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盗賊の残党

「ん?」

「ライ、どうかした?」

「いや、なんか後ろの方で何か凄い音がしたような…気のせいかな?」


一瞬ライの頭の中で先ほどの丘の向こう側に隠れていた盗賊達の事が過ったが、それもすぐに頭の中から消え去りライは何事も無かったかのように前に向き直り馬の手綱を握りしめる。


ライ達が魔物嫌いの森に入ってから一時間は経過しており、ライ達は完全に魔動地帯の中へと足を踏み入れていた。

この一時間で魔力の有る場所と無い場所を何十回と出たり入ったりを繰り返しており、その間隔に規則性は無く一瞬だけ途切れる事もあれば数分続けて魔力が無くなる事もあった。


「初めて魔動地帯に入ったけど、これじゃ確かに迂闊に魔法は使えないな…」


手綱を引き馬を操りながらライは周囲の魔力を探る。

今は周囲に魔力が漂っていたが、魔動地帯というだけはありその魔力も風に流されるように移動しており、この場所も少しすれば魔力の全く存在しない場所になるだろう。


「こんな場所で盗賊に襲われたらなんて考えるとぞっとするね」

「別にライなら魔力が無くたって平気なんじゃないの?」

「例え相手が魔法を使わない人間だったとしても数で攻めてこられたら流石に無理だよ。俺には腕が二本しかないし、目だって前にしか付いてないんだ。同時に攻撃を受け流すのは二つが限界だし、背後を取られたら受け流す所か避ける事だって難しい」

「なるほど…ねぇライ、だったら腕と目を増やしたいとは思わない?」


そう言いながらいたずらな笑みをフィアが浮かべ、そんなフィアに対しライは腕と目が増えた自分を想像してしまったのか、ちょっと嫌そうな顔をする。


「やめてよ。フィアが言うと冗談に聞こえないよ」

「ふふふ――っライ、ちょっと止まって」

「どうしたの?」


可笑しそうに笑っていたフィアだったが突如真剣な様子でライに馬車を止めるように言い、ライはどうかしたのかと尋ねながらもフィアの言う通り馬車を停止させる。


「おい、どうしたんだい?」


後ろの馬車が止まった事に気が付いたカレンがエリオに馬車を止めさせこちらに駆け寄ってくる。


「それが…」


駆け寄ってきたカレンに何と答えようかと考えながら、ライが隣に座るフィアに視線を向ける。

フィアは静かに目を瞑ったまま、まるで何かに集中している様子だったが、やがて目を開けるとポツリと呟く。


「南東の方角に十四人、北東の方角に二十人、道を挟み込むように三十人以上の人間が息をひそめてる」

「何だって?」


フィアのその呟きの意味を問うようにカレンが言う。


「盗賊と思われる人間がこっちを監視ししてる。このまま行けば十分後に挟み撃ちにされるよ」

「………ライラ」

「分かった」


荷馬車の荷台の小窓から顔を覗かせていたライラはそれだけ言うと小窓から離れ、二台の中央で腰を下ろす。

ライラの身体が淡く輝き、その光がするするとライラの身体から離れ荷台の後ろ側から茂みの中へと入って行く。

光が茂みの中に消えて暫くした後、ライラがすっと立ち上がり再び小窓から顔をだした。


「こっちでも確認した…北東の方にぴったり二十人」

「そうかい…」

「南東の方も確認する?」

「いや良いよ。ありがとう、今使った分の魔力を補給しときな」


カレンがそう言うとライラはコクンと頷き小窓から顔を放す。


「厄介な事になったね…まさか一週間も経ってるというのにまだこれだけの盗賊が残ってるなんて」

「どういう事ですか?」


ライの質問にカレンが答える。


「一週間前、魔窯祭りが終わった翌日に闘都に向かう行商人達の間で大規模な隊商が組まれたのさ」


行商人は街から街へと移動するが故に、魔物や盗賊の類から身を守る必要があり、そのために護衛を雇ったりするのだが、個人で雇える護衛の人数なんてたかが知れている。

特に魔物嫌いの森のような魔動地帯ではどれだけランクの高い冒険者を雇おうとも無意味に等しい。

一騎当千の冒険者も魔法が使えなければただの人間だ。

そうなってしまえば盗賊達の恰好の餌でしかない。

だからこそ、行商人達は隊商を組み人数を増やす事で盗賊達が持つ人数の有利を封じ、盗賊達から身を守ろうとしたのだ。

しかし、逆にそれを好機と狙う者達が存在する。


「本来盗賊対策のはずの隊商だが、複数の盗賊団が手を組みこれを襲撃する事件が最近多発しててね。一週間前にここを通った連中も襲撃を受けたはずだよ。そして隊商を襲撃した盗賊達は成否に関わらず討伐隊が組まれる前にさっさと撤退しちまうもんなんだがね…」


苦々しそうな顔をしながらカレンが言う。


「まさか一週間も経って未だに残ってる連中が居るなんて思わなかったよ。数人程度なら兵士達から姿を隠す事も出来るだろうけど…まさか三十人以上が残ってるなんてね。一体この国の兵士共は何をやってるんだか」


盗賊が出ると予測される地点には定期的に巡回の兵士が派遣される。

魔物嫌いの森もその一つであり、本来であれば盗賊の襲撃があった時点で残党狩りのために暫くの間は兵士達が駐屯していても可笑しくはない。

しかしここに来るまでの道中、兵士どころか自分達以外の人間の姿は無かった。


この国の兵士に対し悪態をつくカレンの姿をみて、ライがふと疑問をぶつける。


「そういえば、何故カレンさん達はその隊商と一緒に行かなかったんですか?。闘都に向かうなら護衛を雇うよりも隊商を組んで移動した方が遥かに安全のはずですけど」

「あぁ…確かにアンタの言う事にも一理ある。でも盗賊の一団が襲ってくるかもしれない…その段階で私らは隊商を組む気にはなれなかったんだよ」

「何故ですか?」

「子供達が居るからさ。隊商を襲う以上、盗賊はかなりの人数を揃えて来るだろうし、そうなったら混戦は避けられない。混戦の中で子供も守りながら戦うなんてとてもじゃないが無理がある。だから隊商の出発から一週間もズラし、兵士達が盗賊狩りを始める頃合いを見計らってマリアンベールを発ったんだ。それだっていうのに…」


重苦しい空気が流れる中、エリオがふと思いついたように口を開く。


「今から引き返すのは無理か?」

「無理だね。あっちはもうこっちの存在に気付いている。それにこんな狭い道で馬車を反転させようにも時間が掛かるし、その間に襲われるのがオチだよ」


フィアの言う通り森を切り開き作った道は馬車がすれ違うのがやっとという程度の広さしか無く、反転するには馬車を前後に動かしながら向きを微調整してやる必要があった。

仮にそんな事をすれば異変に気付いた盗賊達が得物を逃がすまいと襲い掛かってくる事は目に見えていた。

とはいえ、このまま進んだ所で襲われる事に変わりはない。


相手の数は三十人以上、一方こちらの戦えそうな人間の数は七人、しかも三人の子供を守りながら戦わなければならない。

命を優先するのなら、荷馬車を捨て引き返すしか道はない。


「クソ、普段通り魔法さえ使えりゃ盗賊なんて返り撃ちにしてやるのに…!」


カレンが苦々しそうに顔を歪めながら吐き捨てるように言う。

辺りを沈黙が支配したその時、ライが口を開いた。


「カレンさん、それはつまり魔法を普段通りに使えさえすればこの状況を打破出来るって事ですよね?」

「あ、あぁ…私らこれでも四人共Bランクだからね。盗賊の三十人や五十人、魔法さえ使えりゃどうって事はないけど…一体何する気だい?」


ライの質問の意図が掴めず、カレンは困惑とした表情を浮かべていた。

一方、当のライは少し考えるような素振りを見せた後、その場に居る人間の顔を見回しながら言う。


「俺に考えがあります」








ライ達の進行方向、南東に位置する森の中、その中でも一際大きく頭一つ分はとびぬけた樹木の上で魔法を使いライ達を監視する人影があった。

樹木の上に居る人影に対し、地面の方から声が掛けられた。


「おい!標的の動きはどうだ!?」

「依然動き無しでさ!」

「…まさかこちらの存在に気付いたのか?あんな位置から探知魔法でこちらの存在に気が付いたとなれば相手は相当魔法の扱いに長けていると考えた方が良い。…少し警戒はしておくか」


立派な顎髭を蓄えた男が考え込む後ろで、何十人もの人間が声を上げる。


「親方、ビビる事はねぇ!相手がどんだけ魔法の扱いに長けてようがここじゃ関係ねぇよ!」

「そうだぜ。ここは魔動地帯、魔物嫌いの森だ。魔法なんてロクに使えないって」

「馬鹿野郎!そうやって油断した結果、一週間前に大失敗したのをもう忘れたのか!」


頭目の男の言葉にその場に居た者達が黙り込む。

一週間前の大失敗というのは、一週間前にここを通った隊商を襲撃した時の事であり、ここに居る者達はその襲撃に失敗した盗賊団の残党達だった。

元はいくつもの盗賊団が手を組み今よりも多くの人数が居たのだが、一週間前の隊商襲撃の失敗により過半数が死に、さらに怖気づいた一部の盗賊団も引き上げてしまい今では三十人程度しか残って居なかった。


その時ふと一人の男が立ち上がり、頭目の男の前に立つ。

その男は元は別の盗賊団の人間であり、元々所属していた盗賊団が壊滅状態になったが為に別の盗賊団の下についている人間だった。


「親方さんよ。そう警戒過ぎる事はねぇさ、一週間前のアレはただ運が悪かっただけ。まさか魔結晶なんて高価なもんを護衛全員に持たせてるなんて誰も想像しなかっただろう?」


一週間前、盗賊達の襲撃が失敗に終わった最大の原因。

それは商人達が大枚を叩いて大量に買い込んだ魔結晶、それを護衛の冒険者全員に配っていた事だった。

魔結晶は魔力不足になった際、砕く事で中に保存されている魔力を取り出し、魔力の無い緊急時でも魔力を補充する事が出来る有用なアイテムなのだが、結晶を砕かなければいけない使い切りの品であり、さらに結晶の生成に非常に手間がかかるため値段も高く本当に緊急時にしか使えない高価なアイテムなのだ。

値段で言えば結晶一つで二万ギルダ、一般的な人間の一ヶ月分の給金に匹敵する。

そんな高価なアイテムを何十人も居る護衛全てに、しかも一部の実力のある護衛には複数個渡していた。

結果、襲い掛かった盗賊達は瞬く間に殲滅され、生き残った者達は第二陣、後方支援として控えていた者達だけだった。


本来であれば盗賊が出た時点で討伐隊が編成されるはずなのだが、後ろに控えていた者達は存在を察知されておらず、また最初に襲い掛かった盗賊達が一人残らず殺されたが為に隊商の人間達は盗賊を全て殺したと思い込んでしまっていた。

そのため、討伐隊が編成される事はなくこうして三十人以上の盗賊達が未だにこうしてこの場に隠れ潜む事が出来ていたのだ。


「はぁぁ…しっかし、魔結晶を湯水の如く使いやがって、あれ一個で一体良い女が何人抱ける事か…」

「良い女だぁ?お前本当にいい女を抱いた事があんのか?。本当に良い女抱こうってなったら魔結晶一個じゃ到底足んねぇよ。魔結晶一個で何回も抱ける女なんて性病持ちかもしれなくて怖くて俺は抱けねぇな」

「何言ってやがる。お前が通い詰めてる娼館で一番値段の高いのでも五千も行かねぇじゃねぇか」

「てめぇ!バラすんじゃねぇよ!」


下品な話題で男達が盛り上がっている中、樹木の上で見張りをしていた男が声を張り上げた。


「標的に動き有り!こっちに向かって来やすぜ!」

「こちらに気付いていた訳ではないのか…?。何か変化はあったか!?」

「後ろに荷馬車の御者台に乗っていた男と女が荷馬車の中に引っ込んで、代わり女が二人出て来やしたよ!恐らく男が体調でも崩して交代するために止まってたんじゃないですかね!」

「そうか…引き続き監視を続けろ!標的が襲撃地点に近づいてきたら南東の奴らにも合図を飛ばせ!」


頭目の男が木々の上に居る男に指示を飛ばす中、背後の部下達が標的について話していた。


「おい、女が二人だってよ」

「確か前の御者台にも一人、男と一緒に引っ込んだ女も合わせて四人か?」

「いけないねぇ。こんな時に体調不良なんて…体調管理はしっかりしないと、もし盗賊に襲われたりしたらどうするんだろうねぇ」

「女四人に男が二人、男の方は商人と病人…こりゃ楽勝だな」


好き勝手言いながら自分達の勝利を一切疑っていない部下達の様子に、頭目の男は何処か不安を覚えるのだった。

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