テスト
(どうしてこうなったんだろう…)
ハルバードを構えるカレンを目の前にし、ライはそんな事を考えていた。
遡る事数分前、カレンの手により荷台から引きずり降ろされたライはカレンからこう告げられた。
「今から私と戦いな」
そのあまりの唐突さにライの思考は停止し、先程までの陰鬱なオーラも綺麗さっぱり無くなっていた。
「アンタがどれくらい戦えるのかテストしてやる。足手まといをこれ以上連れて歩くつもりは無いんでね」
どうやらここまでの道すがらエリオとカレンはライ達をどうするかを話し合っていたらしい。
自分が選んで雇ったという責任感からライを擁護するエリオとライの実力を信じられず足手まといは要らないと言うカレン。
その二人の話し合いは平行線を辿り、最終的にカレンが納得できる実力があればこのまま護衛を続けて貰う、無ければこの場で降ろしてさようならという話になったのだそうだ。
遠くの方でエリオがライに向かって両手を合わせ頭を下げている姿があった。
それもそうだろう、護衛として雇われ街を離れた後、やっぱり護衛は要らないと言われてこんな所で突然放り出されそうになったら普通の冒険者なら罵声の一つでも飛ばしていただろう。
だがカレンが自分の事を信用していない事に気が付いていたライはもしかしたらそういう話になるかもしれないと想像はしていた。
だがまさかテストと称してカレンと剣を交える事になろうとは夢にも思わなかった。
ハルバードを構えこちらを睨みつけるカレンを前に、ライは腰の剣を引き抜けずにいた。
護衛対象相手に剣を向けるという状況にライが剣を抜く事を躊躇わせる。
「何してるんだい、さっさと剣を抜きな!」
「いや、でも護衛する人間相手に剣を向けるってのも…何か他に無いんですか?」
「他って何だい、魔物とでも戦わせろっていうのかい?。生憎ここには私達しか居ないんだ、それに――」
カレンはハルバードを勢いよく振り下ろす。
振り下ろされたハルバードは凄まじい破砕音と共に地面を抉り、掘り起こされた土が宙を舞う。
「他の誰かに戦わせるより、自分で戦った方が分かりやすいだろう?」
そう言って獰猛な笑みを浮かべるカレンに対し、ライは覚悟を決めたのか小さくため息を吐くと剣を引き抜く。
そんなライに対しカレンはさらに笑みを深める。
「今のを見て剣を抜くかい…どうやら度胸だけはあるみたいだね」
「怪我させても知りませんよ」
「安心しな、その時はライラが治してくれるよ。とはいえあくまで実力を見るだけで本気で殺り合う訳には行かないからね。身体強化や攻撃魔法の類は無しって事でどうだい?」
カレンはライに対しそう提案する。
それは殺し合いを避けるためというのもあったが、実際はそう提案した時、ライがどういった対応をするかを確認するためでもあった。
というのも、駆け出しの冒険者に有りがちなのが魔法にばかり頼って近接戦闘を嫌う事だ。
魔術師のような最初から近接戦を捨て、自分以外の前衛が存在している事を前提としているような人間なら兎も角、接近戦用の得物を携えていながら魔物との接近を嫌い、剣を突き立てればいとも容易く貫けるはずの魔物に対しわざわざ魔法を使うというのは無駄としか言いようがない。
これは遊びではなく殺し合いなのだ、慎重になって何が悪いなどと言う人間も居るが、逆にその行動が自身の首を絞める事になる。
魔法を使うには魔力を消費するが、その魔力の総量は自身の体内に取り込める分と自身が立っている場所によって左右される。
場所によっては一切魔力がない所も存在するし、そんな時にまで貴重な魔力を無駄にしようものなら、いざ魔法で無ければ倒せないような魔物と遭遇した際に何も出来なくなってしまう。
ライ達がこれから向かう闘都までの道にはそういった魔力の存在しない地域があり、カレンはその事も考えてライにそんな提案をしたのだ。
そんなカレンの意図を知ってから知らずか、ライは少し考えるような素振りを見せた後に、カレンに尋ねる。
「クラックの使用は有りですか?」
ライのその言葉に、カレンはライが履いているクラックブーツに視線を落とすと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「良いよ、それくらいなら許可してやる」
「それじゃあ…」
カレンの返答を聞いたライは態勢を低くし、突撃の態勢を取る。
カレンは地面に突き刺さったハルバードを抜き構えなおすと、ライの様子を観察する。
(愚直に突撃か?。しかもクラックブーツに頼るなんてやっぱりまだ若輩だね)
カレンがそんな事を考えている間にも、ライは態勢を変えていきどんどん前傾姿勢になって行く。
(何やってんだいコイツは?。そんな前傾姿勢でクラックなんて使ったら、反動で前のめり倒れ――)
ライの行動を観察していたカレンだったが、次の瞬間10メートルは離れていたはずのライが自身の目の前に居る事に気付く。
「なっ!?」
突然の事に混乱し不意を突かれる形になったカレンだったが、ライが大振りに振るった剣に反射的にハルバードを合わせ、どうにかその一撃を受け止める。
突撃の勢いを利用したライの一撃にカレンの身体が後ろに押し出されるも、カレンは両足で地面を踏みしめどうにか押し留まる。
カレンが踏み止まると同時にライはハルバードに剣を押し付けながら反撃を避けるために後ろへと飛び退く。
距離を置いたライに対し、カレンは身を守るように構えていたハルバードをライに向けて構え直しながら先程の事を考える。
(油断した、まさかあの距離を一瞬で詰めてくるなんて…あのクラックブーツが特別製なのか?。いや、そんな事よりも…)
ハルバードを握るカレンの手に力が込められる。
(実力を見るテストだと言ったのは私だ)
カレンの頭の中には先程ライが大振りに振るった一撃が思い浮かんでいた。
もしあの時、ライが大振りに剣を振るう事なく、剣を突き出していたのならカレンは反応しきれず貫かれていただろう。
(殺し合いは無しだと言ったのも私だ…)
戦い始める前に言ったライの言葉、護衛対象であるカレンに対して気を使ったあの言葉。
”怪我させても知りませんよ”
ああは言ったもののライはカレンに怪我をさせる事を躊躇し、わざと剣を大振りに振るっていた。
そのカレンに対しての気遣い、自身よりも格下の人間だと見下していたはずの人物からの手心を加えられた一撃。
(だからって、ムカつくなってのは無理ってもんだろう…!)
その事実がカレンのプライドを深く傷つけていた。
怒り心頭のカレンとは打って変わり、ライは落ち着いた様子でカレンに視線を向けながらも、頭の中では先程自分が使った魔法について考えていた。
(思ったよりも速度と飛距離が出たな…カレンさんがハルバードで受け止めてくれなかったらあのまま全身でカレンさんにぶつかっていたかもしれない)
全身を鎧で覆ったカレンに軽装のライがあの速度で衝突していたら、きっとライは無事では済まなかっただろう。
その事に冷や汗をかきながらもライは頭の中で魔法のイメージを修正していく。
(もう少し魔力の量は少なく、もしくは魔力が入るスペースをもう少し押し広げて…)
ライが先ほど使った魔法、それはクラックに間違いはない。
ただし通常のクラックとは違い、消費する魔力もその癖も異なり、別物と呼んでも差し支えない程の物になっていた。
フィアとの特訓によりクラックブーツやフィアの補助無しでも自力でクラックを使用できるようになったライだったが、まだ目の前の戦闘に意識を集中させながら片手間にクラックを使える程では無かった。
周囲の状況を一切に気にせず、始源の制御に意識を集中する事で初めて通常のクラックが使えるという程度だった。
無論そんな状態で戦闘など出来るはずも無いため、ライは戦闘に意識を向けつつも、片手間に出来る範囲内で始源の制御し、その状態で扱えるクラックを考えた。
そして辿り着いたものが、先ほどライが見せたあの前のめりに倒れるのではと思ってしまう程の前傾姿勢から繰り出されたあの突撃だ。
足先から足首までの領域を確保しなければならない通常のクラックに対し、ライは足先の僅かな空間に魔力を集中させた。
無論そんな僅かな空間に収まる程度の魔力では人間一人を押し出すだけの力は期待できない。
それならばとライは相手に飛び込むその瞬間、自身が地面を蹴る力に上乗せするように足先の魔力を爆発させる事にした。
結果は先ほどの通り通常のクラックが大砲から打ち出され放物線を描くように飛んでいく玉だとすれば、ライのクラックはまるで矢のように鋭く、最短距離でカレンの元まで一瞬で距離を詰めていた。
速度、消費する魔力の少なさにも申し分のないものだったが、このライが編み出した新たなクラックには欠点が存在する。
それはライが良く使っていたクラック発動後の急停止からの方向転換が難しいという所だ。
通常のクラックは足裏で魔力を爆発させる事でその反動を利用し強引に人間を押し出す。
初速こそ凄まじいがそれもあくまで打ち出されたその瞬間だけであり、空気抵抗によりすぐに失速してしまう。
しかし、すぐに失速するが故に地面に足を付ける事で強引ではあるが急停止する事が出来るという利点があった。
一方ライのクラックは押し出す力をライの進行方向全てに利用しているため、強引に押し出す通常のクラックとは違い放物線を描く事も無く直線に飛ぶため失速もし辛い。
しかし、失速がし辛いが故に速度も落ちぬままに地面に足をつけば、前傾姿勢になっている事も合わさり前のめりに倒れる事は避けられないだろう。
さらに前傾姿勢という事もあり、そんな態勢からでは攻撃するにも回避するにも手段が限られてしまう。
例えば相手を攻撃するとしても、地面をしっかりと踏みしめる事が出来ない状況では腰の入った一撃を放つ事は出来ず、突撃の勢いを利用して突き出すか横に振るか程度の物だろう。
回避に関しても、前傾姿勢という事は後ろに飛び退く事はまず不可能、選択肢としては横に逸れるくらいな物だが、それで避けられるとしたら縦振りと突きの二つくらいだ。
突撃というのは一直線に突っ込んでくるため相手からしてもタイミングが計りやすく、一度でもタイミングを掴まれてしまえば突撃のタイミングに攻撃を合わせられるだけで回避が難しくなる。
その攻撃が横薙ぎに振るわれた一撃であったのなら、回避する事はより困難を極める。
カレンとライが距離を置いてからおよそ十秒、互いに睨みあったまま膠着状態に陥っていたが、頭の中でクラックのイメージを修正し終えたライが再び前傾姿勢になる。
それを見てカレンも姿勢を低くしライの突撃を迎え撃つように構える。
(また突撃か、それなら)
カレンはハルバードの刃が地面と水平になるように構え、突き出すぞと言わんばかりの構えを取る。
刃を突き出された場合、身体を横に逸らす事によりその攻撃を避けるのが普通だが、ハルバードのような横幅の広い刃を水平にするように突き出された場合、身体を逸らす程度では避けられない。
(さぁ、どうする?)
ライの一挙手一投足を見逃さぬようカレンが鋭い視線をライに向ける。
明らかな迎撃の構えを取るカレンに対し、ライは一瞬たりとも表情を変える事なく更に身体を前に傾けていく。
(来るっ!)
ハルバードの柄を握りしめカレンが身構えると同時に、ライの身体が重力に引っ張られ自然と前に倒れる程に傾き次の瞬間、ライの身体が加速する。
(さっきより遅い!?)
一瞬で接近される事を警戒していたカレンはライが飛び出すとほぼ同時にハルバードを突き出していたが、ライの加速は先ほどの物と比べて明らかに速度が落ちており、互いの距離はまだ五メートル程開いていた。
(チィ!誘われた…!)
次の行動に備えるべく、突き出したハルバードをカレンが引き戻そうとしたその時、ライが剣を振り上げる。
(一体何を――)
ライの取ったその行動の意味をカレンは理解できなかった。
互いの距離は五メートルも開き、どちらの攻撃も当たる間合いではない。
まさか剣を投擲でもする気かとカレンが考えたその時、ライは振り上げた剣を突き出されたカレンのハルバード目がけて振り下ろした。
突き出したが為に真っ直ぐ腕を伸ばしきっていた状態では脇を締めハルバードを支える事も出来ず、いとも容易くハルバードの先端を地面に叩きつける。
(伸ばしきった所を狙われた!?)
カレンが驚愕に目を見開いている間にもライは止まる事無く前進する。
片足でハルバードの刃を踏みつけ、もう片足を柄に掛けた状態からカレン目がけて剣を横薙ぎに振るう。
咄嗟にカレンはハルバードの柄から両手を放し背後に思いっきり仰け反る事で攻撃を躱す。
「うらぁあ!」
カレンは身体を後ろに逸らした状態から身体を回し、後ろ蹴りをライに向けて放つ。
カレンが柄を手放した事により足場を失ったライだったが、繰り出された後ろ蹴りに自分の足を合わせ、カレンの蹴りの勢いを利用し後ろへと飛び再び距離を取る。
「また振り出しかい?」
カレンは独り言のようにそう呟きながらハルバードを拾い上げると再びハルバード構え直す。
まるで先程までの一連の流れが無かったかのように、このテストが始まった時全く同じ構図に戻る。
「良いよ。付き合ってやろうじゃないか!」
そう叫ぶカレンの顔にはもう侮りの色は無い。
ハッキリとした闘志を瞳に宿し、正面に居るライの存在を認める。
この段階でカレンはライの実力を認めていた、その時点でテストをする意味など無い。
しかしカレンにとってそんな事はどうでも良くなっていた。
今カレンの頭の中にあるのはこの戦いに決着をつける事、ただそれだけだった。
それはライも同じなのか、そんなカレンに対しライは嬉しそうに笑みを浮かべるもすぐに気を引き締め突撃の態勢に入る。
「それじゃあ改めて――行きます!」