悪魔と呼ばれる者
「悪魔?なんとも抽象的な言い方ね、悪魔と呼ばれる魔物なんて腐る程居るじゃない、もっと他に情報はないの?」
「そもそも、人間からしたら魔物なんて全員悪魔みてぇなもんだけどな」
「二人は少し黙っていてください」
態度の悪いアリスとアドレアの二人をルークが黙らせる。
「具体的な事が分からないとどのように対処すべきか判断しかねます。名前などは分からないのですか?もしくは見た目など何か特徴となるような物は?」
ルークが代表としてアルヒドにそう尋ねたが、アルヒドは小さく首を振る。
「残念ながら名前までは…そもそも、あなた方に討伐して貰いたい者は普通の魔物などではありません」
「普通じゃない?」
普通では無いというその言葉に、先程まで退屈そうにしていたイザベラが反応する。
「はい、私達が悪魔と呼ぶそれはそこら辺にいる魔物とは違い、物理的な手段では倒す手立てが無いのです」
「物理的な手立てがない…というと、死霊の類かしら?」
「死霊に近いものはあるでしょうが、死霊などではありません…そうですね、言葉にするのなら”意思を持った魔法”とでも言いましょうか」
「意思を持った魔法とは?」
オウム返しのようにルークが問う。
「文字通りの意味ですよ、何らかの意思を持ち、自立して行動する魔法です」
「何を馬鹿みてぇな事を…そんな訳の分からない魔法が存在する訳――」
「もっと詳しい話を伺ってもいいかしら?」
吐き捨てるようなアドレアの言葉を遮り、イザベラが身を乗り出しながら食い気味にアルヒドに質問する。
その魔法とは何時頃から存在したのか?。
一体どのような効果を持つ魔法なのか?。
また、魔法であるのならどうやって魔力を確保しているのか?。
それが意思を持つのなら、一体何が目的なのか?。
捲くし立てるように次々と飛んでくるイザベラの質問に、今まで柔和な笑みを浮かべていたアルヒドも思わずたじろいでしまう。
「ま、待ってください!まずは順番にっ!」
イザベラの質問に強引に割り込むようにアルヒドが説明を始める。
「まず何時頃から存在したのかという質問ですが、これは詳細な事は分かりません。ただ言えるのは大昔から存在していたという事だけです」
「大昔っていうと、数十年とかそう言った話ではない訳ね?」
「えぇ、記録に残ってる限りでも何世紀も前から既に存在していたようです」
「となると誰かが裏でその魔法を操っているという線は薄いはね…」
ブツブツと独り言を呟き始めるイザベラを尻目に、アルヒドは説明を続ける。
「魔法の効果についてですが、任意の対象を自在に操る力を持っていて、操れる対象は生き物であったり、無生物であったりと様々です」
「洗脳、あるいは憑依って所かしら…厄介な効果ね」
仮にその意思を持つ魔法が何かしらの行動を起こしたとして、無関係な人間が操られていた場合、操られている以上その人間に罪はないし、むやみに攻撃する訳にも行かない。
対抗手段がないのであれば、操られている人間を見つけ次第動けないように捕らえるしか手立ては無いだろう。
「魔力はどうやって確保しているかという質問ですが…これは恐らく大気中の魔力を自ら取り込んでいるのではないかと仮定しています」
「魔法が自分で自分を維持してるってのか?一体どうすりゃそんな芸当が出来るんだ」
魔法というのはただ発動して終わりという訳ではない。
魔力とは決まった形を持たない、いわば空気のような物であり、魔力が魔法として形を保つには術者の存在が必要不可欠であった。
火球を飛ばすような魔法であるなら、術者の手元から離れるため数秒もすれば消えて無くなるが、ルークの壁のような魔法の場合は術者が魔法の形を維持してやる必要がある。
他人を操るという魔法の類は非常に複雑で魔法として形を維持させるだけでも相当の修練が必要であり、ましてやそれ程の魔法の場合、それに込められた魔力の量も馬鹿にならない。
下手に制御を手放そうものなら、規模は流石に小さいがガダルの街でライが引き起こした魔力の暴発と同じ結果を招く事になるだろう。
「次に目的に関してですが…アレの狙いただ一つ、魔窯です」
「魔窯ですか…」
アルヒドの言葉に、ルークが微妙な表情を浮かべる。
大地を肥沃にすると言われる魔窯を狙う人間は多い。
ただ大地を肥沃にするだけでなく、魔窯というランドマークはそこにあるだけで人を集め、莫大な利益をマリアンベールにもたらしている。
そんな魔窯の存在を求める人間は腐る程存在するだろう。
(だからこそ、分からない)
人であれば地位や名声、金など理由はいくらでもある。
それでは魔法は?。
地位も名声も関係ない、ただそこに在るだけの魔法という現象が、一体何を求めて魔窯を狙う?。
(意思を持つ魔法とやらの目的も判然としないですが…それ以上に――)
「何故それが魔窯を狙うのか、ご存知なのですか?」
「いいえ…残念ながら皆目見当もつきません、何せ相手は人ではなく魔法ですからね…一体何が目的なのかさっぱりです」
「そうですか…」
そう言って顔を俯け、何か考えるような素振りをしながら、ルークはさりげなく視線を対面に座るアルヒドに向ける。
(この男、一体何を隠している?)
アルヒドの話の節々から感じた違和感に疑惑が頭をもたげる。
まず第一、それが魔法であると分かっているのであれば、それなりの対処をすればいい。
相手が魔法であるのなら、その源である魔力さえどうにかしてしまえば自然と消滅するはずだ。
この世界には大気の魔力を集める道具があるし、それを利用すれば周辺の魔力を一時的にだが枯渇させる事が可能だ。
昨日今日現れたというのならいざ知らず、そんな大昔も前から存在していて誰もそんな対処法すら思いつかなかったとは考え辛い。
次に意思を持つ魔法の目的が良く分からないと言った事。
アルヒドは魔法が何を目的としているのかを語った際、魔窯であると断言して見せた。
もし本当に先程言ったように見当も付いて居ないのであればそんな言い方はしないはずだ。
まず間違いなく、アルヒドは意思を持つ魔法とやらの目的を知っている。
そして最後に――
「何故それが魔法だと断言できるのかしら?」
ルークが考えようとしていた事をイザベラがアルヒドに質問という形で投げかける。
「相手を洗脳したり操ったりする魔法は確かに存在するわ、でもそれと同時にそんな魔法を扱える魔物も存在する、さっきも話に出た死霊系の魔物なんかがそうね」
イザベラの質問にアルヒドは表情を崩すことなく、張り付いたような笑みを浮かべたまま黙っていた。
「私が死霊の類ではないかと言った時、貴方は”死霊に近いけど違う”って言ったわよね?。数世紀を経ても成仏できず、現世を彷徨い続ける死霊も存在するし、それだけの長い間現世を彷徨っていれば洗脳の魔法くらい使えるようになったって可笑しくはないわ」
そんなアルヒドのほんのわずかな変化も見逃すまいとイザベラが目を細めてアルヒドを睨みつける。
「ここまでのは話を聞く限り、私にはその魔法と死霊の違いが分からなかった…貴方はその明確な違いを知っているという事で良いのかしら?」
部屋の中を重苦しい沈黙が支配する。
一時の沈黙の後、アルヒドがゆっくりと口を開いた。
「申し訳ございませんが、それは我が家の当主だけが知り得る事柄ですのでお教えする事は出来ません」
「これから依頼を頼もうって人間に情報を渋る気?」
「【魔境】と呼ばれる程の冒険者である貴方ならば、見ただけで対処法なんてすぐ思いつくでしょう?」
「あら、私を買ってくれるのは嬉しいのだけど、こんな訳も分からない事に首を突っ込む程こっちも暇じゃないわ」
「ご冗談を…こんな面白そうな事見逃してなるものかと、そう顔にかいてありますよ?」
魔の境地へと至った者――【魔境】と呼ばれるイザベラにとって、自分に分からない魔法の存在をちらつかされて黙って引き下がるという選択肢は存在しない。
とはいえ、このままアルヒドの思い通りに依頼を受けるのはイザベラとしても面白くはない。
「この依頼受けても良いけど、一つ条件があるわ」
「その条件とは?」
「実は私達四人はある人物を追っているの、その人物を探し出すのを手伝って欲しいのよ」
「人探し…ですか?」
想像していたよりも簡単な条件にアルヒドが拍子抜けしたというような表情を浮かべる。
「えぇ、どうせ祭りの警備であちこちに監視の目を張り巡らしているのでしょう?」
「まぁ…確かにその通りですし、それくらいなら別に構いはしませんが…どのような人物をお探しで?」
「うーんどんなって言われると30代くらいの見た目はごく普通の男性としか言えないのだけど、強いて特徴を上げるならクラックブーツを履いているって所かしらね」
「クラックブーツ?駆け出しの冒険者が訓練なんかに使うアレですか?」
「そう、そのクラックブーツよ」
Sランク冒険者がこぞって追いかける人物とは、一体どんな人物なのかと思考を巡らせていたアルヒドだったが、イザベラから告げられたその特徴に思わず思考が停止する。
「クラックブーツを身に付けたごく普通の中年の男性…ですか?」
「えぇ、それで合ってるわ」
「Sランク冒険者が四人も集まって追いかける程の人物なのですよね?」
「そうね、それぞれ目的は違えど全員がその人物を追っている事に変わりは無いわ」
「…一体、その人物は何をしでかしたのですか?」
「それに答える義理は無いわね、もし貴方が意思を持つ魔法に関して情報を開示してくるのなら答えても良いわよ?」
「………分かりました、これ以上は得に聞きません。ただし、特徴がそれだけとなると見つけ出せる保証はありませんよ?」
「構わないわ。こっちも情報が少ない以上、依頼を失敗したとしても文句は無しよ」
イザベラとアルヒドが互いに牽制するように睨みあった後、握手を交わす。
そんな二人の様子をアリス達があきらめにも似た表情で眺めていた。
「なーんか、途中から蚊帳の外に置かれた感じだな」
「魔法がどうこうって話が出た時点でこうなるのは予想出来た事でしょ」
「まぁ、明日からは私達が街中を歩いて探し回る必要も無くなるでしょうし、それで良しとしましょう」
それぞれの思惑が交差する中、こうしてマリアンベールの夜は過ぎ去って行った。
つい先ほどバックアップの存在を知りました。
今まで本文の下の方にこれ見よがしに出てたのになんで気付かなかったんでしょうね。