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フィッチーニ大盗賊団 その1

翌朝、太陽が昇り大地を明るく照らし出した頃、ノーラが目を覚ましのっそりと身体を起こす。


「んーーー!っはぁ……ん?」


身体をグッと猫のように伸ばすノーラの耳に、何か風切り音のような物が外から聞こえてくる。

何事かとノーラが天幕の隙間から顔だけを出し外の様子を見た。

そこにはエリオ達親子の天幕が並ぶ場所から少し離れた位置に設置された天幕の目の前で素振りをするライの姿があった。


「お兄さん、朝から元気だねー」

「あ、ノーラさん、おはようございます」


天幕からするりと出てきたノーラに、ライが素振りを止めて向き直りながら朝の挨拶を交わす。

ライに側に歩み寄ったノーラはライの姿を見て驚いたように目を見開いた。


「お兄さん、結構汗かいてるけど…一体何時から素振りしてたのさ?」


ノーラのその問いにライは太陽の方に視線を向けながら答える。


「太陽がまだ顔を出す前くらいですかね?」

「いくら何でも早すぎでしょ。どんだけ朝練大好きなのさ」

「あはは、別に朝の特訓が好きって訳ではないんですけど…太陽が昇る前に起きないと顔が焼かれるからと言いますか…」

「ん?なんか言ったかい?」

「いえ、別に」


ライの口から思わず漏れた呟きを聞き取れなかったのか、ノーラが聞き返すもライはそれを誤魔化す。


「ふーん、まぁ良いんだけどね。それよりライラ知らない?。夜更けから早朝まではライラが見張り番のはずだったんだけど」

「あぁ、それなら俺が起きてきた時に”後は任せた”って向こうの天幕の方に」

「あんにゃろう…」


ライが指差した天幕にノーラが厳しい視線を向け、ズカズカと天幕の方へと歩いて行く。

ノーラがその天幕の中に入り数秒の後、ノーラの凄まじい怒声が辺りに響き渡った。

ライがその怒声に耳を塞ぎ、ただ黙ってノーラが入って行った天幕の方に視線を向けているといつの間にかライの側にはフィアが立っており、ライと同じように天幕の方に視線を向ける。


「どうしたの?」

「サボったライラさんに対するお説教…かな?」

「ふーん、ライが代わりに見張ってたんだしあんなに怒らなくても良いと思うんだけど」

「そういう訳には行かないさ。俺達は見張りの持ち回りには入って無いんだから」

「そういえば持ち回りに私達は入ってなかったね。どうして?」


不思議そうに首を傾げるフィアにライは少し言いにくそうにしながらも答える。


「あー…まぁ、簡単に言ってしまえば俺達はまだ信用されてないって事だよ。向こうは家族でこっちは赤の他人なんだ。良くも知らない人間だけが起きてて家族が皆寝入ってしまえば、もしその他人が自分達に危害を加えようとしたらどうしようもないでしょ?」

「なるほど…だから私達の天幕だけちょっと離れた位置に設置されてたんだ」

「そういう事、だからまぁノーラさんがあんなに怒るのも無理も無い話だよ。ライラさんは俺を信用して任せてくれたみたいだけど…こればっかりは擁護出来ないな」


苦笑いを浮かべながらライは未だにノーラの怒声が響き渡る天幕に視線を向けるのだった。







「酷い目にあった…」


朝、今日はライラが作った朝食をとっていると仏頂面のライラがパンを齧りならそんな言葉を漏らす。


「自業自得だよ。全くいくらお兄さんが人畜無害そうに見えるからって、油断しすぎ!」

「まぁまぁ、ノーラちゃんもそれくらいにしましょう。もう朝からあんなにお説教もしたんだし、それにライさんが目の前に居るのにそういう話は…」

「ははは…」


そう言ってノーラを宥めようとするフローリカ、そしてノーラの発言に対しライは乾いた笑いをする。

それもそうだろう、ノーラの今の発言は暗に”コイツを信用するな”と言っていると同じなのだ。

ノーラも自分の失言に気が付いたのか、慌てた様子でライに弁明する。


「あ、いやお兄さんこれは何と言うかね!お兄さんが悪人だーとかそんな事思ってる訳じゃ無いんだけどさ、ほらお兄さんだって男な訳だし出会ったまで間もない訳だしさ!ちょーっと警戒するのも無理ないかなーと言うかね!?」

「ノーラ…フォローになってない」

「元はと言えばライラのせいでしょうがっ!」

「二人共、食事中に騒ぐものじゃありませんよ」


朝っぱらからギャーギャーと騒ぐ二人をフローリカが窘めようとする。

その様子を黙って見ていたライの袖を何者かが引っ張る。

ライがそちらの方に視線を向けると、フィアが身体をピッタリと密着させるようにライの隣に座っていた。


「フィ、フィア?」

「ライ、あっち」


フィアの突然の行動にドギマギしているライの態度を気に留める事もせず、フィアは他の人間達に悟られぬようライにだけ分かるように視線だけでその方向を示す。

ライがその方向に視線を向けると、魔物嫌いの森が見えた。


「魔物嫌いの森がどうかしたの?」


ライが小声でそう尋ねるも、フィアがすぐに否定する。


「違う、そっちじゃなくてその手前の丘の方、何人かの人間がこっちの様子を窺ってる」

「それってまさか…」

「多分盗賊」

「なんだって森に入る前のあんな位置に…あそこはまだ魔動地帯ではないはずだけど」


魔物嫌いの森全域が魔動地帯という訳ではなく、実際には森に入って少しした所からが魔動地帯となっている。

そのため森の入口やフィアが示した丘の辺りは魔力が普通に漂っている場所であり、そんな場所で襲撃するとなると相応のリスクがある。


(大人数なら魔物嫌いの森で襲撃した方が圧倒的に有利、逆に少人数で腕に自信がある人間ならあの場所からの奇襲も考え得る…か?)


丘の向こう側に隠れているであろう盗賊の狙い、戦力をライは状況から推測を立てていく。


(丘の向こう側に身を隠しこちらに存在を気付かれていないと考えているのなら、その有利を無駄にはしないはず。だとすれば気付かれる前に魔法や弓矢なんかの遠距離攻撃でこちらの不意を突こうと考えるはずだ)


あの丘の上からなら道を通る者の姿が良く見えるため、遠距離から狙いを定める分には何の問題もない。

ただしその丘の上から下の道まではかなり距離があるため、丘の影から飛び出し近接戦をしようとすれば接近する前に道に居る者にその存在を気取られる。

だからこそライが考えたようにせ魔法や弓矢による遠距離攻撃からの奇襲という選択肢が最も現実的であった。


(さてと、気が付いたからには黙って襲撃される訳にも行かないな…取り合えず、皆にこの事を伝えないと――)


そう考え口を開こうとしたライだったが、ふと違和感を感じその口を閉じる。


(そういえば、何でフィアはこの事を他の皆にまで隠すように俺にだけ伝えたんだ?)


もしかしたら盗賊に気取られぬよう、自分にだけ教えたという事だろうかとライが横にいるフィアの顔をみる。

するとフィアはさらにライの身体に身を寄せ、ライの耳元へと口を寄せる。


「ライ、これは実践するには丁度良い機会だよ」

「実践…?」


一体何の事だとライがそう問おうとした時、それよりも早くフィアがその答えを告げる。


「昨日話した特訓だよ」









「親分!あちらさん撤収の準備を始めやしたゼ!」


丘の上で地面に伏しながらライ達を見張っていた語尾の可笑しな男が顔をあげ、親分と呼ぶ人間へと顔をむける。


「ふふん、そうか…やっとノロマ共が動き出したか」


そう言いながらニヒルな笑みを浮かべ、銀色の髪を触る美青年”風”の男が居た。

恰好こそは若々しいがその顔には不精髭が生え、声も非常に野太く、さらにはサラサラの銀髪も良く見ればただのカツラだった。


「おい貴様らも準備をしろ、ノロマは私の団には不要だ。そう…この私が率いるフィッチーニ大盗賊団にはな!」

「ほいほいーさー」


そう言って高笑いするフィッチーニの言葉に、傍に居た小太りで目や眉や口がへの字のような締まりのない顔をした男がこれまた締まりのない返事を返す。

その返事の何処に満足したのかは知らないが、フィッチーニは満足そうに頷きながら丘の影に隠れる残りの部下達に声を掛ける。


「魔術師隊準備は良いか?」


フィッチーニがそう声を掛けるとローブ姿の女が手を挙げる。


「どうした、魔術師隊隊長」

「隊長って私の事ですか?。まぁそれは置いておいて、えーっと準備ってのは魔法の準備の事でしょうか?」

「ふん、馬鹿者が…魔法に長けた者は遠くからでも魔法が発動する気配を感じ取るという…もし相手にそんな人間が混じって居たらせっかくの奇襲作戦が台無しになってしまうではないか。そんな事も知らんのか貴様は」

「いえ、知ってるからこそ確認したんですけど…じゃあ準備って一体何のことですか?」


魔術師隊隊長と呼ばれた女の質問にフィッチーニは腕を組んだまま黙って前を見つめる。

その状態が十秒程続いた後、フィッチーニが唐突に口を開いた。


「心の準備だ!」

「絶対何も考えてなかっただろ…」

「何か文句があるのか、弓兵隊隊長!」


ボソリと呟いた男の言葉にフィッチーニが反応する。


「今度は俺が隊長かよ…じゃあ言わせて貰うけどよ。大盗賊団なんて言っちゃいるが…」


男はそう言いながら周囲に居る人間の人数を確認した後、フィッチーニに向き直る。


「全員合わせてたったの七人しか居ねぇじゃねぇか!!これの何処が”大”盗賊団なんだよ!!」


フィッチーニとその両脇に居る語尾の可笑しな男と締まりのない顔の男で三人。

魔術師隊には隊長と呼ばれた女ともう一人の魔術師。

弓兵隊には同じく隊長と呼ばれた男ともう一人の弓兵。

総勢七名、これがフィッチーニ大盗賊団の戦力だった。


「はぁ…やれやれ、これだから理解のない愚か者は…すぐに物量に頼ろうとする」

「ヘッ!親分の言う通りダ!」

「んだんだー」


男の言葉をフィッチーニとその取り巻き達が馬鹿にしたように鼻で笑う。


「何でもかんでも量が多ければ良いって物ではない、質だって大切な要素だ。それを蔑ろにするような奴は大抵何の意味も無い癖に”超”とか”極”みたいな名前を付けたがる愚か者と相場が決まっている」

「そうだゼ!流石親分!」

「そーだそーだー」

「その発言そっくりそのままお前らに返すよ!」


苛立ちを隠す様子もなく男が歯をむき出しにしてフィッチーニを睨みつける。


「じゃあ仮に量に関しては目を瞑るとして…肝心の質はどうなってるんだよ?」


現在この場に居る全員の顔を一人一人確かめながら男がそう口にする。


ここに居るのは一週間前、魔物嫌いの森で行われた大規模な隊商襲撃に失敗し、命辛々逃げ出した盗賊の残党の一部だ。

しかも散り散りに逃げ、偶然集まっただけの集団でありお世辞にも質が良いとは言えない。

だがそんな事実とは裏腹にフィッチーニは笑みを崩すことは無かった。


「安心しろ。これほど団員の質が良い盗賊団は類を見ないと言っても良い」


笑みを浮かべながら自信満々の様子でフィッチーニがそう答える。


「まず弓兵隊隊長、副隊長!」


フィッチーニが弓を背負った二人を指さしながら言う。


「そして魔術師隊隊長、副隊長!」


さらにローブを纏った二人を指さす。


「我がフィッチーニ大盗賊団には役職持ちしか居ない…いわば全員が隊長格!どうだ、これほど質の良い盗賊団はあるまい」

「馬鹿だよ!それは馬鹿の発想だよ!大体俺達が隊長格ならお前ら三人は一体何なんだよ!?」


そう言う男の言葉をフィッチーニは鼻で笑う。


「ふん、フィッチーニ大盗賊団なのだから団長以外の何があるというのだ?」

「雑用とかで良いんじゃねぇか?」


男の辛辣な言葉を無視し当然だと言わんばかりの顔をするフィッチーニ、その左隣に立つ語尾の変な男が続けて言う。


「じゃあ俺は副団長ダ!」

「じゃあってなんだよじゃあって、取ってつけたように言ってんじゃねぇぞ!?」


語尾の可笑しな男の言葉にツッコミを入れる男の事など気にした様子も無く、今度はフィッチーニの右隣りに立つ締まりのない顔の男が続く。


「オラはぁ参謀にするだー」

「どこの世界にこんな知性の欠片も無い顔の参謀が居るんだよ!顔の全パーツもれなくブーメランじゃねぇか!お前は一回自分の顔鏡で確認してから出直してこい!!」


怒りの余りそろそろ頭の血管が切れても可笑しくないのではないかという程に興奮した様子の男だったが、これ以上は何を言っても不毛なだけだと思ったのだろう。

諦めたようにため息を吐くと話を切り替える。


「まぁ今更誰が頭だとかそんな事はどうだって良い。今ここに居るのは明日の食い物にも困ったような連中だ、こんな事で言い争ってる場合じゃねぇ」


男は一人一人の顔見ながら言葉を続ける。


「俺たちに今必要なのは役職でも上下関係でもない。本当に必要なのは明日を生きていくための糧だ。いいか、俺達は運命共同体だ、それを忘れるな」

「なぁ、何で私ではなく貴様が仕切っているんだ?」

「そうだゾ!」

「んだんだー」

「うるせぇ!てめぇらに任せてたらキリがねぇからだよ!。それよりも左の馬鹿、そろそろ獲物が下の道を通過する頃だ。見張りに行け」

「誰が馬鹿ダ!」

「良いから早くしろ!」


男の急かす言葉に左の馬鹿はぶつくさ文句を言いながらも丘の上へと地面を這い登っていく。


「獲物は移動中ダ!あと少しで下の道を通るゾ!」

「よし、魔術師隊そろそろ出番だ。お前達が攻撃を開始すると同時に俺達弓兵隊も攻撃を開始する。初撃は任せたぞ」

「分かりました!」

「私が団長なのに…」


男の指示で魔術師隊が準備を始める傍らフィッチーニは体育座りをしながら隅の方でいじけて居た。

そんなフィッチーニを見て、弓兵隊副隊長と呼ばれた男が弓兵隊の隊長に声を掛ける。


「あれ、放っといて良いのか?」

「今回の作戦に関しては遠距離も出来ないあの馬鹿は邪魔にしかならん。放っておけ」


男はそう吐き捨てると、丘の上で見張りを続けている男の方へ視線を向ける。


「得物の位置はどうだ!」

「もう頃合いダ!横っ面が見えてきたゾ!」

「よし、魔術師隊前進!丘の上から得物を狙い撃て!」


男がそう指示を飛ばしたが、肝心の魔術師隊はその場から動こうとしなかった。


「どうした、何かあったのか?」

「そ、それが…さっきから魔力を集めようとしてるんですけど、全然周囲に魔力が無くて」

「何?」

「それだけじゃない、何かが身体に纏わりつくような…何なのこれ、魔法の構築に集中できない…」


顔に脂汗を浮かべながら魔術師の二人が必死に魔力をかき集めようとしているが、一向に魔法が発動する気配は見えない。


「ここはまだ魔動地帯には入ってないはずだが…クソッ!」


男は慌てて丘の上へ駆け上がり身を屈めて下を通る得物の姿を確認する。

得物は二台の荷馬車で先頭の荷馬車の御者台には中年の男とハルバードを抱えた女冒険者、その後ろを行く荷馬車の御者台には若い冒険者の男と十代の少女の姿が見えた。


(戦えそうな人間は二人、荷台の中にまだ何人か隠れてる可能性はあるがここでこいつらを見逃せるほど俺達にも余裕はない。とりあえず戦えそうな二人を始末してその後の反応を見るか)


護衛があの二人だけなら弓兵隊の二人で一人ずつ始末できるし、護衛がそれだけならそれで良し。

もし護衛がまだ隠れているのならその人数次第ではあるが逃げるつもりでいた。

余裕が無いというのは事実だが、かといって無理をして命を危険に晒す程男は無謀では無かった。


男は手招きで弓兵隊の副隊長を自分の元へと呼び寄せる。


「この距離、弓で御者台に居る人間を狙えるか?」

「頭に当てて即死させるのは無理でも胴体に当てるくらいなら何とか」

「それで充分だ。俺は前の御者台に居る女を、お前は後ろの御者台の男を殺れ」

「了解」


副隊長の男はそう頷くと二人は同時に弓を構えそれぞれの得物に狙いを定める。


「3…2…1…0!」


男の合図と同時に弓から矢が飛び出し、次の瞬間矢はまるで地面に吸い付くかのように直角に落ちる。


「んなっ!?」


予想だにしなかったその光景に男が思わず目を剥く。


(何もない空間で矢が直角に落ちた!?)


驚きながらも男が矢が突き刺さっている地面を観察すると、その周辺の地面一体の草が全て上から何かに押し付けられたように地面に横たわっている事に気が付いた。


(重力系の魔法…!?まさか俺達の存在に気付いているのか!?)


まずい――男がそう考えた時、背後から場違いな高笑いが聞こえてくる。


「あーっはっはっは!貴様らにはどうやら荷が重かったらしいな!良いだろう、ここはこの私が華麗に決めてやる!」

「おまっ、何をする気だ!?」


いつの間にか背後に立っていたフィッチーニに男がそう尋ねるも、フィッチーニはそれに答える事無く丘の下を通る荷馬車めがけて思いっきり駆け出した。

一歩、二歩、荷馬車めがけて丘を一気に駆け降りるフィッチーニだったが、やがて地面に突き刺さった矢の横を駆け抜けようとした次の瞬間、フィッチーニの身体が盛大に地面に叩きつけられる。


「ぶほぉぉぉぉぉぉお゛!!」

「「お、親分ー!」」


その姿を見て語尾の可笑しな男と締まりのない顔の男も丘の影から飛び出し、フィッチーニを助けようとするも結果はフィッチーニと同じように地面に叩きつけられ、まるでひき潰された蛙のように地面に四肢がへばりつき動けなくなる。


一方、その頃丘の下の道を通る二台の荷馬車、その先頭の荷馬車の御者台に腰掛けるカレンの耳に何者かの叫び声のような物が聞こえてきた。


「ん、なんだい今の声は?」


そう言いながらカレンは音が聞こえてきた方向、通り過ぎようとしていた丘の上へと視線を向けようとする。

カレンの視界に地面にへばりつく三人の馬鹿が入る寸前、突然三馬鹿を押しつぶす重力が増加し、三馬鹿はそのままの態勢で地面へと深々とめり込んで行く。


「カレン、どうしたんだ?」

「いや、さっきあの丘の上から人の声が聞こえた気がしてね…人の姿も見えたような気がしたんだが」

「私には何も見えないな。変な穴なら三つ程見えるが…魔物嫌いの森を前にちょっと神経質になってるんじゃないか?」

「そうかもしれないね…変な事言って悪かったね。さぁ先を急ぐよ!」


カレンは丘の上から視線を外し前へと向き直り、気を紛らわせるように声を張り上げる。

そのカレンの声に合わせるようにエリオが手綱を握りしめ荷馬車を少し急がせる。







やがて荷馬車は丘から離れ森の入口に差し掛かった頃、フィアがライに声を掛けた。


「ライ、もう良いよ。お疲れ様」

「――っ、ぷはぁ…!」


フィアの隣に座り、何かに集中していた様子のライだったが、フィアにそう声を掛けられると同時に全身の緊張を解き、顔に伝わる汗を拭いながら乱れた息を整える。


「初めてにしては上出来だったね。どうだった?視界では捉えられない程に薄い始源を遠隔で制御した感想は」

「普通に制御するよりも遥かにしんどいね…これ」


魔術師隊が魔力を集める事が出来なかった理由、それはライが遠距離から始源を飛ばし丘の周辺の魔力を始源によって押し出していたからだ。

無論、ただ始源を飛ばした訳ではない。

先程もフィアが口にしたように視界では捉えられない程に薄い始源というのが重要な点だ。


始源は蒼い光を放つという点から普通に使用すれば目立つ事は避けられないし、その存在を露呈させるのはライにとってもマイナスにしかならない。

そのため、フィアはまず始源を使用してもバレないレベルでの制御をライに覚えさせる事にした。

人の視界では捉えられない程度の始源というのは普段ライの身体から漏れ出している程度の薄さであり、大気中に漂う魔力程度なら阻む事が出来る。


やる事としてはただ始源を薄めて身体から出す。

ただそれだけなのだが、実際にこれをやろうとすると想像以上に困難な事に気が付く。

例えば、水がいっぱいに入ったコップがあるとしよう。

自然に放っておけばコップの中の水分が少しずつ気化していくが、人の手によってそれを促そうとした場合どんな方法が取れるだろうか?。

真っ先に思いつくのが水を沸騰させる事だろう。

しかし、その場合では水蒸気として目に見える状態になってしまう。

ならばどうするかといえば沸騰させず、湯気も出ないギリギリの温度を常に維持するしかない。

自然に漏れ出すよりも多く、しかし多すぎない絶妙なラインを見極め全身から始源を滲みださせる。


普段始源を放つ以上に精密な制御を要求されるためライは始原を制御する事のみに集中し、馬の手綱はフィアが握っていた。

そしてフィアもただ黙って手綱を握っていた訳ではなく、ライの身体から始源が溢れ出しそうになるとそれをさり気なく抑えたり、丘の上に重力の地場を生み出し物理的な邪魔が入らないようにしていた。


こうしてフィッチーニ大盗賊団の最初の襲撃は、ライとフィアの二人によって失敗に終わったのだった。

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