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二人目の異常者

遅れてすみません。

次回でマリアンベールのお話は終了です。

当分はシリアス成分は出てこない予定…です。

予定は未定、真面目な部分はある。

窯底に閉じ込められた一族の最後の一人である男と出会ってから早一週間、現在の時刻は昼前といった所だ。

ライは一ヶ月近く滞在していた宿の一室を朝一に整理し身支度を済ませた後から、ずっとベッドの上に腰掛けていた。


「ねぇライ、何時までそうしてるつもり?」

「………」

「こうして待ってたってあの男は来ないと思うけどなぁ」


ライはこの一週間、街を出る準備をしつつも男が現れることを待っていた。

最初の二日は特に気にする事なく準備を進めていたライだったが、日が経つにつれ広場や男と出会った路地裏へと足を運んだりもした。

だが男がライの前に現れる事は無く、気が付けばもう街を出る日になっていた。


「宿の部屋だって本当は今朝までなのに…いい加減部屋から出ないと何時まで居座ってるんだって宿屋の人が怒鳴り込んでくるよ?」

「そうだね…仕方ない、一旦宿を出よう」


そう言うとライはベッドから腰を上げフィアと共に宿を出る。


この一週間でマリアンベールの様子も大分落ち着いていた。

魔窯の周囲は相変わらず何人もの兵士の姿が有り、物々しい雰囲気に変わりはないが広場の封鎖は解かれ、嫌でも耳に入って来ていた魔窯祭りに関する話題も完全に無くなった訳ではないがそれほど聞こえてこない。

当然だろう、魔窯の力が失われたとはいえ急激に変化が訪れる訳ではない。

最初は不安がっていた住民達も一晩も経てば不安感も薄れ、普段の生活へと戻って行く。

そんな日々が続くにつれ人々が魔窯に関する話題を出す事は少なくなり、マリアンベールの街は表面上は平穏を取り戻しつつあった。


「皆、何事も無かったこのように過ごしてるね」


道行く人達を眺めながらフィアがそう口にする。


「案外、魔窯なんて無くても平気なんじゃないかな?」

「…そんな事は無いよ」


フィアの言葉をライはそう否定する。

ライは知って居た、あの日街の住人が話していた内容が決して杞憂等ではない事を。

一体何時になるかは分からないが、魔窯の力を失ったマリアンベールの大地はいずれ枯れ今までのように作物を育てる事は出来なくなってしまうだろう。

そうなった時、きっとこの街の住人はあの日ライが見た時のように見えない明日に恐怖し、怯えて過ごす事になる。


今の街の平和な様子を眺めながら、ライはあの日無理を押してでも外に出た事は間違いではなかったと実感する。

もし目を覚ましたライが最初に見た物が今のような光景であったのなら、きっとライはフィアと同じように”これなら魔窯が無くても大丈夫なのではないか?”そんな事を考えてしまっただろう。

でも違う、ライはあの日、あの時にだけ見せた住人達の本心を見た。

魔窯はこの街に住む人間達にとって心の拠り所、自分達の今の生活を守る象徴だったのだ。

それが力を失い動かなくなったのだ、大丈夫な訳がない。


そうこうしてる内に街の中央に位置する広場へと到着する。


「まだ依頼人との約束の時間まで余裕があるし、ちょっとここで時間でも潰してようか」

「時間を潰すって…もうお祭りも終わって出店も何もないよ?」

「まぁそうなんだけどね。でもほら待ち合わせ場所が街の外だし、外で待つよりは良いでしょ?」

「…そうだね」


本当はライがあの男を待っている事にフィアは気が付いていたが、それをあえて指摘するような事はしなかった。

広場の端に寄り、建物の外壁に背を預けながら互いに一言も話すことなく時間だけが過ぎていく。


どれだけ時間が経っただろうか、同じように広場で誰かを待っている様子の人、兵士達に怯えながら広場を通り過ぎていく人の様子を黙って眺めていたライだったが、沈黙を破るようにふと疑問を口にする。


「そういえばなんでアイツは魂だけだったんだろう。窯の底に居た人達は皆肉体に縛られてたのに」


それは当然の疑問だった。

何故ならあの呪いは人間の魂をこの世に縛り付けるだけではない、その肉体に縛り付け苦痛を与え続けるための物だ。

それが何故あの男だけが肉体を離れ魂となり行動していたのか、ライにはそれが不思議で仕方がなかった。


「別に不思議な事じゃないよ。あの男自身が言ってたでしょ?」

「言ってたって?」

「”自分の身体を、一族の仲間の身体をも喰らってでも空腹感を埋めようとした”って、あの男は同族達に食べられたんだよ。文字通り骨の髄までね」

「………」


フィアの口から発せられた言葉にライが絶句する。

考えつかなかった訳でも、想像していなかった訳でもない。

ただライの認識が甘かったのだ。

男が語った地獄のその情景が、ライが想像しているよりも遥かに現実は酷であった事を、ライは改めて認識する。


ここに来てライは自分が男に向けて放った言葉は早計だったのではないかと思った。

あの男の憎悪は、恨みはライが思っている以上に色濃く、根深い物だった。

それをライは軽んじ、謝れと言ってしまった。

謝れと言われて謝るほど男の憎悪は決して軽くは無かったのだ。


「…もう行こうか」


あの男が自分達の目の前に現れる事は無いだろう。

そう考えライが広場を離れようとすると、突然背後から何者かがライの肩を掴む。

あの男かとライが振り返ると、そこに居たのはライが予想もしていなかった人物であった。


「やっと見つけたわ…」

「あ、貴女は――」


そこに立っていたのは紫色のローブに身を包んだ赤い髪の女、Sランク冒険者であるイザベラだった。


「えーと、確か以前に人探しをしていた人でしたっけ?。お目当ての人物は見つかったんですか?」


突然の事に驚いたライだったが、今の自分の姿はSランク冒険者達の知る中年の男ではない事を思い出し、冷静を装いつつ対処する。

しかしそんなライに対し、イザベラは不敵に笑う。


「えぇ…勿論見つけたわ。”ここ”に」


そう言いながら肩を掴むイザベラの手に力が込められる。


「一体どういう事なのかしら…私が知る限り貴方は中年男性だったはずなのに、若返った?」

「な、何を意味の分からない事を、自分はまだ20代の――」

「いえ、もしかしたらあの時天竜と戦った時に見せたあの姿が仮の物で今のが本当の姿なのかしら?。だとしたら凄い擬態能力ね、この私がすっかり騙されるなんて」

「いやあの聞いてます?。だから俺は――」

「決してただの変装などではない、明らかに魔術的な何かを使っているにも関わらず魔法の気配も無く、姿だけを変える。嗚呼――一体どうすればそんな事が可能なのかしら!!」


(駄目だこの人全然話を聞いてくれない!)


ライの肩を掴んだまま思考の海へとトリップしているイザベラに対し、ライは以前ブルガスで遭遇したSランク冒険者の一人であるルークの事を思い出していた。

今のイザベラの様子はあの時のルークと良く似ていた。


「くっ…貴女達の目的は一体何なんですか!俺を追って何しようって言うんですか!?」

「何しようって――」


ライのその言葉にイザベラが初めて反応を示し、その問いに一瞬考える素振りを見せた後、少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら返答を返す。


「…そうね、貴女になら初めてをあげても良いわよ」


その瞬間、ライの思考が停止する。


「え?あ、は?」

「初めて純粋に私よりも凄いと思える人間に出会えたんだもの、それくらいお安い御用――」

「待て待て待て!!アンタ自分が何言ってるのか分かってるのか!?」

「何って、貴方がナニしようって」

「そういう意味で言ったんじゃない!!というかどんな思考回路してたらそこに直結するんだ!?」

「男なんてどうせ皆そんな事ばっか考えてるんでしょ?」

「偏見にも程があるわ!大体追われてる人間が追っかけてる人間に対して肉体関係求めるとか意味不明すぎるでしょう!?一体全体何をどうしたらそういう結論に行きつくんだよ!?」

「だからナニでしょ」

「それはもう良いんだよ!いや良くはないけど、とにかくそれはもう良い!!」


自分でも何を言っているのか訳が分からなくなりながらもライはイザベラに食いかかる。


「ほぼ初対面の男に対してなんでそんな事が言えるんだアンタは!?」

「失礼ね、私だって人は選ぶわ。むしろ選り好みし過ぎてこの歳まで恋愛経験も一切無いほどにね」

「その結果初めて言葉を交わして返した言葉がアレなのか!?選ぶ気本当にあるのかアンタ!」

「重ね重ね失礼な事言うわね、私はそこら辺の男に声をかけられて簡単に股を開くような女じゃないわよ」

「むしろ自分から率先して男に声かけて股を開こうとしてる辺りアンタに対する俺の評価はそれ以下だよ!」


そこまで言うと、ツッコミ続け乱れた息をライが整えようとする。

そんなライの様子を気にする事なくイザベラがライの言葉を否定する。


「だーかーらー、私の目的は別にそういう事じゃないって言ってるでしょ?。少しは話を聞きなさいよ」

「その言葉そっくりそのまま返すよ…」


若干疲れた様子でうんざりしたようにライが返すも、イザベラはその言葉を無視して続ける。


「私は貴方に興味があるの。貴方の魔法技術に、そしてその”不思議な力”にもね」

「っ!?」


イザベラの言葉にライが驚愕で目を見開く。


「天竜を倒した時から気にはなっていたのよ。祭りの時、その力を使っていたからすぐ貴方があの中年の男なんだって気付いたわ」


あの時、確かにライは始原を使った。

だが始源を使用したのは窯の中に入ってからであり、殆どの人間にはライが一体何をしたのか、そもそもそれ以前に御子であるアルミリアに視線が集中していたため、途中で舞台の上に乱入したライの存在に大衆が気が付いたのがライが窯の中へと落ちるのとほぼ同時だった。

舞台の西側に居た人間は舞台に降り立ったライの存在に気が付いただろうが、それでも後ろ姿だけでありライの姿をハッキリと視認で来た人間は少ない。

しかしイザベラは建物のバルコニーから広場全体を見下ろすように見ていたため、ライが窯の中へと落ちてからもその姿を視認する事が出来ていた。


「あれだけの膨大な魔力を押し込むだけの力、魔力とは異なる物である事は分かるのだけど、それ以外の一切は分からない。これ程研究意欲を刺激されたのは久しぶりだわ!」

「…悪いけど、いくら質問されたって答える気は――」

「別にそれに関する答えなんて聞いてないわ。それが正しいのかどうかも分からないし、貴方が嘘をついている可能性も、貴方が誤って理解している可能性だってある。私は自分で見て感じて調べた物しか信じない事にしてるの」


じゃあ一体、自分に何の用があると言うのだとライが考えていると、イザベラがライの肩を掴んだまま身体を寄せてくる。


「言ったでしょう、貴方に興味があると。他人が構築している魔法を解除するなんて芸当正直私には不可能、それを複数同時に行うなんて想像する事すら出来なかったわ」


イザベラの言葉にライは隣に立つフィアを横目に見る。

フィアは我関せずと言った様子でただ黙ってそこに立っていた。


「あぁ…本当にすごい…!こんな人が居るだなんて、思いもしなかった…!」


イザベラが熱っぽく吐息を漏らしながら言う。

事情を知らぬ人間がイザベラの今の姿を見れば、情欲的にライを誘っているように見えただろう。

だが当のライ本人はそんなイザベラに対し言い様のない感情を抱いていた。

熱に浮かされたように言葉を紡ぐイザベラの瞳は、ライを見ているようで何か別の物を見ているような気がしたからだ。


「貴方は一体どれだけ凄いの?一体どんなことが出来るのかしら?」


呆けたように自分の世界に浸っていたイザベラだったが、やがて堰を切ったように質問を浴びせ始める。


「貴方の得意な属性は?一番威力のある魔法は?どれ程の威力があるのかしら?一度に体内に取り込める魔力の総量は?自身の周囲何メートルの魔力を集められるの!?」


徐々に語気を強めていくイザベラの瞳には明らかな狂気の色が伺えた。

ライの両肩を掴む腕は万力のようにライの肩に食い込み、今も尚その力を増して行く。

その様子に恐怖を覚えたライが思わず叫ぶ。


「フィア!!」


ライがそう叫ぶと同時に、イザベラの足元の地面が隆起しイザベラの腹部に隆起した地面が深々と突き刺さる。

隆起した地面はまるで火山が噴火したように勢い良く地面から盛り上がり、イザベラの身体を天高く舞いあげる。


「ぐふぅ!?」


突然の出来事にロクに受け身を取る事も出来ず、イザベラが地面へと叩きつけられる。

叩きつけられたままピクリとも動かないイザベラにライが不安を覚えながらフィアに声を掛ける。


「フィ、フィア?流石にちょっとやり過ぎだったんじゃ…」

「これくらいなら別に問題無いと思うよ。これで死ぬ程度じゃSランク冒険者なんて言われないだろうし…それにほら」


フィアがそう言いながら地面に転がるイザベラを指さす。

ライはそれに釣られるようにイザベラに意識を向けると、身体は以前として動いていないものの何やらボソボソと呟くような声が聞こえてくる。

ライがその呟きに耳を澄ませる。


「ふふふ…凄い、凄いわ…今の土属性魔法?魔法が発動する気配を全く感じられなかった。一体どうやったらそんな事が可能なのかしら。魔法の構成の仕方?それともあの力の影響?はたまたあの肉体に秘密があるのかしら?これはもう全身くまなく調べるしか無いわね…ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふ」

「………」


地面に倒れ伏したまま、不気味に笑うイザベラにライは無言のまま後ずさりをする。


「…フィア」

「はいはい、分かってるよ」


ライの言いたい事を事前に察知したフィアがおざなりに対応する。

そうこうしている間にもイザベラが四肢を震わせながらも起き上がろうとする。


「待ちなさい、まだ質問したい事が――へぶ!?」


立ち上がろうとしたイザベラの頭上に突如正方形の石板が降ってくる。


「こ、これは一体」


石板に圧し潰され、うつ伏せになりながらも首だけで自身の背中に乗っている物の正体を探ろうとする。

そんなイザベラの視界に自分の背中に乗っている物と同じ石板が自身の頭上に浮いているのが見えた。

イザベラがその事実に気が付くとほぼ同時に、石板は落下を始めイザベラの上に幾重にも積み重なっていく。


「ひぎぃ!?あ、ぐぅぅ…はぁはぁ凄い!これだけの物体を空中に、それも一瞬で用意するなんて、嗚呼――凄いわぁぁああああ!!」


イザベラのその狂喜混じりの歓呼の声を背に受けながら、ライとフィアは足早にその場を後にするのだった。


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