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苦労の証

時は戻り今、回想を終えたライの目の前には申し訳なさそうな顔をするライラが立っていた。


「ライラさん、そんな顔しないでくださいよ。確かにランクを偽ってるんじゃないかって言われた時は少し頭に来ましたけど、さっきも言ったようにライラさんが謝るような事では無いですし、自分はもう気にしてませんから」

「でも…」


まだ納得いかないのか、ライラは顔を俯け悩むような素振りを見せる。

その時、ライラの頬に小さな手が触れる。


「ママ、どうしたの?何か悲しいことでもあったの?」


ライラの胸に抱かれたままニーナが心配げにライラを見上げる。


「顔を上げてください。子供の前で母親がそんな顔をするもんじゃ――」


そこまで言いかけ、ライは無言のままライラとニーナ、そしてアミナとフィーの方へと順に視線を向ける。

全員の顔を見終え一週するとライは恐る恐ると言った様子でライラに質問する。


「あの、ちょっと良いですか?。俺はエリオさんにフローリカさんを妻だと紹介された記憶があるんですけど…」

「合ってる。フローリカはエリオの妻」

「ニーナちゃんがライラさんをママと呼んでるのは?」

「私がエリオの妻だから」

「出発する前、ノーラさんが言い争うカレンさんとエリオさんに夫婦喧嘩がどうこう言ってたのも…?」

「カレンもエリオの妻だから」

「…もしかしてノーラさんも?」

「皆エリオの妻」


淡々と答えるライラとは対称的に、ライの顔には驚愕の色が浮かんでいた。


「俺はてっきりエリオさんとフローリカさんが夫婦で他の三人は護衛の冒険者なのだと思ってました…」


ライがそう勘違いするのも無理はない。

エリオから直接妻だと紹介されたフローリカはどう見ても普通の女性なのに対し、ライラはローブを羽織った如何にも魔術師といった風体、ノーラは軽装で弓の扱いに長けているような事を言い、カレンは背中にハルバードを背負っているのだ。

どう見てもただの人妻と三人組の冒険者にしか見えない。

その対比が余計にライにそう勘違いさせる原因でもあった。


ライが困惑とした表情を浮かべているとライラが少し考える素振りを見せながら口を開く。


「本当は言ったら駄目だけど…貴方なら馬鹿な事はしないだろうし、話ても良い」

「話しても良いって言うのは?」

「フローリカのあれはただの擬態、フローリカも立派な冒険者。あぁ見えて身体中に暗器を仕込んでる」

「あ、暗器ですか…」


そう言いながらライがフローリカの容姿を思い浮かべる。

人当たりの良さそうな柔和な笑みを浮かべた優し気な女性。

そういえば身体の線が分かり辛いゆったりとした服を着ていたが、あれは暗器を隠すのに適しているからという理由からだろう。


フローリカの擬態は魔物相手ではなく人間、盗賊や近寄ってきた人間を油断させるための物だ。

冒険者というのはどうにも気性の荒い人間や自身の欲望に素直な人間が多い。

そんな不埒な輩がカレンやライラ、ノーラに手を出させないようにするために、フローリカは一般人を装う事で他の三人を襲うよりも簡単だと思わせ、餌に食い付いた輩を排除していたのだ。


「人の好さそうな笑みも擬態…実際は拷問好きのサディスト。私達の中で一番の危険人――」


その時、御者台の木壁から突然短刀が飛び出しライラの頬を掠め、ついでにライラの目の前に立っていたライの頬も掠め、短刀はそのまま荷台の壁を突き破り外へと消えていった。

突然の出来事に顔中から冷や汗を垂れ流すライラに向けて、御者台から間延びしたフローリカの声が聞こえてくる。


「ライラちゃーん?余計な事は喋っちゃだめよー」


フローリカのその言葉に、姿が見えていないのにも関わらずライラは頷くように無言のまま顔を上下に激しく振る。

垣間見たフローリカの恐ろしさに、ライも冷や汗をかいていると、ふと自身の下腹部辺りに何やらもぞもぞと動く者の気配を感じ取る。

ライがそれに視線を落とすと、ライのお腹に顔を押し付けるようにしながら両手でライに抱き着いているフィーの姿があった。


「フィーちゃん?」

「ん…だっこ」


フィーはライラに抱えられるニーナを指さしながら、ライを見上げる。

どうやらニーナだけずるいと言いたいようだった。

子供らしいそのおねだりに先程までの緊張は薄れ、ライは小さく笑みを浮かべながらフィーを抱え上げる。

抱え上げられたフィーはまるで子猫のようにライの肩や胸に頭をこすりつけていたが、不意に鼻を鳴らし始める。


「お父さんと同じ匂いがする…」

「パパとー?」


フィーの言葉にアミナが興味を持ったのか、ライの右足に抱き着きフィーと同じように鼻を鳴らす。


「ほんと、パパと同じ匂い」

「私も嗅ぐー!」


二人の言葉にニーナも同じように興味を持ったのか、ライラの手から逃れると空いているライの左足に抱き着き同じように鼻を鳴らす。


「本当だ!パパと同じだ!」

「ちょ、ちょっと三人ともくすぐったいって」


三人の鼻息が皮膚を撫でる感覚に我慢できずライが身体を捩る。

しかしそんなライの様子を気にする事もなく三人は匂いを嗅ぎ続けていた。


「お兄ちゃんはパパじゃないのにパパの匂いがする。不思議ー」

「どうして…?」

「どうしてって聞かれてもなぁ…」


首を傾げるアミナとフィーに対し、ライはなんと答えたものかと考えていると、ニーナが元気よく手を挙げた。


「ハイハイ!私この匂い知ってるよ!」

「お、ニーナちゃんは物知りだね。お兄さんに教えてくれるかな?」


元気いっぱいの様子のニーナを微笑ましく思いながら、ライがそう聞き返す。

そのライに期待に応えるように、満面の笑みを浮かべながらニーナが悲しい現実を突きつけた。


「この匂いは”おじさん臭い”って言うんだよ!」


無邪気に言い放たれたその言葉がライの心を深々と抉り取る。


「おじさん臭い?」

「おじさん…?」


ニーナの言葉をオウム返しのようにアミナとフィーが口にし、その度にライの心が抉り取られる。


「お…おじさん…」


三人の少女から放たれたその言葉にライがショックを受けていると、今まで黙っていたフィアが口を開いた。


「違うよ。それはおじさん臭いんじゃないよ」

「フィ、フィア…!」


フィアのそのフォローにライの顔が明るくなるも、フィアはそれに構う事無く次の言葉を口にした。


「それは”加齢臭”って言うんだよ」


予想だにしていなかった所からの強襲にライの心がさらに傷つく。


「加齢臭って何ー?」

「加齢臭って言うのは、歳を取った人間から発せられる特有の体臭の名前だよ」


三人の女児に対し、フィアが物を教えるように説明する。

以前のフィアであればここで口を挟むような事はしなかったし、ましてや女児達に物を教えるという事もしなかっただろう。

ライとの旅をするうちにフィアは確実に人間らしくなっていき、老人も子供も同じ”人間”という括りでしか見ていなかったフィアが、今では子供に対して自ら物を教えるようになった。

本来であればライはその変化を好ましく思っただろう。

しかし今、この状況においてはそのフィアの変化がズタボロになったライの心を追い込んで行く。


「大きくなったら皆同じ匂いがするの?」

「…お父さんより若いのに、同じ匂い…お兄ちゃんじゃなくておじさん?」


容赦ないフィーの言葉だが決して間違いではない。

実際ライは顔こそ二十代のそれだが、顔を除けばそれ以外は三十台の中年のままなのだ。

それをライ自身理解しているため、おじさんというのは事実だし、加齢臭がするのは仕方のない事だと自分を励ましギリギリの所で踏み止まっていた。

だが、そんなライにトドメを刺すようにニーナが口を開く。


「でもパパより匂いキツイよ?」

「ガハッ!」


まるで吐血でもしたかのようにライが咳き込む。


「別に歳を取るだけが加齢臭の原因じゃない。精神的な負荷、ストレスなんかを日頃から感じていると若い人間でも加齢臭がするようになる」

「精神的な負荷?」

「ストレス?」


フィアの言葉がイマイチ理解出来なかったのか、アミナとニーナが首を傾げる。

冒険者という職業は命のやり取りをしている以上、常に強い精神的な負荷がかかる。

しかもライの場合は魔法が使えない事に対する不満や不安、魔法に頼る事が出来ないが故に一瞬も気を抜く事を許されない魔物との闘い、それらが長年積み重なってきた。

並みのストレスではない。

いわばライの身体から醸し出されるそれは、ライの苦労の証なのだ。


「苦労…したんだね」


ライの苦労を察したのか、ライの肩に手を置きながらライラが労わるようにそう口にする。

その時走り続けていた馬車が止まり、御者台の方からノーラの声が聞こえてくる。


「皆降りなー!今日はここで一晩過ごすよー!」

「「はーい!」」


アミナとニーナが元気良く答えるとそのまま馬車の荷台から飛び降り外へと出ていく。

ライラは呆然としているライの手からフィーを取り上げると二人の後を追うように荷台を降りる。


荷台の中はライとフィアだけとなり、フィアがライに声を掛ける。


「ライ、私達も出よう…ライ?」


フィアがライの様子が可笑しい事にき気が付くとほぼ同時に、ライが突然崩れ落ち両膝と両腕を地面につき項垂れる。


「ちょ、ちょっとライ!?一体どうしたの!?」


フィアが慌ててライの側へと駆け寄り、顔を覗き込む。

ライは焦点を失ったような眼差しで荷台の床を呆然と見続けていた。


「ねぇ…フィア」

「な、何…?」


まるで夢現と言った様子のライに対し、フィアが恐る恐る聞き返す。


「全身太陽で焼いてあの水を被れば、臭いも消えるかな…?はははは…」


ライのその言葉で、フィアはようやく状況を理解する。


「…だ、大丈夫!ライは全然臭くないよ!例え臭くても私は気にしないから!」

「気にしないって事は臭いって言ってるのと同じじゃないか…。無理しなくて良いんだよ、俺はエリオさんよりも臭いがキツイらしいからね…そう、エリオさんよりも…」


自分よりも年上にしか見えないエリオよりも加齢臭がすると言われたのが酷く心に響いたのか、そう呟くとライは全身から陰鬱なオーラを漂わせ始めた。


結局、ライの鬱モードは何時までたっても荷台から降りてこない二人に対し業を煮やしたカレンに強引に引きずりだされるまで続いたのだった。

長年積み重ねてきた物、苦労と努力の結晶、それが加齢臭だなんて主人公はなかなか居ないでしょうね。

自分で書いててこんな主人公で良いのかと自問自答する今日この頃。

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