ぬいぐるみと窯
「ふぅぅ…満足しましたぁ」
「良くもまぁあれだけ食べたね」
あれからアルミリアはあの屋台で豚串を3本食べた後、他の肉を取り扱っていた出店を回り肉を食べまくっていた。
ちなみに、アルミリアはお金を持っていないため代金は全部ライが払っている。
「す、すみません。ライさんのお金なのに遠慮無しに食べちゃって…」
「いや、別に嫌味で言った訳じゃ無いからね?素直に良く食べるなぁって関心したというか呆れたというか」
「あははは…」
恥ずかし気にアルミリアが頬を掻く。
「さて、食べ物はこれくらいにして…ミリアはまだ時間は大丈夫?」
「はい、夕食に呼ばれるまでまだ時間はありますよ」
「今更だけど、夕食食べられるの?残したりなんかしたら変に疑われたりしない?」
「大丈夫ですよ。夕食が入るくらいの余裕はありますから!」
「あぁ、そう…」
あれだけ食べておいてまだ余裕があるのかとライが呆れた様子で力なく呟く。
そんなライの様子を気にする事無くアルミリアが出店の方に視線を向ける。
「食べ物以外にも色々あるんですねー、あっ!」
「ミリア?」
何かを見つけたのか、アルミリアが一つの出店に向かって一人走り出す。
その後ろをライとフィアが着いていく。
アルミリアが走り出したその先にあったのは一つの小さな出店、店先には様々な生き物を模した商品が並べられており、手の平サイズの物から一抱えはあるような大きな物まで様々だ。
アルミリアがその中から一つ選び取りそれをライとフィアに見せつける。
「ライさん、フィアちゃんこの子可愛くないですか!」
「それは…ぬいぐるみ?」
アルミリアの両手に抱かれたそれは目の部分にボタンが縫い付けられた人型のぬいぐるみだった。
「フィアちゃん、どうです?」
「いや、正直私には可愛いとかそういうの分からないんだけど…ライはどう?」
「人並みには理解があるつもりだけど、そのぬいぐるみからは可愛さよりも包丁を片手に追いかけてくる殺人人形のようなホラー的な何かを感じる」
「えぇー!?こんなに可愛いのに、ライさん酷いですよ!」
「そうだよお兄さん、流石の私も自分の作品をそんな風に言われると心が傷つく」
「え?あぁ、すみませ――」
突如聞こえてきた声に、ライは条件反射で謝りながら声がした方に向く。
ライが見た方向、ぬいぐるみが並べられた出店のカウンター下、大量のぬいぐるみに埋もれる一人の女性が居た。
顔は俯き、全身を覆い隠すようにローブを被っておりその顔は良く見えない。
「なんだいお兄さん、謝るならせめて最後まで言い切って欲しいね」
「あ…はい、すみません」
大量のぬいぐるみに埋もれ、顔を俯けたまま喋る女性の姿にライの背筋に何やら言い知れぬ悪寒が走る。
冷たい汗が背中を伝うのを感じながらもライが恐る恐る女性に声を掛ける。
「あの…この出店は一体何を扱ってるんでしょうか…?」
「何って、見れば分かるだろう?ただのぬいぐるみさ。それ以外の何に見えるんだい?」
「ぬいぐるみの前に呪いのって言葉が付きそうな感じなんですけど」
「失礼だなぁ…カウンターに並んでいるの”は”普通のぬいぐるみだよ」
「”は”?」
「おっと、口が滑った…」
慌てた様子で口を塞ぐ女性をライが胡乱気な目で見つめる。
「いやだなぁお兄さん、軽いジョークだよ。流石に私もこんな街中に呪いのアイテムなんて持ち込まないさ。そもそもその手のアイテムは所持する事さえ厳禁だからね。安心してくれていい」
「今の説明でどう安心しろって言うんですか。むしろ怪しさしか感じなかったんですけど」
「まぁまぁ、今の私はただのぬいぐるみを売るごく普通の出店の店主だ。だからそんな目で見ないでくれよ」
店主の女はそう言ったものの、肝心のライは女に対して以前として疑いの目を向けていた。
いくら取り繕った所でライが疑う事を止める事はないと悟ったのか、女は諦めたように小さくため息を吐く。
「仕方ない、どれか好きなぬいぐるみを持って行きなよ。それで手打ちにしようじゃないか」
「手打ちって…いや、それ以前にこんな気味悪いぬいぐるみ要らな――」
「本当ですか!?」
女の申し出を断ろうとしたライだったが、それを遮るようにアルミリアが会話に割り込む。
「あぁ本当さ。どれでも好きなぬいぐるみを選ぶと良い。縁結びから金運アップ、安全祈願など何でもござれだ」
「わぁ…どれが良いかな。フィアちゃんも一緒に選びましょう!」
「私も?」
目を輝かせて色々なぬいぐるみを手に取るアルミリアと首を傾げながらぬいぐるみと睨めっこしているフィアを尻目に、ライが女に声を掛ける。
「縁結びに安全祈願って、普通のぬいぐるみじゃなかったんですか?」
「ジョークだよ。お兄さんは冗談が通じない人間だね」
「相手が怪しい人物で無ければ通じますよ。怪しくなければね」
「これまた随分と警戒されたものだねぇ…どうやらお兄さんは随分と鼻が利くらしい。いや、この場合は直感と言った方が良いかな?」
ローブを端を軽く摘み上げながら女が言う。
摘み上げられたローブの影からボサボサの赤茶けた髪と気だるげな表情を浮かべた女性の顔が見えた。
「それは自分が不審者だって認めるって事ですか?」
「そうは言ってないさ。でもそうだねぇ」
女は少し考える素振りを見せると、自身の周りにあるぬいぐるみの一体を無造作に掴み取る。
「お兄さん、このぬいぐるみの黒目と私が今着ているローブの黒、この違いって分かるかい?」
「………同じ黒じゃないんですか?」
「違うよ。ぬいぐるみの目に使ってるのは天然物の光沢のあるただの黒い石、ローブの黒は黒く見える程に紫色の染料を濃くした物を使っているんだ」
ぬいぐるみの黒目と、ローブを指さしながら女がそう説明する。
「他人からしたら同じ物にしか見えなくても、その本質を知る人間からしたら全くの別物だ」
「………」
「闇属性が付与されたアイテム、ただそれだけの事で忌み嫌うのを私はどうかと思うんだよお兄さん」
「何が言いたいんですか?」
ライのその問いに、女性が苦笑いのような微妙な笑みを浮かべながら答える。
「お兄さんが思っているより、私は害がないって事だよ」
「…無害だとは言わないんですね」
「絶対に害のない人間なんて存在しないよ。どんな人間だって無手でも人は殺せるんだ」
大量のぬいぐるみに背を預けるように女が身体を後ろに倒して天を見上げる。
「そう考えたら、無手の人間も剣を持った人間も大して変わりないと思わないかい?。誰がどんな物を持っているかなんて関係ない、要はそれを使う人間の意思が重要なんだ」
「人間の意思…」
「そう、それがどんな物であれ結局は全部それを使う人間次第だ。剣も魔法も呪いもそこにあるってだけでそれが害となるかどうかは別の話さ」
女のその言葉にライは始源の事を思い出す。
フィアの言う通り始源がどんな事でも出来る力だというのであれば、扱い方次第では一般的に危険と言われている呪いのアイテムなんかよりも危険極まりないだろう。
少なくともライ自身は始源を使ってどうこうしようという考えは微塵もない。
だがもし、この力が欲深き人間の手に渡ればどうなるだろうか?。
そう想像しただけでライは背筋が凍えるような感覚に支配された。
「何か嫌な事でもあったのかい?。凄い顔してるよ?」
「いえ、何でもないです」
「そうかい、元気になるお薬でも出そうか?」
女性のその言葉に、ライは呆れたような表情を浮かべながら問う。
「アンタ、さっきからわざと疑われるように言葉を選んで喋ってないですか?」
「あ、バレた?」
そう言って女は悪びれる様子も無く嫌らしく笑みを浮かべる。
そんな女にライは何も言う事が出来ず、ただ深くため息を吐いた。
それから二人はアルミリアとフィアの二人がぬいぐるみを選び終えるまでの間、互いに一言も喋る事は無かった。
現在、お礼もそこそこにぬいぐるみを選び終えたアルミリアの先導でライ達は先ほどの出店から少し離れた位置に居た。
「はぁ…」
「どうしたの?ため息なんて吐いて」
「いや、大した事ではないんだけどちょっとね」
そう言いながらライが首だけで後ろを振り返り先程の出店の方を見る。
カウンターに並べられたぬいぐるみの間から、こちらに向かってひらひらと手を振る女の腕だけが見えた。
「なんというか世間話を少々…」
「その割には随分と疲れた顔してるけど…まぁ変な物は移されて無い見たいだし別に良いけど」
「変な物?」
不思議そうな顔を浮かべるライに、フィアは前を向いたまま何事も無かったかのように平然と答える。
「呪い、あの人身体に呪いを宿してたよ」
「呪いって…いや確かにあのぬいぐるみのせいで呪いの塊みたいな印象しか受けなかったけど、本人は平然としてたよ?」
「呪いと言ってもそんな悪質な物じゃないみたいだからね。軽く見ただけで詳細は分からないけど周囲に振りまくような物でも無かったしそんな気にするような事でもないよ」
表情一つ変える事無くフィアはそれだけ言うとアルミリアの後を追う。
そんなフィアを尻目に、ライは再びあの出店の方に振り返る。
ぬいぐるみの間から見えていたはずの腕はもう見えず、不気味なぬいぐるみが並べられた出店がそこにあるだけだった。
「それを扱う人間次第…か」
女との会話を思い返しながらライはそう呟くと、前に向き直り先を行くアルミリアとフィアの後を追う。
二人は広場の中央にある石畳の舞台の端に立っていた。
「どうしたの二人共、そんな所で立ち止まって」
「それが…」
フィアがライの方に振り返りながら困惑とした表情を浮かべる。
アルミリアの方はというと石造りの舞台をじっと見つめ続けていた。
「ミリアどうしたの?」
「…ライさん、ここってマリアンベールの中央にある大広間なんですよね?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「やっぱり…じゃあこの石造りの建造物は…」
そう呟きながらアルミリアは自身の目の前にある石造りの舞台をまじまじと見る。
その様子を見ていたライが何かに気が付いたような顔をする。
「そっか、フィアは一度も屋敷から出た事無かったんだもんね。魔窯を直に見るのは初めてな訳だ」
「そう…ですね」
ライのその言葉にアルミリアは心ここに在らずといった様子で答える。
石造りの舞台、その中央にあるであろう魔窯の方をじっと見つめていたアルミリアだったが、突然祈るように両手を絡み合わせ、目を閉じ頭を軽く伏せる。
まるでそこに祈るべき誰かが存在するように、アルミリアは暫しの間祈り続けるのだった。