フィッチーニ大盗賊団 その2
ライ達が通りすぎてから暫くして地面に埋没していた三人を掘り出した後、盗賊団の面々は丘の陰に身を潜めながら輪になり話し合いをしていた。
「あーはっはっは!やはりこの私が指揮しなければ貴様らは何も出来ないらしいな!」
「くっ…!」
絶対にそれはないと弓兵隊隊長の男は反論したかったが、何も出来なかったというのも事実であり言い返せずにいた。
「安心しろ、私は寛容だ。たった一度のミスで見限るような真似はしない。感謝して私の元で働くが良い」
「そりゃどーも…!」
次の瞬間には飛び出そうになる罵倒の言葉を押さえるように男は歯をギシギシと噛み合わせながら心の籠っていない感謝の言葉を吐く。
フィッチーニにはそんな男の態度に気づいていないのか、もしくは気にしていないのかは定かでは無いがそのまま話を進めていく。
「さて、次の仕事の前にまず今回の仕事が失敗した原因を私が教えてやろう」
「何か知ってるんですか?」
フィッチーニの言葉に魔術師隊の隊長が興味津々の様子でそう訪ねる。
今はまるで何事も無かったかのように丘の周辺には魔力が漂っているが、魔法を唱えようとしたあの時だけこの丘の魔力は完全に消えた訳ではないが、その量は激減していた。
さらに魔術師の二人は自身の体に何かが纏わりつく感覚を覚え、それによって残りの僅かな魔力さえ体内に取り込むことが出来なかったのだ。
何故そんなことになったのか、その原因が分かるかも知れないとなれば魔術師隊の隊長が食い付くのも無理は無いだろう。
そんな魔術師隊の隊長の期待に満ちた視線を受けながら、フィッチーニはゆっくりと口を開いた。
「それは貴様ら魔術師隊が事前に魔法の準備していなかったからだ!」
「………」
フィッチーニの口から飛び出したその言葉に取り巻き二人を除く四人がポカンとした様子でフィッチーニの顔をみつめていた。
「お前達が準備を怠り、肝心な時に魔法が使えなかったからこそ今回の作戦は失敗したのだ」
「え?いやでも魔法の気配を察知されるから使うなって貴方が言ったんじゃ――」
「今回の作戦は弓兵隊隊長が指揮してたから私に責任は無い!」
「この野郎…!」
弓兵隊隊長の男がフィッチーニのその物言いに拳を握りしめる。
「もし仮に私が指揮をしていたのなら、事前に魔力が周囲から無くなる事を察知し魔法の準備をさせていただろう」
「嘘つけ!重力魔法の存在に気付かずに突撃して地面に埋没してた奴が何を言ってやがる!」
「馬鹿者!あれは身を挺して貴様らに危険を知らせるためにやっただけの事、私が気付かずにあのような罠に引っ掛かる訳が無いだろう」
「突撃する前に華麗に決めてやるとか言ってたじゃねぇか。しかも危険を知らせるためとか言った割には馬鹿二人の巻き添えが出てるし…」
「それは私の意図を汲め無かった馬鹿二人の責任だ」
「そんナ!親分酷いゾ!」
「んだぁ…」
フィッチーニの両脇に座っていた取り巻き達がそう言いながらフィッチーニの腰に抱き着く。
「えぇい!抱き着くな馬鹿者共!馬鹿が移るわ!」
「安心しろ、お前も既に立派な馬鹿だ」
「私は馬鹿ではなぁぁい!!」
フィッチーニはそう叫びながら立ちあがり、腰に抱き着く取り巻き達を強引に振り解いた後、弓兵隊隊長を指さしながら言う。
「一体この知性溢れるこの私のどこが馬鹿だというのだ貴様は!?」
「どっちかっていうと痴性が溢れてんだろお前は。実際、俺達の目から見たらお前は大事な作戦の時に隅で体育座りしてたり、作戦を無視して突撃かまして地面に埋没して俺達に手間かけさせたりとロクな結果を残していない訳何だが…こんな有様の人間の言う事を信じろっていうのは無理があんだろ」
「ふん、天才の考える事は凡才には理解出来んだけだ…とはいえお前の言う事もまた事実、それならばお前達の節穴でも分かりやすぅぅい結果を残せばお前達も納得するのだろう?」
「そうだが…どうする気だ?」
「決まっている。次の襲撃は私が指揮を執る。この大天才フィッチーニ様の作戦をとくと目に焼き付けるが良い!!」
「流石親分ダ!頼りになるゾ!」
「なるなるー」
取り巻きのヨイショを受け気分を良くしたフィッチーニが高笑いをし、そんな三人の様子に不安を隠しきれない残りの四人はただ黙ってその様子を眺めるのだった。
それから少し時間が経ち、丘の上から得物がやってこないかと見張っていた語尾の可笑しな男が声を上げる。
「親分!得物がやってきましたゼ!」
「ふふふ…この私が待ち構えているとも知らず、ノコノコと哀れな子羊達がやってきたか…どれ、どんな奴らだ?」
フィッチーニは見張っていた男の横に並ぶように身を屈め、丘の上からこちらにやってくる者を確認する。
「四人組の冒険者か」
「対した物は持ってなさそうだナ!」
「んだぁー」
語尾の可笑しな男の言葉に、いつの間にかフィッチーニの右横に伏せていた締まりのない顔の男が同意するように頷く。
「馬鹿者共め、確かにパッと見では何も持っていなさそうに見えるが冒険者というのは身軽さが命、大金を持っていてもそれをそのまま持ち歩くような真似をすればかさ張って邪魔になる。だから金を小さくて邪魔にならず高価な宝石なんかに変えて持ち歩いてると相場が決まっているのだ」
「なるほド、流石親分物知りだナ!」
「んだんだ」
「そうだろうそうだろう!特にあの紫色のローブで赤髪の魔術師っぽい女なんて如何にも宝石を貯め込んでいそうだし、これは良いカモがやってきたな」
フィッチーニはそうほくそ笑みながらそのままの態勢でズリズリと後退し、地面に伏せたまま向きを変えて後ろに控えていた四人に向き直る。
「さぁ貴様ら仕事の時間だ。魔術師隊、魔法の準備をしろ」
「魔法の気配を察知される可能性があるのに良いのかよ?」
弓兵隊の隊長がフィッチーニの指示に口を挟む。
「問題はない、魔法の気配を察知出来る範囲と言うのはその人物が魔力を集められる範囲に限られる。魔法を得意とする魔術師でもその範囲は大体自身を中心とした半径十五メートル前後、よくよく考えれば丘の上から下の道までは高低差を含めれば五十メートルは離れているんだ。そんな距離を探知出来る魔術師なんて早々居る者じゃない」
「…そうかよ」
自信満々の様子のフィッチーニとは打って変わり、弓兵隊の隊長の心中には言い知れぬ不安のような物が渦巻いていた。
(この馬鹿の言う事にも一理ある。この距離で魔法の気配を探知出来る人間なんて早々居やしない、だというのになんだこの不安感は…この馬鹿がそう口にするだけでその全てが尽く裏目に出るようなそんな気がしてならねぇ…)
それだけではない。
先の作戦の時、魔法の類は一切使用していなかったのにも関わらず、自分達の存在は既に察知されていた。
探知系の魔法を使ったと考えるのが一番自然なのだが、それにしては道を通る時の得物はこちらに意識を向けては居ないように見えた。
その不可解さが男の心の中をかき乱していた。
(あの得物はもう通り過ぎたってのに、何でこんなにもモヤモヤするんだ。まるで次の得物も一筋縄ではいかないような、そんな気がしてならない…)
弓兵隊隊長がそんな事を考えている間にも襲撃の時は刻一刻と迫っていた。
「魔法の準備完了です!。何時でも行けます!」
「よぉし!得物の方はどうだー!」
「目測百メートルってとこだナ!そろそろ魔法の射程距離に――ン?」
「どうした?」
語尾の可笑しな男が訝し気な顔で道の方を見ている事に気付いたフィッチーニが男にそう声を掛ける。
その様子に弓兵隊隊長の男は増々不安を募らせ、語尾の可笑しな男の横に伏せ自分の目で得物を確かめる。
「得物が突然止まったんだナ!」
「なんだ、腹でも痛くなったのか?」
「あれは…」
そんな呑気な事を言う二人とは対照的に弓兵隊隊長の男は顔に冷や汗を浮かべながら道に立つ四人の冒険者を食い入るように見つめていた。
重厚な鎧に身を包んだ金髪の男、同じく金髪で長い髪を後ろで縛ったポニーテルの少女、巨大な体躯の荒々しい雰囲気を漂わせる男、そんな男の陰に隠れて良くは見えないが紫色のローブを纏った女、その内の一人に弓兵隊隊長の男は心当りがあった。
「そんな…まさか…」
一国の軍隊にも匹敵する力を持つというSランクに属される魔物達、それをたった一人で狩る事の出来るこの世界に五人しか居ないSランク冒険者と呼ばれる者達の存在、噂話でしか聞いた事が無く語られるその容姿も語る人間によってその細部が異なっていた。
だからこそ、その姿を見ただけでそれがSランク冒険者であると分かる人間は実物を見た事がある人間だけであろう。
そして弓兵隊隊長の男はそんな人間の内の一人だった。
軍事国家ヴァーレンハイドの首都ヴァーロン、通称闘都を拠点とするSランク冒険者【豪腕】のアドレア。
闘都に、いやヴァーレンハイドに生きる人間なら冒険者ではなくても知っている闘都の生きる伝説。
何百、何千という魔物の群れをその二振りの拳のみで撃退したという逸話を持つ人間、そんな化け物が今目を凝らせば見える位置にこちらに背を向けて立っていた。
早く馬鹿共の暴挙を止めなければと頭の中で考えるもその瞳は遠くに居る人間の背から目を放せずにいた。
一瞬、ほんの一瞬でも目を放した次の瞬間には、こちらに振り返り自分達めがけて襲い掛かってくるのではないかという漠然とした不安が男の身体を支配し身体の自由を奪っていた。
男がアドレアの背中から目を放せずにいたその時、突如男の視界からアドレアが姿を消した。
「なっ――」
突然の出来事に驚きに目を見開いた男の視界に映ったのは、消えたアドレアの巨体に隠れていた紫色のローブを纏った女性の手が光輝き、その手をこちらに向けている姿だった。
次の瞬間、男の視界いっぱいを光が覆い尽くし、男が身を伏せていた地面の感覚が消え男の身体が光に飲まれ宙へと放り出された。
(あぁ…もし次目を覚ましたら、もう少し真っ当に生きよう)
男は最後にそんな事を考えながら意識を手放すのだった。
「ふぅ…杞憂だったかしら?」
自らの手で真っ平にした地面を見つめながらイザベラがそんな言葉を漏らす。
「イザベラ、いきなり何を」
「丘の向こう側から魔法の気配を感じたのよ。ここまで散々進行を妨害されてきたでしょ。後手に回る前にって先手を打っただけよ」
「だからって丘を消し飛ばす程の威力の魔法を警告も無しに撃たないでください…。あまりにも唐突だったのでビックリしましたよ」
「別に良いじゃない、誰かを巻き込んだ訳でもあるまいし」
呆れたように言うルークに対し、イザベラは悪びれる事無くそんな事を言う。
そんなイザベラの足元から何やら地獄の底から響くような低い男の声が聞こえてくる。
「良い…訳が…あるぁぁぁああああああ!!!」
そう叫びながら地面にへばりつくように伏せていたアドレアが身体を勢いよく起こしイザベラに食って掛かる。
「てめぇイザベラ!!俺を巻き込み掛けといてなんだその言いぐさは!?」
「私と丘の間に突っ立ってたのが悪いのよ」
「じゃあどこに立ってりゃ良かったんだよ!?大体撃つ前に一言”避けろ”とか言う事あんだろ!?なんの説明も無しにぶっ放しやがって!!」
「そんな暇が無かったのよ。感じた限り魔法は何時でも発動出来る状態みたいだったし、アンタに説明して退けようなんてしてたらそれに気付かれて先手を取られでもしたら面倒じゃない」
「面倒を省くついでに俺の上半身まで省かれそうになったんだが!?」
「アンタただでさえデカいんだからこの際ちょっとは身体削った方が良かったんじゃない?」
「良かねぇよ!!」
「あっそ、もう何でも良いけどさっさと先を急ぎましょう。魔動地帯で一夜を過ごすなんて私は嫌よ」
食って掛かるアドレアを相手にするのが面倒になったのか、イザベラは適当に話を切り上げると我関せずと言った様子で一人先に進んでいたアリスの背中を追いかけるように魔法で空を飛んでいく。
「あ、こらイザベラァ!!」
「アドレア、いくら怒った所で無駄ですよ。ほら私達も置いて行かれる前に先を急ぎましょう」
「くっそぉ…これだから女ってのは自分勝手で嫌いなんだよ…おいルーク、俺の背中どうにかなってたりしてねぇか?特に頭の方とか、ちょっと掠った気がするんだが」
「ギリギリのタイミングで伏せてましたもんね…ちょっと後頭部の髪の量が少し減ってる気もしますが、まぁこれ位なら許容範囲内でしょう」
そんな話をしながら、ルークとアドレアは前を行く女性陣の後を追う。
こうしてフィッチーニ大盗賊団の二度目の襲撃はイザベラの手によって失敗に終わったのだった。
この章では取り合えずフィッチーニ達の出番は終わりです。
またどこかのお話でチラチラと出す予定です。