感じた違和感
「よし、これで指定の数の討伐は完了っと、ミリアのおかげで順調に終わったよ。ありがとう」
「いえいえ、こんな眼でも役に立てて良かったです」
三匹のコボルトを討伐した後、ライ達はアルミリアの眼の力を使い人とは違う魔物固有の魔力を探し出す事で不必要な戦いを避けコボルトのみを着実に狩って行き、二時間後には指定の数のコボルトを討伐する事が出来た。
一時は陰鬱な雰囲気を漂わせていたライも一度戦闘に入ればそんな雰囲気も霧散し今では普段のライに戻っていた。
依頼を終えた三人は日が落ちる前に街に戻るために森を抜けるために今まで来た道を引き返している途中、横を歩くアルミリアにライが話掛ける。
「そう言えばミリアのその眼の力って常に発揮してる訳じゃ無いんだよね?」
「えぇ、不要な時は未発動状態に出来ますよ。じゃないと常に眼だけが光ってる怪しい人になっちゃいますから」
「じゃあミリアは力の制御が出来てる訳だ」
「あー、そう言われればそうなりますね」
「そこで聞きたいんだけど、ミリアってどうやって力を制御してるの?」
「え?力の制御ですか?どうやってと言われても…うーん」
ライの質問にアルミリアが首を傾げる。
「気が付いたら出来るようになっていたので、どうやってと言われても難しいのですが…そもそも何故私に?フィアちゃんの方が詳しそうですしフィアちゃんに聞けば良いじゃないですか」
「フィアに聞いたら”感覚”の一言で返されたんだよ…」
「あぁ…なるほど」
アルミリアにも無表情のまま言い放つフィアの姿が容易に想像できたのだろう、少し同情的な表情を浮かべながらライを見る。
「とはいえ、正直私も感覚としか言い様が無いんですけど…そうですね、何か近い物で考えるなら魔力が一番近いでしょうか」
「魔力?」
「はい、使ってる感じ魔力が一番この力と似ているというか、でも全然違うというか…例えるなら水と油という感じでしょうか。どちらも同じ液体ですけど性質が全然異なっているという感じです」
「なるほど」
アルミリアのその説明にライが顎に手を当てて考える。
(そういえば天竜との闘いの時、剣に魔力を集中させた時に魔力と一緒に始源も溢れ出したんだっけ)
アルミリアの言う通り、魔力と始源の制御が似通っているのなら剣に魔力を注ぐイメージをすれば始源の制御の感覚も掴めるかもしれない。
そう考えたライはその場で足を止め、剣を構える。
「ライ?」
「ライさん、どうしました?」
突如足を止めたライに気付いた二人が同じように足を止めてライに振り返る。
しかし意識を剣に集中させていたライはその声に気付くことなく黙ったまま剣を構えていた。
(剣に魔力を注ぐイメージ…)
剣の柄を握る手に力が入る。
(魔力だけを注ぐのではなく、もっと大雑把に、もっと広い範囲で…)
魔力を注ぐイメージから、徐々にそのイメージを広げていく。
汗を、血を、肉を、自分の中にある全てを剣に注ぐようにイメージする。
イメージを拡大し続けるライの中で、何かが指先に引っ掛かるよな感覚を覚えた。
その何かに意識を、イメージを収束させる。
「――ッ!」
次の瞬間、剣の柄を握るライの両手から蒼い光が漏れ出す。
天竜の時程の勢いも無ければ光も弱々しいものではあるが、それは間違いなく始源の光だった。
「出来…たぁ…!」
始源の光を確認すると同時にライは剣から手を放し、息も絶え絶えの様子で地面に膝をつく。
顔から玉のような汗が浮かび上がり、今の一瞬で相当体力を消耗した事が伺えた。
「ライ、大丈夫?」
フィアがそう言いながらライの背中に手を置く。
するとライの身体から疲労感が抜けていき、玉のように浮いていたはずの汗も引いていく。
「ありがとうフィア、楽になったよ」
そう言うとライは取り落とした剣を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「ライさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫、それよりもありがとう。ミリアのおかげで感覚が掴めたよ」
「いきなり何をするのかと思えば…ようやく力の制御の仕方が分かったみたいだね」
「感覚を掴めただけでまだ制御出来てるとは言い難いよ…それに」
ライは言い淀み、先程の事を思い出す。
先程の一瞬、ほんのわずかな始源を捻り出すだけでもライは相当な体力を消耗してしまった。
「もっとスムーズに、体力の消耗も抑えられるようにならないと、多少制御できるようになったってこの状態で魔法もなんてとてもじゃないけど無理だ」
ライの目的はあくまで魔法が扱えるようになる事であり、始源自体は目的ではない。
現状では始源の制御が手一杯であり、とてもじゃないが並列して魔力を体内に取り込み、魔法を制御するなんて芸当は不可能だ。
「せめて自力でクラックとエンチャントくらいは使えるようにならないと…」
「クラックとエンチャント?」
ライの呟きにアルミリアが反応する。
「それってどんな魔法何ですか?」
「えーと、クラックっていうのは魔力を爆発させる事で一気に距離を詰めたりする時に使う魔法だね」
「あぁ、ライさんが頻繁に使用してたアレですね!そんな名前だったんですか」
「次にエンチャントだけど、こっちは魔法って程の物では無いんだけど剣を魔力で覆う事で魔法による防御を打ち破るための物だね。まぁそれ関係なく刃こぼれや血なんかの汚れから剣身を守るために常用してる人が殆どだけど」
「そうなんですか。あれ?でもライさんってそのエンチャントを使ってないですよね?。さっき血を布で拭いてましたし」
「あははは…フィアに魔力を補助して貰う以前は魔道具に頼りきってたから、その頃の戦い方が抜けきらなくてエンチャントを使うの忘れちゃうんだよね」
そう言って苦笑いするライに対して、何か引っ掛かる事があるのかアルミリアが首を傾げながら質問を続ける。
「ライさんが魔法を使えない理由って体内に魔力を取り込めないからなんですよね?」
「そうだけど?」
「剣に魔力を纏わせるだけなら別に無理して体内を経由しなくても直接大気から剣に魔力を注げばいいだけの話では?」
「………」
アルミリアの言葉にライの動きがピタリと止まる。
数秒停止した後、ライはおもむろに剣を引き抜き構える。
大気中から直接魔力を剣へと注ぎ込むと剣は仄かに発光し始めた。
「…出来た?」
唖然とした様子で自身の手の中にある剣を見つめるライに対しアルミリアが可笑しそうに笑って見せる。
「もーライさんってばおっちょこちょいですね。魔法が使えない使えないって考えすぎて全然気づかなかったんでしょう」
「………」
アルミリアの言葉にライは何も答えない。
ただ黙って剣を見つめ続けていた。
(気付かなかっただけ…?)
確かにライは今まで魔法が使えないとばかり思っており、ここ数年の間はエンチャントを試みた記憶はない。
だが、それはあくまでもここ数年の話だ。
冒険者になったばかりの事はどうにかして魔法を使えるようになろうと試行錯誤した事があった。
エンチャントは冒険者の基本中の基本と言ってもいい魔法であり、試した事が無いなんてあり得ない。
では何故ライはエンチャントの魔法が使えないと今まで思い込んでいたのだろうか?。
(一度試して駄目だった?。いや俺が魔法が使えない理由が全て始源にあるのだとすればそれじゃあ辻褄が合わない。他に何か、エンチャントが出来なかった理由が――)
「ライ!」
「ッ!?」
フィアの叫ぶような声でライの意識が引き戻される。
ライが顔を上げてフィアの方に視線を向ける。
「フィア…?」
「………早く戻ろう。夕方までに街に戻らないと」
「あ、あぁ…そうだね」
フィアはライを急かすように言うと、そのまま一人先に街に向かって歩きだす。
「あ、フィアちゃん先に行かないでください!」
慌てた様子でアルミリアがフィアの横に並び二人揃って街に向かう。
そんな二人の後ろ姿を見つめながらライが後を追う。
ライは二人の後を追いながら先程の事を思い出す。
(…さっきのフィア、なんだか焦った表情をしてた)
何故そんな顔をしていたのか、ライには全く見当も付かなかった。
(何だろう、この違和感は…)
フィアに対し言い様のない感情を抱きながらライは二人と共にマリアンベールへの帰路へとついたのだった。