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マリアンベールの夜

「うっぷ…調子乗り過ぎた…」


マリアンベールにある広場、屋台が集まるその広場の中央にある石造りの大きな舞台のような物に背を預けて横になるライと、その隣で同じく土台に腰掛けるフィアの姿があった。


「ライ、食べすぎて太っても知らないよ?」

「そういうフィアだって同じくらい食べてたじゃないか…」

「私はライに付き合ってただけだし、この身体は体形が変化するどころか老いもしないから平気だよ」

「なにそれずるい」


平然と言ってのけるフィアに、ライが苦しそうにお腹を押さえながら言った。

そんなライの言葉を気にした様子もなく、フィアは腹を押さえて動けなくなっているライのお腹を指先で突く。


「これに懲りたら調子に乗ってバカバカ食べないように」

「うっ、まってフィア、お腹を刺激しないで!は、吐く!吐いちゃうから!」


冒険者という職業柄、人並み以上には物を食うライだが、普段は動けなくなるまで食べるという事はない。

ならば何故こうなっているのかと言えば、フィアの食べたいという言葉につい嬉しくなってしまい、フィアにアレもコレも勧めるうち、自身の許容量を超える量を食べてしまったのが原因だった。


「食べてすぐ横になるとミノタウロスになるよ」

「食べて横になるだけであんなムキムキになれるなら苦労はないよ…っと」


お腹を押さえながら、のっそりとした動きでライが身体を起こしフィアの隣に腰掛け直す。

広場に居た大勢の人の姿も疎らになり、屋台の殆どが店仕舞いを始めていた。


「ちょっと外に晩御飯を食べに行こうってだけだったのに、随分と時間が経っちゃったね」

「そうだね、時間が経ったと言えばもうこの街に来て一週間は経つけど、いつになったら次の街に向かうの?」

「魔窯祭りを見てからだよ、そのためにわざわざ何週間も掛けてブルガスからここまで来たんだから」

「本番は確か二週間後だっけ?内容は良く知らないけどこれだけの時間を掛けてでも見る価値がある物なの?」


不満そうに頬を膨らませながら、フィアがライに疑問をぶつける。


「んー…人伝に聞いた話だけど、この街には魔窯と呼ばわれる物があって、その窯の中は特殊な魔力で満たされてるそうなんだ」

「特殊な魔力って?」

「それは良く知らないけど、なんでもこの街を治めるエインズワース家の血筋であり、その中でも選ばれた御子と呼ばれる人間だけが持つ魔力がどうたら…って話だったよ」

「ふーん…それで?その魔力をどうするの?」

「その御子が魔窯に魔力を注ぐ事によってその魔力が大地に力を与え、大地が肥えて作物が良く実るようになるらしいんだ」

「魔力で大地が肥える?」


その言葉にフィアが顔を顰めるも、ライはフィアの様子に気付いた様子もなく話を続ける。


「その祭りの主役ともいえる魔窯は何処にあるかっていうと――」


重くなった腹を抱えながらもライがのっそりと立ち上がり、今まで自分が腰かけていた石の舞台の中央を指差す。


「あれが魔窯だよ」

「…何も無いように見えるんだけど」


ライが指差す方向に窯のような物は無く、フィアは訝しげな表情を浮かべる。


「舞台の上を良く見て、細い溝があちらこちらにあるでしょ?」


ライのその言葉にフィアはもう一度舞台の上を良く見てみる。

確かにライの言葉通り、舞台のあちこちには溝があり、舞台の中央には大きな円形の溝もあった。


「あの溝の形…もしかして」

「気付いた?あれが魔窯の蓋だよ」

「ということは――」

「そう、この舞台そのものが魔窯なんだよ」


そう説明するライを尻目に、フィアは蓋の中央に立ち、まるで蓋の奥深くまで見通すかのように、眉一つ動かすことなく淡々とした様子で視線を床に向ける。


「ねぇライ、特別な魔力ってどんな物か、ライは想像できる?」


表情も変えず床に視線を向けたまま、フィアがライに質問を投げかける。


「どんなって…特別な血筋の中で、さらに特別な人間だけが持つ魔力…じゃないの?」

「………そう」


ライの答えにフィアはそれだけ言うと、床から視線を外してライに向き直る。


「もう宿に帰ろう、これ以上ここに居たってやる事なんてないし」

「え?」


さっきの質問は一体何だったのかと、ライが聞き返すよりも前にフィアはライの横を通り過ぎ石造りの舞台を降りようとする。

舞台の端に立ち、舞台から降りようとしたフィアが足を止め、小さく後ろに振り返る。

舞台の中央、魔窯の蓋に再び視線を向けたままフィアがポツリと呟く。


「それだけの事で大地が肥えるなら、誰も苦労しないのにね…」

「………」


フィアのその言葉に、その物悲し気な表情に、ライは何も聞き返せなくなってしまった。


結局二人は終始無言のまま、その日は宿に帰って寝たのだった。









一方その頃、ライを追う四人のSランク冒険者達はマリアンベールを治める一族、エインズワース家の屋敷の一室に居た。


「はぁぁ…ったく、こんな夜中に呼び出しやがって」

「こんな所でそんな文句を言わないでください、依頼主にでも聞かれたら面倒ですよ」


ソファーに背を預けながら文句を垂れるアドレアに、ルークがそう注意する。


「分かってるけどよ…でもよ、こういう面倒事を避けるために兵士に捕まる前にさっさと街に入って、宿の場所だって教えなかったんだろ?なのに何で街に入ったその日にこんな事になってんだよ」

「その文句は宿を取った人間に言いなさいよ」


アリスの言葉に、アドレアが視線を自身の対面に座るイザベラに向ける。


「…なによその目は、文句があるならハッキリ言いなさいよ」

「それなら私が言ってもいいですか?」


このままだとイザベラとアドレアの言い争いになると考え、二人が言い争いを始める前にルークが割って入る。


「こういう面倒事を避けるために、宿を取る場合のルールを設けたはずですが…イザベラ、覚えていますね?」

「覚えてるわよ…一つ、大通りに面するような場所は避ける事、二つ、少し寂れたくらいの宿を選ぶこと…でしょ?」

「えぇ、ちゃんと覚えていてくれたようで安心しました。それで、何故覚えていながらあんな宿を取ったのですか?」


あんな宿というのは、マリアンベールでも随一の高級宿であり、主な客と言えば貴族が殆どで、一泊するだけでも一般的な冒険者の月の稼ぎが吹き飛ぶ程である。

その手の宿は宿泊客の身元もしっかり調べるし、宿泊に来る人間なんて大体がそれなりに地位を持つ人間ばかりであり、そういった宿泊客の情報はすぐに領主の元へと届けられる。


イザベラが取った宿もその例に漏れず、イザベラが宿を取ってすぐに領主の元へと情報が届けられ、その日の内に四人は領主の館へと呼び出されたのだった。


「だって、ここに来るまでかなりの強行軍だったのよ?少しくらい贅沢したって良いじゃない」

「少しで街一番の高級宿を選ばないでください、おかげでこんな事になってるんですから」


少し呆れたようにルークが言う。


「それとこれからは最低限湯浴みの出来る宿屋程度にしておいてください、行く先々で一々依頼なんて受けて居られませんからね」

「分かってるわよ」


軽く手を振りながら、適当にイザベラが答える。

そんなイザベラの様子にルークが小さくため息を吐いた時だ、コンコンとドアのノックする音が部屋に響く。


ノックの後、一拍を置いて二人の人間が姿を現す。

一人は四十台半ばの貴族服を着た男、もう一人は立派な白髪の老執事で貴族服を着た男に付きそうように立っていた。


「やぁ皆さん、こんな夜遅くにご足労を掛けましたな」


貴族服を着た男はそう言うと、ルークとアリスが腰かけているソファーの対面に座る。


「お初にお目にかかる、私はアルヒド・エインズワース、このマリアンベールを治める者です」

「お初にお目にかかりますエインズワース卿、私は――」

「あぁ大丈夫ですよ、あなた方の事は良く知っていますし、挨拶は不要です。堅苦しい挨拶が苦手な方もいらっしゃるようですしね」


アルヒドの言葉にアドレアが鼻を鳴らす。


「それが分かってるなら話は早い、さっさと要件を言え、こっちはこんな夜中に呼び出されてイライラしてんだ」


苛立ちを隠そうともしないアドレアに、アルヒドは気にした様子もなく部屋に入って来た時から変わらない柔和な笑みを浮かべたまま本題に入る。


「それなら単刀直入に」


アルヒドはソファーに腰掛ける四人の顔を一人ずつ見た後、ゆっくりと口を開いた。


「皆さまには”悪魔”を退治して欲しいのです」

ほのぼのの予定だったんだけどなぁ…。

シリアス風味の話が前半に集中してしまってる。

もっとシリアスは合間合間に挟む程度の予定だったんですけどね。

まぁ予定は未定という事で。

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