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悪魔とSランク冒険者

遅れて申し訳ありません。

土日に全然執筆出来なかった…。

それと今回は分割するタイミングが無かったため長いです。

本番当日、マリアンベールの中央に位置する広場には多くの人間が集まり、昨日まであった出店等は全て無くなっていた。

そんな広場の全体を見渡せる位置、広場の外縁に建つ建物のバルコニーにイザベラの姿があった。


「いよいよね…御子の方はどうなってるの?」

「アルミリア様なら先程屋敷を出てこちらに向かっているそうです」


イザベラの側に立っていた一人の男がその質問に答えた。

イザベラの側にはその男だけではなく領主であるアルヒドの部下や町の警備兵の姿もあった。


「そう、それならこっちもそろそろ始めましょうか。三人とも聞こえてるかしら?」


イザベラが誰にでもなくそう声をかけると何処からともなく三人の人間の声が聞こえてくる。


『私は問題ありません』

『いけるぞ』

『問題ないわよ』


ルーク、アドレア、アリスのそれそれが返答する。

現在三人はイザベラとは別行動を取っており広場の人混みの中に居た。

会話はウィスパーボイスによって行われていたが、複数人を相手に同時にやり取りをし、さらに一般的な物と比べても視認性が非常に低く通常の手段ではウィスパーボイスを使っている事を判断することは難しいとアルミリアが使っていたものとは最早別物と言える代物であった。

またそれぞれ少なくても20メートル以上は離れているにも関わらず互いの声をハッキリと認識することが出来ており、会話が混線しないよう式系統はイザベラに一本化していた。

そのため実質的に魔法を三つ同時に並列して操っているような状態になっているのだが、イザベラは平然とした様子でそれぞれに指示を飛ばす。


「ルークは南東、アリスは南西、アドレアは北側をお願い」

『了解しました』

『予定通りね。分かったわ』

『了解…しかし俺の担当範囲が広すぎやしねぇか?』

「仕方ないじゃない。南側から御子が入場する以上、観客や悪魔に操られた人間も南側に集中するわ。そっちは広い分南側と比べても人口密度は低いし動きやすいでしょ」


そう言い放つイザベラのすぐ脇には小さなテーブルが置かれており、その上には以前イザベラが持っていた見取り図に似た物が置かれていた。

違いはそこに描かれているのが宿屋の見取り図ではなく、マリアンベールの広場が描かれている所だろう。

広場の見取り図には三つの光点が灯り、ルーク達三人の位置を示していた。


「ん?これは――」


見取り図に視線を落としたイザベラが何かに気付く。

西側の道から広場に入ってくる黒い光点があった。


「…何あれ」


顔を上げその方向を見たイザベラの目に映ったのは宙に浮いた大量のぬいぐるみの上に腰掛ける怪しげな人物の姿だった。


『どうかしました?悪魔が現れたのですか?』

「…いえ、多分祭りを見に来ただけの観光客だとは思うのだけど」


広場の中央にある石造りの舞台は地上からでは御子の姿を見る事は出来ても魔窯の様子は良く見る事が出来ない。

そのため建物の上階から顔を出す人間や魔法を使って宙に浮き観察する者も多く居た。


「闇属性を利用して飛ぶなんて変な事するわね…一応警戒はしておきましょう。アドレアお願い出来るかしら?」

『あの気色悪いぬいぐるみにドカっと座ってる奴か?。分かったよ』


そうこう話していると広場の様子が変わる。

先程までざわざわと話し合い、隣の人間と顔を見合わせていた人々の視線が南側の道に集中する。

南側の道から魔窯までの道には観光客が入らないように柵が設置されていた。

その道を通ってやってくる白い服を身に纏った集団。

集団の外側には屈強な男達が中央の人物を守るようし、内側には頭から全身を覆うような真っ白な布地を被った女性達がいた。


入ってきた集団に視線を向けたままイザベラが傍に立つ男に声を掛ける。


「…ねぇ、あの中のどれが御子なのかしら?」

「女達の一番先頭を歩いているのがアルミリア様だ」


男の言う通りイザベラがその人物に注目する。

頭から白い布地を被っているため顔は良く見えないが両手を祈るように組んでいるのは見えた。


「私が渡したアレは何処に身に付けているの?」

「あぁこの見取り図に位置を映し出すための道具の事か?。それならアルミリア様の前を歩いてる男が持っている」

「…私は御子に渡すようにと言ったはずだけど?」

「この儀式はお前達が思っている以上に繊細なんだ。不純な魔力が混じっては困るんだよ。だからアルミリア様にあんな物を持たせる訳にはいかんのだ」

「なるほど…だからあんな布を被せてる訳ね」

「ふん、流石は【魔境】と呼ばれるだけはあるな。一目見ただけであれが外部からの魔力を遮断するための物だと見抜いたか」


男とイザベラがそんな話をしている間にアルミリア達が広場の中にまで入ってくる。

アルミリア達が広場に足を踏み入れたタイミングでテーブルの上に置かれた見取り図に変化が現れた。

見取り図の南側からアルミリアの位置を表す光点が現れると同時に黒い光点が複数出現し、アルミリアに向かって移動を開始する。


「三人共悪魔が仕掛けて来たわ。手はず通りに行くわよ」


イザベラはそう言うと三人に向かってそれぞれを指示を出す。

指示を出す際に指示を受け取る人間にだけ声を届かせる事で混乱を避け、名前を呼ぶ時間も短縮し必要最低限の指示だけを飛ばす。


「右斜め前方五メートル、緑の外套の男!」

『見つけました!』

「後方三メートル、金髪プレートメイルの女!」

『居た!』

「前方十二メートル、上半身裸のおっさん!」

『クッソ、地味に遠い!』


イザベラの指示にそれぞれが目標に向かって移動を開始する。

人混みを避けるように移動しながらアドレアがイザベラに質問する。


『おいイザベラ!お前あの紙使って監視してたんだろう!?なんで操られた人間がもうこんな内側にまで入り込んでるんだよ!』

「悪魔だって馬鹿じゃないわ。最初から操った人間を真正面から突っ込ませても広場の入口で捕まるのが分かってて広場の中に居る人間を片っ端から操ってるんでしょ」


イザベラの言う通り、悪魔は直接操った人間を送り込むのではなく呪いだけを広場に送り込んでいた。

形を持たぬ不定形の靄のような呪いは建物の隙間や壁を伝い四方八方から広場に侵入し人間に取り憑いていく。


『だとしたら何で悪魔は直接御子を狙わねぇんだ。そっちの方が手っ取り早いだろうが』

「魔窯までの道を仕切っているあの柵には微弱ながら光属性の魔力が込められているのよ。微弱だから剥き出しの呪い程度なら問題なく防げるけど取り憑かれた人間にはあまり効果はないし、それに御子は魔力を遮断する布を被ってるからあれを剥がさない限り悪魔は手を出せないわ」


そんな話をしている間にもアドレアは目標の人物に接近し空の魔結晶を身体に押し付ける。

目標の人物の身体から呪いが染み出し魔結晶の中へと納まって行く。


「…ん、あれ?俺何をしようと?」


呪いから解放された人間が正気を取り戻したのを確認し、アドレアがその場から移動しながらイザベラと会話を続ける。


『呪いを払えるだけの光属性の魔力を広場全体に振りまく訳には行かねぇのかよ』

「それは真っ先に提案したのだけどね。どうやら領主は祭りであまり騒ぎを起こして欲しくないみたいよ。だから目立つような真似は出来ないわ」

『なんだよそれ…娘の安全よりも祭りの方が大事だってのかよ…!』


魔法を伝いアドレアのその憤りがイザベラに伝わる。

アドレアの様子にイザベラが苛立ちを露わにしながら指示を出す。


「左方人混みの中!ハゲ!」

『んだそのアバウトな指示は!?どいつだよ!』

「余計な事考えてるから分からないのよ!目標を探すためだけに頭を回しなさい!余計なことは考えず、やる事だけやるのがアンタでしょうが!」

『…ッチ、分かったよ!』


素直ではないイザベラの激励の言葉によりアドレアは悪魔の目的を阻止する事だけを考える。

それから三人はイザベラの指示の元アルミリアに接近しようとする操られた人間達を元に戻していると、南から広場に入ってきた集団が石造りの舞台に辿り着く。


集団の外側に居た男達の内、前方に立っていた男が横に避けると内側にいた女たちが次々と舞台へと上がって行く。

女たちが全て舞台に上がったのを確認すると男達は今度は舞台を囲むように移動する。


「御子が魔窯に到着したわ。このタイミングで悪魔の本体が現れる可能性もあるわ。一層警戒を強めるわよ」


悪魔の動きを警戒しイザベラが三人にも注意を促す。

しかしイザベラの予想に反して悪魔の本体はおろか人間を操るために先程まで頻繁に広場へと侵入してきていた呪いすら現れなくなった。


「これは一体どういう事…?」


困惑するイザベラを他所に、舞台では今まさに窯の蓋が開かれようとしていた。

女達は窯の蓋から少し離れた外側の位置で両膝をつき、御子であるアルミリアは舞台に上がる階段の前からゆっくりと窯の蓋の近くにまで歩み寄る。

窯の蓋によって出来た大きな円形の溝の前には同じく小さな円形の溝が有り、アルミリアはその円の中央で他の女達と同じように両膝をつきながら祈り始めた。

するとアルミリアの居る小さな円形の溝から溝へと魔力が広がるように舞台全体に行き渡る。

魔力が舞台の全体に行き渡ったその時、何かが外れるような音と同時に中央の蓋が僅かに沈み込み、蓋が横にスライドしながら舞台の中へと収納され、魔窯の中が露となる。


「あれが魔窯の中身?」


魔窯の中は翡翠色に輝く魔力で満たされており、さながらそれは魔力の湖とでも言える程のものだった。


「凄いだろう。あれこそがマリアンベールの大地を豊かにする神聖なる力だ!」


そんな男の言葉にイザベラは反応する素振りも見せずただ黙って魔窯に視線を注ぎながら考える。


(神聖な力?どうみてもただの風属性の魔力じゃない。あれだけの質量を人間の制御無しに維持しているのは素直に感心する所だけど…危ういわね)


魔法の維持は舞台や魔窯内部に刻まれた術式により行われていた。

魔法に何かしらのイレギュラーが発生した場合、人間であればそれに対応するように魔法の制御を変える事が出来るが、魔窯のそれは術式として完成してしまっている以上イレギュラーな事態に対応する事は不可能だ。


(こんな無防備に魔窯の中身を露出させるなんて、もし制御が少しでも乱れたらこの広場くらいなら簡単に吹き飛ぶわね。なるほどだから繊細な儀式だなんて言った訳ね)


一歩間違えば大惨事と成りかねない事を理解したイザベラの額には冷や汗が滲み出していた。

そんなイザベラの様子に気付く事もなく男は得意気にイザベラに話しかける。


「驚きのあまり声もでないか?」

「…そうね、あんなにも力強い物はじめて見たわ。さぞ生命力に満ちた力なのでしょうね」


風属性の魔力なんて知りませんとばかりに白々しくイザベラがそう言う。

そのイザベラの言葉に男は可笑しさを堪えるようにしながら短くそうだなと同意して見せた。


(この態度、間違いない。こいつはあれがただの風属性の魔力だと知っている)


男の様子にイザベラは確信を抱きつつ、情報を引き出すために男に質問する。


「しかし、大丈夫なのかしらね?」

「何がだ?」

「あんな無防備に窯の中身を晒してることよ。貴方さっき儀式は繊細なんだって言ってたわよね。それなのにあんな大っぴらにして…魔法の一つでも窯の中に撃ち込まれたら一発で終わりじゃない」

「ふん、あれに生半可な魔法が通じるものか。あれは魔力の類を決して通さぬ鉄壁の守りなのだからな」

「へぇー…じゃあ物理的な物には弱いのかしら?」

「考えが甘いな。あれは表面は靄のようだが内部に近づく程に圧力が増し中心に近づく頃にはどんな物体であれ粉々に砕け散るだけだ」

「そうなの…」


ペラペラと喋る男の言葉にイザベラが何気ない様子を装って口を挟む。


「大地を豊かにするための力というより、それじゃあまるで”蓋”みたいね」

「………」


イザベラの言葉に男が露骨に失敗したというような表情を浮かべる。

余計な事まで喋ってしまったという自覚があるのだろう、男はそれ以上口を開く事無く黙り込む。


(領主の館で話を盗み聞きしていたから予想はしてたけど、やっぱり魔窯の中には何かがあるようね。つまりあれはその何かを守る、あるいは閉じ込めるための物かしら)


男の様子を見て確信を得たイザベラは悪魔の次の行動について推測を立てていく。


(領主は魔窯の中の物を”資源”と呼んでいた。そしてその内の一体が逃げた…悪魔と呼ばれる物は領主が資源と呼ぶ物と同一で間違いない。領主の口ぶりからして悪魔に類する存在は複数存在していると考えられる。だとすれば恐らく悪魔の目的は仲間の解放かしら?)


悪魔の目的から次の行動を探ろうとイザベラが考えていると、今まで変化の無かった広場の見取り図に新たに一つの黒い光点が現れた。

考え事をしながらも無意識的にイザベラがそちらに顔をむける。


「ッ――!」


黒い光点の正体を視界に捉えた途端、イザベラが息を飲む。

イザベラの視線の先には呪いでも操られた人間でもない、黒衣を身に纏った何もかもが黒い人間が居た。

ただ黒い訳でも黒衣の影でそう見える訳でもない。

完全なる闇、肌色は一切なく顔や袖の隙間から見えるはずの物が一切見る事が出来なかった。


(何よあの悪意の塊のような存在は…!一体どうすればあんな物が出来上がるっていうの?)


その存在にイザベラが戦慄を覚えながらも、一番近くに居るルークへ指示を出す。


「ルーク、聞こえるかしら」

『どうしました?』

「一人、東の大通りから広場に侵入したわ」

『一人?呪いではなく、操られた人間が侵入してきたのですか?』

「いいえ違うわ。あれは操られた人間とかそういう次元のものじゃない。もっと明らかにヤバイ何かよ」


イザベラの言葉にルークが東の大通りの方に視線を向け驚いたように目を見開く。


『…なるほど、確かにあれは操られた人間とは何もかもが違いますね』

「貴方が三人の中で一番距離が近く、光属性に最も長けた人間なの…お願い出来るかしら?」

『やるしか無いのでしょう。貴女の言う通り私が適任のようですし…何かあればお願いします』


ルークはそう告げると黒衣を纏った何かへとゆっくりと近づいて行く。

ルークが移動する間にも黒衣を纏った何かは広場の中ほどまで入り込み、その背後を取るようにルークが回り込む。

覚られぬよう、ゆっくりと近づき背後から空の魔結晶を押し付ける。

押し付けた魔結晶は一瞬にして黒々とした色に染まり、数秒もしない内に粉々に砕け散ってしまう。


『なっ――!?』


ルークの驚愕する声が魔法に乗ってイザベラの元へ届く。


「どうしたの!?」

『魔結晶が――』


砕け散ったとルークが言葉を続けようとするよりも早く、目の前の存在が真っ黒な顔をルークに向けた。


「何だお前、俺に何か用か?」


真っ黒い顔の存在は若い男の声でルークにそう喋りかけた。


『――――』

「だんまりか、用が無いなら関わるな」


それだけ言うと興味を失ったのか顔を前に向け、舞台の上で祈るように両手を組むアルミリアを食い入るように見つめる。


『…イザベラ、聞いて居ましたか?』

「えぇ、貴方が接触する前から周囲の音も拾うようにしてたからね…。それにしてもあれだけの悪意に満ちている癖にそれにしては随分と理性的ね」

『ですが彼が悪意ある存在である事に違いはありません』


その場から動く様子も無くただ黙ってアルミリアに視線を送り続けるそれをルークが警戒する。


「それもそうね…ルーク、言葉が通じるのならそいつから何か聞き出せないかしら」

『話をするだけですか?』

「こんな人間が密集してる所で派手にやりあうわけにはいかないでしょ。かといって無視できるような存在でもない…十中八九そいつが悪魔なのでしょうけど確証が欲しいわ」

『…分かりました。話してみます』


ルークがそう返答するとイザベラはルークの口元を覆っていたウィスパーボイスを解除し、他の人間に会話を聞かれないよう黒衣の存在とルークの二人を覆うように魔法を張り直す。


「…なんだこれは?」


自身をを囲むように発動した魔法に気が付いたのか黒衣の存在がそう言葉を漏らす。

そんな存在に対し、ルークは声をかける。


「少し質問をしても宜しいでしょうか?」

「…またか、なんだお前は?」

「私はSランク冒険者【聖壁】のルークです。今度はそちらが名乗る番ですよ。貴方の事を教えてください」

「…質問と言うのはそんな事か。何故そんな質問をする?そんな事を聞いてなんの意味がある?」

「私は祭りの警備のために雇われた者です。不審な人物を見つけたら声をかけるのは当たり前です」


ルークの言葉に何者かは一瞬考えるような素振りを見せた後、ルークの問いに答える。


「なるほど、確かにその通りだな。それなら安心しろ、俺はただ見に来ただけで何かをするつもりはない」

「…そんな言葉をそう簡単に信じると思っているのですか?」

「さぁな、信じるも信じないも好きにしろ。どっちに転んでも何かが変わるわけでもない」

「それはどうでしょうか?。私が貴方の事を信じられない以上、この場で貴方を拘束する事になりますよ」


ルークはそう言いながら、体内で光属性の魔力を練り上げていく。


「次の質問です。人々を操っていたのは貴方ですか?」

「そうだが?」


隠す素振りも見せず何者かはあっけらかんと言ってのける。

その様子にルークは怒りを覚え怒気を帯びた声で何者かを問いただす。


「一体何が目的でそのような事をしたのです!」

「お前には関係ない。知ったところでどうなると言うのだ?」

「どうなるかではありません!私は何故だと聞いているのです!人の意思を奪い、自身の目的のために利用するなど許されるはずがありません!」

「許されるさ、何故なら俺にその権利がある。お前の知ったことではないし、お前には俺に指図する権利も説教をする権利もない」

「くっ…!」


まるで取り合おうともしないその態度にルークは対話による解決は無理だと考え体内で練り上げていた魔力を一点に集中させる。


「やめておけ、俺に危害を加えてみろ。その瞬間俺に操られている人間を自殺させるぞ」

「なっ!?」

「そもそもそんなちんけな魔力で俺が消せるわけ無いだろう。無駄に犠牲を増やすだけだ」

「………」


悪魔のその言葉にルークは動くべきかどうか悩んでいた。

そんなルークの元にイザベラの声が聞こえてくる。


『悪魔の呪いはあくまであらかじめ指定した事柄を実行させるだけのもの、途中で命令を変更することは出来ないはず…だけど保険にそういった人間を用意している可能性も捨てきれないわ。ここはアイツの言う通り不要な犠牲は避けるべきよ』

「…分かりました」


ルークはそう返答すると体内で練り上げていた魔力を霧散させ、黒衣の存在に鋭い視線を向ける。


「なんだその目は、何か言いたげだな?」

「エインズワース卿の言っていた通りですね…」

「――何?」


エインズワースという名が出た瞬間、黒衣の存在の雰囲気が変わる。

しかしルークはそれに構うことなく怒りに任せ言葉を続ける。


「貴方は"悪魔"だ!命を命とも思わない!最低の存在だ!」

「………」


そこまで言い切ったルークはふと全身に何かがまとわりつくような感覚に終われる。

そしてその感覚の正体にルークはすぐに気付いた。


「そうか…お前もあいつらと同じく俺をそう呼ぶのか」


――それは悪意、殺意や害意など様々な感情が混ざりあったおぞましい何か、それが目の前の存在から放たれていた。


「命を命とも思わない?」


黒衣の存在が足を一歩前に踏み出す。


「俺達をそうさせたのはお前達だ」


目の前のそれはゆっくりと言葉に怒りを込めながらルークに近づいて行く。


「俺達から命の尊さを奪ったのはお前達だ」


目の前の存在から放たれる感情に、威圧感にルークは動けなくなる。


「俺達の存在を望んだのはお前達だ」


黒衣の存在はルークの目の前まで来るとルークの顔を覗き込むように真っ黒な顔を近づけ――


「――俺達をこんな姿にしたのはお前達だ」


黒い顔の奥、闇の向こう側に血走った目がルークには見えた。

魔物や動物の目ではない、人間の目が。


「貴方は…一体?」

「おいおい、お前さっき自分が言った事をもう忘れたのか。”悪魔”なんだろう?俺をそう呼んだのはお前達だ」


黒い顔の奥に歪に歪んだ口元が見える。


「だったらなってやろうじゃないか。その”悪魔”って奴に」


悪魔がそう言った直後、悪魔の方に気を取られていたイザベラの耳に傍に立っていた男の驚くような声が聞こえた。


「アルミリア様!?」

「ッ――!」


その声にイザベラがハッとなり魔窯の上を見ると、両膝をつき祈りを捧げていたはずのアルミリアがいつの間にか立ち上がり、ふらふらと魔窯の方へと近づいていくのが見えた。

躊躇なく魔窯の方へと歩みを進めるアルミリアを制止しようと、傍にいた一人の女がアルミリアに慌てながら手を伸ばす。


「アルミリア様!」


しかし、慌てて立ち上がったがためにバランスを崩してしまいその手はアルミリアの被っていた布を掴む。

するりと布が落ちアルミリアの姿が露わになった瞬間、テーブルの上に置かれた見取り図、その中央に黒い光点が突如現れイザベラが叫ぶ。


「誰でも良い!御子を止めなさい!」


イザベラの声にアドレアとアリスが反応し中央の魔窯に向かおうとするも人混みが邪魔で思うように進むことが出来ない。


「クソッ!てめぇら退きやがれ!」

「くっ…人混みの中でさえ無ければ!」


二人が手間取っている間にもアルミリアは窯へと近づいて行き、窯の淵で立ち止まり祈るように組んでいた両手を前に突き出す。

突き出された両手はゆっくりと解けていき手の中から黒い結晶が零れ落ちる。

窯の中へと落ちていく黒い結晶を見つめるアルミリアの瞳に光が戻る。


「あ…れ?」


あの日、あの地下でアルミリアは悪魔に襲われた際悪魔によって呪いを掛けられていた。

それは”黒い結晶を魔窯の中に落とせ”という物だった。

そして呪いによって課せられた使命が達成された今、アルミリアは呪いから解放され正気に戻ったのだ。


自身の手によって儀式が失敗に終わるという、最悪のタイミングで。


「あぁ――」


アルミリアの口から抑えようのない声が漏れ出し


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


絶叫が響き渡る。


アルミリアが窯の淵から身を乗り出して落ちていく結晶に手を伸ばすもその手が届くはずもなく結晶は魔法で出来た蓋の内側へとゆっくりと沈み込んで行く。


「そんな…どうしてこんな事に…」


絶望に打ちひしがれるアルミリアに追い打ちをかけるように、魔窯に変化が現れる。

静かな湖面のようだった魔窯の中が不規則に揺れ出し、その揺れは徐々に激しさを増しやがて広場全体が揺れ出す。


「あっ――!」


広場が揺れたその時、魔窯の淵で身を乗り出すようにしていたアルミリアはバランスを崩し窯の中へとその身を投げ出す。

一瞬の浮遊感の後、アルミリアの身体は重力に引っ張られ窯の中へと落ちていく。


(どうして、どうしてこんな事になってしまったのだろう。私は一体何をしているんだろう…)


目の前に広がる魔力の海を見つめながらアルミリアが考える。


(このまま落ちてしまえば…楽になれるのかな)


全てを諦めたように目を閉じたアルミリアの頭の中には自身に期待し、祭りを楽しみにしていた人間達の事で一杯になっていた。

両親、召使いの人間達、マリアンベールの住人に外から祭りを見るためにやってきた人々。


(ライさん、フィアちゃん…)


そして、アルミリアの事を知る友人二人を思い浮かべ――


「――ごめんなさい」


アルミリアが死を覚悟したその時、アルミリアの首筋を誰かが掴み上げ、気が付けばアルミリアの身体は宙に浮いていた。


「…え?」


アルミリアは突然の事に驚きつつも無意識の内に窯の中へと視線を落とす。

そこにはアルミリアを引き上げる代わりに魔窯の中へと落ちていく一人の人間が居た。

その人間を認識したアルミリアは悲鳴にも似た声でその者の名を叫ぶ。


「ライさん!!」


その瞬間魔窯の中の魔力が限界を迎え、強烈な光と共に膨大な魔力が解き放たれる。


ライの身体が光に飲まれ、自身の視界さえも光に飲まれそうになったその時、アルミリアは力強く輝く蒼い光を見た気がした。

次回はライ視点です。


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