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一人の人間として




「御子が魔窯に特別な魔力を注ぐことで大地が肥えるなんて真っ赤な嘘、本当は真実を隠すための方便でしか無いんです」

「真実…?」

「はい、お話は大昔にまで遡るのですが、人類が自らの手で作物を育て始めたばかりの時代に人々の前に神様が現れ大地を豊かにするための物を与えたんです」

「それが魔窯?」

「そうです。人々はその神様に大変感謝し、神様と魔窯へ祈りを捧げる祭事を毎年のように行っていたそうです」


恐らくその祭事が現在の魔窯祭りのルーツなのだろうとライは話を聞きながら考え、アルミリアに問いかける。


「そんな話今まで聞いたことも無かったけど…ミリアはどうしてそれを?」

「これでも私は御子ですし、代々魔窯を管理するエインズワース家の娘ですからね。それに我が家には魔窯祭りに関する資料や書籍が沢山ありますから屋敷から出られない私にとっては良い時間潰しだったんです」


アルミリアは苦笑いを浮かべながらそう言った後、顔を引き締めて話を続きをする。


「それで話の続きなんですけど、実は魔窯はそれ単品では動かないんです。もう一つ、魔窯を動かすために必要な物があったんです」

「それは?」

「”シゲン”と呼ばれる物です」

「…え?」


アルミリアの口から出た言葉にライは一瞬思考が停止する。


アルミリアの前で自分達は始原の名前を出しただろうか?。

いや、アルミリアの前では”力”と言って誤魔化していたはずだ。

アルミリアがそれを知るはずも無いし、初めて自分の中にその力があると知った時それが何であるかも知らない様子だった。


ライが混乱している間にもアルミリアは話を続ける。


「”シゲン”というのは昔の資料や本なんかに度々出てくる言葉なんですけど、時代によってその解釈は様々なんです。父によれば魔窯を動かすための燃料であり、大地を肥やす”資源”の事だと言っていました」

「…そう」


その説明にライは何とか平常心を取り戻す。

少なくともアルミリアも、その親も”始源”の存在を知らないようだ。

いや、知っていたとしてもそれが正しく何であるかまでは理解していないのだろう。

その事にひとまず安堵しつつアルミリアの話の続きを聞く。


「そのシゲンって言うのだけど、昔の人達はそれをどうやって確保したの?それも神様がくれたりしたの?」

「それもまた時代によって様々なんですけど、ライさんの言う通り神様から与えらえたという話もありますし、神の御使いが自己犠牲の末に生み出した物だという話もあります」

「自己犠牲…」

「大地を豊かにする程の力です。誰かが犠牲にならなければ、そうでもしなければ魔窯を動かす事は出来なかったんだと思います」

「………」


アルミリアの話にライは黙り込む。

黙り込んだライはフィアのあの言葉の事を思い出していた。


(それだけの事で大地が肥えるなら、誰も苦労しない…か)


あの時のその言葉が、アルミリアの言う自己犠牲の事では無いかとライは考える。

フィアはその気になればかつて何処で何が起こっていたのかも知る事が出来るのだ。

恐らく初めて魔窯を目にした時、フィアは魔窯に関する秘密の全てを知り、あのような言葉を残したのだろう。

一人考えに耽るライを他所にアルミリアは話を続ける。


「時代が変わるにつれ、最初は神と犠牲となった御使いへ感謝と祈りを捧げていたはずの祭事もその形を変えていきました」


アルミリアは少し悲しそうな顔を浮かべる。


「ある時を境に魔窯には悪魔が封じられていると言われるようになり、感謝と祈りを捧げるはずの祭事はいつの間にか悪魔を封じる儀式へと形を変えました。」

「悪魔?それに儀式って?」

「悪魔と呼ばれる物についての記述は沢山ありましたが、一番多いのはある時魔窯の底から黒い瘴気を帯びた物が這い出し人々に災いをもたらしたと言われています。儀式についてですがあの広場にあった魔窯を見ましたよね?。広い舞台の中央に丸い蓋が付いていたと思うんですけどその下にもう一つ魔力の蓋が付いているんです。悪魔は不定形で特定の形を持たないらしくて蓋の隙間から出てきてしまうんです。だから悪魔も通れないように魔法でもう一つ蓋を生み出し、それを維持するために定期的に儀式を行ったそうです」

「なるほど…それにしても悪魔か」


ライは魔窯祭りに関する噂話の中に黒い人影が出没するという物があったのを思い出した。


(それが悪魔なのか?でも出て来れないように魔法で蓋をしてるんだよね…いや、そう言えば昔に悪魔が外に出てきたんだっけ?その悪魔はどうなったんだろう)


「ねぇミリア、その大昔に現れたっていう悪魔はどうなったの?魔窯の中に封印されたりとか、退治されたりしたのかな?」

「それが魔窯の底から悪魔が現れ災いをもたらしたという情報しか無くて、それが一体どんな災いだったのか。そもそも時代が進むと神様や御使いや悪魔という存在も無かった事にされてましたし、実際に存在したのかも分からないんです」

「そっか…でもこれって部外者に話したら拙い事なんじゃないの?」


記録する術も無く事実が有耶無耶になったのなら兎も角、資料が残っているのにも関わらず現在の祭りにはそれらに関して一切語られていない。

そこには神様も犠牲となった御使いも居ない。

ただ魔窯が有り御子が居る、それだけだ。

ライには何者かが意図的にそれらに関する事柄を抹消したように思えてならなかった。

それは恐らく、魔窯を管理し代々祭事を取り仕切ってきたエインズワース家に他ならない。


「大丈夫です。父には”ここで知り得た事を使用人などに話したりするな”とは言われましたけど、ライさんとフィアちゃんに話すなとは言われてませんから」

「それってただ単にミリアがそれ以外の人間と接触すると想定していなかっただけじゃ…」

「良いんですよ、お二人が他の人に言わなければバレません。なのでこの事は秘密でお願いしますね」

「分かったよ」


ライは苦笑いを浮かべながらアルミリアにそう返すと、再度アルミリアに質問をする。


「でもどうして急にこんな話を?」

「あぁ…それはですね、ライさんやフィアちゃんには知っておいて欲しかったんです。知った上でお祭りを楽しんで欲しかったんです」

「どういう事?」

「かつて感謝と祈りを捧げるはずだった祭事は悪魔を封じる儀式へと変化し、今では御子と魔窯がマリアンベールの大地を豊かにする魔窯祭りと呼ばれる物となりました。でも実際には御子に魔窯を動かすための力はありません」


アルミリアはそう言うと立ち上がり二人の前に立ち宣言する。


「だから私は真実を知る者として感謝と祈りを捧げるつもりです。今の偽りの祭りではなく昔の…本来の祭りを取り戻します。ですからお二人にはそれを見届けていて欲しいんです。私が御子として…いいえ、ここマリアンベールで生を受け、生き、魔窯の恩恵を受けた一人の人間として感謝と祈りを捧げる所を」

「…分かった、見届けるよ」


ライの言葉に同調するように、今まで黙って話を聞いて居たフィアも頷いて見せる。


「ありがとうございます」


アルミリアはそう言って二人に頭を下げる。

頭を上げたアルミリアの顔は先程までの真剣な物ではなく、何時もの年相応の少女の笑顔に変わっていた。


「さてと、それじゃあ私はそろそろ戻りますね。自室で練習すると言って抜け出してきたので誰かが様子を見にやってくるかもしれないので」

「そっか、明日は来れそう?」

「うーん…本番前日ですからね。本番前の予行練習があるので分かりませんが、隙を見てくるつもりです。ライさんやフィアちゃんにも魔力の制御が完璧になったか見て貰いたいですしね」

「今更見た所でもう私が教える事なんて殆ど無いよ?」

「良いんです。フィアちゃんは先生ですから、先生に成果を見せるのも生徒の役目です」

「それなら明後日、本番で嫌という程見せてもらうよ。ね、ライ」

「うん、そうだね」


フィアの言葉にライが同意する。


「それもそうですね。無理してまで来る必要は無いですよね。あ、でも本当に余裕が有りそうなら来るので、その時はちょっとしたアドバイスだけでも良いのでお願いしますね!」

「アドバイスできる事があればね、それよりも早く戻らないと抜け出した事がバレるよ」

「っと、そうですね。それではお二人共また――」

「ちょっと待って!」


別れの挨拶を言いながら離れて行こうとするアルミリアをライが呼び止める。


「どうしました、ライさん?」

「最後に質問何だけどさ、ミリアは魔窯がどうやって力を得ていると思ってるの?」

「そんなの、勿論神様の御使いが魔窯に力を注いでくれているに決まってます。そうでなければ自分を犠牲にしてまで私達のために大地を豊かにしてくれる訳が無いですよ。きっと人々の為に神様が使わしてくれたのだと私は思ってます」

「…そっか、うんありがとう。それが聞けて良かった」

「変なライさんですね…それではお二人共また会いましょう!」

「またね、ミリア」

「また会いましょう」


そう言って薄暗い通路へと姿を消したアルミリアを二人は見送る。

アルミリアが姿を消してすぐ、フィアがアルミリアが消えていった通路に視線を向けたまま口を開く。


「あの子は純粋だね」

「そうだね」

「全てが善意によってもたらされていると考えている。誰かが搾取され、望まぬままに力を奪われているという可能性を微塵も考えていない」

「…そうだね、ねぇフィア」

「何?」

「フィアは魔窯を与えた神様、魔窯に力を与える御使いや魔窯に封じられた悪魔が本当に存在すると思う?」


フィアならば全ての真実を知っているだろうと考えながらも、ライはあえてそんな質問をする。

ライの質問に対し、フィアは何処か遠くを見るようにしながら答える。


「存在するかどうか…か。そうだね、そう呼ばれる何かが存在していたとは思うよ。ただそれが本当にその通りの存在だったかは別としてね」

「どういう事?」

「例えば神と呼ばれている存在だけどそれが本当に神であったかは分からないって事だよ。それと同じように御使いと呼ばれる者が本当に神様が遣わした者なのか、悪魔と呼ばれる者は本当に悪魔だったのか」

「それは…」

「きっと誰にも分からない。本当に神なのか、それともただ神のように全知全能の力を持った人間なのか、御使いとはそう自称するだけのただの人間だったのか、悪魔とはそう周囲から言われただけの全くの別の何かなのか…でもそうだね」


フィアはそこまで話すと一旦話を切り、ライの顔を見上げてから話を再開する。


「もし悪魔の定義が善性を持たず、他人の不幸を厭わず、人を人とも思わない存在とするのなら、私はそれが実在していると思う」

「………」


そう言い切ったフィアの瞳はまるで今までの話で乱れたライの思考の全てを見通すかのように、ただライの瞳を覗き込んでいた。


「…帰ろうか」


ライの瞳を覗き込んでいたフィアは顔を背けながらそう言った。

唐突なフィアのその発言にライは困惑した様子で聞き返す。


「え、なんで?」

「特訓をやる気分でも無いでしょ?。それにそんなグチャグチャになった頭で特訓なんかやっても集中できないだろうし」


フィアはそれ以上何かを言う事も無く、アルミリアが姿を消した通路とは反対の通路へと歩いて行く。

ライも同じように黙り込んだままフィアの後ろをついて行った。


(フィアは一体何を知っているのだろう…)


前を歩くフィアの背を見つめながら考えるライの胸の中には、始源の制御を覚えたあの時に感じた違和感に似た何かが渦巻いていた。

残りの話数も後少し、今月中にこのお話を終えられたらなーと思っています。

筆者の想定では後…6,7話くらいでしょうか。

うん、週に2話間隔で投稿してるのにそれはきついですね。

取り合えず今月にはこのお話を終えようというくらいの気概で頑張ります。

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