人と世界の価値観
ちょっとシリアス風味、自分が書くとどうしてもシリアス寄りになるなぁ…
「ふぅ…こんなもんかな…」
そう呟きながらライは右手に持っていたロングソードを鞘にしまい訓練を終える。
ここはガダルより南に位置する森の中、ライは昨日マンティコアに襲われた場所から少し離れたところに居た。
『相変わらず良い腕してるねー』
訓練の様子を黙ってみていたフィアが終わったのを見計らって声をかけてくる。
「相変わらずって、前にあったのは子供の頃だよね?」
『ライは知らないだろうけど、あの頃からずっとライの事は見てたんだよ』
「そうなの?」
フィアの言葉にライは昔の事を思い出す。
フィアの初めて会った時、ライはまだ10歳にも満たない子供だった。
村には同年代の子供はおらず、いつも一人で森の中に入っては良く遊んでいたのだが、ある日遊び慣れた森のはずが見覚えのない場所に迷い込んでしまい、そこでライは見たことも無い魔物に襲われた。
それを助けてくれたのがフィアだった。
「そう考えると、今も昔もフィアには助けられっぱなしだな…」
『ふふふ…そうかもしれないね、でもねライ』
「ん?どうし――っ!」
フィアが何かを言いかけようとしたその時、突如ライがロングソードを引き抜き構える。
「何だ…この感じ…!」
何処からかとんでもないモノがこちらに近づいて来るのを感じた。
ライがせわしなく視線を彷徨わせる中、嫌な汗が背筋を伝う。
静寂が辺りを包む中、何かに気が付いたようにライが空を見上げる。
「っ――!」
見上げた木々の隙間から、巨大な白銀の竜を目撃する。
白銀の竜は下に居るライの存在に気がつかなかったのか、それとも気がついていて無視しているのかは定かではなかったがそのまま飛び去って行く。
竜の姿が完全に見えなくなってから数秒が経った後、ライが息も絶え絶えに膝をつく。
「はぁ…はぁ…はぁ…なんだあれ…」
全身が恐怖で震え、思うように身体が動かない。
長年冒険者として磨き上げてきた直感が、あれがどれ程の化け物かをライに理解させたのだ。
『ライ、大丈夫だよ』
フィアの言葉と共に暖かな空気がライを包み込む。
途端に緊張の糸が切れたのか、全身から力が抜けて手に持っていた剣を取り落とす。
多少落ち着きを取り戻し、身体も動くようになったライはよろよろと立ち上がると竜が飛び去った方角に視線を向ける。
「あの方角にはガルダの街が…まさかあの竜街に向かってるんじゃ…」
『恐らく…いや、間違いなくそうだろうね』
「それってどういう…」
『あの子は卵を取り返しに行ったんだよ』
「卵って…それってまさか!?」
ライの脳裏にあの路地裏で拾った白黒の卵が過る。
「そんな…それじゃあの竜が街に向かったのは――」
『私が卵を持ち込んだからだね』
あっさりとそう言い放つフィアに、ライは唖然とした表情を浮かべる。
『何を驚いてるのさ、私が卵を持ち込んだのはライだって知ってるでしょ?』
「俺が言いたいのはそういう事じゃ――」
『私のせいで竜が街に向かったのに、なんでそんな平然としてられるんだ…って言いたいのかな?』
「………それは」
『別に私に対して気を遣う必要なんて無いんだよ?ライは言いたい事を言えばいいし、やりたい事をやれば良い』
「………フィアは、あの竜をどうにかしようとは思わないのか?」
『思わないよ、街が一つ消えて無くなろうと私に影響がある訳じゃ無いからね』
「それが、自分の行動が原因だったとしても…?」
『だったとしても、私が竜をどうにかする理由にはならないよ、私は人の生き死にに興味はない』
そう言い放つフィアに、ライは悲し気な表情を浮かべて問いかける。
「なんで!どうしてなんだフィア!?」
『どうして…か、そんな事考えた事も無かったよ。でもそうだね、その問いに答えるとしたら、私にとって人を含むすべての生き物は”細胞”みたいな物だから…かな』
「細胞…?」
『知ってるライ?細胞って古い物を壊して新しい物と入れ替える事で肉体を維持してるんだよ』
「それが一体…」
『私にとって人とは…命と言うのはね、そういう物なんだよ。古い物が壊れてもまた新しい物が生まれてくる、だったら別に古い物が壊れたって困りはしない…でしょう?』
「そんなの…可笑しいよ」
『じゃあ聞くけどね、ライは今まで自分の細胞が死んで、新たに生まれてきたとしてそれを一々気に留めるの?』
「人と細胞とじゃ全然違――」
『同じなんだよ、私という”存在”にとっては人も魔物も、この大地や空でさえ、世界を構成するために必要な細胞でしかないんだよ』
そう言ってのけるフィアの様子に、ライは何か並々ならぬモノを感じた。
何故、自分とフィアとの間にこれ程の価値観の相違があるのだろうか?。
その疑問を口にするように、ライが口を開く。
「フィア…お前は一体何者なんだ…?」
ライのその問いに対して、フィアがゆっくりと答える。
『私はラスフィア、貴方たち人間が”世界”と呼ぶものだよ』
「世界…?フィアは世界そのものだって言うのか?」
『そう、貴方が立つ大地も、貴方が見上げる空も、貴方の視界に広がるそれ全てが私なんだよ』
ライとフィアの価値観の違い、それはライが人間であり、フィアが世界だったことによるものだった。
それは決して相いれない、決定的な違いだ。
ライが人である限り、フィアが世界である限り、二人の意見は平行線のままだろう。
ここでふと、ライの中で一つの疑問が浮かぶ。
フィアにとって、世界にとって人が細胞でしか無いのだとしたら、何故フィアは自分という存在を気に掛けたのだろうか?。
そんなライの考えを見透かしたかのように、フィアが口を開く。
『それはねライ、貴方が私に気付いてくれたからだよ』
「俺が気付いたから…?」
『初めてだったんだよ、私に気がついてくれた人間は…私が人を細胞として見ているように、人にとって"世界"は大地や空、自然などを包括した物でしかない…だからね――』
ライを暖かな空気が包み込み、風が優しく頬を撫でる。
『嬉しかったんだ、私の声に気がついてくれた事が、私に声を返してくれた事が…ライが私を"世界"ではなく”フィア”として見てくれたように、私はライを”細胞”ではなく”ライ”として見るようになったんだよ』
優しく、まるで母親が子供に言い聞かせるようにフィアがそう囁いた。
「フィア…」
『私はライの為に出来る事をしたいって思う、そのためなら他のモノがどうなろうと私は構わない、私にとってライはそれだけ大切な存在なんだよ』
「………」
『私に遠慮しないで…ライはライがしたいと思った事をすればいい、魔物が居ない世界を望むなら、誰も死なない平和な世界を望むなら、私はそれを叶える事が出来る…それだけの力が私にはある。だからライ、私に言って、貴方の望みを、貴方がどうしたいのかを』
フィアのその言葉にライは考えるように目を瞑り、暫くしてゆっくりと目を開いた。
「正直言って頭が混乱してて良く分かってないんだ…フィアが世界だとか、フィアの考えだとか…でももし、今の俺に望みがあるとしたら」
ライはそう呟きながら、目を見開き世界と向き合う。
「俺はあの竜をどうにかしたい」
『…それはライが気にする事じゃ無いんだよ?』
「フィアは俺のために卵を持って来てくれたんだろ?だったらやっぱり俺にも責任はあると思うんだよ――」
そこまで言いかけて、ライはクシャリと表情を歪めて苦笑いのような表情を浮かべる。
「なんてね…理由なんか正直どうだって良いんだ、ただ俺は街を救いたい、だからフィアに力を貸してほしい…それじゃ駄目?」
『…ううん、それがライの望みなら私は叶えるよ――それが私がライに出来る唯一の事だから』
「ありがとう」
フィアのその言葉に、ライは一瞬だけ微笑み礼を言うと、街の方角に向き直る。
「それじゃあ行こうフィア!街を救いに!」
ちょいと駆け足気味ですが、次話はSランク冒険者対天竜です。