竜の卵
ちなみにライの年齢ですが、15歳の頃に冒険者になってそれから20年ですので、大体35歳くらいの設定です。
ライとフィアが再会した次の日の朝、太陽も登りライが泊る宿の一室の窓から、太陽の光が入ってくる。
『おーい、ライー?朝だよー』
「んん…後少しぃ…」
『はぁ…しょうがないなぁ』
フィアがそう言った時、窓から入ってきた太陽の光が不自然に動き出す。
太陽の光がまるで意思を持つように動き出しスヤスヤと眠るライの顔を照らし出す。
急に顔を照らされ、ライが顔を顰めたその時――
ジュゥゥゥゥゥゥ!
何かが焼けるような音が部屋の中に響く。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
ライがそんな絶叫をあげながらベッドから転げ落ち、地面をゴロゴロと転がりながらのたうち回る。
「目がぁぁ!顔がぁぁぁあ!!」
『おはよーライ、朝起きたら顔洗わないと駄目だよ』
無邪気にファイがそう言うと、突如木製の床から水がコポコポと湧き出す。
激痛と何かが焼け焦げたような臭いに混乱しながらも、顔を冷やすために音を頼りに水が湧き出した場所まで移動し顔面を水に浸す。
ライがジャブジャブと湧き水に顔を沈めて大よそ10秒後、ライが顔をあげる。
「ぷはぁ!はぁはぁはぁ…!」
『目は覚めた?』
「目が覚める所かそのまま永遠に目覚めなくなると思ったよ!何したのさ!?」
『ちょっと、太陽の光を集めてこう…ね?』
「ね?じゃないよ!今俺のどうなってるの!?焼け爛れて――って、あれ?」
ライが自分の顔をペタペタと触る。
その顔を焼け爛れてはおらず、綺麗なままだった。
「なんで?焦げたような臭いも顔も凄いヒリヒリしてたのに…」
『それはそこにある水のおかげだよ』
「水…?」
ライが視線を落とすと、未だに床からはコポコポと水が湧き出していた。
先程までこの水に顔を浸していたライだったが、冷静になってみるとその奇妙さが気になってくる。
「なにこれ…どこから水が湧き出してるんだ?」
『私がそこに湧き水”だけ”を移動させたんだよ』
「何をどうしたらそんな事が出来るんだろう…てか、そんな事言ってる場合じゃない!こんな床水浸しにしたらミランダさんに殺される…!」
『そんな心配しなくて大丈夫だよ…ほら』
フィアがそう言うと、先程までコポコポと湧き出していた水が消えて無くなり、床も水に濡れた後も綺麗さっぱり消えていた。
「あ、あれ…?」
『そんな惚けた顔してないで、起きたなら着替えて朝ごはん食べなきゃ』
「あーうん、そうだね…」
ライは着替えている間も頻りに首を傾げながら床や自分の顔を触っていたが、考えた所で何か分かる訳でもないし良いか、と思考を打ち切る。
ライは宿屋の三階の角の部屋を取っており、ガダルの街を拠点とするようになってからずっと泊っている部屋だ。
既にライ専用の部屋のような状態であり、私物もかなりの量が置かれていた。
着替えを終えたライが一階に降りると、朝食の準備をしていた宿屋の女将が姿を現す。
「おはよう、ライ」
「おはようございます、ミランダさん」
ミランダと呼ばれた女将は、ライの顔をじっとみながら首をかしげる。
その様子にライも同じように首を傾げ、恐る恐る尋ねる。
「えーっと…俺の顔に何かついてます?」
「あぁ、いやね…なんか普段よりも雰囲気が違うというか…肌が綺麗になった?うーん何だろうねぇ…」
そう言ってライの顔をじっと睨んでいたミランダだったが、やがて考える事を諦めたのか別の話題を振ってくる。
「そういやライ、アンタ朝に何やってたんだい?」
「え?」
「アンタの部屋の下に泊ってたお客さんから苦情が来たんだよ『上の階の人間がドタバタと煩い!』って」
「えーあー…それはぁ…そのぉ…」
「はぁ…まぁ何でもいいけどさ、頼むから騒ぐような事はしないでおくれよ…じゃないと――」
ミランダがそう言いながら鋭い視線をライに向ける。
睨まれたライはビクンと身体を揺らしながらコクコクと無言で首を縦に振る。
ライの反応を見たミランダは鋭い視線をやめ、穏やかな表情を浮かべる。
「そ、なら良いんだよ。ほら、冷める前に朝飯食べちまいな」
「…はい」
あれからミランダの用意した朝食を食べたライは、今日も依頼を受けるためにギルドに向かっていた。
『昨日の今日で頑張るね、少しは休んだ方が良いんじゃないの?』
「俺もいつまでも現役って訳にも行かないからね、今のうちに稼いでおかないと引退してからが辛いんだよ…それにフィアのおかげで体調はすこぶる良いからね、心配してくれてありがとう」
そんな事を話しながら通りを歩いていると、しばらくしてギルドに到着する。
ギルドに入るとライは真っ先に大量の羊皮紙が張られた掲示板の前に移動する。
「さて…今日はどの依頼を受けようかな」
そう言いながら、採取系の依頼が張られた場所を重点的に見ていく。
たまに討伐系の方の依頼も見て、採取の片手間に狩れそうな物が無いかをチェックしていると、一つの依頼に目を引かれる。
「竜の卵の納品依頼…報酬100万ギルダ!?」
ギルダとはこの世界の通貨単位であり、一般的な人間の平均年収が20万程度だ。
そう考えるとこの依頼の報酬はその五倍であり、かなりの額になる。
だが、ライが驚いたのはそれだけではない、ライのその様子にフィアが疑問を浮かべる。
『そんなに凄いの?竜の卵って考えたら妥当な値段な気もするけど』
「これがBランクやAランクの竜種の卵なら納得するんだが…ほら、依頼のここに竜の種類は問わず100万で払うって書いてあるだろ?」
『本当だね、これがどうしたの?』
「Dランクにも竜種が居るのは知ってる?」
『んー…もしかしてエウカリスの事?』
エウカリス、Dランクに分類される小型の竜で大人になっても体長は50㎝程度であり、気性も大人しく貴族などの間でペットのように扱われている魔物だ。
「そうそう、竜種問わずって事はエウカリスみたいな竜の卵でも良いって事だろうし、エウカリスの卵は一つ3万ギルダで取引されてるから仮にエウカリスの卵がここにあったら大儲けだろうね…」
『竜種ねー…ライは狙わないの?』
「近くにエウカリスが生息してるなら狙っただろうけど…競争率も高そうだし流石に無理だよ、そもそもここら辺で竜種の魔物が出たなんて話聞かないし…あ、だから依頼者も竜の種類問わずなんて言ってるのかな?」
ライそう納得すると、改めて自分が出来そうな依頼を探し出す。
やがて一枚の依頼書を掲示板から剥がし、受付まで持って行く。
「おはようございます、ライさん」
「おはようございます、今日はこれと」
「いつものですよね、少々お待ちください」
ライから依頼書を受け取った受付嬢がカウンターの下から二つの麻袋を取り出す。
何故ムルム草の採取依頼は依頼書無しで受けられたのかというと、ムルム草は様々な薬の材料となるため、ギルドも数に限りなく常に買い取りを行っている。
そのためギルドも一々依頼書として出す事はせず、常設の依頼として取り扱っていた。
ギルドでの受付を終え、外に出たライに声が掛けられる。
『ライ、こっち』
「ん?フィア?」
『こっち来て、ギルドの裏だよ』
そう言われ、ライがギルドの裏に存在する路地に視線を向けると、何やら光る物が空中をくるくると回っていた。
その光はライが自身の存在に気が付いたと分かると、ライを誘うように路地の奥へと導いていく。
光に誘われるまま路地を進んで行くと、路地の奥、袋小路になっている所で光がパッと消える。
『ライ、こっちだよ』
「一体ここに何がある…って…」
視界に飛び込んできた物の存在にライが黙り込む。
それは下の部分が黒く、上に行くほど白く輝くような色をした不思議な卵だった。
大きさは人間がギリギリ抱えられるかどうかというくらいの大きさで、路地の奥の影にポツンと置かれていた。
「こ、これは一体…」
『竜の卵だよ』
「ふあ!?」
予想外の出来事にライが素っ頓狂な声を上げる。
「りゅ、竜の卵って一体どうしてこんな所に!?」
『近場に竜が巣を作ってたから、丁度良いやってさっき持って来てここに運んだんだよ』
「運んできたって…あの話を聞いてから俺が受付をしている間に…?」
『そうだよ?』
「あははは…フィアって一体…」
乾いた笑みを浮かべながら、ライは奇妙な竜の卵の前に頭を抱える。
これが本当に竜の卵であるのなら、こんな街中に放っておく訳にはいかない。
街中に魔物の卵を放置するなど、下手すれば死人が出かねない。
それが竜の卵だとすれば尚更だ。
さて、これを一体どうすれば良いのだろうかとライが悩んでいると、フィアから声が掛けられる。
『何を悩んでるの?竜の卵をギルドに持って行って報酬を受け取れば良いのに』
「いやいやいや、こんなの持って行ったら悪目立ちするよ!ただでさえ悪い意味で目立ってるって言うのに…」
『人の目なんて気にして何になるの?』
「俺は平凡に生きたいんだよ…昔から魔法が使えないせいで目立ってロクな目に会ってないし、自分から荒波を立てるような事はしたくないんだ………とはいえ、ギルドにも報告しないままって訳にも行かないよな…」
ライはそう言いながらため息を吐くと、地面に落ちている卵を抱え上げる。
「ぐっ…重い…!」
ライがそう口にした時、ライの身体を暖かな魔力が包み込む。
全身が魔力に包み込まれた途端、身体が急に軽くなり先程まで感じていた重さも一切感じなくなる。
『これなら軽い?』
「あ…あぁ、ありがとう…これってもしかして?」
『私が魔力でライの身体能力を強化したんだよ』
「そっか…これが魔力で身体能力を強化するって感じなのか」
生まれて初めて身体強化を施されたライが、ほんのりと笑みを浮かべながらそう呟く。
卵を抱えたままその場で軽くステップを踏みながら身体の具合を確かめる。
「凄い…凄い!身体が軽い!ははは、これが身体強化なのか!」
まるで子供のようにはしゃぎながらライが狭い路地を駆け回る。
そうやって卵を抱えたままどれだけ路地を駆け回っただろうか?。
気が付けばライは路地を抜け出し大通りへと飛び出していた。
突然巨大な卵を抱えながら路地から飛び出してきたライの姿に、道行く人が驚いたような声を上げる。
そこで今まで散々はしゃいでいたライが正気に戻る。
「あぁ…ヤバイ、どうしよう…」
魔物の卵を抱えたまま、大通りのど真ん中でライがそう呟くと騒ぎを聞きつけた街の衛兵が駆けつけてきた。
「おいこれは一体何の騒ぎだって、ライじゃないか!お前が抱えてるそれは…まさか、魔物の卵か…?」
突然の衛兵の登場にライは混乱していた。
というのも、本来魔物の卵のような物は本来街には持ち込み禁止であり、依頼などの理由がない限り厳罰に処されるからだ。
「いや…えーっとこれはその…そう!依頼!依頼なんです!」
「依頼って…そういやギルドで卵がどうこうって依頼があるとは聞いて居たが、ライがその依頼を受けたのか?」
「はい!その通りです!」
「ったく…ギルドの連中め、卵なんかの持ち込み禁止の品に関する依頼を受けた人間が居たらこっちにも連絡しろと言っておいたのに…」
衛兵をそ毒づくとライに向かってこう言った。
「依頼なら構いはしないが、魔物の卵を抱えたままウロチョロするんじゃないぞ?」
「はい…お騒がせしました…」
普段から真面目に生きてきたライは街の人間からの信用も厚く、また他のCランク冒険者と言えばその多くがBランクに上がる事が出来ず、鬱憤が溜まっているような連中が多いため他のランクの冒険者達と比べても粗暴な人間が多い。
そんな人間が多いからこそ、ライのような人間は希少であり、だからこそ衛兵もそれだけ言って去っていた。
これが他のCランク冒険者であれば、一度衛兵に連行された挙句、ギルドに依頼に関しての問い合わせがいっていただろう。
ライは今まで真面目に生きてきて本当に良かったと考えながら、そそくさとその場を後にする。
現在、ライはギルドの入口の前で卵を抱えたまま立ち尽くしていた。
「どうしよう…ここまで来てしまったが依頼なんて受けてないよ…」
『卵を持ってこいって依頼があったんだし、持ってきましたーじゃ駄目なの?』
「ダメだよフィア、こういうのはしっかりしないと…特に魔物の卵なんて代物、そう簡単に街に入れる訳には行かないんだよ、依頼を受けるのにも審査があるだろうし…」
いきなりこんな卵を持ち込んで、一体何と言われるだろうか。
そう考えるだけでライはギルドの扉を潜る事が出来ずにいた。
とはいえ、ここで突っ立っている訳にも行かないと、ライは意を決してギルドの扉を潜る。
時刻は既に昼前であり、ギルド内の人間も疎らではあったがまだ数人の冒険者の姿もあった。
ギルド内にいた全員が、巨大な卵を抱えて現れたライに驚きの表情を浮かべていた。
周囲からのそんな視線を受けながらもライは卵を抱えながら受付の前に行き、卵をカウンターの上に置いて受付嬢に話しかける。
「あのー…すみません、この卵についてなんですけど…」
「え?あ…はい、なんでしょう?」
「実はさっきそこの路地で拾いまして…お届けに参りました」
「ろ、路地で拾ったって…これをですか?」
受付嬢がそう言って卵を指さす。
依頼を受けていない以上、依頼を受けて持ってきましたとは言えない。
そのためライはそこら辺で偶然拾った事にして誤魔化す事にしたのだ。
「はい、見た感じ魔物の卵みたいだったので放置しておく訳にも行かないなと思って…」
「それは…ありがとうございます、でも本当にこんなのが街中に…」
受付嬢が疑惑の表情を浮かべていたが、ライは卵をカウンターに置くとゆっくりと後ろに後ずさりしながらこう告げる。
「それじゃ!卵はお届けしたので、自分は依頼に行ってきますね!」
「え?ちょっと!ライさん!?」
受付嬢のそんな声を無視し、ライはギルドを飛び出していった。