレンの隣には同じように木箱を抱えたライラがいつの間にか立っていた。


「早く野営の準備を終らせよう。遊んでたらフローリカに怒られる」

「…そうだね」


そう言いながらカレンとライラは野営用の道具が入った木箱を抱えながら、設営の準備を進めているフローリカ達の方へと歩き始める。

歩き始めて数歩、ふとカレンが立ち止まり騒がしい声を響かせる荷台へと視線を向けた。


(ライ、ありがとね)


心の中で礼を言うと、カレンは前へと向き直り先を行くライラの後を追うのだった。

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