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本番前日

遅くなってすみません。

次は可能な限り早めに投稿するつもりですが土日に予定があるので執筆の時間があまり取れなさそうです。

アルミリアから話を聞いた翌日、朝日も完全に昇りきった頃、宿屋のベットの上には天井を見上げたまま微動だにしないライの姿があった。


「ねぇライ、何時までそうしてるつもり?」

「うん」

「今日は特訓しなくて良いの?」

「うん」

「はぁ…」


心ここに在らずと言った様子のライの姿にフィアがため息を吐く。

アルミリアから魔窯に関する話を聞いて以降、今に至るまでライは何かを考えているらしくずっとこんな調子だった。


(ミリアから聞いた話…どこまでが事実でどこまでが偽りなんだろう)


別にアルミリアの事を疑っている訳ではない。

ただアルミリアが見たと言う資料や書籍、それに書かれていることが全て本当だとはライには思えなかった。


(時代によって書かれている事が全く異なるなんて明らかに可笑しい。まるで誰かが事実を隠そうとしてるみたいだ)


アルミリアは最も古い資料、神が魔窯を与え御使いが魔窯に力を注いでいるのだと信じきっていた。


(本当にそれが真実なんだろうか?)


脈絡も無く突如神が現れ悩める人々に救いの手を差し伸べ、そして今度は御使いが現れ自身を犠牲に魔窯を動かした。

そんな都合の良い話が在り得るのだろうか?。

神が本当に善意で人々に魔窯を与えたのなら、そんな事をする前に大地を豊かにすれば済む話だ。

それならば御使いを遣わせて魔窯を動かすなんて二度手間も無かったはずだ。


(神様か御使い、もしくはその両方共嘘なのか?)


例えば魔窯は人間が作り出した物であり、その作り方を隠蔽するために神から与えられたと嘘をついた。

もしくは御使いは自ら犠牲になったのではなく魔窯を動かすために生贄にされたのではないか。

考えれば考える程、アルミリアから聞いた話に違和感を感じずにはいられなかった。


頭を悩ませるライの中で昨日のフィアの言葉が思い起こされる。


『もし悪魔の定義が善性を持たず、他人の不幸を厭わず、人を人とも思わない存在とするのなら、私はそれが実在していると思う』


(善性を持たない…つまり善意ではなく悪意によって魔窯がもたらされたとしたら?)


それ個では決して動かず、何かを犠牲にしなければ使う事が出来ない欠陥品。

そんな代物が善意によってもたらされたとは考え辛い。

いや、それ以前に何かを犠牲にするというのもアルミリアから聞いた話であり、本当に誰かが犠牲になったかどうかすら怪しい。


(駄目だ…いくら考えても考えが纏まらない)


幾度となく自己問答を繰り返すも未だにライの求める答えには辿り着けずにいた。

その様子を隣のベットに腰掛けたフィアがじっと見つめていた。


「ねぇライ、何をそんなに考えてるの?」

「…大した事じゃないよ。ただ個人的に気になってるだけ」

「ふーん…一つ言っておくけど――」


フィアはそう言った後ベッドから立ち上がるとライが横になっているベッドに上がり、ライの顔を覗き込むようにしながら言葉を続ける。


「いくら考えた所でライの求める答えなんて在りはしないよ。ライはもう気付いてるんでしょ?本当の答えに。ただそれを認めたくないだけで」

「…確証はなんて無いよ。もしかしらそうかも知れないってだけで」

「でもライの中ではそれが一番納得が行く答えなんじゃないの?」

「納得なんてしてないよ。ただそれが一番可能性として考えられるというだけで、こんな答え…納得できる訳がないよ」


そう言いながらライが目を伏せる。

そんなライの両頬を挟み込むにフィアの手が触れ、フィアの方を見るように強引に顔うごかす。


「逃げちゃ駄目だよライ。嫌な物に目を瞑って理想ばかり見ていたら何時か大事な物まで見えなくなる」

「でも――」

「ライ答えて。貴方は一体あの子の話を聞いてどう思ったの?何を思い付いたの?教えて、貴方の答えを」

「…フィアは俺の答えを知っているんじゃないの?」


ライは震える声でフィアに問い返す。

そんなライを落ち着かせるように、フィアが優しい声色で語り掛ける。


「ライ自身が言うんだよ。頭の中で考えるのではなくハッキリと声に出して、そうすれば些細な悩みなんてきっと無くなるよ」


フィアのその言葉にライは恐る恐るといった様子でゆっくりと口を開き、声に出していく。


「フィアは…最初に魔窯を見た時言ったよね。特別な魔力って何だと思うって」

「うん、言ったよ」

「それって始源の事だよね?。フィアはあの時魔窯を見て始源に関する何かを見たんじゃないの?」

「…どうしてそう思ったの?」

「今まで力について俺が聞いても説明が難しいって言ってはぐらかしたりしてたじゃないか、でも魔窯を見てからフィアは自分から始源について語りだした。そして俺に警告したよね、”始源については他人に知られてはいけない”って」

「………」

「フィアは魔窯を見た時に始源に関する何かを知ったんでしょ?。そして俺がそれに利用されないようにあんな警告をしたんじゃないの?」


その問いにフィアは答えない。

フィアは間違っている事はすぐに違うと訂正を入れてくる。

だが今はただ黙ってライの顔を見続けている。

それが肯定を意味する事をライは分かっていた。


「フィアは始源は全ての源だって言ってたよね」

「…うん」


全ての始まりであり全ての源、この世界に存在する全てを構成する力であり、どんな事でも可能とする力。

だがそんな万能の力も無限に存在する訳ではない。

何かが世界に生み出されればその分始源は減る。

大地を豊かにする魔窯も始源を利用しているのであればいずれは尽きて無くなるはずだ。

アルミリアは御子が魔窯に力を注いでいるというのは嘘だと言った。

ならば魔窯は一体何処から力を得ているのだろうか?。


「教えてフィア、始源は一体どうやって生み出されるの?」


再びライは問う。

フィアは暫く黙り込んでいたものの口を開き答える。


「…もしライが始源を集めようとした場合どうする?」

「えっと、始源が全ての源ならそこら辺にある物を始源に戻す…かな?」

「そうだね、それが一番分かりやすくて手っ取り場合かもしれない。でもそれじゃ駄目なんだよ」

「なんで?」

「そこにある存在を異なる存在へと書き換える事にも始源を使うからだよ。別の物質を始源に返還しようとした場合、適当な物を使えば返還された始源よりも書き換えるために使った始源の方が多くなるからね」

「じゃあ一体どうやって…?」

「固定の形を持たず始源へと書き換える際に消費が少なく、生み出す時も維持するのにも始源を使わない、そしてかなりの量を定期的に供給できる物があるんだよ」

「それは一体何?」


ライの問いにフィアがゆっくりと答える。


「――人の感情だよ」

「感…情?」


予想にもしていなかった言葉にライが呆けたような顔をする。


「喜び、怒り、悲しみ、欲望、困惑、人の魂から無尽蔵に生み出されるそれらは始源を作り出すのに最良の素材なの」

「…ねぇフィア、その感情っていうのは人間以外の、例えば魔物や動物なんかの感情も含まれるの?」

「含まれるよ。ただ人間が一番感情豊かで始源を集めやすいってだけで、人間以外でも人間と同じくらい感情豊かな存在も居るしね」

「…そうか、そういう事か。もしそうなら――」


フィアのは話そこまで聞いたライの中で何かが噛み合った気がした。

ライはフィアの顔を見つめながら、確信を持ってその言葉を口にする。


「魔窯の中には始源を生み出す何者かが居るんだね。そしてそれはかつて御使いと呼ばれた存在だ」

「………」


フィアは何も答えない。

沈黙を守るフィアの姿を見て、ライは自身の考えが間違っていない事を改めて確信する。


「魔窯を授けた神様が本当に存在したかどうかは分からない。でも人々の為に自らを犠牲にした御使いの存在は嘘だと思う」

「…どうしてそう思うの?」

「悪魔の話だよ。ある日唐突魔窯の中から悪魔が現れたって話だったけど、それじゃあ窯の中に居たはずの御使いと呼ばれた存在はどうなるの?」


御使いの話が本当であるなら、魔窯の中には自らを犠牲に人々を救った神の御使いが居るはずだ。

しかし時を経て魔窯の中から現れたのは御使いなどではなく、黒い瘴気を纏った悪魔だという話だ。


「本当は御使いなんかじゃなくもっと別の何かだったんじゃないかな。それを隠すために、そしてそれを閉じ込めるための方便として悪魔だなんて言ったんだと思う」


窯の中の存在が何者であれ、長らくの間人々の中で御使いと信じられてきた存在を無理矢理閉じ込めるような真似をすれば一部の人間は猛反発するだろう。

それを押さえるために悪魔という存在をでっち上げたのではないかとライは考えた。


「じゃあライの言う通り御使いの話が嘘だとして、何故悪魔の方は本当だとは思うの?。閉じ込められているというのも嘘かもしれないよ?」

「確かにそれも考えたけど、その可能性は低いと思うんだ」

「どういうこと?」

「神様や御使い、それに悪魔に関しては今の魔窯祭りでは一切出てこない。でもひとつだけ、悪魔に関する話の中に今の時代にも残ってるものがあったんだよ」


アルミリアから聞いた話を思い出しながらライが続ける。


「昨日ミリアが言ってたよね。悪魔の閉じ込める魔術的な蓋を維持するために定期的に儀式を行ったって。閉じ込められているのが何者であれ、誰かが何者かを本当に閉じ込めるためにそういう儀式を執り行ったのだとしたらそれは決して変える事は出来ない。神様や御使い、悪魔の存在ように無かった事になんて出来ないんだよ」


魔術的な蓋という事はそれは魔法で出来ているという事だ。

魔窯に術式を埋め込むなどをすれば複雑な物で無ければ魔法の形を維持するだけなら出来るだろう。

ただそれもあくまで一時的な物であり、時間が経てば魔力は減り魔法にも歪みが出てくる。

それを解消するためには定期的に魔力を注ぎ、魔法の歪みを修正する必要がある。

そしてアルミリアは御子が魔窯に特別な魔力を注ぐことで大地が肥えるなんて真っ赤な嘘だと言った。

では一体何のためにアルミリアは魔力の制御なんて覚えようとしていたのだろうか?。

それは御子の役割が魔窯に魔力を注ぐ事ではなく、何者かを封印する魔法の蓋を維持する事が本当の役割だからに他ならない。


ライはここまで話終えると目を伏せながらフィアに問う。


「………ねぇフィア」

「何?」

「こんな答えに辿り着いてしまった俺はどうすれば良いと思う?。今更こんな答えを出して…この祭りが終わった時、俺はどうすれば良いの?。神様と御使いの存在を信じ、感謝と祈りを捧げてきたミリアにどう接すれば良い?笑顔で褒めてあげれば良いのかな?。良くやったねって、特訓の成果が出たねって…そう言ってあげれば良いのかな?」


これがライが答えを出す事を恐れていた理由だった。

魔窯祭りが何者かを閉じ込め始源を搾取するための物だったとしたら、御使いが善意で自分達を助けてくれていると信じたアルミリアにとって、その行為はアルミリアの思いとは相反する物だ。

祈りと感謝を捧げながら、その相手を閉じ込めるための儀式を行う。

唯一の救いはアルミリア自身がその行為の意味を理解していない事だろう。


「こんな事ならあの時ミリアを特訓になんて誘わなければ良かった…そうすれば明日ミリアがそんな事をする必要も無かったかも知れない」

「でもそれは根本的な解決にはならないよ。魔法を維持するために定期的に儀式が必要なのであればミリアが魔力の制御が出来るようになるまで延期されていたか、もしくは別の人間がミリアの代わりになるだけだよ」


その言葉にライは何も言えなくなる。

フィアの言う通りそんな物は問題を先延ばしにしただけでしかない。

魔窯がそこにあって、何者かがその中に閉じ込められている。

先延ばしにした所で解決するような問題ではない。


そんな事はライも分っているのだ。

だが頭の中では分かってはいても、感情はその事を受け入れる事が出来なかった。

理解する事を、納得する事を、黙殺する事を拒んだ。

素知らぬ顔をして、他の人間に混じって祭りを楽しむ事なんて出来ない。

知ってしまった以上、そう思ってしまった以上、ライは決してそれを無視できない。

だからといって、無視できないからとライに何が出来るかといえば出来る事なんて無いに等しいだろう。

現状を打破出来る力も無ければ、それ以前に祭りを止める権利もライには無いのだから。


「ねぇ、フィアだったらこんな時どうする?。フィアだったらどうにか出来るんでしょ?」

「………」

「ミリアを傷つけないように、祭りを中止する事もなく、誰も不幸にならない…フィアならそれが――!」

「ライ」

「ッ――」


自身を呼ぶフィアの声に、それ以上の発言を許さないというようなその声にライは思わず息を飲む。


「ライの悪い癖だよ、自分には無理だと思ったらすぐ諦めて誰かに頼ろうとする。天竜の時も、特訓を始めた時もそう、自分には無理だと決めつけて諦めてた」

「それは…」

「無理をしろって言ってる訳じゃないの。ただ諦める前にライが出来る事をやってからでも遅くは無いと思うよ」

「………」

「私が言いたいのはそれだけ」


そこまで言うとフィアはベッドから降り、部屋を出ていく。

無言のままフィアを見送った後、ライは天井を見上げながら呟く。


「俺は――」


フィアの居なくなった静かな部屋の中にライの小さな呟きだけが木霊するのだった。










時を同じくしてマリアンベールの地下、ライ達が普段特訓に使っている場所にアルミリアの姿があった。


「あれ…ライさんもフィアちゃんも居ない?お昼でも食べに行ってるのかな…」


そう言いながらアルミリアが辺りを見渡す。


「時間があったから二人にも魔力の制御の方を見て貰いたかったのに…ん?」


アルミリアが何かに気が付いたように顔をあげ、自身が通ってきたとは反対側にある通路に視線を向ける。


「誰か居るんですか?ライさん?フィアちゃん?」


薄暗い通路に向かってアルミリアが呼びかけるも、返事は帰ってこない。


「気のせいだったのかな…」


そう言いながらも納得が行かないのか、アルミリアは眼に力を集め通路の奥を視る。


「…何も見えない、やっぱり気のせい――」


そこまで言いかけた時、アルミリアの動きが止まる。

アルミリアの背筋に冷たい汗が流れ、無意識に身体が震えていた。


「何で何も見えないの?」


眼の力を発動させたアルミリアの視界には真っ黒な闇を湛えた通路があった。


「さっきまで薄暗い通路だったのに、なんで急にこんな暗く…」


そう、それはまるで闇よりも深い漆黒の魔力が通路を埋め尽くしているようであった。

その事にアルミリアが気が付いた瞬間、通路から闇が溢れ出す。


「何!?」


通路から溢れだした闇はアルミリアの身体を、意識を飲み込んで行く。


「嫌!誰か…助け…!」


もがきながら必死に助けを求めるも、やがてアルミリアの意識は暗い闇の中へと沈み込む。

闇に意識を飲まれ気を失う刹那、アルミリアの頭の中に誰かの声が響く。


(あぁ…これでやっと、皆を――)


その声を最後にアルミリアの意識は完全に闇へと消えたのだった。

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