理由
遅れてすみません!。
シリアスな話になるとどうも筆が遅くなってしまう。
「なるほど、お二人はここで魔法の特訓をしていたと」
一人の少女が二人の前に現れてから数分後、二人はその少女から質問を受けていた。
「外は生憎の天気でしたし、雨風凌げて特訓出来る場所を求める内にここに迷い込んでしまったという訳ですか」
「まぁ…うん、そんな感じ…です」
「ふぅむ…」
考えるような素振りを見せる少女を見つめながら、ライが冷や汗を浮かべ考える。
目の前に居る少女の服装を見る限りどうやら貴族のようだが、こんな少女が何処とも知れぬ薄暗い地下で一人彷徨っているとは考え辛い。
目の前に居る少女の様子からして、別に迷い込んでここに来たという感じでもなさそうだ。
だとすれば、もしかしたら自分達は貴族の屋敷の地下室にでも入り込んでしまったのだろうか?。
もしそうであるなら、何と言おうと言い逃れは出来ないだろう。
もう少しこの場所について詳しくフィアに聞いておくべきだったとライが自身の迂闊さを呪う。
ライがそんな事を考えている間も、目の前の少女は眉をハの字にして難しそうな表情を浮かべていた。
「どうしましょう…お父様に報告するべき?でも――」
そう言いながら少女がライとフィアの顔をみた後、目を瞑って考える。
それから僅かな沈黙の後、少女が目を見開く。
「よし、見なかった事にしましょう!」
「えぇ…」
少女のその言葉に、ライが困惑とした表情を浮かべる。
そんなライの様子に気付いたのか気付いてないのか分からないが、少女が人差し指を自身の唇に当てながら言う。
「私もここに居る事を他の人に知られたく無いんです。ここはお互いに誰にも言わないという事でどうでしょう?」
「そっちがそれで良いって言うんならこっちとしてもありがたいんだけど…良いの?ここって私有地だったりしない?」
「私有地…確かに我が家が管理してる場所ではありますが、別に誰かが立ち入る事を禁止している訳でもないですし良いんです――まぁ、そもそも他人が入り込む事を想定していないから禁止していないだけなのですが」
そんな適当で良いのかとライは考えたが、下手に口を出せば立場が悪くなるのは分かっているので口に出すような事はしなかった。
「あぁそういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私はアルミリアと言います」
「俺はライ、Cランクの冒険者で旅をしてる。こっちは――」
「フィア」
フィアのその簡潔で最低限の挨拶にライが思わず冷や汗をうかべる。
「き、気を悪くしないでね、フィアってあまり人付き合いに慣れてないんだ」
「大丈夫ですよ、それくらいで気を悪くなんてしません。それよりもお二人は魔法の特訓をしていたんですよね?」
「えぇ、それがどうかしたの?」
愛想無くフィアがそう返すと、少女がフィアの顔をじっと見つめた後、突然両手を合わせながら頭を下げる。
「お願いします!お二人の特訓を見学させてください!」
「…はい?見学?」
唐突な少女のその申し出にライがキョトンとした表情をする。
「あまり詳しくは話せないのですが、私にはとてもとても大事な役目があるんです。その役目を全うするには魔法を…魔力を操る事が求められるのです」
真剣な表情を浮かべながら少女が続ける。
「ですが、生憎私には魔法の才能が無いみたいで、父が魔法の先生を雇って私の教育係として付けたりしてくれたのですが、全然教えられた事が出来なくて…」
「なるほど…でもせっかく魔法の先生が居るんだし、俺達の特訓なんか見るよりもそっちの方が魔法が上達する可能性は高いんじゃない?」
特にライが受けている特訓なんて、魔力の塊をただひたすら顔面で受け止めるだけの物だ。
こんな特訓を見学した所で何か得られるとは思えない。
「確かにそうなのですが、先生も毎日見てくれる訳ではないんです。この時期は特に忙しいみたいで最近では殆ど…」
少し悲し気な表情を浮かべる少女に、ライが少し迷いながらも口を開く。
「あー…まぁ、別に特訓を見学するくらいなら別に良いけど…ただ俺達の特訓ってかなりアレだから見学した所で役に立たないと思うけど、それでも良い?」
「構いません!一人独学でやるよりも、他の人のやり方を参考にした方がよっぽど得られる物も多いはずです!」
「そう…まぁ、あんまり期待しないでね」
期待に満ちた目で見つめてくる少女に、ライは気まずさを覚えながらもそう返すのだった。
「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…」
あれから一時間が経過した頃、大の字に地面に横たわるライの顔のすぐ横にフィアが立ち、ライを見下ろしていた。
「もうギブアップ?」
「い、一時間もぶっ続けでやったんだよ、ちょっと休ませて…」
「しょうがないなぁ」
そう言ってフィアはライから視線を外し、こちらを見ているアルミリアに視線を向ける。
無言のまま自身を見続けるフィアに、アルミリアが困惑した様子で問いかける。
「えっと…私に何か用ですか?」
困惑とした表情を浮かべるアルミリアの顔をじっとみていたフィアがゆっくりと口を開く。
「みたい物は”視”れた?」
「っ――!?」
フィアの言葉にアルミリアの瞳が驚愕に見開かれた。
そんなアルミリアの様子を気にする事もなく、フィアはそれだけ言うとアルミリアから視線を外し再びライに視線を向ける。
「さぁ、ちょっとは休めたでしょ?続きやるよ」
「え?いくら何でも早すぎじゃ――」
「”ちょっと”って言ったのはライでしょ、さぁ早く立って」
「ス、スパルタすぎる…」
以前にフィアが”ちょっと”と言った時はちょっと所ではなかったのにと、その事を理不尽に思いながらもライはフィアの特訓を黙って受けるのだった。
そして特訓を再開した二人を、アルミリアは呆然とした様子で見つめていた。
「この人達は一体…」
「あー…いてて」
「どうしたの?首が痛いの?」
首を押さえるライの様子に、フィアが尋ねた。
特訓を再開してからさらに時間が経ち、二人はアルミリアと別れ宿への帰路についていた。
アルミリアはどうやらこっそりと家を抜け出してここに来ているらしく、夕方までに戻らなければならないとの事だった。
フィアとしてはアルミリアが帰った後も特訓を続けるつもりだったのだが、石畳の上でのたうち回っていたライが限界を訴えたため、特訓を中断して帰る事にしたのだ。
「そりゃね…魔力を顔面に受けて首がへの字になった次の瞬間には地面に後頭部を叩きつけられた衝撃で今度は逆への字になるんだから首だって痛めるよ…なんか痛みを伴わない方法は無いの?」
「無い事は無いけど、痛くないと全然覚えないし、必要に迫られないとライってすぐ楽な方に逃げようとするでしょ?」
「そんな事は………」
フィアのその言葉を否定しようとして言い淀む。
「ほーら、言い淀んだ。自分でもそう思ってる証拠だよ」
「………」
十年も昔、まだCランクではなく、がむしゃらに戦っていた頃の自分ならそんな事は無かっただろう。
しかし、Cランクに上り詰めてからという物、自身の限界を感じ冒険者として安牌を選び続け、無理な依頼を受ける事も、無茶な戦いをする事も無くなった。
そんな生活を10年も続けていたからか、ライは無意識に安全、安定な方へと逃げる癖がついてしまっていたのだ。
停滞、堕落、そんな言葉がライの頭の中を過る。
一体何時からだろうか?。
今の自分になってしまったのは。
限界を感じた時?。
それは分かってる。
そうじゃない、そうではない。
何故自分は限界を感じた?。
何故自分はそこで諦めた?。
(そんなの、魔法が使えなかったからに決まってる)
駆け出しだった頃、努力すればした分だけ成果が返ってきた。
でも、Cランクになってからはそうではなくなった。
どれだけ研鑽を積もうと、努力をしようと、それではどうにもならない壁があった。
その壁が目の前に立ちはだかった時、ライは乗り越えようともせず、端から諦めてしまった。
努力する事に、疲れてしまった。
「あの子、アルミリアって言ったっけ?」
「え?」
唐突に口を引いたフィアに、ライが間抜けな声を出す。
「じっと私達の特訓を食い入るように見てた。何一つ取りこぼさないように、何か大事な目的のために」
少し楽し気に語るフィアの様子に、ライが意外そうな表情を浮かべる。
「………意外だね、フィアが他人に興味を示すなんて」
「そうだね…私自身不思議に思ったけど、今ライと話してて気付いたよ」
フィアが立ち止まり、隣に立つライを見上げた。
「昔のライにソックリ、無理して無茶して大怪我もして、それでも真っ直ぐ前だけを見て、前に進み続けてた頃のライに」
「昔の…俺に?」
自身の手を見下ろしながら、ライがそう呟く。
「ねぇライ、貴方はどうして特訓を受けようと思ったの?」
「それは…せめてフィアの手を借りる事無く、以前のように戦えるようにって――」
「そこ!そこが駄目なんだよライは!」
フィアがビシッと人差し指を突き出し、ライの唇を押さえ発言を途中で切る。
「言ったでしょ、力の制御さえ出来るようになれば以前のように戦えるようになる所か、魔法だって使えるようになるって」
「むぐっ!?」
フィアがライの口の中に指を突っ込む勢いで押し付ける。
「だったら!魔法を使えるようになって、その先を目指さなきゃ!」
フィアはそう言うとライの唇から指先を放す。
それと同時に、先程まで真剣な表情を浮かべていたフィアの顔が優しい笑みに変わる。
「そうなったら、もうライの目の前に乗り越えられない壁なんて無いでしょ?」
「あ………」
その言葉に、ライがハッとしたような表情を浮かべる。
今までずっと魔法が使えない事を理由に色々な事を諦めてきた。
努力する事を、上り詰める事を、そして魔法を使う事自体を。
でも今、その理由もフィアの手によって取り払われた。
それならば、努力をしない理由なんて何処にもない。
「そう…だね、そうかもしれない」
魔法が使えないなんて言い訳だ。
努力をする事に疲れた、ただの言い訳。
諦めてから10年、もう十分休んだだろう。
既に冒険者としての適齢期などとうに過ぎ去っていたが、今から努力するのも悪くはないかもしれない。
「ねぇフィア」
「何?」
「また明日も――ううん、俺が魔法を使えるようになるまで、お願いして良い?」
「分かった、言っておくけど手加減なんてしないからね?」
そう言って微笑みフィアに、ライは同じように笑みを浮かべ返す。
「望むところだ」